④
“To tell the truth,” I went on, as if someone had urged me to tell lies about it, “ I am not a detective at all. I have come to open an account. I intend to keep all my money in this bank.”
The manager looked relieved but still serious; he felt sure now that I was a very rich man, perhaps a son of Baron Rothschild.
“ A large account, I suppose,” he said.
“Fairly large,” I whispered. “I intend to place in this bank the sum of fifty-six dollars now and fifty dollars a month regularly.”
*まったく難しい表現や単語が使われていなくても、これだけの内容が表現できるということに感心してしまう。こういう文章を中学校や高校の教科書に採用してくれれば、英語もいっそう楽しく感じるだろうし、勉強にも役立つと思うのだが、ユーモアの要素ほど学校教科書に欠如したものは無いのが現実である。
(注)
urge:せきたてる、強制する Fairly:かなり、まったく
[試訳]
「本当のところ」、私はまるで誰かが私に嘘を強要していたかのように言葉を続けた。「私はまったく探偵などではありません。私は口座を開きに来たんです。自分の金をすべて、この銀行に預けようと思いましてね」
マネージャーはほっとしたような顔をしたが、まだ真剣な表情だった。彼はきっと私が大金持ちだと確信しただろう。多分、ロスチャイルド男爵の息子だとでも。
「きっと大金なのでしょうな」、彼は言った。
「かなり大金です」、私はささやいた。「私は今、総計56ドルと、それから毎月50ドルを定期的にここに預けるつもりです」
③
The manager looked at me with some anxiety. He felt that I had a terrible secret to tell.
“Come in here,” he said, and led me the way to a private room. He turned the key in the lock.
“We are safe from interruption here,” he said, “sit down.”
We both sat down and looked at each other. I found no voice to speak.
“You are one of Pinkerton’s detectives, I suppose,” he said.
My mysterious manner had made him think that I was a detective. I knew what he was thinking, and it made me worse.
“No, not from Pinkerton’s,” I said, seeming to mean that I was from a rival agency.
(注)
Pinkerton:有名な探偵社の名前である。
(研究)
He felt that I had a terrible secret to tell.
・この書き方だと、一人称視点の記述がこの部分だけ「神の視点」になるのでまずいのだが、リライト前の原文もそうなのかどうかは不明。厳密には最初の「The manager looked at me with some anxiety.」も「神の視点」である。つまり、本当は「マネージャーは好奇心を持って私を見た『ように私には見えた』」と続けないと、一人称視点にはならないのだが、言うまでもなく、そうすると文章がごちゃごちゃする。小説における視点の問題は面倒である。試訳では、そのあたりを何とか誤魔化している。
seeming
・分詞構文の用法は高校時代にさぼった部分なので苦手だが、「そしてそれは~に見えた」といったところか。
[試訳]
マネージャーは好奇心の表情で私を見た。私が恐るべき秘密を話そうとしているのだと思ったのだろう。
「こちらへどうぞ」、彼は言って私を面会室に導いた。彼は部屋の鍵をかけた。
「これで邪魔は入りません」、彼は言った。「どうぞお掛けください」
我々は椅子に腰を下ろし、お互いを眺めた。私は何と話せばいいのか分からなかった。
「もしかして、あなたはピンカートン社の探偵ではないですか?」、彼は言った。
私のミステリアスな態度が彼をそのように想像させたのだろう。彼が考えていることが私には分ったが、それは私の精神状態をいっそう悪いものにした。
「いや、ピンカートンの者ではありません」、私は言ったが、それはまるで私がピンカートンのライバルの探偵社から来たかのように聞こえた。
①
My voice sounded as if it came from the grave.
“Can I see the manager?” I said, and added solemnly, “alone.” I don’t know why I said “alone”.
“Certainly,” said the accountant, and brought him.
The manager was a calm, serious man. I held my fifty-six dollars, pressed together in a ball, in my pocket.
“Are you the manager?” I said. God knows I didn’t doubt it.
“Yes,” he said.
“Can I see you,” I asked, “alone?” I didn’t want to say “alone” again, but without this word the question seemed useless.
*難しい単語も構文も無しで、英語というものは書けるものだな、という感じだ。こうした短い文章に習熟するほうが、英語上達の上でも早道だろう。
(注)
pressed together in a ball:札束が一緒くたに握り潰されて丸くなっている、ということ。
(研究)
but without this word the question seemed useless
・直訳すれば「だが、この言葉無しでは質問が無効な気がしたのだ」となるが、下の試訳では少し意訳してある。また、段落分けも少し変えてある。訳の上では邪道かもしれないが、もちろん、その方がいいという判断によるものだ。
[試訳]
私の声は墓から出てきたかのように響いた。
「マネージャーに会えるかね?」私は口座係に言った。そして「他の人無しでだ」と厳かに付け加えた。どうして自分がそんなことを言ったのか、私は知らない。
「もちろんです」と口座係は言って、マネージャーを連れてきた。
マネージャーは静かな、真面目そうな男であった。私は自分の65ドルをポケットの中で握りしめていたので、それは握り潰されてボールのように固まっていた。
「あなたがマネージャーかね?」私は言った。神かけて、私はそれをまったく疑ってもいなかったのだが。
「そうです」彼は言った。
「話をしたいのだが」と私は言った。「他の人抜きで」
「他の人抜きで」などと言うつもりはまったく無かったのだが、そう言わないと次の言葉が出てこないような気がしたのだ。
MY BANK ACCOUNT(私の銀行口座)
STEPHAN LEACOCK
* 最初に言っておくが、この英文は原文そのままではなく、易しくリライトされたもののようである。だから非常に読みやすいのだが、上級者向けではない。しかし、うまくリライトされている感じであり、十分に面白いはずである。
* (注)は中学生レベルの読者を想定してつけてある。
* (研究)は英語的に興味深いところや、作品解釈上の留意点を書いてあるが、ただの雑談にすぎないものもある。
①
When I go into a bank I get frightened. The clerks frighten me; the desks frighten me; the sight of the money frightens me; everything frightens me.
The moments I pass through the doors of the bank and attempt to do business there, I become an irresponsible fool.
I knew this before, but my salary had been raised to fifty dollars a month and I felt that the bank was the only place for it.
So I walked unsteadily in and looked round at the clerks with fear. I had an idea that a person who was about to open an account must necessarily consult the manager.
I went to a place marked “Accountant”. The accountant was a tall, cool devil. The very sight of him frightened me.
(注)
irresponsible:責任能力の無い、当てにならない was about to:今にも~しようとする "Accountant”:会計係 *銀行なら口座係とでも言うのかもしれない。
(研究)
frighten:ぎょっとさせる
・日本語の「驚かされる」には、実はあまり驚かされるニュアンスが無い。「君には驚かされるよ」などと平然とした口調で言ったりする。したがって、ここでは「肝を潰す」などの訳語がいい。この「frighten」は、いわば作品全体のキーワードであり、この後の彼の行動のすべては彼が「frighten」したことから来ている。誰でもそういうことはあるもので、場違いな場所に行った時の舞い上がった気分がこれから先の話の展開の鍵になっている。
frightenとfrightens
・第一段落後半の文はセミコロンによる並列描写だが、複数形の語が主語の時には動詞には「三単現のS」は付いておらず、単数の時には付いている。注意したいのは「 the sight of the money」や「everything」は単数扱いであると言うことだ。
fifty dollars a month
・もちろん、大した金額ではない。だが、本人にとってはなかなか大したものという気分だったので、つい銀行に口座を開こうなどと大それたことを考えてしまったのである。それが悪夢の体験になるとも知らず。
I knew this before
・「this」が何を指すのか、解釈に迷うが、指示語は直前の記述を指すという原則通りに、この時の自分の精神状態を指すと解釈する。「this」が銀行を指すなら、「this place」とか言いそうであるし。
[試訳]
「私の銀行口座」 スティーブン・リーコック
①
銀行の中に入った時、私はぎょっとした。事務員たちに私はぎょっとした。並んだ机に私はぎょっとした。金の並んだ光景にぎょっとした。すべてに私はぎょっとした。
銀行のドアを通ってそこで何かの用事をする段になると、私は責任能力の無い馬鹿になってしまう。
そうなることは前から分かっていた。しかし、私の給料が月50ドルに上がったので、銀行こそがその金を置くべき場所だと私は思ったのである。
そこで私は不確かな足取りで中に入り、びくびくしながら事務員たちを眺め回した。銀行口座を開こうとする者はすべからく銀行のマネージャーに相談する必要があるという考えを私は持っていた。
私は「口座係」と書かれた場所に近づいた。口座係は背の高い、冷酷そうな悪魔であった。彼のその姿は私を脅かした。