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第九章 マリアの秘密についての現実的で説明的な章

 

マリアがフランシアの北の山地にある温泉地に送られたのは、彼女が十歳の時だった。娘の病弱なのを気にした両親が、彼女をそこで療養させようと思ったのである。

彼女の付き添いには、乳母が付いて、家庭教師も付いていた。保養所には数十人の滞在客がいたが、そのほとんどは老人で、彼女のような少女は珍しかった。しかも、幼いながらも彼女の美しさは目立っていたので、彼女は狼の間に送られた子羊のようなものであった。

最初に彼女の処女を奪ったのは家庭教師の男だった。彼はマリアの乳母ともできていたが、まだ十歳とはいえ、段違いに美しいマリアへの欲望を抑えきれず、ある午後、乳母が昼寝をしている間に、ほんの子供であるマリアの処女を暴力で奪ったのであった。

もちろん、マリアは自分が何をされたのか分からなかった。

だが、何度目かに家庭教師に性交の相手をさせられている時に乳母が部屋に踏み込み、気違いのように喚いたので、自分がいけないことの相手をさせられているのだと分かったのであった。

二人目の相手は、宿の主人だった。乳母と家庭教師が彼女を残して外出している時に、合い鍵を使って彼女の部屋に入ってきて、彼女を床の上に押し倒して犯したのである。

三人目は滞在客の老侯爵だった。漁色家だが、老齢と病気で体の不自由な彼は、この美少女に惚れこみ、主人に金を払って、彼女を自分の部屋に呼び、執事に手伝わせながら思いを遂げた。ついでにその執事も後でお相伴にあずかったのであった。まるでルイス・ブニュエルの映画にでもでてきそうな話である。

こうして、十六で保養地を出るまでに、彼女はすでに四人の男とそれぞれ数十回の性交渉を持っていた。しかし、まだ快感は知らなかったし、自分は男に対する何かの義務をやらされているのだとしか思っていなかった。おそらく、男という物は、女にこのような行為を強いる特権があるのだろう、と思っていたのである。

彼女が性交の快感を知ったのは、実は山賊に捕らえられている間の事だった。

温泉地から首都パーリャに戻る途中、山賊たちに捕らえられて、最初、数人に輪姦され、それから砦に連れて行かれて頭目の女にされたのだが、この髭面で醜男の頭目が女に関してはなかなかの腕達者だったのである。彼は固い蕾のようなこの美少女の体を様々に弄り回し、やがてその努力は実を結んで、マリアは、この口の臭い野獣のような頭目との性交に快感を覚えるようになった。少なくとも、この醜悪な男は、女の体を良く知っていたし、精力も抜群であったのだ。しかし、性愛の相手としてはともかく、マリアは彼を好きになることだけはできなかった。嫌いな相手に抱かれながらエクスタシーを感じる事に、彼女は何か自分の体が恐ろしく、罪深いような気持ちにさえなったのである。

彼女の初恋も、この頃だった。やはり山賊の一人で、口髭を生やした、にやけた色男がいたが、無知な少女にありがちな事で、彼女はこの男に恋をした。しかし、この男はマリアの自分への恋心に気づいたものの、親分の女に手を出す事は怖くて、彼女の自分への熱い視線に気づかぬ振りをしていた。

そうしているうちに、フリードとジグムントが現れ、親分も色男も含めて山賊どものほとんどを、蝿でも殺すようにあっけなく殺してしまったというわけである。

そういう意味では、フリードはマリアの救い主ではあるが、自分に性の快感を教えた男と初恋の相手を殺した相手でもあったのである。これはフリードのまったく気づかない事であったが、世の中には、そういう水面下の事情というものがあるもので、自分が善い事をしてやったと思う当の相手から恨まれる事もあるわけだ。しかし、マリアは善良な娘だったから、やはり自分が山賊の手から救い出された事を感謝するべきだろうとは思っていたし、若くハンサムなフリードが好きにもなりかかってはいた。とはいえ、まだ初恋の人の死の痛手からは抜け出していず、フリードに抱かれたのも、愛情よりはやはり義務の念からに近かったのである。

マリアは、見たところはまったく天使のような美少女だったが、それだけに男の毒牙にかけられやすくもあり、このような運命を辿ってきたのであった。幸運だったのは、これだけの性体験の間に、まだ一度も妊娠していなかったことくらいだが、これは彼女の生来の体質によるものであった。

芸能界の美少女タレントなどに対し、ロマンチックな夢想を抱いている若い男性には残酷な話だが、およそ世の中の現実とはこのようなものであり、美人や美少女がいれば、たいていは近くにいる不良青年などに蕾を散らされているものなのである。美男美女というものは、ある意味では野獣の餌のようなものであり、本人にとって美貌が幸福に結びつくとは限らないものなのだ。オスカー・ワイルドなどは「美貌は、君、災いだよ」と言っているくらいである。

 

第十章 林の中

 

さて、フリードとマリアとジグムントはビエンテの町を出て、パーリャに向かった。途中、フリードを悩ませたのは、ジグムントが、休憩の度にマリアを近くの林の中に連れて行くことであった。もちろん、それが何を意味するのか、フリードは分かっていた。

満足そうな顔で戻ってくるジグムントと、衣服を乱し、顔を上気させているマリアの顔を見ると、フリードの胸は嫉妬で一杯になった。ならば、自分もマリアにお願いすれば良さそうなものだが、若い男にありがちなプライドのために、フリードにはそれが出来なかった。

ジグムントの方は、そうしたフリードのお上品ぶりを内心では半分憐れみ、半分嘲笑っていた。彼はもはや、恥や外聞、他人の思惑などというものから超越しており、この年でまだ毎日のように性欲があり、マリアという美しい旅の連れ合いに恵まれた事を幸運としていた。まったく、この世に生まれて、しかもこの年になって、マリアのような美少女と寝られる事くらい幸運な事はあるまい。

しかし、パーリャも近くなってくると、フリードの強情も揺らぎ始めた。もうすぐ、この美しいマリアとはお別れなのだ。

ある日の午後、昼飯のために休憩した時、フリードは顔を真っ赤にしながら、マリアに言った。

「マリア、僕と来てくれ」

ジグムントは、(やっと強情を捨てたか)、という顔でフリードを見た。

マリアは、嬉しそうにフリードに頷いて付いて来た。

「もう私の事を嫌いなのかと思ってました」

 林の中で、マリアはフリードに言った。

「嫌いなもんか。だって、君はあの爺さんの相手ばかりしているじゃないか」

「だって、あの人も私の恩人ですもの」

 これに対して、フリードは言う言葉が無かった。

「君は、誰の相手でもするのか。そんなの……娼婦じゃないか」

「娼婦とは、マグダラのマリアのような人でしょうか。よくわかりませんが、私はただ、恩を受けた人に恩を返そうと思って……」

「だからって、何も、こんな形でなくたって」

「だって、私にほかに何があるのでしょう。フリード様は私を抱きたくないのですか?」

「そうじゃない、僕は……」

 フリードには、これ以上論理的な説明はできなかった。自分がマリアと「したい」と白状する事は、まるで自分が動物的な人間であるかのように聞こえるし、「したくない」と言えば嘘になる。

「僕は……あなたを抱きたいのだ。だが、あなたをほかの奴に抱かせたくない」

「そんなの、無理ですわ。私はあの方を嫌いではないし、あの方が私を求めますもの。私を求める人を、どうして拒めるでしょう」

 もはや言葉は無駄であった。フリードは、敗北感を抱きながらマリアと性交し、精神は惨めであったが、この上ない絶頂感を感じて肉体は満足したのであった。

 林から戻るとジグムントが皮肉な目でフリードを見た。

「満足したようだな。マリアは満足させたか?」

「はあ?」

 女を満足させるなどという考えは、フリードの頭にはまったく無かった。いや、一部の上流階級の漁色家などを除いて、この当時の男のほとんどは、女にも性欲があるなどという考えは持っていなかったのである。

「仕様の無い奴だな。女の体に火をつけたままにしとく気か。どれ、この青二才の後始末をわしがつけてやろう」

 ジグムントはマリアの手を引いて、林の中に連れて行った。マリアが嬉しそうにその後を付いて行った事が、フリードに屈辱感を与えた。

 やがて、林の中からマリアのすすり泣くような声が聞こえてきた。もちろん、快楽の泣き声である。

 フリードは石の上に腰を下ろし、両手で耳を塞いだ。

 再び戻ってきたマリアは、顔を上気させ、足元がふらふらしていた。

「私、もうあなた達と離れられない。お願い、私をあなた達の端女にでもして、連れていって下さい」

 マリアはジグムントにすがりついて、言った。

「それもいいが、まずは両親に会わんとな」

 ジグムントは、優しく彼女の髪を撫でながら言った。

 昼食の間、フリードは黙りがちであった。なぜ、この若くたくましい自分よりもマリアはこの年寄りを選ぶのか。そこには、自分の知らない秘密の技術がありそうである。

(畜生、俺は力であらゆる美女を手に入れてやる。女に愛されるのではなく、女を奪うのだ)

 屈辱感から、普段の善良さにも似合わずフリードはそんな野蛮な事を考えながら昼食を終えた。善人でも、いつでも善人らしく考えるとは限らないものなのである。

 こうしたフリードの鬱屈を晴らす機会は、そのすぐ後に訪れた。

 







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