忍者ブログ
[309]  [308]  [307]  [306]  [305]  [304]  [303]  [302]  [301]  [300]  [299

  昼。赤坂。男の宿泊する高級ホテル。その高層ビルを見上げる薫。やや、気後れした表情。着慣れない背広にネクタイが、フイットしない感じである。

  ロビーを歩く薫。外国人の男女や、政財界の大物らしい日本人の姿に比べて、貧しいこの若者の姿はいかにも場違いだ。彼も、それを感じている表情である。

  フロントで何かを尋ねる薫。係が内線電話をし、薫に頷いてみせる。

  最上層の一室の前に立つ薫。少しためらって、ドアをノックする。

  ドアが開き、ガウン姿のマキが顔をのぞかせる。にっこり笑って、薫を中に入れる。

  豪華な室内を、物珍しげに見回す薫。

  続きの部屋からガウン姿の男が出てくる。薫は、ソファから立ち上がって男を出迎える。男は手で、薫に座るように指示する。

男「都内か、そのはずれの、あまり目立たない所に、貸しビルを一つ探せ。建坪は百坪以上で、三階か四階建て。敷地面積は二百坪以上で広いほどいい。内装はどうでもいい。いくら高い借り賃でもいいが、ただし、買いはしない。これは手間賃だ。なるべく早く見つけろ」

  テーブルの上に札束を置く男の手。それを見て、目を丸くする薫。

  都内を歩き回る薫や、仲間達。不動産屋の中で商談する薫の姿。実際の物件を見せられて、首を横に振る薫。

  広い敷地の中の殺風景なビルを一人で見て、頷く薫。

  同じ物件を見て頷く男の顔。

男(満足そうに)「これでいい。三日で見つけたのはほめてやる。次は、内装だ」

  ビルの内装工事。各フロアの部屋の壁をすべて取り払って、全体が広い倉庫のような雰囲気になり、次に、一階にボクシングのリングのようなものが作られる。続いて、二階は大食堂風になっていき、全体は、運動部の訓練所か軍隊の宿舎のようになっていく。

  庭の地面が均され、鉄棒と登り棒が作られていく。

  内装業者に現金の分厚い束が渡される。

薫「ここの工事の事は、他人には言わないという約束は、守ってくださいよ」

工事業者「もちろんです。でも、何ですかねえ。何かの訓練所みたいですけど」

薫「まあ、金持ちの道楽ですから」

  次第に全容を顕わしていく建物。窓の少ない、要塞のように無骨な外見である。

  氷雨の降り始めた東京。カメラはそれを上空からなめるように映し、やがて一つの建物、例の「訓練所」を上空から映す。建物の一つの窓から明かりが漏れている。その中にカメラが入ると、そこには整列した元暴走族の少年達の姿。その前に立っている「男」。

男(静かな、しかし恐ろしい威厳を持った口調で)「これから一ヶ月、お前達は訓練を受けて貰う。軍隊並の、いや、それ以上の特訓だ。落後することは許さん。俺の命令に違反したり、脱走を企てようとした者は、死んで貰う。しかし、お前達がその訓練に耐え抜いた暁には、お前達が望むだけの金を手に入れさせてやる。掛け値なしに、一生遊んで暮らせる金だ。この話を聞いた以上は、今更抜けることはできん。わかったか」

  顔を見合わせる少年たち。

男(気味の悪い微笑を浮かべて)「もしも、それがいやなら、俺を殺してここから出ていくことだ。だが、俺がお前達なら、一生ウジ虫みたいに生きていくよりも、たとえ少々苦しくても、一、二ヶ月の苦労で一生遊べる金を手に入れる可能性に賭けるがな」

  「訓練所」の寝室で。二段ベッドの上下で話す薫と、従兄弟の透。

透「恐ろしい人だな、あの『田中』さんは。田中ってのは本名か?」

薫「多分、嘘だな。あの人にとっちゃあ、自分の名前なんて何でもいいんだ。……どうだ、逃げたくなったか? だが、やめたほうがいい。あの人の強さは半端じゃない。俺の想像だが、傭兵上がりじゃないかと思う。もっとも傭兵のみんながみんな、あんなに強いわけでもないだろうが」

透「逃げる気はないが、逃げることはできるだろう。こっちは十六人、あっちは一人だ」

薫「あの人と一度でも立ち会ったら、そんな考えはなくなるな。それに、俺はあの人を信じてる。この訓練が終わったら、確かに俺達は巨万の金を手に入れるだろう。それがどんな方法かはわからんが、それがたとえ銀行強盗だろうが、俺はやるぜ。何もしなけりゃあ、どうせ、退屈な人生だ」

透(頷いて)「そうだな。どんな猛訓練か知らんが、耐えてやろうじゃないか」

  猛訓練の日々。敷地内でのマラソン、棒登り、腕立て伏せ、上体起こし、スクワット、ロープによる壁登り、ボクシング、等々。ゲロを吐く者、倒れ込む者、水をぶっかけられる者、等々。

  やがて、訓練を平気でこなすようになってきた少年達の姿。中でも目に付くのは、60センチくらいの硬質ゴム棒を使った訓練である。彼らは、それが本物の剣か金属棒であるかのように、真剣な顔で、それでチャンバラをしているが、その動きは、武道の達人に近い見事なものである。また、ずらっと並んだ平均台の上を、疾走する姿、長く張られたロープをするすると伝わる姿は、一流のレンジャー部隊顔負けである。

  三階の広間に整列する少年達。全員、グレーのTシャツに黒いズボン、爪先に金属入りの半ブーツに体を包んだその体つきは、一月前とは比べ物にならないほどたくましく、表情は精悍そのものである。彼らの前に立ち、彼らを眺める「男」の顔にも、満足そうな表情が見える。

男「これから、仕事の話をする。これまでお前らに厳しい訓練をしてきたのは、この仕事でお前らがドジを踏まないようにするためだ。いいか、一人のミスが全員の死につながると思え。……則夫、まずそいつをみんなに配れ」

  則夫と呼ばれた少年が、メンバー一人一人に20センチくらいの特殊警棒を配って歩く。

  それぞれ、警棒を手にして、武者震いをする少年達。

男「使い方はわかってるな? 薫、健太郎と模範演技をしてみろ。もちろん、寸止めだぞ」

  メンバーの前に進み出て、構える薫と健太郎。腕を一振りすると、警棒は60センチほどの長さに伸びる。

  特殊警棒を使って模範演技をする薫と健太郎。一流の剣士のような、その動きに見とれる仲間たち。最後に、薫の警棒が、健太郎の頭の数センチ上でぴたりと止められ、演技が終わる。

男(静かに頷いて)「よし。なかなか上達した。だが、これからお前らがやるのは、寸止めではない。本物の人間の頭上にそいつを叩きつけるのだ。頭蓋が潰れ、血と脳漿が吹き出しても、気にするな。相手が刃物を持とうがピストルを持とうが、今のお前らなら、それで十分に対抗できるはずだ。それだけの訓練は積んである。現場では、チームリーダーの指示は絶対だ。怪我人が出た場合や、警官が思ったより早く到着した場合の行動や処置は前に言ったとおりだ。いいか、どんなことがあってもうろたえるなよ。また、絶対につかまるな。どうしても捕まりそうな者が出た場合は、そいつを殺せ。でなければ全員が破滅する」

  男の言葉に頷く少年達。その顔には、緊張感はあるが、不安や怯えの色はない。(フェイド・アウト)

PR
この記事にコメントする
color
name
subject
mail
url
comment
pass   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
プロフィール
HN:
冬山想南
性別:
非公開
P R
忍者ブログ [PR]

photo byAnghel. 
◎ Template by hanamaru.