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  六本木。良く晴れた日差しの中、人出でにぎわう六本木風景。ビジネススーツ姿の薫が通りを急ぎ足で歩き、裏通りの目立たない雑居ビルに入っていく。

  階段を上る薫。「信頼証券」と金文字で書かれたドアを開けると、中は一応、ビジネスデスクがずらりと並び、パソコンや電話が揃っているが、そのデスクの前にいるのは、板に付かないビジネススーツを着てネクタイを窮屈そうに締めた、ダークエンジェルズたちである。パソコンの画面をよく見ると、ほとんどはゲームかインターネットのHサイトである。

  薫が奥の部屋のドアを開けると、どっしりとしたデスクの後ろで、ふかふかのソファに沈み込んで本を読んでいる「男」の姿が見える。

薫「ボス、野村が発見されたようですよ。発見したのは菊岡組です」

「男」「そうか。日本のヤクザは警察よりは優秀だな。では、我々の事も知られたな」

薫「野村はうんと脅しときましたが、拷問されれば、すぐに吐くでしょう」

「男」「少し仕事を急ぐ必要が出てきたな。野村の奴、殺しとくべきだった。で、お前らの足取りは悟られてないだろうな」

薫「あの仕事が我々の仕事らしいということは、おそらく警察も推測していると思います。なにしろ、我々全員が失踪して、もう三ヶ月になりますから。メンバーの中には、家族に会いたいと言う者もいますし……」

「男」「家族? 何を馬鹿なことを。お前らは、捕まれば無期懲役か死刑間違いなしの犯罪者だぞ。そんな人間が家族に何の用がある」

薫「もちろん、メンバーの大半は、その覚悟を決めてます。だが、中には家族思いの奴もいて……」

「男」「家族のことはあきらめるように、お前からよく言い聞かせておけ。偵察目的以外では、自分の家の近くには立ち寄るなとな」

薫「はい」

  電話の音。ドアが開いて、透が顔を出す。

透「ボス、例の刀剣商から、注文の品が出来たという電話です。届けさせますか? それとも、俺が取りに行きましょうか?」

「男」「いや、俺が自分で行く。薫、後は任せたぞ」

薫(深々とお辞儀をして)「はい。いってらっしゃい」

  刀剣商の店。「男」が店内に入ってきたのを見て、店の主人が会釈をする。

「男」「できたそうだな。見せてくれ」

  主人、無言で、品物を差し出す。見かけは只のステッキだが、男がその上部をひねって抜くと、刀身が現れる。鍔のないサーベルを仕込み杖にしたものである。

「男」(満足そうに)「見事なものだな」

主人「観賞用としてもたいしたものですが、切れ味はもっといいですよ。奥の部屋に、試し切り用の巻き藁がありますが、お試しになりますか?」

「男」「いや、後で試してみよう。支払いはこれでいいな?」

  「男」は背広の内ポケットから札束を取り出し、主人に渡す。

主人(不審そうに)「お約束より、だいぶ多いようですが?」

「男」「取っておけ。その代わり、この品のことも、俺のことも、誰にも言うな。もしも、口外したら、この剣、真っ先にお前の首を取るかもしれんぞ」

主人(男の目の色に震え上がり)「は、はい、もちろんです」(フェイド・アウト)

 

町で聞き込みをするヤクザたちを数ショット連続、無音で。(フェイド・アウト)

 

  背後を気にしながら六本木のアジトを出るヨシオ。

  電車に乗っているヨシオ。

  オンボロの自分のアパートの前で、キョロキョロとあたりを窺うヨシオ。人気の無いのを見極め、アパートに入る。

  汚い煎餅布団から首を起こして、ヨシオを見るヨシオの母。

ヨシオの母「ヨシオ! 今までどこに行ってたの!」

ヨシオ「母ちゃん、御免な……」

○ ヨシオのアパートの前の貧しげな風景。

  アパートのドアが開いて、ヨシオの顔が見える。背後に心を残しながら、出ようとしている。

ヨシオ「……じゃあな、母ちゃん。金を無駄遣いすんなよ……」

  ヨシオ、ドアの前に立ちふさがる男達にぶつかる。

  ヨシオを見下ろす男たち。ヤクザである。

ヤクザ(にやりと笑って)「ヨシオだな。やっとつかまえたぜ」

  蒼白になるヨシオの顔。(フェイド・アウト)

 

  六本木の「信頼証券」。「男」の部屋で薫が男に頭を下げている。

薫「お願いします。俺はあいつを助けたいんです」

「男」「規律を破って家に戻り、捕まった奴だ。殺されて仕方がないところだが、今度ばかりはお前に免じて助けてやろう」

薫「菊岡組の連中は、俺達が盗んだ金を全部持って、今晩、組の事務所に来いと言ってます。俺一人で来いと言いましたが、一人で持てる金じゃないと言うと、三人までいいと言っていました」

「男」(頷いて)「わかった。透を呼べ。今から、ヨシオを助ける段取りを話す」(フェイド・アウト)

 

  新宿歌舞伎町。夜。大通りから少し奥まった所にある菊岡組のビル。貧相な三階建てのビルである。一階は不動産屋、二階三階が組の事務所である。

  菊岡組の事務所内部。窓から見下ろしたチンピラが、後ろを振り向いて報告する。

チンピラ「来ましたぜ。ダークエンジェルズのガキどもです」

  菊岡組の実質的ナンバーワンの富永。ゴルフのパター練習をやめて、窓に近づく。

富永(窓から見下ろし)「三人だな。奴らが来たら、武器を持ってないか、入り口でボディチェックしろ」

  下の舗道から菊岡組に入ろうとする薫、透ともう一人のダークエンジェル。それぞれ、両手にボストンバッグを持っている。

  見張りのチンピラにボディチェックを受ける三人。

  二階の事務所。いかにもヤクザの事務所らしい凶悪さと悪趣味さに溢れた調度や掛け物。

富永(ふてぶてしい態度で相手を威圧しながら)「薫ってえのはお前か。お前ら、とんでもねえことしやがって、自分らのやったことわかってんのか? 日本中のヤクザが目の色変えて、お前らの後を追ってんだぞ」

  顔を見合わす三人。本当はたいして怯えてもいないが、精一杯しおらしい表情を作っている。

富永「金は持ってきたな? そのテーブルの上に置きな」

薫(バッグをテーブルの上に置きながら)「ヨシオは? 引き換えが条件のはずだ」

富永(テーブルを拳でどすんと殴って)「このガキャあ! 条件だあ? 生きて帰れるかどうかてめえの心配しろ!」

  ビルの側面の狭い路地。闇の中から姿を現した「男」が、上を仰いで、手にした細いロープを投げ上げる。ロープの先端のフックが、屋上の一部にかかる。

  ビルの壁を、ロープで鮮やかに上る「男」。

  三階の窓から、中をのぞき込む「男」

  窓の中の情景。大きなデスクの後ろに、ソファに座った菊岡組組長のでっぷり太った姿が見える。そして、その前の絨毯敷きの床に転がっているのは、ヨシオの姿である。彼は後ろ手に手錠をかけられ、顔は拷問されて青黒く腫れ上がっている。室内には、もう一人、若くたくましいヤクザがいる。

  窓に手を掛け、それを開く「男」。

  室内に飛び込んできた男に驚く組長と、そのボディガード。「男」は素早く若いヤクザに近づき、背後に持っていた仕込み杖のサーベルを、横になぎ払う。

  宙を舞う若いヤクザの首。

組長(驚愕して、銜えていたパイプが口から落ちる)「き、貴様!」

  その太いのど頸に、「男」のサーベルが、すっと突き刺さる。

  二階事務所。上を見上げる富永。

富永「上が騒がしいな。誰か、様子を見てこい」

  部屋を出ようとしてドアを開けるチンピラ。足を止めて、後ずさりする。

  不審そうな顔になる、室内のヤクザたち。

  チンピラの胸に突きたったサーベルが見え、そのままチンピラは床に崩れ落ちる。

  室内にゆっくり入ってくる「男」

  「手前!」と叫びながらピストルを抜く富永。その手首を、「男」のサーベルが切り落とす。

  ピストルを握ったまま、ぼとっと床に落ちる手首。

  床に転げて苦悶の声で泣き叫ぶ富永。その間にも、男は素早い身のこなしで、室内の、他のヤクザを次々に斬殺する。

  床に転がる富永を見下ろす「男」

「男」(富永の首にサーベルを当てて)「ヨシオの手錠の鍵と、金庫の鍵をよこせ」

富永(苦痛の声をあげながら、やっと答える)「……手錠の鍵は、三階の、見張りが持っているはずだ。金庫の鍵は、組長のポケットか、デスクの中だろう」

「男」(頷いて)「なかなか素直だ。今すぐ楽にしてやる」

  富永の心臓に突き立てられるサーベル。

  三階のヨシオを救出し、金庫を開ける薫たち。

  菊岡組の事務所を出て、近くに止めてあったライトバンに乗り込む「男」とダークエンジェルズ。

  闇の中に消えていく車。(フェイド・アウト)

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「丸正電設」の前で張り込みをする野村の数ショット。

  夜。携帯電話が鳴り、電話機を耳に当てる安田。

  「男」のアジトの前で、携帯電話に小声で話す野村。

野村「安田さんか? チャンスだ。今日は中からどんどん人が出て行っている。数えたら、十五人いた。中に残っているのは、あと一人か二人だ。もしかしたら、まったくカラかもしれん」

安田「よし、わかった。すぐ行く」

  中古のBMWを飛ばす安田。

  自動車の運転席から、「男」のアジトの前に立つ野村が見える。

  手を上げて合図する野村。

  車から下りる安田。二人は、頷き合う。

  塀をよじのぼる二人。

  開いたままの玄関から入る二人。安田はピストルを抜く。野村にもピストルを渡す。

  一階のトレーニング場。常夜灯がついているだけで、人はいない。

  二階の大食堂。同じく、ガランとしている。

  三階の会議室も同じ。

  四階。ここは廊下があり、部屋が幾つかある。その部屋の一つから明かりが漏れ、人のうめき声がする。マキのあえぎ声である。顔色を変える野村。

  ドアから覗く野村。

  ベッドの上で、裸で絡み合う「男」とマキ。喜悦の声を上げるマキ。

  屈辱と憤怒に唇をかむ野村。

  野村の後ろから、安田が彼の肩を叩く。

安田「マキの奴、嬉しそうな声を上げてるじゃねえか。だが、野郎を片づけるのは、後だ。まずは金が先だ」

  もう一つの部屋に入る二人。懐中電灯で照らし出された室内には、金庫らしいものはない。

  突然、部屋の明かりがつく。

  二人が驚いて見回すと、部屋の入り口には、ダークエンジェルズの少年達が並んで、彼らを見ている。

野村(仰天して)「て、手前ら!」

薫(一歩前に出て、冷たい口調で)「やっぱりあんたか。先輩、用事なら、昼間堂々と来てくださいよ。そちらは菊岡組の安田さんだね。ヤクザがうちに何の用です」

野村「うるせえ! サラ金強盗が手前らの仕業だってことはつかんでるんだ。金をよこしな。それとも、死んでみるか?」

  野村と安田、威嚇するようにピストルを誇示する。薫の顔に、かすかな動揺の色が現れる。

安田「おい、兄ちゃん、玄人を甘く見るんじゃないぞ。え? こっちは遊びじゃねえんだ。いきがってると死ぬぜ」

  別の方角から、「男」の声。「金はこっちだ」

  振り返る野村と安田。全員の死角になっていたドアが開いていて、「男」がボストンバッグを手にして現れる。「男」は、バッグをテーブルの上に載せて、それを開いてみせる。中の札束が見える。

「男」「これが欲しいのなら、やろう。そら!」

  「男」はバッグを安田の足元に放り投げる。

  思わず、かがみ込んでバッグに手を伸ばす安田。

  テーブルの上のガラスの灰皿を掴む「男」の手。その灰皿は、鋭い手首のスナップで投げられる。

  宙を飛ぶ灰皿。

  (スローモーションで)安田の額に激突し、額を砕く灰皿。後方にのけぞって倒れる安田。

  (同じくスローモーションで)警棒を腰のベルトから抜き、野村のピストルを持った腕を打ち据える薫。腕が折れる音。

薫(「男」と野村を交互に見て)「こいつ、どうします?」

「男」「その死体と一緒に地下室に閉じこめておけ。食料は一週間分くらいも入れておけばいいだろう。日本の警察やヤクザがここを突き止めるのが早ければ、生きて出られるだろう」

  野村を引き立て、安田の死体をかついで部屋から運び出す少年たち。

「男」「ここも引き上げ時だな。お前ら、要らない物や、足のつきそうな物を一時間で処分して、車に乗り込め」

  闇の中を、車に乗り込むダークエンジェルズたち。次々と車が発進した後、闇の中に静まり返るアジト。(フェイド・アウト)

 

  都内のサラ金を次々に襲撃する覆面の少年達。社員の一人に警棒が振り下ろされ、その脳天が割られて血しぶきが吹き上がる。抵抗する者を容赦なく打ちのめし、無抵抗な者は、ガムテープで手際よく体中グルグル巻きにする。金庫を開け、現金をボストンバッグに詰め込んで、さっと引き上げる。(ストップモーションの連続など、リズミカルに、軽快に)

  警視庁殺人課。様々な声が飛び交う。その内容は、都内4カ所のサラ金会社が、同時襲撃されたというもの。被害金額が膨大なものであること、死者3名、負傷者11名に上ること、などである。(フェイド・アウト)

 

  「訓練所」の内部。皓々と照らされたライトの下で、テーブルの上に積み上げられた膨大な現金を囲んで、それを眺める「男」と少年達。

透(一人だけテーブルの前に座って計算をしていたが、それを終えて)「総額7億2千5百65万4千円!」

  どよめきの声を上げる少年達。

男(かすかに微笑して)「よくやった。だが、こんなのはまだはした金だ。いい気になって使ったら、半年で無くなる。俺達の目標は、まだ先にある。だから、残念ながらこの金を今お前達にやるわけにはいかん。持ち付けない金を持つと、つい気が大きくなって金遣いが荒くなり、人に目を付けられる元だ。最後の仕事が終わってから、金はすべて分配する。だが、疲れ直しに、少し美味い物を食う程度はいいだろう。透、みんなに20万ずつ渡せ」

  男の言葉に少しがっかりした少年達も、20万の現金を手にしてほくほく顔になる。

薫(リーダーらしい責任感に溢れた顔で)「ボスの言うとおり、くれぐれも金の使い方には気を付けろよ。また、言うまでもないが、今度の事を少しでも外部の人間に言うんじゃないぞ。一人のドジで全員死刑台送りなんだからな」

  薫の言葉に頷く仲間達。(フェイド・アウト)

 

  薄暗い、品の無い喫茶店。ゲーム機が多いが、昼間であり、客はひそひそ話をしている二人しかいない。その二人の客のうち一人は野村で、もう一人も明らかにヤクザである。

安田(横柄な感じで)「じゃあ、お前は、あの仕事はダークエンジェルズのガキどもの仕業だってえのか?」

野村(卑屈な態度で)「間違いねえ。前に話したろ? 忌々しく強い、薄気味悪い中年男の話。あれ以来、ダークエンジェルズの連中、全員どっかに消えちまったんだ。俺は、あの事件を聞いて、ピンときたね。絶対間違いねえ」

安田「あんなガキどもに、こんなでっかい仕事ができるってのは信じられねえが、確かに怪しいな」

野村「だろう? で、話はここからだ。実は、俺は昨日ダークエンジェルズの一人のヨシオってのを見かけたのよ。奴の家の近所の焼き肉屋でな。向こうはこっちに気がつかねえ。こっそり、様子を窺ってると、野郎、チンケな女と一緒に、嬉しそうに何食ってたと思う? 上カルビだぜ、上カルビ! 金回り良すぎるじゃねえか」

安田(苦笑して)「上カルビくらいで、金回りが良すぎるってことはないだろう。カツアゲでもして小銭がはいったんだろうよ」

野村(ムキになって)「いいや、違うね。あいつの身分じゃあ、逆立ちしたって上カルビなんて食えるもんじゃねえ。なにせ、あいつの家は、生活保護受けてんだぜ」

  興味をそそられた顔の安田。その表情に力を得て、話を続ける野村。

野村「で、俺はあいつの後を付けて見たんだ……」

  回想。焼き肉屋の角で、ヨシオが出てくるのを待つ野村。女と二人で店から出てくるヨシオ。野村の声がナレーション風にかぶさり、

野村の声「やっと出てきたと思ったら、ヨシオの野郎、女と連れ込みホテルにはいりやがった。一時間ほど待って、いい加減しびれをきらして帰ろうと思ったんだが、ヨシオと女がホテルから出てきたんで、ほっと安心した」

  ホテルの前でキスをするヨシオと女。女と別れ、タクシーに乗り込むヨシオ。あわててタクシーを拾い、後をつける野村。

野村の声「ヨシオの奴がタクシーを使うってのがおかしいじゃねえか。そんな贅沢をするくらいなら、病気のお袋さんに土産のひとつも買うってのがヨシオって奴さ。しかも、タクシーを降りたところがまた怪しい。中野駅前で降りたんだが、そこから30分近くも歩いたんだぜ。タクシーに乗るくらいなら、なんで30分も歩くんだ?」

闇の中を歩くヨシオ。それをつける野村。高い塀のある建物の前で立ち止まり、中に入るヨシオの後から、野村が小走りに駆け寄り、門の看板を見る。門には「丸正電設」とある。

  再び、野村と安田のいる喫茶店。

野村「で、話ってのは、二人で一発かましてみようってことさ」

安田「面白い話だ。だが、相手は何人だ? お前と俺の二人だけじゃあ、ヤバいんじゃねえか?」

野村「向こうは、四人ずつ、四つの店を襲ったわけだから、十六人くらいだ。もしも、例の中年男が糸を引いているなら、そいつもいれて十七人だが、向こうはただの暴走族だ。こっちがピストルでも持っていけば大丈夫さ」

安田(宙を見て考えながら)「うちの組の連中、何人か連れていかねえか?」

野村「なら、この話は無しだ。あんたの組の上のもんにおいしいとこ持ってかれちゃあたまんねえ」

安田(ドスをきかせて)「口のききかたに気をつけな。お前一人で何ができる。なんなら、お前抜きでやってもいいんだぜ」

野村「い、いや、そいつは困る。せっかくここまで調べたのに」

安田(笑って)「だが、お前の言うとおり、素人のガキ相手なら、二人で片づくか。いざとなりゃあ、一人ぶっ殺しゃあ、びびるだろう」

野村(引きつったような笑いを浮かべて頷く)(フェイド・アウト)

  昼。赤坂。男の宿泊する高級ホテル。その高層ビルを見上げる薫。やや、気後れした表情。着慣れない背広にネクタイが、フイットしない感じである。

  ロビーを歩く薫。外国人の男女や、政財界の大物らしい日本人の姿に比べて、貧しいこの若者の姿はいかにも場違いだ。彼も、それを感じている表情である。

  フロントで何かを尋ねる薫。係が内線電話をし、薫に頷いてみせる。

  最上層の一室の前に立つ薫。少しためらって、ドアをノックする。

  ドアが開き、ガウン姿のマキが顔をのぞかせる。にっこり笑って、薫を中に入れる。

  豪華な室内を、物珍しげに見回す薫。

  続きの部屋からガウン姿の男が出てくる。薫は、ソファから立ち上がって男を出迎える。男は手で、薫に座るように指示する。

男「都内か、そのはずれの、あまり目立たない所に、貸しビルを一つ探せ。建坪は百坪以上で、三階か四階建て。敷地面積は二百坪以上で広いほどいい。内装はどうでもいい。いくら高い借り賃でもいいが、ただし、買いはしない。これは手間賃だ。なるべく早く見つけろ」

  テーブルの上に札束を置く男の手。それを見て、目を丸くする薫。

  都内を歩き回る薫や、仲間達。不動産屋の中で商談する薫の姿。実際の物件を見せられて、首を横に振る薫。

  広い敷地の中の殺風景なビルを一人で見て、頷く薫。

  同じ物件を見て頷く男の顔。

男(満足そうに)「これでいい。三日で見つけたのはほめてやる。次は、内装だ」

  ビルの内装工事。各フロアの部屋の壁をすべて取り払って、全体が広い倉庫のような雰囲気になり、次に、一階にボクシングのリングのようなものが作られる。続いて、二階は大食堂風になっていき、全体は、運動部の訓練所か軍隊の宿舎のようになっていく。

  庭の地面が均され、鉄棒と登り棒が作られていく。

  内装業者に現金の分厚い束が渡される。

薫「ここの工事の事は、他人には言わないという約束は、守ってくださいよ」

工事業者「もちろんです。でも、何ですかねえ。何かの訓練所みたいですけど」

薫「まあ、金持ちの道楽ですから」

  次第に全容を顕わしていく建物。窓の少ない、要塞のように無骨な外見である。

  氷雨の降り始めた東京。カメラはそれを上空からなめるように映し、やがて一つの建物、例の「訓練所」を上空から映す。建物の一つの窓から明かりが漏れている。その中にカメラが入ると、そこには整列した元暴走族の少年達の姿。その前に立っている「男」。

男(静かな、しかし恐ろしい威厳を持った口調で)「これから一ヶ月、お前達は訓練を受けて貰う。軍隊並の、いや、それ以上の特訓だ。落後することは許さん。俺の命令に違反したり、脱走を企てようとした者は、死んで貰う。しかし、お前達がその訓練に耐え抜いた暁には、お前達が望むだけの金を手に入れさせてやる。掛け値なしに、一生遊んで暮らせる金だ。この話を聞いた以上は、今更抜けることはできん。わかったか」

  顔を見合わせる少年たち。

男(気味の悪い微笑を浮かべて)「もしも、それがいやなら、俺を殺してここから出ていくことだ。だが、俺がお前達なら、一生ウジ虫みたいに生きていくよりも、たとえ少々苦しくても、一、二ヶ月の苦労で一生遊べる金を手に入れる可能性に賭けるがな」

  「訓練所」の寝室で。二段ベッドの上下で話す薫と、従兄弟の透。

透「恐ろしい人だな、あの『田中』さんは。田中ってのは本名か?」

薫「多分、嘘だな。あの人にとっちゃあ、自分の名前なんて何でもいいんだ。……どうだ、逃げたくなったか? だが、やめたほうがいい。あの人の強さは半端じゃない。俺の想像だが、傭兵上がりじゃないかと思う。もっとも傭兵のみんながみんな、あんなに強いわけでもないだろうが」

透「逃げる気はないが、逃げることはできるだろう。こっちは十六人、あっちは一人だ」

薫「あの人と一度でも立ち会ったら、そんな考えはなくなるな。それに、俺はあの人を信じてる。この訓練が終わったら、確かに俺達は巨万の金を手に入れるだろう。それがどんな方法かはわからんが、それがたとえ銀行強盗だろうが、俺はやるぜ。何もしなけりゃあ、どうせ、退屈な人生だ」

透(頷いて)「そうだな。どんな猛訓練か知らんが、耐えてやろうじゃないか」

  猛訓練の日々。敷地内でのマラソン、棒登り、腕立て伏せ、上体起こし、スクワット、ロープによる壁登り、ボクシング、等々。ゲロを吐く者、倒れ込む者、水をぶっかけられる者、等々。

  やがて、訓練を平気でこなすようになってきた少年達の姿。中でも目に付くのは、60センチくらいの硬質ゴム棒を使った訓練である。彼らは、それが本物の剣か金属棒であるかのように、真剣な顔で、それでチャンバラをしているが、その動きは、武道の達人に近い見事なものである。また、ずらっと並んだ平均台の上を、疾走する姿、長く張られたロープをするすると伝わる姿は、一流のレンジャー部隊顔負けである。

  三階の広間に整列する少年達。全員、グレーのTシャツに黒いズボン、爪先に金属入りの半ブーツに体を包んだその体つきは、一月前とは比べ物にならないほどたくましく、表情は精悍そのものである。彼らの前に立ち、彼らを眺める「男」の顔にも、満足そうな表情が見える。

男「これから、仕事の話をする。これまでお前らに厳しい訓練をしてきたのは、この仕事でお前らがドジを踏まないようにするためだ。いいか、一人のミスが全員の死につながると思え。……則夫、まずそいつをみんなに配れ」

  則夫と呼ばれた少年が、メンバー一人一人に20センチくらいの特殊警棒を配って歩く。

  それぞれ、警棒を手にして、武者震いをする少年達。

男「使い方はわかってるな? 薫、健太郎と模範演技をしてみろ。もちろん、寸止めだぞ」

  メンバーの前に進み出て、構える薫と健太郎。腕を一振りすると、警棒は60センチほどの長さに伸びる。

  特殊警棒を使って模範演技をする薫と健太郎。一流の剣士のような、その動きに見とれる仲間たち。最後に、薫の警棒が、健太郎の頭の数センチ上でぴたりと止められ、演技が終わる。

男(静かに頷いて)「よし。なかなか上達した。だが、これからお前らがやるのは、寸止めではない。本物の人間の頭上にそいつを叩きつけるのだ。頭蓋が潰れ、血と脳漿が吹き出しても、気にするな。相手が刃物を持とうがピストルを持とうが、今のお前らなら、それで十分に対抗できるはずだ。それだけの訓練は積んである。現場では、チームリーダーの指示は絶対だ。怪我人が出た場合や、警官が思ったより早く到着した場合の行動や処置は前に言ったとおりだ。いいか、どんなことがあってもうろたえるなよ。また、絶対につかまるな。どうしても捕まりそうな者が出た場合は、そいつを殺せ。でなければ全員が破滅する」

  男の言葉に頷く少年達。その顔には、緊張感はあるが、不安や怯えの色はない。(フェイド・アウト)

  山並みの続くハイウェイ。夕暮れ時。一台のジャガーを囲むように走る数台のオートバイ。オートバイには、みるからに暴走族風の若者達。オートバイの若者たちは、のんびりと走らせているジャガーのドライバーを、奇声を上げて挑発している。

  平然とジャガーを運転する男。

  オートバイの後部座席に乗っていた若者の一人が、手にしていたミルクセーキの紙コップを、ジャガーのフロントグラスに投げつける。

  ピンクの液体が、フロントグラスに広がる。急ブレーキを踏む男の足。

  ガードレールに車体をこすりつけながら、急停止するジャガー。

  車から下りて、フロントグラスに広がった液体が、イチゴのミルクセーキであることを確認した男は、にやっと残忍な微笑を浮かべる。車に乗り込む男。

  ワッシャー液で洗い流されるフロントグラス。その中に男の顔が顕れる。もちろん、サラ金を襲ったあの男だ。

  集団走行するオートバイ。そのバックミラーの中に、後ろから猛スピードで近づくジャガーの姿が映る。

  後ろを振り返って、それが先ほど自分たちが危うく事故を起こさせようとしたジャガーの男であることを確認し、少年たちは騒ぎ出す。

少年の一人(緊張した声で)「やべえぞ、さっきの奴だ」

もう一人「車をこっちにぶつける気だ」

リーダーの少年(非常にハンサムで、喧嘩の強そうなタイプ)「スピードを上げるんだ。振り切れ!」

  あっという間に接近するジャガー。悲鳴を上げる少年達。

  ジャガーに接触し、あるいはその風圧で次々に転倒するオートバイ。路面を滑走し、互いにぶつかり合って、ドライバーは宙を飛ぶ。

  オートバイの間を駆け抜けていくジャガー。

リーダーの少年(ジャガーを睨み付け、激しい調子で)「手前ら、何してる! さっさと起きてあいつを追っかけるんだ! 絶対に逃がすんじゃねえぜ」

  倒れたオートバイを起こす少年達。次々に発進するオートバイ。

  闇の中を遠ざかるジャガーのテールランプ。(フェイド・アウト)

 

  横浜の繁華街。夜。復讐のために、ジャガーの男を探して歩く暴走族の少年達。

リーダーの薫「いたか?」

少年の一人(首を振る)

  他の路地から戻ってくる少年、何かを急いで知らせようと、小走りである。

少年「いたぞ! こっちだ」

  仲間を、路地の奥の駐車場に案内する少年。少年が指さす先に、銀色のジャガーが停まっている。

発見者の少年(得意げな顔で)「な、奴のジャガーだろ? ほら、ここにこんな擦り傷がある。ガードレールにぶつけた奴と、俺達のオートバイにぶつけた時の傷だ」

薫(頷いて)「よくやった。野郎、見つけた以上は、生かしちゃあおけん。だが、どの店に入ったかはわからんか?」

発見者の少年(肩をすくめて)「車しか見てない」

薫「誰か、奴の顔を覚えている奴はいるか?」

グループ最年少のミツル「中年で、鼻が高い、ちょっと外人っぽい顔だった。ハンサムというか、いい男だったような気がする」

薫(迷うような表情で)「そうか。これだけ店が多くちゃあ、一軒一軒探すわけにもいかんな。会員制の店に入ってるってこともあるし。ここで奴を待つことにしよう。お前ら、その辺に隠れていろ」

  二時間後。腕時計を見る薫。

薫「腹が減ったな。おい、ミツル、何か買ってこい」(財布を放り投げる。それを空中でキャッチするミツル)

  小走りに遠ざかるミツル。

  戻ってくるミツル。その背後に、二人の男女連れがくっついている。男は、明らかにヤクザであり、女はその情婦だ。男は黒シャツの上に白い上着、白いズボン、大きくはだけたシャツの間には金のネックレスという典型的遊び人スタイルである。女はプロポーション抜群のグラマーで、顔も美人だが、頭は悪そうである。

野村(横柄な態度で)「よお、薫! どうなってんだ。例のジャガーの男を見つけたってえじゃねえか。こんな所で何チンタラやってんだよ」

薫(不快そうに、顔をそむけて)「ああ、野村さん。奴が出てくるのを待ってるんですよ」

野村(あたりを見回し、女にいい所を見せようとして)「何だ何だ、こんなに雁首揃えやがって。相手は素人一人だろうが、みっともねえぜ。こんな時はリーダーが一人でがんがんいくもんだ」

薫(待ってましたとばかりに)「じゃあ、野村さん、手本を見せてくださいよ」

野村(うろたえて)「え? 俺がか? いや、そりゃあ、俺がやってもいいが、そうするとリーダーのお前の立場がねえだろうが」

薫(嘲笑を隠して)「野村さんが喧嘩が強いってのはよく聞かされてますが、まだ見たことはないんで、みんなのいい勉強になります」(仲間に、目でうながす)

薫の仲間たち(声を揃えて)「お願いしまーす!」

野村の連れの女「ケンちゃん、あんた、喧嘩強いんでしょ? やっちゃいなさいよ」

野村(虚勢を張って)「うるせえ! 男の世界は、そんな簡単なものじゃねえんだ……」

暴走族の一人(遠くを見て叫ぶ)「あ、あいつだ。ジャガーの男だ」

薫、野村に、目で促す。野村は覚悟を決め、渋々歩き出す。

  大股にジャガーに近づく長身の男。ジャガーのドアに手を掛けようとした瞬間、その周りをパラパラと囲む暴走族の少年達。

男(まったく冷静に)「何の真似だ?」

野村(精一杯に凄んだつもりの表情、ドスを利かせたつもりの声で)「おっさんよ、俺の舎弟になめた真似をしてくれたそうじゃねえか」

少年達(互いに顔を見合わせ、不満そうな表情で、しかし野村には聞こえないように小さな声で)「舎弟だってよ」「いつ、俺達が野村さんの舎弟になったんだ?」

野村(懐からジャックナイフを取り出し、器用にワンタッチで刃を開き)「痛い目に遭いたくなけりゃあ、それなりの挨拶はしてもらわんとな」

  あっという間に、男の長い足が野村の腕を蹴り上げ、バキッという音と共に野村の腕が折れる。悲鳴を上げてうずくまる野村。

  口々に罵声を上げながら男に飛びかかっていく少年達。乱闘が始まるが、男のあざやかな身のこなしに、ほとんど少年達は男に一指も触れられず、逆に少年達の方は、次々に倒されていく。

  地面にへたばり、腕を押さえて泣き声を上げる野村。そのそばで、心配そうに、だが、男の弱さにあきれた顔で見下ろす女。

ジャガーの男(自分を取り囲む少年達を見回しながら)「リーダーは誰だ?」

薫(すでに男に倒されていたが、起きあがりながら男を睨み付け)「俺だ! 畜生! 殺すなら殺せ」

男「元気がいい。殺してもいいが、それより、どうだ、俺の手下になる気はないか?」

薫「手下? ふざけるな! あんた、やくざか?」

男(にやりと笑って)「やくざではないが、まあ、悪党だ」

薫「俺達を手下にしてどうする? 何をさせようというんだ?」

男「面白いことさ。命の保証はできんが、面白いってことだけは確かだ。どうせ、退屈まぎれの暴走族だろう。人に迷惑を掛けるなら、もっとでっかいことをしてみんか」

薫「犯罪か?」

男(はぐらかすように笑って)「さあな。どうだ、決めるなら、今だ。二度とは誘わん」

薫「わかった。あんたみたいに強い男に会ったことはない。子分になろう」

男(他の少年たちを見て)「お前らはどうする?」

薫の仲間たち「俺達はいつも薫さんと一緒だ。薫さんがそう決めるなら、俺達もあんたの子分になる」

男(薫に手を差し出す)「よし、いい子たちだ。君は薫というのか。喧嘩はあまり強くないが、人望はあるんだな。いいことだ」

薫(憮然として握手する)

  男は野村の連れていた女を見る。女は、一瞬びくっとするが、男の鋭い、切れ長の目で見つめられ、磁力に引きつけられたような顔になる。

男「おい、そこの女、ここに来い」

  ふらふらと男に近づく女。男はジャガーに乗り込み、女はその後から、その助手席に乗り込む。

  発進するジャガー。その後ろで、折れた腕を押さえた野村が、半泣きの声を上げる。

野村「おい! マキ! おいっ、どうしたんだ、行くなよ」

○繁華街のネオンの中に消えていくジャガー。(フェイド・アウト)

 

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