⑨
The clerk prepared to pay the money.
“How will you have it?” he said.
“What?”
“How will you have it?”
“Oh”—I understood his meaning and answered without even trying to think—“in fifty-dollar notes.”
He gave me a fifty-dollar note.
“And six?” he asked coldly.
“In six-dollar notes,” I said.
He gave me six dollars and I rushed out.
As the big door swung behind me I heard the sound of a roar of laughter that went up to the roof of the bank. Since then I use a bank no more. I keep my money in my pocked and my savings in silver dollars in a sock.
*これで「私の銀行口座」は終わりである。銀行のいかめしい雰囲気の中で平常心を失ってあれこれドジなことをするのは、誰でもありそうなことだが、そもそも小銭しか持たない人間が銀行に足を踏み入れてしまったのが間違いだったのだ。銀行の人間がそういう客を陰で「ゴミ」と呼んでいるのは日本だけのことではないだろう。
*あまりにも易し過ぎて、英語の勉強にはならなかったかもしれないが、逆に、「易しい英語表現」の勉強にはなったのではないだろうか。途中からは、まったく「注」も「研究」も不要だと判断したくらい、易しい英文だった。
[試訳]
事務員は金を支払う支度をした。
「どのようにお持ちしますか?」彼は言った。
「えっ?」
「どのようにお持ちしますか?」
「ああ」――私は彼の言葉を理解して、まったく考えもせずに答えた。「50ドル紙幣で」
彼は50ドル紙幣を渡した。
「で、6ドルは?」
「紙幣で」私は言った。
彼が渡した6ドルを受け取って、私は逃げるように外に出た。
大きなドアが私の後ろで閉まった瞬間、私は銀行の屋根まで立ち登る大笑いのどよめきを聞いた。それ以来私は銀行を使ったことはない。金はポケットに入れ、貯金は靴下に銀貨で入れている。
「私の銀行口座」終わり
⑧
Bold and careless in my misery, I made a decision.
“Yes, the whole thing.”
“You wish to draw your money out of the bank?”
“Every cent of it.”
“Are you not going to put any more in the account?” said the clerk, astonished.
“Never.”
A fool hope came to me that they might think something had insulted me while I was writing the cheque and that I had changed my mind. I made a miserable attempt to look like a man with a fearfully quick temper.
* ほとんど注釈の必要な言葉も構文も無い。あまり英語の知識は増えないが、すらすら読めて面白いのではないか。ただ、訳すとなると、なかなか表現が難しい。日本語力の方が問題になりそうである。miserable一つでも「みじめな」とするか「情けない」とするかで多少のニュアンスの違いは出てくるだろう。そのあたりは勘で訳すのだが。
[試訳]
みじめな気持ちに包まれつつ、私は猪突猛進的な無謀さで決定を下した。
「そうだ、全部をだ」
「あなたは御自分のお金を銀行からすっかり引き出すのですね?」
「1セントも残さずだ」
「口座にはもう、少しもお置きにならないのですか?」驚いて事務員は言った。
「置かないよ」
私が小切手を書いている間に何か侮辱的なことがあったので、私は気持ちを変えたのだと彼らは考えてくれるのではないか、という愚かな望みが心に浮かんだ。私は恐ろしく短気な人間に見えるよう、みじめな努力をした。
⑦
My idea was to draw out six dollars of it for present use. Someone gave me a cheque-book and someone else began telling me how to write it out. The people in the bank seemed to think that I was a man who owned millions of dollars, but was not feeling very well. I wrote something on the cheque and pushed it towards the clerk. He looked at it.
“What ! are you drawing it all out again? ” He asked in surprise. Then I realized that I had written fifty-six dollars instead of six. I was too upset to reason now. I had a feeling that it was impossible to explain the thing. All the clerks had stopped writing to look at me.
*言葉や構文はあまり難しくないが、訳の上で迷う部分がいくつかある。まず、「 was not feeling very well」は、「気分が良くない」と、「機嫌がよくない」のどちらがいいかだが、これは後の行動との関連で「機嫌がよくない」とした。それから、「to reason」と、直後の文の中の「to explain」は、同じような内容なので、一文にまとめようかと思ったが、元の文のまま2文に分けて訳した。このあたりは、私の勘違いがあるかもしれない。
[試訳]
私は当座の使用のために口座から6ドル引き出すつもりだった。誰かが小切手帳を私に与え、誰かがその書き方を私に教えた。銀行の中の人々は私のことを、数100万ドルの金の所有者だが、少々機嫌が悪いのだと考えているように見えた。私は小切手に何か書いて、それを事務員に渡した。彼はそれを見た。
「何と! あなたは今入れた金を、もう一度全額引き出すのですか?」彼は驚いて言った。私は自分が6ドルと書くつもりで56ドルと書いたことに気づいた。私は気が動転して、その理由が言えなかった。私には事情を説明するのは不可能だという感じであった。事務員たちは皆、仕事を中断して私を見ていた。
⑥
My face was terribly pale.
“Here,” I said, “put it to my account.” The sound of my voice seemed to mean, “Let us do this painful thing while we want to do it.”
He took the money and gave it to another clerk.
He made me write the sum on a bit of a paper and sign my name in a book. I no longer knew what I was doing. The bank seemed to swim before my eyes.
“Is it the account?” I asked in a hollow, shaking voice.
“It is,” said the accountant.
“Then I want to draw a cheque.”
(注)
cheque=check *綴りが間違っているよ、とワードの馬鹿が言う(下に赤い波線が出る)ので驚いて辞書で調べると、何のことはない、chequeは英国式の綴りであった。米国式以外は間違った綴りだという、この傲慢さ。これがアメリカ帝国主義という奴である。
[試訳]
私の顔は真っ青になっていた。
「ほら」、私は言った、「これを私の口座に入れてくれ」。私の声はまるで「この苦行を、我々がやる気があるうちにやってしまおうぜ」と言っているかのようだった。
彼はその金を手に取って、他の事務員のところに持っていった。
彼は何枚かの紙に金の総計を書かせ、通帳に私の名前を書かせた。私はもはや自分が何をやっているのか分からなかった。銀行がまるで私の目の前で泳いでいるみたいだった。
「これが口座かね?」私はうつろな、震え声で言った。
「そうです」口座係は言った。
「では、小切手を使いたいんだが」
⑤
The manager got up and opened the door. He called to the accountant.
“Mr. Montgomery,” he said, unkindly loud, “this gentleman is opening an account. He will place fifty-six dollars in it. Good morning.”
I stood up.
A big iron door stood open at the side of the room.
“Good morning,” I said, and walked into the safe.
“Come out,” said the manager coldly, and showed me the other way.
I went up to the accountant’s position and pushed the ball of money at him with a quick, sudden movement as if I were doing a sort of trick.
(注)
safe:金庫室
(研究)
is opening
・進行形によって近い未来を表すという用法。
Good morning.
・この場合は、「お早う」ではなく「さよなら」である。用事が終わって、相手を早く追い出したい時、「Thank you.」などと言うこともある。これは「話は終わりだよ」というニュアンスを持っているわけだ。
[試訳]
マネージャーは立ち上がってドアを開けた。彼は口座係に声を掛けた。
「モンゴメリー君」、彼は不親切な大声で言った、「この紳士が口座を開きたいそうだ。この方は65ドル入れてくださるそうだ。では、さよなら」
私は立ち上がった。
大きな鉄の扉が部屋の横に開いていた。
「さよなら」私は言って、金庫室の中に入った。
「出てきなさい」マネージャーは冷たい声で言って、私を別の出口へ導いた。
私は口座係のところに行って、その男の前に丸められた金を素早く置いたが、まるでそれは何かの奇術でもしているみたいだった。