『スナーク狩り 8章の苦悶』(スナークがり はっしょうのくもん、The Hunting of the Snark (An Agony in 8 Fits) )は、伝説の生物スナークを捕まえようとする探索者達の一行を描いた、ルイス・キャロルによるナンセンス詩である。『スナーク狩り』では、しばしば『鏡の国のアリス』の作中にあるキャロルの別の短篇詩『ジャバウォックの詩』から、生物の名前やかばん語などの流用が行われているが、この詩自体は独立した作品である。『スナーク狩り』は1876年にマクミラン社から出版され、挿絵はヘンリー・ホリディが手掛けた。
登場人物
[編集]詩の第1章第1節で探索隊を率いるのはベルマンであることが述べられ、続く第3節以降で、その他のメンバーとしてブーツ(靴磨き)、ボンネット及びフード製造業者、バリスター(弁護士)、ビリヤード・マーカー、バンカー(銀行家)、ビーバー専門のブッチャー(屠畜業者)、粗忽者のベイカー(パン屋)、ブローカー(仲買人)、ビーバーが紹介される。第1章の記述によれば、「配慮(Care)」もまた彼らと共に島へ上陸した。また、捕らえどころのないスナークを追い立てるために必要な「希望(Hope)」もやって来た。ブーツはいかなる挿絵でも描写されていない唯一の登場人物であり、それが彼を乗組員の中で最も謎めいた存在にしている(後述)。別の説として、「配慮」として表現される登場人物は、最初の挿絵で描かれている文字通りの船の船首像のことであり、「希望」とは実はブーツのことであるという主張も存在する。1876年にこの詩の書評を書いたスコットランドの知識人アンドリュー・ラングは、「希望」とはボンネット製造業者のことではないかと提言している。しかし、2番目の挿絵では船の中でボンネットを作っている人影が発見できることから、これは明確に誤りである。
あらすじ
[編集]ベルマンの白紙の海路図に導かれて海を渡り、スナーク探索隊の一行は奇妙な島にやって来た。ベイカーはかつて伯父から聞かされた警告を回想する。スナークを捕まえるのは申し分なく結構なことである。しかし用心せねばならない。もし捕まえたスナークがブージャムであったならば、その時「お前は突然静かに消えうせて、二度と現れることはない」。この警告を心にとめて、探索隊は別行動を取る。探索行の途上で、ブッチャーとビーバーの間に友情が芽生える、バリスターは眠り込んでしまう、すさまじく怒り狂ったバンダースナッチ(a frumious Bandersnatch)に襲われたバンカーは正気を失ってしまう。最後にベイカーはスナークを見つけたとみんなを呼び集めるが、他の者たちが駆けつける寸前に不可解な消失を遂げる。
構成
[編集]『スナーク狩り』には、多くのキャロルの詩独特の特徴が含まれている。使用されているのは、技巧的な韻律や押韻、正確な文法、出来事の論理学的な連結、そして「スナーク」などの造語の頻繁な活用による、まったくナンセンスな内容である。この作品は『不思議の国のアリス』のような随所に詩をちりばめた散文とは違い、キャロルによる最も長大な韻文であり、スナーク狩りを叙した詩が最初から最後まで続く。『スナーク狩り』は八つの章もしくは“fit”に分かれている(“fit”とは、歌の部分を意味する古語“fitt”と、痙攣を意味する“fit”の駄洒落である)。
- 第1章/上陸 “The Landing”
- 第2章/ベルマンの演説 “The Bellman's Speech”
- 第3章/ベイカーの物語 “The Baker's Tale”
- 第4章/狩り “The Hunting”
- 第5章/ビーバーの授業 “The Beaver's Lesson”
- 第6章/バリスターの夢 “The Barrister's Dream”
- 第7章/バンカーの運命 “The Banker's Fate”
- 第8章/消失 “The Vanishing”
スナーク
[編集]スナーク(the snark)とは、『スナーク狩り』の中で探索隊が捜し求める架空の生物である。
スナークには様々な異なった品種が存在する。あるスナークは羽毛を持っていて噛み付き、あるスナークは頬髭を生やしていて引っ掻く。あるスナークはブージャムであり、これは最も危険な種である。ブージャムに出くわした者は突然静かに消え失せて、二度と現れることはない。
スナークの味は無味乾燥で中身がないが、腰周りのきつ過ぎるコートのようにかりかりしており、人魂のような風味がある。スナークはしばしば青野菜と共に供される。また、スナークは昼近くまで寝ている。スナークは非常に野心家であり、ほとんどユーモアを解さないが、微笑とお世辞には篭絡されがちである。更にスナークは脱衣車(訳注:19世紀のイギリスで海水浴の際に使われた移動式の脱衣所。詳しくはen:Bathing machine参照)を非常に好んでおり、どこへ行くにも絶えず運び歩いている。スナークは火を起こすのに非常に重宝である。
スナークの住む島は岩と裂け目だらけであり、イギリスから船で何ヶ月もの距離がある。同じ島で、ジャブジャブやバンダースナッチなどの他の鳥獣も見付けることができる。この島は、ジャバウォックが退治されたのと同じ島である。スナークは通り一遍の方法では捕らえることの出来ない特殊な生物であり、スナーク狩りに際しては、何よりも勇気が求められる。スナークを捕らえる最も基本的な方法は、指貫と配慮とフォークと希望を持って探すことである。
対象とされた読者
[編集]キャロルが『スナーク狩り』を書くにあたり、子供の読者を対象にしていたか否かが議論されている。この詩にはいかなる子供も登場しない。雰囲気は暗いものであり、幸福な終わり方ではない。ベイカーの消失に加えて、バンカーが正気を失った様子が詳しく描写される。同じく、オリジナルの版に添えられたヘンリー・ホリディの挿絵は、『不思議の国のアリス』でのテニエルの挿絵と異なり、頭部をデフォルメした不快感を煽る戯画化を特徴としている。
しかしながら、キャロル自身はこの作品が何人かの子供らには受け入れられると確実に考えていた。ガートルード・チャタウェイ(1866年~1951年)は、アリス・リデル以降の、キャロルの人生の中で最も重要な「子供友達」であった。『スナーク狩り』の着想を与えたのはガートルードであり、本書はガートルードに捧げられている。キャロルは1875年の休日に、イギリスの海岸で9歳のガートルードと知り合った。『スナーク狩り』はその一年後に出版された。出版にあたり、キャロルは80冊のサイン入りの本をお気に入りの子供友達に贈った。伝統にのっとり、キャロルはそれらの本のサインに、子供達の名前をアクロスティックとして織り込んだ短い詩を添えた。
発祥
[編集]『スナーク狩り』を創作するにあたり、キャロルは最後の行から書き始めた。1887年にキャロルは以下の様に述べている。「ある陽差しの強い夏の日、私は一人で坂道を歩いていました。すると突然に、私の頭に一行の詩の文句が浮かび上がったのです――ただ一行だけが――『そう、そのスナークはブージャムだった(For the Snark was a Boojum, you see.)』。私はそれが何を意味するのか分かりませんでしたし、今もそれが何を意味するのか分からないままですが、その文句を書き留めておきました。そして、その後時おり節の残りの部分を思いついて、先の文句が最後の一行となりました。そして次の一年か二年のたまの機会に、詩の残りの節が自然に組み合わさり、先の節が最後の一節となりました」。
In the midst of the word he was trying to say
In the midst of his laughter and glee
He had softly and suddenly vanished away
For the snark was a boojum, you see.
その言葉を言おうとしたまさにその最中に、
その笑いと喜びのまさにその最中に、
彼は突然静かに消えうせた――
そう、そのスナークはブージャムだった。
『ジャバウォックの詩』との関連
[編集]『スナーク狩り』の序文で、キャロルは注記している。「この詩は、ジャバウォックの歌といくつかの関わりを持っています」。そして、“borogoves”と“slithy toves”の発音の仕方の説明が後に続く(これらの単語は『スナーク狩り』では使われない)。『スナーク狩り』で使われる八つのナンセンスな単語が、キャロルの『ジャバウォックの詩』で先に使われている。それらは、“bandersnatch” “beamish” “frumious” “galumphing” “jubjub” “mimsiest” “outgrabe” “uffish”である(最上級の形容詞“mimsiest”は、原級“mimsy”として『ジャバウォックの詩』に現れる)。後にキャロルは友人への手紙で、『スナーク狩り』の舞台となる島について述べている。「ジャブジャブやバンダースナッチが頻繁に訪れる島こそ、疑いなくジャバウォックが退治された島に違いありません」。