プロローグ:北海道の美しい風景と貴族たち。
1:鳥居教授と須田夫人。社会主義思想についての会話。
2:銀三郎の噂。理伊子と菊と須田夫人、岩原夫人。
3:佐藤富士夫と理伊子の面談。佐藤は銀三郎については答えない。
4:銀三郎の登場。
5:銀三郎の老将軍への奇怪なふるまい。
6:佐藤富士夫が銀三郎を平手打ちする。(7と順序変更し、園遊会での事件とする)
7:(回想)東京での佐藤と桐井六郎の会話。佐藤の妻のこと。兵頭のこと。
8:(回想)兵頭と女たち。
9:(回想)佐藤、桐井と棚原晶子との出会い。晶子についての二人の会話。
10:(現在に戻る)社会主義者たちの会合。兵頭や銀三郎の噂。佐藤、桐井他。工場の労働争議の話。
11:兵頭夫妻のこの地への登場。田端退役大尉と理伊子。田端兄と田端妹(狂女)と佐藤、桐井。
12:桐井の自殺哲学のこと。晶子への思慕のこと。
13:銀三郎と佐藤菊と須田夫人。須田夫人は菊の銀三郎への秘めた思慕を知る。
14:須田夫人が菊に鳥居教授と結婚しろと命令する。
15:佐藤富士夫の前に、臨月の妻が現れる。
16:銀三郎と妻(狂人)の再会。妻に罵倒される銀三郎。
17:懲役人藤田(フェージカ)が銀三郎の前に現れる。恐喝に失敗。銀三郎に心服する。銀三郎はカネをやる。
18:佐藤鱒江の出産。桐井と佐藤がそのために奔走する。
19:鱒江の死産。桐井六郎の自殺。鱒江の死。
20:銀三郎が妻帯していることを人々に告げる。工場の火事の勃発。
21:鳥居教授のモノローグで、現在の状況が語られる。官憲による社会主義者たちの探索。
22:兵頭と銀三郎の対話(アナーキズム問答)
23:兵頭の上海への逃亡。
24:兵頭のパリからの「魔子への手紙」(大杉栄の娘への手紙をそのまま使う)
25:東京に出た佐藤富士夫と白蓮(棚原晶子)との再会。恋仲になる。佐藤は結核になっている。
26:鳥居教授と菊の結婚を進める須田夫人。鳥居教授の疑惑。
27:「他人の不始末」との結婚を疑う鳥居教授。真淵力弥が教授を批判する。
28:理伊子が銀三郎の元に奔る。追う真淵。
29:銀三郎の前に懲役人藤田が現れ、田端兄妹を始末してやろうと言う。それを拒否しながらカネをやる銀三郎。
30:(回想)酔った父が妾を切り殺す場面を思い出す銀三郎。自分の中に潜む狂気への疑い。
31:(回想)銀三郎がかつて幼い少女を強姦したことを暗示するシーン。
32:(回想)「いつでも、あなたの看護婦になります」と言う菊。
33:藤田による田端兄妹殺害。銀三郎が主犯だと民衆は疑う。
34:殺害現場に駆け付ける理伊子、それを追う真淵。理伊子は民衆に投石され、死ぬ。呆然とする銀三郎たち。
35:(東京にて)兵頭の帰国。理伊子の死と佐藤富士夫の病死の件を聞く。
36:(東京にて)憲兵らによる兵頭の探索。
37:(東京にて)後藤象二郎にカネを無心し、カネを得て喜ぶ兵頭。
38:関東大震災と兵頭の死。
39:甘粕大尉らの裁判、5.15事件、2.26事件と日本の軍国化。
40:栄三の墓の前の銀三郎の独白
・人々が公園入口の受付で、あるいはカネを払って、あるいは招待状を見せて園内に入っていく。女性は洋装が半分、着物姿が半分。男はフロックコートや着物姿が多いが、普通の背広姿の者や軍服姿も少数。男は髭を生やした中年や老人が多い。
・公園の中に低いステージが作られ、楽団が背後に並んで演奏をしている。軽いワルツなど。
・入園する佐藤と桐井。
佐藤「あれは田端じゃないか」(少し離れた場所の男に目をやる。軍服姿の男である。)
桐井「インチキ大尉か。いつここに来たのだろう」
佐藤「銀三郎の後を追ってきたんじゃないか」
桐井「まさか、あいつまでアメリカに行っていたわけじゃないんだろう。どうして銀三郎の帰国と同時に現れたんだ」
・田端退役大尉(自称であるが、そう書いておく)は、彼の前を通り過ぎた理伊子を見て、一目ぼれの間抜け顔をする。すぐに真面目な顔を作り、彼女に近づく。
田端「お嬢さん、お待ちください」
理伊子(振り向く)「はい?」
田端「自己紹介をするご無礼をお許しください。何しろ、当地にはほとんど顔見知りがいないので。私、退役大尉の田端という者です。あなたの護衛でも下男でも、御用の節にはこの私にお命じください。この田端、誇り高い人間ですが、あなたのためならいつでも奴隷になります」
理伊子(つんとして)「結構です。間に合ってます」さっさと立ち去る。まったくこたえた様子もなくその後ろ姿をよだれを流しそうな顔で見送る田端。
それを見て不愉快そうな顔になる佐藤。
佐藤「道化者め!」
・ステージでは芸人がアコーディオンの弾き語りで「ディアボロの歌」を歌っている。
・道知事、道警察署長、当地の華族や大物企業家が集まっている一画で、互いに挨拶をし、あるいは話し込んでいる。その中に須田夫人と長身の息子銀三郎の姿がある。銀三郎はお偉方から歓迎の言葉を受けているのが遠くからも分かるが、当人はまったく感情の無い顔で答礼だけしている。
・鳥居教授が兵頭栄三を連れてその一画に進んでいく。
須田夫人「まあ、鳥居先生、遅かったこと」
鳥居「いや、申し訳ない。この人の訪問を受けて、思わず話し込んでしまったんでね。ついでだからお連れしたんだ。面白い方だよ」(銀三郎の方に向く)
鳥居「須田銀三郎君だね。私は鳥居と言って、有難いことに母上から御厚誼を受けている者だ。まあ、元大学教授のただの年よりだがね。お見知り置き願いたい」
・銀三郎は黙って頭だけ下げる。
鳥居「こちらは今日お知り合いになったばかりだが、広い見識の持ち主だ。お名前は、ええと」
兵頭「兵頭と申します」(須田夫人と銀三郎に頭を下げる)
銀三郎「兵頭? もしかしたら、3年ほど前に東京で話題になった方では?」
・周囲の連中が聞き耳を立てる。
兵頭「さて、何のことでしょうか」
銀三郎「恋愛のもつれから女に刺された兵頭という男が話題になったんですよ」
兵頭「ほほう、なかなか面白い話だ」
銀三郎「確か、女ふたりでひとりの男を取り合ったあげく、女のひとりが男を刺したとか」
兵頭「ははは、そういう死に方も悪くはなさそうだが、残念ながら私はそんな艶福家じゃない」
話を聞いていた身なりのいい男「ふしだらな話ですな。女に刺されるとは、男もだらしない」
別の男「例の自由恋愛という思想でしょう。結婚など考えず、好きになった男や女がくっつけばいいという、流行りの思想ですよ」
お転婆そうな若い女「あら、自由恋愛は素敵だと思うわ」
中年女性「自由恋愛など、男に都合のいい思想ですよ。飽きたら女は捨てられるだけです」
頑固そうな老人「恋愛というものがそもそもけしからん。我々の時代にはお互い結婚する当日まで相手の顔も知らなかったもんだ。結婚とは家のためのものなのだ」
・議論の間に、佐藤富士夫が手持ち無沙汰そうな銀三郎の傍に近づいていく。カメラは遠景としてその二人の姿を捉える。
・佐藤が銀三郎に何か言う。銀三郎は冷笑を浮かべて何か答える。
・佐藤は顔色を変え、銀三郎を思い切り平手打ちする。
・一瞬、相手を殺しそうな怒りの表情をした銀三郎だが、その握りしめた拳を後ろに回し、後ろ手を組む。固く結んだ唇が、彼が激情を抑えていることを示している。
・佐藤は、気圧されたように後ずさりし、プイと後ろを向いて公園の出口に足早に向かう。その後を桐井六郎が追う。
・楽団の演奏はこの間、「美しき天然」になっている。
(このシーン終わり)
・桐井の部屋の戸を叩く佐藤。
戸の内側から桐井の声「誰だ」
佐藤「俺だ。佐藤だ」
桐井の声「入れ」
・部屋に入る佐藤。
桐井「どうした」
佐藤「相変わらず一晩中起きているのか」
桐井「癖になってな。夜だと頭がよく回るんだ」
佐藤「体を壊すぞ。って、身体など気にしないか」
桐井「いつ死んでもいいが、健康には気をつけているよ。一日3時間くらいは寝ている。それより、用があるんだろう?」
佐藤「どうやら、須田銀三郎が帰ってきたらしい。須田家の召使から聞いた」
桐井「召使って、菊ちゃんだろう。あの家の養女じゃないか」
佐藤「実際は召使みたいなもんさ。華族が平民から養女を貰って本物の娘として扱うもんか」
桐井「菊ちゃんがそんな不満を言ったのか?」
佐藤「まさか。言うはずはないさ。あいつはどんな扱いをされても文句は言わん女だ。まあ、元の家にいてもロクな暮らしはできなかっただろうがな。兄の俺が不甲斐ないからな」
桐井「岩野の娘の仕事に協力する気は無いのか」
佐藤「あんなの、銀三郎の気を引くためだけの仕事だ。華族の娘でも、頭のいい私はこんな仕事もできますよ、と見せたいだけさ。銀三郎が帰ってくると分かった途端に慌ててでっちあげた話に決まっている。それより、気になることがある」
桐井「何だ?」
佐藤「銀三郎は、……、その、ひとりで帰ってきたらしいんだ」
桐井「えっ? それじゃあ、あの、鱒子さんは?」
佐藤「分からん。後から来るのかどうなのか」
桐井「そうか……じゃあ、いい事がある。近いうちに知事主催の園遊会が道庁近くの公園で開催されるんだが、それが銀三郎の帰国祝賀会を兼ねているらしい。それで、招待客だけでなく、一般客も有料で入れるらしいんだ。今日、会社の上役から聞いた。つまり、選挙運動と選挙資金集めを兼ねているわけだろう」
佐藤「それに出れば、銀三郎に会えるわけだな。よし、出て、鱒子のことを聞いてみよう。悪いが、入園料を貸してくれんか。俺はほとんど文無しなんだ」
桐井「大丈夫だ。俺はどうせカネなどさほど要らない人間だから」(微笑む)
(このシーン終わり)
「西南の役」「自由民権運動」云々の部分はカットしたほうがいいかもしれない。時代が離れすぎているようだ。まあ、別に現実の歴史に縛られる必要は無いのだが。
(追記)「NHK放送史」より
世界の労働階級が反動勢力に一大示威を展開する日、5月1日、メーデーが近づいてきました。共産党の党学校では開校第1日、直ちに川上貫一氏から、メーデーの歴史の講義がありました。「・・・メーデーが来ます。5月1日。このメーデーは、皆さんもご承知でしょうが、1886年5月1日に、アメリカの労働者が8時間労働を要求してゼネストをやった。そしてこれを完全に勝利をした。この勝利を記念するために、1889年に第二インターナショナルの会議は、この5月1日をもって労働者の国際的祭日と定め、そして、その日1日のゼネストをもって、労働者階級の団結、闘争を資本家階級に向かって宣言することに決定したのであります。」日本のメーデーは、大正9年第1回以来、反動政府のすさまじい弾圧のもとに幾多の流血事件さえ起こし、ついに昭和11年、禁止されるに至りました。新日本の前途を照らす復活メーデーを前に、各工場は、今その準備に大わらわです。(子どもの合唱「メーデー歌」)
第3章 大正時代
労働行政の歩み
労働運動とその取締り
大正時代は15年で終る。明治になって文明開化の道を走り出した日本であったが、大正は内憂外患の連続で、近代化への脱皮に苦悩した時代ともいえよう。
第1次世界大戦で、つかの間の好景気ににぎわった日本も、戦時中からの物価の高騰に苦しんだ。大戦後は経済恐慌に襲われ、失業者は多発し、国民の生活は窮迫するばかりであった。米騒動が全国的に発生したのも生活苦からである。大正6年ロシア革命が起こり、革命的な潮流は世界各国に広がった。こうした内外の情勢をバックに、労働運動は大きな高まりを見せ、争議は頻発し激化の傾向をたどった。労働者の要求は、もっぱら賃上げに集中した。日本の第1回のメーデーは、大正9年5月2日に東京の上野公園で開かれている。
明治以来、政府は労働運動に対して、厳しい警察的取締りを続けてきた。それを大正8年には、穏健な労働団体の成立は阻止するものではないとの、緩和した方針を明らかにした。その翌年には、「臨時産業調査会」を設け、労働組合法の起草にとりかかった。時代の流れの中で、労使関係の安定と労働運動の健全な発展が課題となってきたからである。労働組合法案については 規制の方針などで内務省と他省との間に考え方が対立し、その調整が難航した。使用者側は、法律の制定そのものを強硬に反対した。労働者側では、その立場立場で意見が分かれ、制定反対、法案修正、代案作成など、活発な動きが起こった。
大正15年、政府による労働組合法案が国会に提出されたが、審議未了で不成立に終わった。その後、昭和2年、同6年の2回にわたる国会への提案も、実を結ばなかった。労働組合法が誕生したのは、戦後の昭和20年になってからである。
鱒江がこの地に来る日に、初雪が降り始める。寒さの中で出産し、赤ん坊は死ぬ。
佐藤富士夫と桐井は同じ下宿に住み、田端兄妹は現在、安い木賃宿にいる。
・大正風味を加えること。田谷力三、浅草オペラ、ジャズ、学校唱歌など。
・「ディアボロの歌(フラ・ディアボロ)」は園遊会の出し物で、芸人のアコーディオンの弾き語りで歌われる。ほかに「天然の美」「恋はやさし野辺の花よ」が歌われる。
・「ディアボロの歌」はさらにエンディングに、「天然の美」は殺人シーンのバックに曲だけで流れる。
・オープニングは「メリーウィドウワルツ」。
脚本に盛り上がりが無いので、社会主義者たちの会合の後にドラマチックな、あるいはスリリングな場面を入れること。いや、それより、佐藤と桐井の会話を入れるか。そこで、佐藤の恋人(鱒江)が銀三郎と共に海外に行った話をする。つまり、佐藤は鱒江が銀三郎とまだ一緒であると思っている。だから、彼がひとりで帰国したことを知って、彼に平手打ちをするわけである。
工場の労働争議に関するシーンをちらりと入れておくこと。労働者へのひどい扱いや低給与の不満を労働者が酒場で愚痴る場面など。
銀三郎の帰国を祝うパーティ(知事主催の園遊会にするか?)(知事の選挙運動を兼ね、招待客は無料、他は有料で一般人も入場可。招待客と一般人の場所は一応ロープで分けられている。有力者のほとんどは須田清隆伯爵に官有物払い下げなどで恩顧を受けている。)の席上で、工場の持ち主である華族が労働者蔑視の言葉を吐く。炭鉱の持ち主である資本家と意気投合する。工場労働者や炭鉱夫の中に犯罪者がいること、アナーキストが彼らを焚きつけていることなど。
恋敵としての理伊子と菊の精神的戦い。理伊子は銀三郎に嫉妬させるために真淵(力弥)少佐を園遊会にエスコートさせる。
田端兄の理伊子への一目ぼれ。理伊子が銀三郎に惚れていることを知って、銀三郎が実は妻帯者であることを彼女に言いたくてうずうずし、そのため不審な行動を取る。
園遊会で理伊子は桐井にその「自殺哲学」を聞きたいと言う。これは理伊子の自己顕示のため。桐井は断る。田端が桐井を茶化す。佐藤が桐井に代わって田端を脅す。次いで、理伊子の質問が銀三郎に自分を高く見せるための自己顕示欲からのものだと指摘する。
鳥居教授が兵頭と同伴して園遊会に現れる。鳥居は兵頭が社会主義者だとは知っているが、アナーキストだとは認識していない。「社会主義者」と同伴したのは、鳥居教授の兵頭への虚勢。実際は、内心ひやひやしている。兵頭は大人しくふるまって、銀三郎への紹介を乞う。「兵頭という名前には聞き覚えがあるなあ。自由恋愛主義者の兵頭栄三さんじゃないですか?」自由恋愛主義についての議論が始まる。「危険思想である」「ふしだらだ」「結婚制度の否定だ」「女性の地位が日本では低すぎる」「女性解放思想と両輪である」「華族の娘で馬丁と駆け落ちしたものがいる」「今の若い者の道徳は地に落ちている」「民本主義というのも、この国の国体を否定する危険思想だ」「自由主義のひとつが自由恋愛主義であり、自由主義そのものが危険思想なのである」
その最中に、佐藤が銀三郎に近づいて何かを聞く。その返答を聞いて佐藤の顔色が変わり、銀三郎を平手打ちする。銀三郎は一瞬、相手を殺しそうな凄い表情になるが、両手を後ろに組んでじっと耐える。佐藤は宴会場を走り出る。桐井がその後を追う。
桐井六郎の「自殺論」のヒント
「ひとりの知者も見いだせない」と語る人に対してこう答えた。「もっともだ、知者を見いだすには、まずその人自身が知者でなければならないからね」
エンペドクレスの死については、エトナ山の火口に飛び込んで死んだ、馬車から落ちた際に骨折しそれがもとで死んだ、などの説が残されているが真偽ははっきりしない。フリードリヒ・ヘルダーリンは神と一体となるためエトナ山に飛び込み自死を遂げたという説を主題に未完の戯曲『エンペドクレス』を創作した。ホラティウスもその『詩論』でこの説について言及し(第465行)「詩人たちに自決の権利を許せよ」(sit ius liceatque perire poetis) と謳っている。