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結局、ドワーフは正しかった。国中の警官が今は私を探している。私が踊っているのを見た誰かがーーたぶん、あの老人だと思うがーーあのドワーフが私の体の中で踊ったのだと当局に密告したのだろう。警察は私を監視し始め、私を知っている者は皆、聞き取り調査をされた。私のパートナーは、私が一度彼に踊るドワーフのことを話したことを証言した。私の逮捕のための令状も出された。警察は工場を取り囲んだ。ステージ8のあの少女はこっそりとやってきて私に警告した。私は作業場を抜け出して、完成品の象が格納された倉庫に身を潜めた。その象の一体の後ろに隠れ、途中で数名の警官を粉砕して道を開き、私は森の中に紛れ込んだ。
それからひと月近く経つが、私は森から森、山から山へと走り続け、草の実や虫を食べ、川から水を飲んで生きながらえている。だが、あまりにも警官が多すぎる。遅かれ早かれ彼らは私を捕まえるだろう。そうしたら、彼らは私をウィンチに縛り付け、私をばらばらにするだろう。でなくてもそれに近いことをすると私は聞いた。
ドワーフは毎夜私の夢の中に出てきて、自分を私の体の中に入れろと命令する。
「そうすれば、少なくとも、君は逮捕されないし、警察に追われることもなくなるだろう」彼は言う。
「嫌だ。そうすると私は永遠に森の中で踊ることになるだろう」
「その通りだ」ドワーフは言う。「だが、君はその選択をしなければならない唯一の人間なのだ」
彼はくつくつ笑ってそう言ったが、私はその選択はできない。
犬たちの吠える声が聞こえる。彼らはすぐそこまで迫っている。



「踊るドワーフ」完


(訳者注:いろいろと解釈のできそうな作品だが、ドワーフを体の中に入れて踊り続ける、というのは、作家という仕事自体の象徴にも見える。虚構と虚構内の現実、虚構内の夢と虚構内の現実、夢よりも嘘みたいな虚構内の現実という骨組みの多層性が見事なバランスを取って、笑い話でもありほら話でもあり、ホラー小説でもあり象徴小説でもある、という傑作だと思う。)




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君の勝ちだ、気力を無くしたような声でドワーフが言った。彼女は君のものだ。私はもう君の体から離れる。そして彼はそうした。
「だが、君は私の最期を見ていない」彼は続けた。「君は何度でも私に勝つことができる。だが、君は一度しか負けることはできない。それが君の最期だ。そして君はすべてを失う。その日はいつか来るだろう。それがどんなにかかろうと私は待っているよ」
「なぜそれが僕でなければならないんだ?」私は叫んだ。「なぜほかの誰かであってはいけないんだ?」
だがドワーフは何も言わなかった。彼は笑っただけだった。その笑い声は、風がそれを吹き去るまで空中に漂った。







少女の顔は溶け続け、やがて、筋肉が急に収縮したように顎が突然がくんと開くと、液化した肉と膿の塊と、蛆たちが四方に弾け飛んだ。
私は悲鳴を上げるために大きく息を吸い込んだ。私は誰かを、誰でもいいが、この耐えがたい地獄から私を救い出してくれる誰かを欲していた。結局、私は悲鳴を上げなかった。これは偶然に起こったことではない、と私は自分に言った。これは現実ではない、私は直観的に察知した。あのドワーフがこれをやったのだ。彼は私を引っかけたのだ。彼は私に声を上げさせようとしたのだ。たった一声、それで私の体は永遠に彼のものになっただろう。それがまさしく彼が望んだことだったのだ。
今、私は自分がやるべきことを知っていた。私は、--この時には何の抵抗もなくーー目を閉じて、野原を吹き過ぎる風の音を聞いた。少女の指は私の背中を掘っていた。今、私は自分の腕で彼女を包み、力いっぱい彼女を引き寄せ、かつては彼女の口と見えた場所に強くキスした。自分の顔に、私はぬめるような生肉と蛆の群れを感じ取り、私の鼻孔は腐敗の匂いに満たされた。だが、それは一瞬のことだった。私が目を開けたとき、私は自分がここに連れてきたあの美しい少女とキスしていることを知った。彼女の薔薇色の頬は柔らかな月の光に輝いていた。そして私は自分があのドワーフを打ち負かしたことを知った。私はひとつの音も出さずにすべてをやり遂げたのだ。


(訳者注:たぶん、後2,3回くらいで全文終了である。はたして、この話はハッピーエンドになるのか、乞うご期待。)

膿汁が彼女の目から流れ落ち始め、その純粋な力が彼女の眼球を痙攣させ、彼女の顔の両側から転げ落ちさせた。目のうろの後ろの裂け目となった洞穴から、白い紐の球のような蛆の塊が彼女の腐った脳に群がり溢れていた。彼女の舌は巨大なナメクジのように彼女の口から垂れ下がり、膿んで落ちて行った。彼女の歯茎は溶け、歯はひとつひとつ落ちて行き、やがて口そのものが無くなった。彼女の髪の根本から血が噴出し、その髪の毛の一本一本が抜け落ちた。ぬるぬるした頭蓋の下から蛆たちが皮膚を食い破って表面に出てきた。腕は私を強く抱きしめ、その握力を弱めることはなかった。私はその抱擁から自由になろうと空しくもがき、顔をそむけ、目を閉じた。無数の塊が私の胃から喉にこみ上げてきたが、私はそれを吐き出すことができなかった。私は自分の体の皮膚と中味が裏返ったような気持ちだった。私の耳の傍であのドワーフの笑う声が再び響いた。



(訳者注:少し遠出をする予定があり、なるべくそれまでに最後まで訳したいので、一日に数本、記事を上げることにする。それはそれとして、実に、「彼女」の変容の描写が凄い感じで、私がこれまで読んだホラー小説の中でも白眉である。フェミニストと思われている村上春樹の意外な一面がここにあるのではないか。)




彼女の肩に腕を回し、草が一杯に生えた野原に彼女を導き、一言も言わずに私は彼女を地面に横たえた。「あなたはあまりお喋りじゃないわね」微笑みながら彼女は言った。彼女は自分の靴を遠くに投げ、自分の腕を私の首に巻いた。私は彼女の唇にキスし、もう一度彼女の顔を見るために彼女から身を離した。彼女は夢のように美しかった。私は自分が彼女をこんなふうに腕に抱いていることがまだ信じられなかった。彼女は、もう一度キスされるのを待って目を閉じた。
その時、彼女の顔が変わり始めた。白い、生肉のようなものが彼女の鼻孔のひとつから這い出した。それは蛆だった。巨大な、私がかつて見たどんな蛆よりも巨大な蛆だった。そして、もうひとつ、もうひとつと蛆たちは彼女の二つの鼻孔から現れ、突然、死の悪臭が我々の周囲に立ち込めた。蛆たちは彼女の口から彼女の喉に落ち、彼女の目を横切って彼女の髪の中に隠れた。彼女の鼻の皮膚は滑り落ち、その下の肉は溶けて二つの黒い穴だけが残った。その間にも蛆たちは争いあうように現れてきて、その青白い体は周囲の腐肉を油のように汚した。




(訳者注:原作を読んでいないで、ここまでこの作品を読んできた人は、この成り行きにかなり驚いたのではないか。正月そうそう、何てものを!と思った人もいるだろう。しかし、私は村上春樹のいい読者ではないが、この短編小説は、構成といい話の進展といい、比喩や文章の巧みさといい、村上春樹のベストではないか、と思っている。だから、紹介の意味も含めて、英訳からの再日本語訳という妙なことをしているのである。)
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