芸術科演劇コース 課題:〈CD・春節・花道〉のうち2つを使って物語を作る。
解答例
台湾旅行から帰ってきた祖父が、お土産にくれたのは1枚のCDだった。表には小太りの中年男が洋服姿で写っている。その男の歌でも入っているのだろう。さほど興味もなかったが、せっかくくれた祖父へのお愛想に、そのCDをかけてみた。
胡弓の音かと思われる、哀調を帯びた音のメロディが流れ、男の歌がやがて聞こえてきた。案外と高音で、きれいな声だが、歌詞は中国語だろう、まったく聞き取れない。でも、まるでフランス語のようにきれいな言葉だ。
「来年の春節には帰るとあなたと約束した。でも、私は帰れなくなってしまった。それがなぜかは言えない。私は帰りたい。もしも私の魂が鳥になれるなら、来年の正月には、きっとあなたのもとに帰ろう。あなたはその鳥が私だとわかってくれるだろうか」
その曲が終わったあと、祖父が歌詞を訳してくれたのには驚いた。
「おじいちゃん、台湾語、できたの?」
「というより、実は、この曲は、私が昔台湾に行った時に作った歌なのさ。それが今でも流れているのがなつかしくて、このCDを買ったんだ」
日本の歌謡曲歌手でもあった祖父が台湾に行ったのは、第二次大戦の慰問の際だったという。
文芸コース 課題〈記憶喪失・春の嵐・手紙〉の3つの言葉を使って散文作品を作る。
解答例
外は強い風が吹いている。春の嵐だ。昨日まで満開だった桜も、この風できっとほとんど散るだろう。
出勤してタイムカードを押し、私は自分の診察室に行った。仕事開始の時間にはまだ30分ほどある。
机の上に手紙が載っていた。私はいぶかしく思いながら、その手紙の封を切った。
「前略 長い間ご無沙汰をしております。私の名前を覚えていらっしゃるでしょうか。以前、先生に治療していただいた者です。記憶喪失という症状は珍しいものなのかどうなのか、私にはわかりませんが、私はその記憶喪失の患者でした。先生はいろいろと手を尽くして私の病気を治してくださいました。有り難く思っております。退院して、夫との生活をやりなおすことになりましたが、その夫が結婚直後から私に暴力をふるい続け、それが私の記憶喪失の原因であったことに気づいたのは、それから数日後のことでした。記憶を捨てることで現実から逃れることはできないもののようですね。といって、『現実を変える』のもなかなか大変でした。とりあえず、先生にはお礼を申しあげます」
封筒の裏側には、府中刑務所とあった。風に飛んだ桜の花びらが、窓に1枚張り付いた。
映画コース 課題:主人公が遅刻することによって始まる物語を作る。
解答例
メロスは遅刻した。セリヌンティウスは磔台の上で脇腹を処刑人に槍で刺され、呻き声をあげている。夕日はすでに地平線の下に沈み、その残照がまだ西の空に残っている。
「メロスは来たぞ! その男を処刑してはならぬ!」
そう叫んだつもりだが、声がかすれて音にならぬ。あえぎながらメロスは磔台の下によろめき出た。セリヌンティウスの足に抱きつき、メロスは叫ぶ。
「来たぞ! セリヌンティウス……メロスはここにいるぞ」
その言葉が聞こえたかどうか。セリヌンティウスは断末魔の苦しみの中で、目を薄くあけて、自分の足元にいるメロスを見下ろした。
「メロス……遅かった。俺は最後までお前を信じていたのに……」
その目にあったのは、悲しみとも憎しみとも軽蔑ともメロスにはわからなかった。
王が自分のそばに来たのをメロスは感じた。
「うまいやり方だったな。わざと少しだけ遅れることで、精一杯約束を守ろうとしたことを示しながら、わしとの約束で自分の命は助かるとは。所詮人間はこんなものよな」
メロスは激怒し、王に反論しようとしたが、反論できないものが彼の胸にはあった。これからの自分の長い人生を彼は思った。
演劇コース 課題:〈道化師・奈落・号泣〉のうち2つを使って物語を作る。
解答例
その道化師は号泣していた。彼の愛するブランコ乗りの女が、今日、手をすべらしてブランコをつかみ損ね、落下して死んだのだ。ふつうなら、ブランコ乗りを演ずる際には下に危険防止のネットが張られているのだが、新しく団長になった男は、ネット無しでの危険な演技をこのサーカスの売り物にしていたのだ。
演技は即座に中止され、今日の興行もそこで終わりになったが、単なる事故であったので、警察の取調べも簡単に終わった。
団員たちは死んだ女の通夜をしたが、酒が回ると新しい団長への批判の言葉が団員たちの口から上がってきた。
「あいつはどこへ行った? ジャコモは」
一番、団長を批判しそうな道化師の姿が見えないので、ライオン使いの男が言った。
「一人で飲んでるんだろうよ。あいつはジャンヌが好きだったからな」
そう話しているところに道化師が帰ってきた。
「お前、まだその化粧落とさないのか?」
道化師は、奇妙な微笑を浮かべた。その手や道化服には何か赤いものがついていた。
文芸コース 課題:〈殺人・祈り・手紙〉を使って創作する。
解答過程
1.この3つの語を物語的に関連させる。
2.たとえば、殺人犯からの手紙が被害者の遺族に届く。遺族は殺人犯のために祈る。
3.たとえば、法のさばけない犯罪の被害者の祈りが通じて殺人が行われる。
4.どちらにせよ、平凡な話にしかなりそうもないので、構成を工夫する?
5.極端な例として「手紙による殺人」とか「祈りによる殺人」はどうか。
解答例
「普通の人間が絶対に手を出せないような権力者の犯罪を裁く方法はあるのかな?」
K**が言った。私は「それは具体的な人物を念頭に置いての話かね?」と聞き返した。
「まあ、現実の人物ではあるが、特定の一人ではない。そういう人間は何人もいるさ」
「ならば、まあ、神にでも祈るんだな。どうかそいつを殺してくれってね」
K**は苦笑した。「神自身が殺人を禁じているんだから、それは無理だろう」私は言い返した。「君が裁きたいというほどの人間なら、殺人に匹敵するくらいの罪を犯しているんだろう? そういう人間の犯罪を見逃すような神ならば、存在したって無意味じゃないか」
「僕が言うのは、もっと現実的な方法さ。権力を持った悪党を裁く方法は無いかという」
「そうだな。手紙でも書いたらどうだい」「手紙?」「そうさ。そいつの悪事を徹底的に糾弾し、そいつが良心の呵責に耐えかねて自殺するくらいの手紙をそいつに送るんだ。これなら、たとえ、それが本当の原因でそいつが自殺しても、外部の人間には何が自殺の原因かわからないし、たとえその手紙が咎められても、自殺した人間には加害者というのは存在しないことになっているから、法的には問題ない。ただ問題は……」「何だい?」「それほど心のヤワな人間が権力の座につくことはまずありえないってことだな」「まったくだ」私とK**は笑いあった。
課題;〈文芸・入学・希望〉を使った小論文
解答例
私は貴大学芸術科文芸コースに入学を希望して、この小論文を書いているが、このテーマの意図を推定することを私のこの小論文のテーマとしたい。
明らかに、この三つの語句は小論文のテーマとは言い難い。「文芸」だけならまだしも、それに「入学」や「希望」まで入れよというのは、三題話にはなっても、「論じる」ものにはならない。では、このテーマの意図は何か。それは、これをあくまで小論文として処理しようという馬鹿正直な受験生の悪あがきを見て楽しもうという意地の悪い動機ではないだろうか。であるなら、私のようにひねった解答こそが、合格答案としてふさわしいのだ。