[ディゾルブ]
(ロイヤル・スイートの金庫の中。暗い)
・ 外から部屋の鍵を回す音が聞こえる。部屋のドアが開く音に続いて金庫のダイヤルを回す音、そして金庫の戸が開くのを我々は(金庫の内部から)見る。開いた戸を通して、我々はロイヤル・スイートの室内を見る。三人のロシア人は金庫の前に立っている。その一人がスーツケースを金庫の中に入れる。
(ホテル・クラレンスのロイヤル・スイートのMedium Shot)
・ 金庫に向かう角度で、部屋の内部の情景が映し出される。例の三人のロシア人は金庫の周りにいる。ブルジャノフとイラノフが金庫の側にいる間に、コパルスキーがカメラの範囲外に歩み出て行く。カメラは数秒間ブルジャノフとイラノフの上にそのままとどまり、向きを変えて部屋の中央を写す。そこにはウェイターが朝食のテーブルをセットしている。このウェイターは、元伯爵のラコーニンで、ロシアから亡命してきてホテル・クラレンスに雇われた男である。ラコーニンは非常な興味を持って金庫に目を遣る。その間に我々はコパルスキーが電話で話しているのを聞く。
コパルスキーの声「メルシエールにつないでくれるか。……そう、宝石商の……」
・ ラコーニンは耳をそばだてて、電話の方を見る。
(電話で話すコパルスキーのクローズ・ショット)
コパルスキー「私はムッシュー・メルシエールと個人的に話したいのだ。……ハロー、ムッシュー・メルシエール? こちらは、ロシア通商局のコパルスキー。我々は今朝到着した。……サンキュー」
(ラコーニンのクローズ・ショット)
・ 朝食のテーブルをセットしている間に、彼の電話への好奇心は増大していく。
コパルスキーの声「そうだ。すべてここにある。ネックレスもだ。全部で十四点。……何だって? いやいや、ムッシュー・メルシエール、スワナ公爵夫人の宮廷用の宝石が十四点だ。自分で検分すればいい。当然、我々は必要な証明書や信任状をすべて持っている」
・ 声が続いている間に……
[ディゾルブして……]
(ホテル・クラレンスの従業員用階段)
・ラコーニンがコートのボタンをはめながら急いで階段を下りて来る。彼はドアを出て街路に出て行く。 *原注:映画では、ラコーニンが同僚のウェイターに「十分で戻る」と言い残して外出する。
[ワイプ] *画面の一端から拭っていくように、次の画面に変わっていくこと。
(ホテル・クラレンス近くの街角)
・ ラコーニンがタクシーに乗り込む。
ラコーニン(運転手に)「ルー・デ・シャロン(*シャロン通りか?)八番まで」
[ワイプ]
(ハウス・ナンバー8の画面挿入)
・いかにもパリ風のアパートメントの上からのショット。カメラが引いて、入り口全体のMedium Shotとなる。(カメラが)中に入ると、典型的なパリのプレイボーイが大股に歩いている。彼は伯爵レオン・ド・アルグーである。 (*ダルグーと発音?)
[スワナのアパートメントの入り口]
(スワナのメイドによってドアが開けられる。レオンが、自宅同様の気楽さで入って来る。)
メイド「おはよう御座います、伯爵」
レオン「ああ、おはよう」
メイド「妃殿下はまだお着替え中です」
レオン(スワナの部屋に入りながら)「かまわんよ」 *原注:映画ではメイドは登場せず、レオンは直接スワナの居室(寝室)に入る。
[スワナの居室のロング・ショット] *以下、ショットは片仮名で表記。
・ スワナはネグリジェのまま化粧台の前に座っている。レオンは古い友達のような気楽そうな雰囲気で入って来る。彼はスワナに軽くキスをする。
スワナ「ハロー、レオン!」
レオン「おはよう、スワナ」
・ 以下のスワナの長話の間に、レオンは彼女の話にはたいして注意を向けず、椅子に座り、煙草に火をつけ、雑誌を眺める。
スワナ「本当にいやな朝だわ。……本当に、みじめ。お化粧がうまく出来やしない。愛想良い感じにしたいのに、冷たい、いやな女にしか見えやしない。顔がうまく作れないわ。全部、てかてかし過ぎ。どうしたら、くすんだ感じにできるかしら、レオン、何かアドバイスしてよ。この顔にはまったくうんざりだわ。誰かほかの人の顔だったら良かったのに。顔が選べるなら、誰の顔がいいかしらね。でも、人間って、その人が受けるに足る顔を得るんでしょうね」
レオン「君のおしゃべりには素晴らしい長所があるよ、スワナ。どんなに沢山質問をしても、それへの返答を期待していないってところだ」
スワナ「それって、気が休まらない? ……昨晩はどうして来なかったの?」
レオン「君のために利益を上げようと頑張っていたんだ」
スワナ「勝ったの?」
レオン(情熱的に)「競馬も、ルーレットも、株も忘れちまえ! 心配事なんておさらばさ!君は、例のダイヤモンドの数字をはめこんだプラチナの腕時計を覚えているだろう? 君はそれを僕に与えることが出来るポジションにいるんだ」
スワナ(ユーモアを湛えて)「まあ、レオン、あなたって親切ね」
レオン「君がうんと言ってくれれば、僕たちは金持ちになれるよ。僕は昨夜、ギゾーと食事をしたんだ」
スワナ(軽蔑した感じで)「例の新聞屋?」
レオン「どんなに沢山の立派な人々がギゾーと食事をしているかを知ったら、君は驚くよ」
スワナ「まったく気が滅入るような、新聞の力だわ」
レオン「まあ、聞いて、スワナ。……僕はギゾーに、君の回顧録をパリジェンヌ・ガゼットに載せるというアイデアを売ったんだ。“ロシア大公妃スワナの愛と人生”!」
スワナ(抗議するように)「まあ、レオン!」
レオン「スイートハート、もしも君が君の過去を富くじにでもして売りたいなら、そのために僕たちの未来をあきらめても、僕は気にしないよ!」
スワナ「私がドクター・バートランドのマウスウォッシュの宣伝を断ったのは、こんなことのためなの? 私は、ビンセント真空掃除機はロマノフ朝で使われた唯一の真空掃除機です、と言うだけで一財産作ることもできたのよ。それなのに、あなたは、連中が私の生涯の秘密を嗅ぎ回り、タブロイドの一面を汚らしく飾ることを許そうとしている」
レオン「君がどんな気持ちだか、僕はわかっているよ。しかし、何にでも有効期限や賞味期限ってのがあるものさ。特に誇りとか尊厳にはね。彼らはいくらでも払うよ! 何しろ発行部数二百万だからね」
スワナ「二百万の番頭や売り子が一スーで私の人生を覗き込むのを想像して御覧なさい! 私の愛しい人生が、チーズや血まみれのソーセージの包み紙になるのよ! 大きな油の染みが私の最も大切な瞬間のまん真ん中にべったり付く様子が目に見えるわ」
・ レオンはスワナ自身の利益のために自分がどうふるまうべきかを知っている。
レオン「うーん、僕には君を説得する力は無いが、しかし、盲目的に行動してはいけないな。もしも、それが君の決意なら、君はそこから生じる状況に面と向かう心構えをしなくちゃいけないよ……(自分のすべてを差し出す男の思い入れよろしく)……僕は働かなくちゃならなくなるだろうな」
・ スワナは立ち上がってレオンの所に行く。彼のメソッドは成功する確率が非常に高いのである。
スワナ「私の可愛いボルガの船曳きさん! 脅かすのはやめて! 私には耐えられないわ。(レオンを抱きしめながら)ねえ、あなたは私の可愛いボルガの船曳きさんよね?」
レオン「ねえ、スワナ……」
スワナ「まず答えてちょうだい。あなたは私のちっちゃなボルガの船曳きさんよね?」
レオン(彼女を止めるなら何でもする気で)「ああ、そうだよ。僕は君の可愛いボルガの船曳きだ」
スワナ(化粧台の前に戻って)「そうね……二百万の読者。……私には彼らが何を求めているかはっきりわかっているわ。『第一章、金塊の後ろの幼年時代。小さな皇女はラスプーチンの髭で遊んだ』」
・ レオンは彼女の側に座り、だんだんと夢中になりつつ。
レオン「僕はギゾーの考えた奴を一つ知っているよ。恐るべきものだがね。『血とキャビア・スワナは氷の上を逃げる!』」
スワナ「『二匹のブラッドハウンド・そして我々はアンクル・トムの小屋にかくまわれた』」
レオン(別のアイデアを思いついて)「ダーリン、素晴らしい考えがある。……君はボルシェビキの攻撃は受けたかい?」
スワナ(記憶を探って)「私が?……いいえ。……ボルシェビキにはね」
レオン「そいつは最悪だ。それで我々の値段が一万フランは下がった」
・ ドアがノックされる。
スワナ「お入りなさい」
・メイドが入って来る。
メイド「ラコーニン公爵が、ある用件で奥様に拝謁したいとのことです」
レオン「ラコーニン公爵?」
スワナ「ホテル・クラレンスのウェイターよ。可哀想な人なの。あなたも知っているはずよ」
レオン「ああ、あいつか」
スワナ「30分ほどはお目にかかれませんと彼に言って」
メイド「公爵は、できるだけ早くお目にかかりたいとおっしゃってます。今はランチタイムで、彼はコースに入っているのです(*食事の世話をしなければならないのです)」
・メイドは出て行く。スワナは居間の戸口に歩いて行く。