忍者ブログ
[1]  [2]  [3]  [4]  [5]  [6]  [7
私たちはダンスホールを離れ、川に沿って歩いた。私は車を持っていなかったのでただひたすら歩き続けた。すぐに道は丘に向かう上り坂にさしかかった。空気は夜に開く白い花の芳香に満たされてきた。私は振り返って、下に広がる工場の黒い姿を眺めた。ダンスホールから、その周辺に、黄色い光が無数の花粉のようにこぼれ、オーケストラは跳ねるような音を奏でていた。風は柔らかで、月の光は彼女の髪を浸しているようだった。
私たちは二人とも黙っていた。あんなダンスの後では、何かを言う必要は無かった。彼女は誰かに手を引かれて道を歩む盲人のように私の腕にすがりついていた。
丘の頂上に来ると、道は松の林に囲まれた野原に続いていた。その広がりは静かな湖のように見えた。どこも等しく腰くらいの高さの草に覆われ、野原は夜風の中で踊っているようだった。あちらこちらに、輝く花が月の光の中に頭を突き上げ、虫たちを呼んでいた。






PR
これは、製象工場なんかで働いているよりよっぽど楽しいだろう? ドワーフは言った。
私は何も答えなかった。私の口はとても乾いていたので、答える気があってもできなかっただろう。
私たちは何時間も踊り続けた。私がリードし、彼女がフォローした。時は「永遠」にその場を譲ったかのようだった。とうとう彼女は踊りをやめた。完全に消耗しているように見えた。彼女は私の腕を取り、私も、ーーあるいはドワーフは、と言うべきかーー踊りをやめた。ダンスフロアのちょうど中央で我々はお互いの目の中を覗きこんだ。彼女はハイヒールを脱ぐために体をかがめ、それを手にぶら下げて、再び私を見た。














私は踊り始めた。最初はゆっくりと、だが次第に速力を速め、しまいにはつむじ風のように。私の体はもはや私のものではなかった。私の腕も足も頭も、すべてが荒々しくフロアの上を動き、私の思考とは関係しなかった。私は自分自身をダンスに捧げ、その間ずっと私は、星々が通過し潮が流れ風が吹きすぎるのを明確に聞くことができた。これが真実にダンスをするということだった。私は足を踏み鳴らし、腕をスイングし、頭を空中に高く上げ、そして旋回した。私が回れば回るほど白い光の球が私の頭の中で爆発した。
再び彼女は私をちらりと見て、それから彼女は私と共に旋回し足を揃えてステップした。彼女の内部でもまた白い光が爆発したのを私は知っていた。私は幸福だった。これまで経験したことが無いほど幸福だった。




彼女は素晴らしいダンサーだ、ドワーフは言った。彼女のような踊り手とは踊る価値がある。さあ、行こうか。
ほとんど自分の動きを意識しないまま私は立ち上がってテーブルを離れ、ダンスフロアに向かった。たくさんの男たちを押しのけて前に進み、彼女の傍に来ると、私は踵を鳴らして、彼女と踊る意思を周囲に伝えた。彼女は旋回しながら私をちらっと眺め、私は彼女に微笑みかけたが、彼女は反応しなかった。その代わり、彼女はひとりで踊り続けた。
彼女はひとりで踊った。オーケストラはタンゴを演奏した。彼女は催眠術的な優雅さで音楽に向かっていた。彼女が体を低く屈めるたびに彼女の長い、黒い、カールした髪が風のようにフロアを掠めて過ぎ、彼女の細い指が、空中を漂う見えないハープの弦を弾いた。完全に何の迷いもなく、彼女はひとりで、自分自身のために踊った。私は彼女から目を離すことができなかった。それはまるで私自身の夢の続きのように感じられた。私の混乱は増すだけだった。もしも私がひとつの夢を、他の夢を作るのに使うのなら、その中で本当の私はどこにいるのだろうか。




<<< 前のページ HOME 次のページ >>>
プロフィール
HN:
冬山想南
性別:
非公開
P R
忍者ブログ [PR]

photo byAnghel. 
◎ Template by hanamaru.