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夢で見たというか、自分のこととして体験したのだが、24歳くらいになって高校生(あるいは高専か)をやりなおすという「リライフ」現実版を小説化してみようかと思う。ずっと大学受験に失敗した後(あるいは気に染まない大学の学部に入って失敗した後)、高専に入り直し、自分よりずっと年下の同級生や自分と同年の先生と高校生活を送るという話で、第一話は、入学式当日に、乗っていたバイクが故障し、後で同級生になる男の子(工学部)に助けられる話である。
「高専」について調べること。年齢的に何歳まで入学が可能か。どういう学部があるか。
タイトルは仮に「高校四年生」としておく。彼の四年次と五年次を描く。当然、年下の16,17,18の生徒と、少し年上の生徒との絡みがある。勉強の話も結構ある予定。ただ、私自身に高専の授業内容が分からないのがネックである。


在校生 / 2019年入学

自由な校風で自分なりに過ごしたい人へ

2020年02月投稿
  • ★★★★★
  •  
  • 5.0
[校則 5| いじめの少なさ 5| 部活 5| 進学 5| 施設 4| 制服 5| イベント 4]
  • 総合評価
    とにかく設備が良い。細かいところを見ていくと不満も少しあるが(梅雨の体育館アリーナと寮の部屋の湿度が異常だったり)他高専とかと比べると圧倒的に大学みたいできれいだし、通っていて楽しいと思う。
    先輩はとにかくフレンドリーで親しみやすい。
    高専にも陽と陰の人がいる。高専だからオタクしかいない、というわけでもない。ただ、オタクの比が高く、陽な感じの人もどっぷり浸かってたりする。オタクだから、っていう差別は絶対にないと思う。
    でも陽と陰が生まれるのは単にコミュニケーション能力によるものだと思う。
  • 校則
    県内の高校に比べると一番ゆるいと思われる。髪は染めて良いし(自分も入学2ヶ月くらいで染めた)スマホを休み時間とかにさわって良い。流石に授業中使うのはダメだが。それでも何とかなっているのは高専が学生の(高専は大学と同じ高等教育機関なので生徒ではなく学生と呼ぶ)自主性を尊重しているからだろう。
  • いじめの少なさ
    結構厳しい。少しのいじめが発覚するだけでその人は即刻停学処分を食らったりする。
  • 部活
    ICT委員会とかは毎年全国大会に行って必ず何か賞を取ってくるし、運動系のテニスとかもそれなりにいい成績だったはず
  • 進学実績
    就職率は結構高い。専門知識を持っている上に、高専枠というのが用意されている企業では普通の大卒の新卒採用とかぶらないのでその影響もあるかもしれない
  • 施設・設備
    見た目はめっちゃきれい。ただ開校16年ほど経つのでそろそろ経年劣化が気になるな、といった感じ。
  • 制服
    沖縄高専に制服はない。他の高専では1~3年は制服で4、5年は自由みたいなことがあるが沖縄高専では全学年自由だ。
    ただ、機械(科)には実習用の作業服があるし、生物(科)にも実験用の白衣がある。
  • イベント
    高専祭はそれなりにおもしろいと思う。土曜と日曜の二日間にかけて結構大がかりに行う。高専祭には県内企業等のスポンサーがついているのでそういうのが出来るのかもしれない
入試に関する情報
  • 高校への志望動機
    寮があるから(親元を離れられる)
    専門的な知識を学びつつ偏差値が高いから

生物資源工学科(4年生)

文学概論I 4018 インターンシップ 4401
科学技術文章 4002 応用数学 4402
英語 4003 遺伝子工学 4403
実用英語(TOEIC) 4004 遺伝子工学実験 4404
科学技術英語 4005 生物工学 4405
地域文化論 4019 生物工学実験 4406
確率・統計 4007 環境分析学 4407
地球科学 4008 生物資源利用学I 4408
英語演習 4014 生理学 4409
数学演習 4015 生理学実験 4410
生命科学 4016 環境保全学 4411
スポーツ実技II 4017 植物生理学 4414
    創造研究
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筒井康隆の好みの言葉で、韜晦的に用いている感じがある。
要は、既知事項による別事項の推定であるようだ。
内挿は、既知事項を含む集合内での推定、
外挿は既知事項の外の集合での推定、
と言えるのではないか。挿は単に「差し込む」意味だろう。既知事項をどこに差し込むかという話だ。

(以下引用)

内挿(Interpolation)外挿(Extrapolation)という言葉は、最近ではDeep Learning関連で目にする事が多い気がしますが、内挿・外挿とは、データを近似し、データ以外の場所を推定する際に、データの範囲内を推定することを内挿といい、データの範囲外を推定することを外挿といいます。

内挿 外挿

しかしながら、一般的に外挿で推定した値は必ずしも正しいとは限らないため、しない方が良いといわれます。以下に推定した値が正しくならない例を示します。

小説、あるいは脚本の本質を「事件」と見做して、事件とはどういうものか、数学的に考察してみたい。
おそらく、事件とは「人物×欲望×行動」という積で表現されるものかと思う。で、その人物や欲望や行動が複数になって、事件が複雑化するわけである。物語とは「a× b× c+ d× e×f+ g× h× i」のような積と和の総合だろう。ただし、その中の欲望因子であるものが「b=e=h」であったりするわけである。つまり、3人が同じ女に恋着したり、同じ宝物を狙ったりすることもある。そして、ひとつの場面での個々の行動と、次の場面での個々の行動は変化するから、この積と和の連続は無限に展開する。変わらぬもの、あるいは基本的に変わらぬ物は、人物の個性(キャラクター)である。長編小説では人物のキャラが変わったりもするだろうが、映画やテレビドラマで人物のキャラが変わるのは反則行為だろう。ただ、善人と思われていたキャラが実は悪人だったというのはキャラの変更ではない。単に「偽善者」というキャラだったのである。
ただし、注意したいのは、寺田寅彦が言っているように、実は映画では「筋」というのはさほど大事ではない。大事なのはシーンであり、シーンとシーンの連続から来る興味である。だから、名作と言われる名画は名シーンが必ずある。キューブリックの映画などは最初から最後までが名シーンである。二流の作品は、シーンとシーンの間に「たるみ」がある。
ネットテレビで「第三の男」と「かもめ」を見て、どちらも途中までの状態で中断して今この考察をしているのだが、前者は映画的に完璧な名作で、後者はただの「芝居の映画化」であるという違いがあるようだ。で、映画的であるとは何かというと、「無駄なシーンが無い」ということだ。後者も悪い作品ではないが、「名シーン」はひとつも無い。単に19世紀ロシアらしい身なりをした俳優たちが俗物的欲望の結果悲劇に陥る話を演じるだけで、観客は誰に感情移入すればいいのか分からない。これは原作の芝居そのものも同じだっただろうが、まあ、観客ごとに思い入れする役があったのだろう。これは別に「第三の男」に人格高潔な人物が出るという話ではない。描かれるのは、ハリー・ライムという稀有な悪役の存在によって恋愛と友情の崩壊が起こるだけである。まあ、そういうものを描くのが文学なのである。つまり「人生の真実」がそこにあるわけだ。
ただ、そういうのとは切り離して、「第三の男」はすべてのシーンが意味を持っていて、たとえば些細な会話が思わぬ結果を招き、時には無関係な人間の死を招くというサスペンス性がある。つまり、平凡な人間の生活も運命的悲劇が隣り合わせであるわけだ。
まあ、「かもめ」の中で、ニーナが若い作家志望の男に「あなたの作品は、主人公がしゃべりつづけるだけ。事件を描きなさいよ」と忠告する場面があり、これは文学志望者の陥りやすい欠陥の代表的なものかもしれない。私の作品も、そういうものがおおい。論じるのは楽なのである。
「事件」が物語には必要だが、それには複数の人物と事件の焦点(誰かが欲しがる物や物事)が必要で、それを考えるのは、哲学的思考で頭が一杯の若者が苦手とするところだろう。

で、場合によっては、まず死体を出してから話を考えるという忙しい流行推理作家もいそうな気がするwww
私が小学五年生から剣道を習い始めたことは前に書いたが、私とほとんど同時に祖父の道場に入門した女の子がいた。祖父の数少ない門弟の飯島直哉という人の娘で、私と同じ小学五年生の飯島尚(なお)という子である。背の高さが私とまったく同じで、運動神経のいい子らしく、私と手合わせしたら、ほとんど彼女に私は負けていた。特に小手を打つのが上手く、上段からでも中段からでも下段からでも簡単に相手の小手を打つ才能があった。ただ、接近戦が嫌いなようで、私が体当たりすると「卑怯だ!」と怒ったものである。と言われても、遠距離戦だと私は簡単に小手を打たれるのだから、接近戦に持ち込んでゴチャゴチャした試合にするしか尚に勝つ方法が無かったのである。私たちの試合は祖父ではなく母の明里が指導したが、母も私の「体当たり戦法」を下品だ、と叱ったりした。しかし、祖父はニヤニヤしているだけで、それには文句を言わなかったのである。
「剣道の試合なら上品も下品もあるだろうが、実際の剣なら、どんな形でも相手の体に剣が触れれば大怪我になる。体当たりも、それが自分に有利なら使って悪いことはない」
というわけである。
それでというわけではないが、私は立木に座布団を縄で巻いて、体当たりの練習などもした。幸い骨がまだ柔らかいので骨折などしたことは無かったが、今思えば、乱暴な練習をしたものである。この体当たりの練習が、後に私が別のスポーツをやった時に案外役に立った気もするが、それは別の話だ。
しかし、剣道よりも、私の興味を惹いたのは、少年野球だった。
そのきっかけは尚だった。彼女がクラスの男子に誘われて少年野球のチームに入るついでに、私を誘ったのである。もしかしたら道具運びなどに利用するつもりだったかもしれないが、私も少年漫画などを見て野球というスポーツに興味を持ち初めていたので、その誘いに乗ったわけだ。
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