A川Aりすの「S色の研究」を最終章の前(文庫本359P)まで読んだ時点で、ここまでを読み返しての「犯罪内容と犯人の予測」をしておく。
主犯はすべて宗像真知で
第一の犯行(宗像家放火事件、宗像庄太郎殺害事件)での共犯(実行犯)は真知の兄の山内陽平か、真知の息子の正明。
第二の犯行(大野夕雨子殺害事件)での共犯は正明か陽平。おそらく正明が沖から浜に泳ぎ戻って撲殺。死体を「二度殺した」石はあまり意味はないが、崖の上で絵を描いていた退職警察官が遊び半分で投げ落とした後、下に死体があることに気がついて、その後ごまかしたものでも、あるいは陽平あたりが投げ落としたものでも、どちらでもいい。
第三の犯行(山内陽平殺害事件、オランジェ夕陽丘事件)の共犯(実行犯)は正明。
犯罪動機は、
第一の犯行では夫の財産と保険金(家の保険と生命保険)、あるいはここまで書かれていないが、庄太郎の性格からして、夫への積年の憎悪もあるかもしれない。
第二の犯行では、大野夕雨子が第一の犯罪について(陽平などから)聞いて知ってしまったこと、もしくは、(ここまで書かれていないが)夫庄太郎と夕雨子が不倫関係にあったことへの復讐。
第三の犯行では、姪の朱美が、この家にまつわる犯罪について火村英生に調査を依頼したことで、事件解明を恐れ、「共犯者」の陽平を始末した。
推測の根拠は、
1)第一の犯罪で最初に疑われるべき、「受益者」真知への言及がまったくない。
2)放火事件で、陽平が実行犯ではないか、と朱美が潜在的に疑っているという記述がある。また、事件現場から逃走する高校生(おそらく正明)の姿が目撃されたという記述がある。陽平、正明のどちらかが実行犯であることを暗示している。また、第三の事件で犯人に仕立てるための脅迫材料となった、六人部を写した写真は現在はカメラマンの正明が撮ったと推定できる。(夜の写真を、フラッシュ無しで、顔が分かるように映す技術は素人離れしている。これは、正明が「人物写真」専門であること、コンビニの光の中の人物を写した写真の描写などで暗示されている、と見える。)
3)第二の事件で、真知はビデオに写されまいと抗っている。これは犯罪をこれから行う顔を写されたくない、という心理かと思える。同様に、正明が写される側から撮る側に回っている。
4)一番奇妙なのは、第三の事件(小説内では最初に出てくる)で、犯行の行われたマンション内に住む、「被害者の唯一の関係者」である正明の犯行を疑う記述がほぼゼロであること。これは警察の捜査として、ありえないのではないか。「利害関係者を疑え」は捜査の鉄則だろう。同様に、第一の犯罪(宗像家放火事件)で、最大の受益者である真知が、嫌疑の対象から最初からはずれているようにしか見えない記述もおかしい。
第二の犯罪(大野夕雨子殺害事件)で、死体の第一発見者が誰か、どういうように発見されたか、という一番大事なことが書かれていない。その他、すべての事件で事件関係者のアリバイがまったく薄弱で、誰でも犯行は可能であるようにしか読めない。とすれば、動機から犯人を推定するしかないわけで、以上のような解答となる。
A川Aリスの作品は(長編だけの特色かもしれないが)ムダな描写があまりに多く、必要な記述がたくさん欠けているという欠点があり、「フェア」な推理小説とは思わないが、逆に、そういう欠点があるからこそ、「読者からのチャレンジ」がやりやすいとも言える。つまり、雑情報をすべてふるい落とし、推理に必要な情報だけを絞ることで、犯行事実が推理できる、そういう「思考の遊び」に最適かもしれない。
(追記)さて、最終章を読んでみた、その結果は……大外れ!orz……
だが、外れて満足でもある。それほど、この「解決篇」はひどい。これほど説得力の無い、不合理な解決は初めて読んだ。動機がひどい。私が上に書いたものならまだ合理性はあると思うが、これを読んで納得した人はいるのだろうか。これでは「太陽がまぶしかったから人を殺した」というのと大差ない。「文学」では許せても、推理小説で、これは無いだろう。
こういう動機ならば、犯人の立場から前半を書き、倒叙法にしたほうがよかっただろう。犯人の心理を克明に書かないと意味がない。
なお、「軽トラック」はそれほど大きいものではない。普通乗用車と車高はそれほど変わらない。2トントラック、あるいは4トントラックでないと、5メートルの崖下まで影の長さに影響を及ぼす高さではない。さらに、崖ぎりぎりに車を止めないと、崖の影に幾分かを加えるような影響は無い。そういう位置に車を止める馬鹿はいない。「不能犯」というアイデアを何とかして使いたいがための、「トリックのためのトリック」である。こうした欠陥にアドバイスできる程度の編集者もいないのだろうか。
主犯はすべて宗像真知で
第一の犯行(宗像家放火事件、宗像庄太郎殺害事件)での共犯(実行犯)は真知の兄の山内陽平か、真知の息子の正明。
第二の犯行(大野夕雨子殺害事件)での共犯は正明か陽平。おそらく正明が沖から浜に泳ぎ戻って撲殺。死体を「二度殺した」石はあまり意味はないが、崖の上で絵を描いていた退職警察官が遊び半分で投げ落とした後、下に死体があることに気がついて、その後ごまかしたものでも、あるいは陽平あたりが投げ落としたものでも、どちらでもいい。
第三の犯行(山内陽平殺害事件、オランジェ夕陽丘事件)の共犯(実行犯)は正明。
犯罪動機は、
第一の犯行では夫の財産と保険金(家の保険と生命保険)、あるいはここまで書かれていないが、庄太郎の性格からして、夫への積年の憎悪もあるかもしれない。
第二の犯行では、大野夕雨子が第一の犯罪について(陽平などから)聞いて知ってしまったこと、もしくは、(ここまで書かれていないが)夫庄太郎と夕雨子が不倫関係にあったことへの復讐。
第三の犯行では、姪の朱美が、この家にまつわる犯罪について火村英生に調査を依頼したことで、事件解明を恐れ、「共犯者」の陽平を始末した。
推測の根拠は、
1)第一の犯罪で最初に疑われるべき、「受益者」真知への言及がまったくない。
2)放火事件で、陽平が実行犯ではないか、と朱美が潜在的に疑っているという記述がある。また、事件現場から逃走する高校生(おそらく正明)の姿が目撃されたという記述がある。陽平、正明のどちらかが実行犯であることを暗示している。また、第三の事件で犯人に仕立てるための脅迫材料となった、六人部を写した写真は現在はカメラマンの正明が撮ったと推定できる。(夜の写真を、フラッシュ無しで、顔が分かるように映す技術は素人離れしている。これは、正明が「人物写真」専門であること、コンビニの光の中の人物を写した写真の描写などで暗示されている、と見える。)
3)第二の事件で、真知はビデオに写されまいと抗っている。これは犯罪をこれから行う顔を写されたくない、という心理かと思える。同様に、正明が写される側から撮る側に回っている。
4)一番奇妙なのは、第三の事件(小説内では最初に出てくる)で、犯行の行われたマンション内に住む、「被害者の唯一の関係者」である正明の犯行を疑う記述がほぼゼロであること。これは警察の捜査として、ありえないのではないか。「利害関係者を疑え」は捜査の鉄則だろう。同様に、第一の犯罪(宗像家放火事件)で、最大の受益者である真知が、嫌疑の対象から最初からはずれているようにしか見えない記述もおかしい。
第二の犯罪(大野夕雨子殺害事件)で、死体の第一発見者が誰か、どういうように発見されたか、という一番大事なことが書かれていない。その他、すべての事件で事件関係者のアリバイがまったく薄弱で、誰でも犯行は可能であるようにしか読めない。とすれば、動機から犯人を推定するしかないわけで、以上のような解答となる。
A川Aリスの作品は(長編だけの特色かもしれないが)ムダな描写があまりに多く、必要な記述がたくさん欠けているという欠点があり、「フェア」な推理小説とは思わないが、逆に、そういう欠点があるからこそ、「読者からのチャレンジ」がやりやすいとも言える。つまり、雑情報をすべてふるい落とし、推理に必要な情報だけを絞ることで、犯行事実が推理できる、そういう「思考の遊び」に最適かもしれない。
(追記)さて、最終章を読んでみた、その結果は……大外れ!orz……
だが、外れて満足でもある。それほど、この「解決篇」はひどい。これほど説得力の無い、不合理な解決は初めて読んだ。動機がひどい。私が上に書いたものならまだ合理性はあると思うが、これを読んで納得した人はいるのだろうか。これでは「太陽がまぶしかったから人を殺した」というのと大差ない。「文学」では許せても、推理小説で、これは無いだろう。
こういう動機ならば、犯人の立場から前半を書き、倒叙法にしたほうがよかっただろう。犯人の心理を克明に書かないと意味がない。
なお、「軽トラック」はそれほど大きいものではない。普通乗用車と車高はそれほど変わらない。2トントラック、あるいは4トントラックでないと、5メートルの崖下まで影の長さに影響を及ぼす高さではない。さらに、崖ぎりぎりに車を止めないと、崖の影に幾分かを加えるような影響は無い。そういう位置に車を止める馬鹿はいない。「不能犯」というアイデアを何とかして使いたいがための、「トリックのためのトリック」である。こうした欠陥にアドバイスできる程度の編集者もいないのだろうか。
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