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#5   消えた本

 

本というものは買っておくべきものである。そして、できるだけ捨てないほうがいい。というのは、出版物には寿命があるからである。子供のころ読んで面白かった本をもう一度読んでみたいと思っても、既に書店の棚には無い、というのはよくある事である。

おそらく今の人々はドーデーなど読まないだろうし、彼の「タルタラン・ド・タラスコン」などというユーモア小説の存在も知らないだろう。べつにそれが名作だというわけではない。「最後の授業」などで一時期有名だった彼の人気に便乗して訳されただけの二流三流の作品だ。しかし、昔読んだ本には、その頃へのノスタルジーがまといついており、他のどんな本にも得られない「自分だけの」感情の記憶があるのである。そしてそれは、あるいはどんな莫大な金を使っても二度と手に入れられないものかもしれないのだ。プルーストのように、自分の後半生を自分の前半生の記憶を思い出し、(フィクションの形でだが)記録することに費やした人間もいる。

たとえ新しい翻訳が出ていても、昔の翻訳でなければいけないのである。「赤毛のアン」は多くの人が訳しているが、村岡花子の訳以外は考えられないという人は多いはずだ。「白鯨」は今では阿部知二訳しか書店には見あたらないが、私は、自分が子供の頃読んだ、名前の知れない翻訳者の訳のほうが優れていたと思っている。それが錯覚でも、私にとってはそうなのだ。だから、本はけっして捨ててはいけないのである。







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