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・前の場面の続き。
・銀三郎は先ほど見えた小さな洋館の玄関(鍵はかかっていない)の扉を開けて中に入る。
・玄関の間の奥に部屋がふたつあり、奥の部屋(洋間)が麻里江の寝室である。その部屋の扉は開いたままで、ベッドに麻里江がスヤスヤ寝ている。
・その寝顔を上から見下ろす銀三郎の顔に殺気に似た表情がかすかに浮かぶ。
・軽くうなされる麻里江。突然、目を開く。自分を見下ろす銀三郎を見て驚く。
・小さく悲鳴を上げた麻里江をあやすようになだめる銀三郎。
銀三郎「僕だよ。大丈夫、僕だ」
麻里江「ああ、あなたでしたの、侯爵様」(彼女は銀三郎をそう呼ぶ)
銀三郎「何か悪い夢でも見たのかい。うなされていたが」
麻里江「夢? そうだわ。悪い夢を見ていた。その中にあなたのような人が出てきて……なぜ、私の夢の中身を知っているんだい? あんたは何者だい」
銀三郎「落ち着きなさい。僕だよ。お前の侯爵さまさ」
麻里江「嘘だ。あんたは私の侯爵さまじゃない。私の侯爵さまは、誰よりも素敵な人で、お前のような下種じゃない。顔は少し似ているけど、あんたは偽物だ」
狂女の侮辱的な言葉を聞いて、銀三郎の顔が醜く歪む。
麻里江「はは、怒ったのかい。夢のように、私をナイフで殺すつもりかい? ほら、その懐には私を殺すためのナイフがあるんだろう?」
銀三郎はギクリとした顔になる。先ほどの殺意が、なぜかこの女の夢に通じたようだからだ。
銀三郎「馬鹿馬鹿しい。いい加減にやめないか。お前の兄はどうした。どこに行ったんだ」
麻里江「あんな奴、知るもんか。あんた、私の赤ちゃんをどうした。まさか、川に捨てたんじゃないだろうな」
銀三郎「お前は赤ん坊など生んでいない。私と寝てすらいないんだ」
麻里江「じゃあ、何でここにいる。この偽物の侯爵が。はは、侯爵が聞いてあきれるよ。お前なんか、下男や御者にも劣る能無しだよ。悪魔の下働きが相当だ」
たまりかねて、銀三郎はその部屋から急ぎ足で出て行く。
玄関から田端兄が入ってくるのとぶつかりそうになる。

田端兄「おお、これは銀三郎様、子爵様。このようなところにお越しいただくとははなはだ名誉でございます」
銀三郎「君から手紙をもらったから来たんだ。何の用だね」
田端兄「まあ、慌てなさらないで、ひとつ舶来の酒でもいかがですか。貧しい中にももてなしの酒くらいは準備しております」
銀三郎「ふん、自分が飲むためにな」
田端兄「もちろん、わたくしもご相伴いたしますが、主にあなた様のためでございます」
銀三郎「酒はいいから用件を言ってくれ」
田端兄「そこでございます。こういうデリケエトな話は、私のような繊細な人間は酒も入らずには話しにくいのですが、思い切って申しましょう。前にお約束になったお手当はいつ貰えるのでしょうか」
銀三郎「手当など約束した覚えも無いし、お前たち兄妹にはこの家を買ってやり、生活費も十分に与えたはずだ」
田端兄「さはさりながら、やはりこうした日陰の身ではあれも可哀そうで、ちゃんとした世間との人付き合いをするには頂いたお金では少々不足かと」
銀三郎「あれを世間と人付き合いさせるだと? 面白い冗談だ」
田端兄「へへへ、やはり子爵様の奥方ともなると世間との交際は必要ではないかと思いまして。なあに、私がいつもそばについていてうまくやりますから、ご安心を」
銀三郎「いらん。いい機会だから、言っておこう。俺は明日明後日にも、あれとの結婚を世間に公表するつもりだ。だから、これまでお前がこそこそゆすっていたような手口はもう通用しない」
田端兄、呆然とする。
田端兄「まさか、冗談でございますよね。そんなことをしたら、御身の破滅でございますよ」
銀三郎「俺には似合いの妻かもしれん。もっとも、先ほどはあいつのほうから俺に縁切りの言葉を言われたがな」(ニヤリと笑う)
銀三郎「まあ、そういうことだ。俺の気が変わったら、これまで通り、小遣い銭くらいはやるかもしれんが、俺をゆするつもりなら無理だと覚えておけ」
銀三郎、立ち上がって出て行く。呆然としてそれを見送る田端兄。


(このシーンはここまで)

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