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まだ、新しく何かを書く意欲が起こらないので、別ブログに収納してある古い作品を転載しておく。
「風の中の鳥」という、騎士物語の体裁を取った駄弁小説で、フィールディングの骨法で小説と随筆の混合物を目指したものだ。そのぶん、物語としてはいい加減だが、書いている間はけっこう楽しかった。その楽しさが読む人に少しでも伝わればいいのだが、この話の中では女性たちはたいてい非道な目に遭うので、それはあらかじめ注意しておく。何しろ、昔は女性が非道な目に遭っていた、というのは間違いの無い事実だから、それを西洋の「見かけだけの女性尊重」で誤魔化すほうがおかしいのである。

毎日1章ペースで書いた作品だが、転載はプロローグは別として毎日2章ずつやっていく。







プロローグ

 

 世界の大半がまだ森林に覆われ、人々がまだ神と悪魔、天国と地獄を信じていた時代。人間の世界は小さかった。

海を渡る手段として大型帆船はまだ存在せず、羅針盤も無い状態では、海を隔てた大陸と大陸との交通はほとんど無く、地続きのヨーロッパとアジアの間の交通さえも、アレクサンダーの東征以来ほとんど無かった。まだ、ヨーロッパの王族貴族が、坊主どもの口車に乗って、十字軍遠征などという狂気の侵略行為を行う以前のことである。

 森や山は静寂に包まれ、湖は水晶のように透き通り、谷川のせせらぎは清く美しかったが、自然は人間にとって後世のような賛美の対象ではなく、畏怖の対象であった。地表を覆う膨大な森林の木の根や岩石は農耕を拒絶し、人々は無限に広がる土地の中のほんの僅かな開墾地で耕作し、集落を作って生活していた。自然の災害は巨大であり、土地からの収穫は少なく、人々は絶えず飢えに直面しながら、自らのその状態を運命として大人しく受け入れて暮らしていたのであった。

 そして、自然の中でも、人間の世界でも弱肉強食の暴力がすべてを支配していた。

 人間の歴史が始まった頃、彼らの中で狡知と暴力の才能に恵まれた者たちは、徒党を組んで他の人々から物を奪い、人々を屈従させ、支配していったが、やがてこうした山賊野盗の末裔たちは、自分たちを王侯貴族と称し始めた。彼らは王侯貴族と庶民を区別し、生まれによる階級を作って、武器を持たない庶民からあらゆる物を取り上げ、税金や年貢を要求した。彼らはまた、自らの出自について様々な伝説を作り、自分たちは神に選ばれ、あるいはその優れた能力や人格のために人々の信託を受けて国を治めている階級なのだと人々に信じ込ませた。

 長い時間のうちには、嘘も歴史になる。

 こうして、世界には王侯貴族を主人公とした勇士や王者の物語が生まれた。名もない庶民たちも、自分たちとは一生縁のないそれらのロマンスに憧れ、長い冬の間、暖炉の炎の傍で古老や物知りの語る「高潔な」勇者たちの冒険談に聞き入った。

 しかし、庶民の中でも明晰な頭脳を持った者は、この世の身分制度の成り立ちについて、真実を見抜いていた。要するに、暴力によってこれらの階級は作られ、維持されているに過ぎないのだと。とは言っても、一度定まった身分制度の枠を越えてのし上がるのは、容易な事ではない。この世の理不尽さに立ち向かう気概の無い、多くの平凡な庶民は、自らの生まれた身分を運命として受け入れ、それに従うだけであった。だが、まだ法の無かったこの時代には、いや、いつの時代でも実はそうではあるが、自らを何者と定義づけるかで、自分が何者であるかは決まったのであった。

 これは、そうした時代に生まれ、天与の勇気と幸運に恵まれた一人の若者と、それを取り巻く人々の物語である。

 

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