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・大正時代を感じさせるノスタルジックなクラシックの曲(「メリーウィドウワルツ」など)が静かに流れる中、晩秋の北海道の風景が次々に映し出される。遠くの山、流れる川、野原や動物、空。
・それらの風景を背景に、タイトル「魔群の狂宴」以下、テロップが流れる。
・カメラが大きな洋館を映し出し、その二階の客室の開いた大きな窓を映すと、反転してその客室で対面してのどかに話している二人を映す。(背景は窓になる)

鳥居教授「秋もそろそろ終わりですなあ」
須田夫人「窓を開けていると寒いくらいですわねえ。これから長い冬が来ると思うとうんざりですわ」
少し黙って窓の外の風景を眺める二人。
客間のドアがノックされる。
須田夫人「お入り」
菊「失礼します」
入ってきて鳥居教授に軽く頭を下げ、夫人に電報を渡す。
菊「これが今参りました」
須田夫人が電報を開く。
須田夫人「おやおや、大変だ」
鳥居教授「何事ですかな」
須田夫人「あの子が帰ってくるんですよ」
鳥居教授「ほう、銀三郎君が?」
須田夫人「ええ。明後日到着だそうで」
鳥居教授「それは嬉しいことでしょう。何年ぶりでしたか」
須田夫人「大学卒業からすぐにアメリカに行きましたから、2年ぶりくらいですかねえ」
鳥居教授「僕はまだ銀三郎君にはお目にかかったことが無いから、お会いするのが楽しみです」
須田夫人「少し変なところのある子なんですよ。まあ、父親にはあまり似ていないのが良かったのか悪かったのか。父親はたいそう分かりやすい人でしたから」
鳥居教授「須田伯爵にもお目にかかっていないが、豪放な人だったようですな」
須田夫人「まあ、豪傑と言えば豪傑ですけど、女癖が悪くて、たいそう泣かされました」
鳥居教授「しかし、須田伯爵はこちらにはあまりいらっしゃらなかったようですな」
須田夫人「まあ、開拓使長官とは言っても、東京でもいろいろやることがあったのでしょう。何をしていたのか、私などにはさっぱり分かりませんけどね」
鳥居教授「その開拓使も今では道庁ですからな。時代も明治から大正に変わったし」
須田夫人「時代ねえ。何ですか、あの頃は没落した士族がたいそう不平を申して自由民権運動とかやってましたが、最近では民本主義とか社会主義とかいう変な思想まで出てきたそうで」
鳥居教授「ほう、社会主義をご存じですか。偉いもんだ」
須田夫人「一時、うちの子が大学でその研究会だとかに首を突っ込んでいたらしいのですよ。私には、それがどういうものかまるで分かりませんけどね。社会主義とはどういう思想なんですか、鳥居さん」
鳥居教授「まあ、簡単に言えば、平等な社会を作ろうという思想でしょうな。僕も専門じゃあないが」
須田夫人「それじゃあ、華族も百姓も平等にしようと?」
鳥居教授「はあ」
須田夫人「そりゃあ、恐ろしい思想じゃございませんか。フランス革命みたいに、王様の首を斬り落として貴族を皆殺しにするんでしょう?」
鳥居教授「フランス革命と社会主義は別物だが、精神には近いところはあるでしょうな」
須田夫人「おお、いやだいやだ。うちの銀三郎がそんなのに近づかないように願いたいものだわ」
鳥居教授「まあ、華族がわざわざ自分からその身分を捨てて百姓になることは無いでしょう」
須田夫人「あの子は、頭は悪くないんだけど、時々、突拍子もないことをするんですよ。大学生の夏に帰ってきた時には、あるパーティで加賀野将軍の鼻をつまんで引きずりまわしたりして大変な騒ぎになりましたわ。それも将軍が『俺の鼻をつまんで引きずりまわせる奴はいないからな』と御冗談を言ったら、突然、そういうことをやったんですよ。あの時はその騒ぎを治めるのに大変でしたわ」
鳥居教授「ご本人はどうしてそんなことをやったか言いましたか?」
須田夫人「その時は頭の調子が悪かったということで、お医者さんがヒポコンデリーとか何とか診断書を書いたと覚えています」
鳥居教授「まあ、若気の至りでしょう。とにかく、大変な美男子だという噂を聞きましたが、女での揉め事よりはマシかもしれませんよ。偉い人の鼻をつまむくらいはそのうち笑い話になります」
須田夫人「幸いというか、女出入りは少ないようです。まあ、私が知らないだけかもしれませんけどね」
二人、黙って窓の外を眺める。
窓の外の情景。日差しが少し傾いている。

(この場面終わり)




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