第十三章 兵士集め
パーリャの町は、戦の気配は少しもなく、平和そのものである。町とは言っても、王宮を中心とする中央部分に貴族たちの邸宅が並んでいる以外は、現在の東欧あたりの田舎町と変わる事はない。牛や馬が町の目抜き通りを悠々と歩き、その後ろには干し草や肥料を積んだ荷車が従っている、という有様だ。町の周辺部は農地が大半を占めているのである。騎士の時代とはいえ、彼らも日常的に鎧兜を着ているわけではなく、腰に剣を下げただけの平服で歩いている。町の通りに目立つのは、乞食と物売り、それに無数の野良犬である。乞食の大半は不具者か病気持ちで、灰色の頭巾やマントで顔や体を包んでいる。
フリードとジグムントは、「七人の侍」の「侍スカウト」場面よろしく、強そうな騎士、役に立ちそうな騎士、兵士を捜してパーリャの町を歩いてみたが、やがて一軒の酒場に入った。庶民以外の暇な人間、腰に剣を下げた人間が昼間からいる所は、大体酒場だと相場が決まっているのである。
フリードとジグムントは、のんびりとビールを飲みながら、酒場に出入りする男たちを眺めていた。客の大半は国王の騎士や町の無頼漢である。あちこちのテーブルで、そういった連中が骨付きのマトンやピクルスなどを囓りながら喉にビールを流し込んでいる。そのうちにお定まりの喧嘩が起こり、剣が抜かれ、誰かが血を流して運ばれる。
それらの男達の中で、フリードが目を留めた男がいた。毎日昼頃に、この店にやってきて食事をしてビールを一杯飲んで帰るだけの男である。他の男たちとはほとんど話もしないが、他の連中が彼に黙礼する所を見ると、一目置かれているらしい事が分かる。
「あの男の名前は?」
フリードは、他の男に、その寡黙な男の名を尋ねた。
「ライオネルさ。このあたりでは有名な男だよ。エデール州のイヴリン公に仕えた騎士長だが、主人の勘気に触れて、放浪の騎士になっている。いい奴だが、真面目すぎるのが玉に瑕だな。博打もせんし、酒もあまり飲まんし、女遊びもせんようだ」
その男は、アルフォンスという肥大漢で、横幅がフリードの二倍はあり、絶えず片手には骨付き肉、片手には陶製のビールジョッキを持っている男である。
「彼のことを良く知っているようだな」
「まあな。わしもイヴリン公の所でしばらく仕えていたのだ。ひどい癇癪持ちの殿様でな。やたらに家来に鞭打ちをする奴だった。わしも三度ほど鞭打ちの刑を食らったよ」
「なぜ、あんた方は国王の騎士にならんのだ? あんたは相当の力持ちに見えるが」
「まあ、力の強さでは、わしにかなう者はこのフランシアにはいないだろうな。だが、わしには望みがある。いい主人に仕えたいという望みさ。そして、いずれは、できれば小さな荘園の領主にでもなってのんびりと暮らしたい、という望みだ。それが駄目なら、こういう酒場の主人でもいいがな。国王の騎士になると、戦でこき使われるばかりで、出世の望みは無い。領地はすべて貴族か国王の縁者の物になるだけだ。それに、騎士長のシモンは、評判の悪い男だ。手下の人間を手荒く扱うばかりでなく、彼の部下で優れた人間は皆、彼に妬まれて殺されるか追放されている」
「なら、どうして他の州の領主に仕えない」
「他の州の領主にも、いい評判の者はいない。ここだけの話だが、いっそエルマニア国の騎士になろうかとわしは思っているのだよ」
フリードは驚いて相手の顔を見た。その巨大な髭面は、無邪気ににこにこ笑っている。
「おいおい、そんな事を他人に聞かれたらどうする」
「なあに、このあたりの騎士の中で、わしにかなうものはいないさ。わしは自分を正当に評価してくれるなら、仕える国がどこだろうと構わん。なにもフランシアに義理はない」
正直な男だが、こうも内心をあけっぴろげに他人に話すようでは、重大な秘密は共にできないな、とフリードは考えた。
「あんたは正直な男のようだから、こちらも正直に話そう。実は、まもなくエルマニア国との戦がある。それで、僕たちは傭兵隊を作っているのだが、あんたもその仲間にならんか」
「傭兵隊か」
アルフォンスは、小首をかしげて言った。
「確かに、戦の時に傭兵隊を雇う諸侯は多いが、傭兵隊は、戦が済めば用済みだ。出世は望めないなあ」
「正式な家来になっても、よほどの事がないと出世などできんさ。傭兵は気楽なものだ。戦の時以外まで主人に縛られるよりずっといいさ」
「それもそうだな。なってもいいが、給料はいくら払う」
「週に十シルでどうだ。戦の時は、一回の会戦ごとに小型金貨五枚」
「……悪くない。実のところ、金が底をつきかかっている。賭け試合をするか、強盗でも働くかと思案していた所だ」
「そうか、なら、支度金に、もう十シルやろう」
「有り難い。あんたの名前は?」
「フリード」
「そうか、若いのにしっかりした男だ。あんたの部下になろう。俺はアルフォンス」
「知ってるよ」
他のテーブルにいたジグムントの方も、話がまとまったらしく、二人の男を連れてフリードの所にやってきた。
「フリード殿、紹介いたそう。こちらが我々の仲間になったローダン殿とジラルダン殿だ」
ジグムントは、わざと丁寧な口調でフリードに言った。傭兵隊を作るとなれば、上下の秩序が必要になる。部下にフリードを尊敬させておかないと、命令ができない。そのために、姑息な手段だが、フリードはローラン国の貴族の子弟だという事にしようと二人の間で話がまとまっていた。
ローダンは、三十歳くらいで、背丈はフリードほど高くはないが肩幅はフリードよりあり、鉄の棒を入れたようにがっしりとした背中や腰をしている。かなりの怪力の持ち主だな、とフリードは見て取った。顔は穏やかそうで、好感が持てる。
一方のジラルダンという男は、歳はまだ二十代前半くらいで、腰には剣を下げてはいるが、形だけの口髭を生やした可愛い顔をし、ほっそりとした優男である。しかも着ている服ときたら、派手な赤服である。こちらはローダンの付録か、とフリードは考えた。
フリードは二人と短い会話を交わし、とりあえずフリードたちは三人の仲間を得たのであった。
第十四章 賭け試合
パーリャの町の、王宮の前の広場は市内の目抜き通りでもあり、広場を囲むように多くの商店が並んでいる。商店とは言っても、その大半は露店に毛が生えたくらいの小屋である。その中で、マリアの父アキムの店は辺りを圧倒する大きなものだった。
扱っている品は、貴族や王族の為の武具や装飾品で、目の玉が飛び出るほどの値段の物ばかりである。その中で、フリードの目を引いた品が一つあった。
それは一振りの剣である。造りは地味で古風な物だったが、その佇まいに心を引かれ、フリードはアキムに頼んでその剣を手に取らせて貰った。
鞘から剣を抜くと、錆止めに油の塗られた刀身は、薄青く光っている。当時の剣はほとんどが両刃の直刀だったが、これは東洋風に湾曲した片刃の刀である。突くよりは斬る事を主眼とした刀だ。おそらく、ビザンチン帝国の近辺から渡ってきた物だろう。刃は厚手で、重さを軽減するために刀身の中心線に溝が掘られ、拳二つ分の握りの下には、重さの釣り合いを取るために玉がついている。どちらかといえば無骨な感じの剣である。
「いい剣だな。これなら、鎧に当たっても刃こぼれしないだろう」
そばでフリードの様子を見ていたジグムントが声を掛けた。
「刃こぼれどころか、鎧でも叩き斬ることができますよ」
アキムが笑いながら言った。
「馬鹿を言え。そんな剣は、この世に存在しない」
「まあ、それが本当かどうかは分かりませんがね。私にこれを売った男は、そう言っていました。何でも、普通の剣と違って、中に軟鉄の芯を入れ、その外側を鋼で何重にもくるんで叩き上げた物らしいです。だから、滅多なことでは折れませんよ」
「そいつは珍しい代物だな。で、幾らだ」
ジグムントの言葉に、アキムは首を傾げた。
「まあ、五百金といったところですかね」
「おいおい、そいつは馬鹿げた値段だぜ。剣の相場は、金貨五枚から十枚といったところだ」
「私の所で扱う品で、百金以下の品はありませんよ。だが、そいつはフリードさんに差し上げましょう。ずいぶんお気に入りのようだから」
フリードは、アキムの言葉に大喜びした。この剣が無闇に気に入って、手放し難く思っていたからである。
「わしは、こいつが欲しいな」
ジグムントは図々しく、傍にあった戦斧を手にとって言った。斧と言っても、短い槍の先に小さな斧の刃を付け、その後ろにハンマーのついた物で、槍、斧、ハンマーの三つの働きができるものだ。つまり、先端の槍で刺す、ハンマーで殴る、斧で斬るという欲張りな機能を持った戦の道具だ。通常の戦斧と違って、持つ部分が、後ろに行くに従って太くなり、重心バランスが工夫されて、持ち易く、握り易く、手からすっぽ抜けないような工夫がしてある。全体の重さを考えて、戦斧本体は固い木で出来ているが、その周りに鉄のバンドが張られていて、相手の剣などで切られたりしないようになっている。
「いいですよ。そいつは安いです。二百金ですが、もちろん只で差し上げます」
フリードとジグムントは、お返しに、自分たちの持っていた予備の武器や防具をアキムに渡そうと申し出たが、アキムは笑って首を横に振った。
「武器は、あなたたちの方が、これからいくらでも必要になるでしょう。頑張って、もっと兵士を増やしてください。たった五人では、戦には出られませんよ」
(後の話で、この武器が意味を持ってくるなどと思わないで頂きたい。これは、作者の武器に対する偏愛が書かせた意味のない描写であり、話とのつながりは無いのだから。)
アキムに言われるまでもなく、フリードとジグムントは毎日のように兵士を物色していたが、これはという人物にはなかなか会えなかった。
フリードは、エデール州のイヴリン公に仕えていたというライオネルという騎士に心を引かれていた。彼の寡黙な態度や真面目そうな顔が、信頼できそうに思えたのである。
しかし、酒場でアルフォンスに彼の話を聞いた時以来、ライオネルは姿を見せなくなっていた。いったいどうしたのだろう、とフリードは心に掛かっていたが、とりあえず彼の事は忘れて、他の兵士候補者を探すことにした。フリードは自分の部隊を烏合の衆にするつもりは無かった。兵士の数は少なくても、一騎当千の強者を集めれば、大部隊に匹敵する。そういう部隊を作りたかった。しかし、そんな勇者、強豪がそのへんにごろごろしているわけではない。
「こいつは一工夫しなけりゃあならんな。このままではいつまで経っても兵士が集まらん」
ジグムントがフリードに言った。
「賭け試合をやりましょう。それで、力のある騎士を見つけるのです」
フリードの言葉に、ジグムントは頷いた。
「そいつはいい考えだ。だが、誰が相手をする」
「我々五人が、交替でやるのです。賞金は、五百金」
「そいつは、大金だな。大型金貨でも五十枚か。アキムから貰った金の半分だ。百金でも十分だろう」
「いや、これくらいでないと、評判にはなりません。パーリャ近辺の強豪を呼び寄せるためです」
「だが、負けたら只取られだぞ」
「仕方がないでしょう」
ジグムントは、改めてフリードを見直すような顔つきになった。こいつは、自分よりも、将としての器かもしれんと思ったのである。普通の人間なら一生かかっても使い切れないような千金もの大金を手にして、その半分を危険な賭けに使おうというのは、相当な度胸である。
「よし、分かった。ただし、一人を相手に五百金ではなく、我々五人全員を倒せば五百金ということにしよう」
「それで挑戦する者が出てくるでしょうか」
「出てくるさ。強い騎士というものは、自惚れも強いものだ。自分は十人力、百人力くらいのつもりでいる。また、それくらいでないと、戦で死に物狂いの働きはできんものだ」
こうして、王宮前の広場に立て札が立てられた。それには、フリードの言ったように、勇者五人を倒した者には五百金を与える、と書いてあった。
フリードたち五人は、その立て札の前に並んで仁王立ちし、凄んだ顔をしている。町の人々は、このイヴェントに大喜びで、この話は町中の噂になった。
翌日には早速向こう気の強い騎士が挑戦してきたが、これは最初の相手であるローダンに簡単に負かされた。
試合は、危険を最小限に押さえるために、木製の武器に限るという決まりで行われたが、木の模擬刀でも、当たれば骨折する可能性は高い。
ローダンは、力任せに殴りかかる相手の騎士の攻撃を二、三度、刀で受けると、攻撃をして体勢の崩れた相手の脇腹に木剣を叩き込んだ。
そこで試合は終わりである。腹を押さえてうずくまる挑戦者を赤服のジラルダンが横に連れていって介抱し、傭兵隊への加入を勧める。取りあえず、部隊の中核を成すくらいの最小限の人員を確保しておこうという考えである。
「いやあ、あんたは強い。相手が悪かった。あのローダンは、なにしろ、戦で挙げた首級が百以上という歴戦の強者だ。だが、あそこにいるアルフォンスやジグムントやフリードはもっと強いぞ。こんな強い連中の下にいれば、戦も楽だ。まず、負け戦にはならん。とはいえ、戦は武力だけではない。あんたのような勇気のある男なら、立派な働きができる。どうだ、我々の仲間にならんか。仲間になれば、週に十シル、戦の時には、戦場に出るだけで金貨五枚を支払うぞ」
「金貨五枚!」
普通の人間にとっては、金貨五枚は大金である。
「そうだ。もちろん、戦で勝った相手の馬や武具や防具を分捕るのは勝手だからな。一戦あれば、それだけで一財産できる。それに、俺達には夢がある。それはな、いつか俺達の国を作る夢だ。どこかの国を手に入れて、それぞれ荘園領主になって暮らそうという夢だ。もちろん、戦のことだから、中には途中で死ぬ者も出るだろう。だが、どうせ短い一生だ。思い切り好きなように暴れ回ってみようじゃないか。うまく生き残れば、それこそ満足この上ない余生が送れる。男なら、やってみようぜ」
ジラルダンの言葉に、相手は目を輝かせて頷いた。
こうして、フリードたちの仲間は次第に増えていった。