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「実存的投機」「実存的バンジージャンプ」どちらも名言である。ただ、「投機」は実存主義用語だから、わざわざ「実存的」と冠を付けるのは無駄ではあるが、株などの「投機」と間違えられるからそう言わざるをえない。もともと「投機」を哲学用語にした翻訳者が良くないと思う。簡単に「身投げ」で良かったのではないか。とすれば「実存的バンジージャンプ」はまさに本質を捉えた言葉ではあるが、長すぎる。それに、実存主義的に言えば、足に縄を結んでの身投げは、一定の勇気はあるが、生命の安全は確保された行為であり、まだまだ甘いのではないだろうか。目の前の深淵の中に何があるか分からないが、とにかく飛び込め、というのが実存主義ではないかと、実存主義の本を一つも読んだことのない私が言ってみるwww


追記:たまたま記事を読み返して、「実存的投機」は「実存的投企」の誤りではないか、と気がついた。まあ、もともと実存主義に興味は無いから(元記事につられて)こういう誤りをしたのだが、「投企」にしてもいい訳語だとは思わない。「実存的投身」が一番適切だろう。



竹熊健太郎《一直線》 @kentaro666 15時間前

評論脳と創作脳は違う。作家にも自己批評能力は必要だが、それは「創作的自己批評」なのであって、評論家的自己批評をしてしまうと、創作は出来ない。創作には実存的投機というか、実存的バンジージャンプが必要である。昔、山田詠美さんに話を聞いた時は「馬鹿と思われてもいい覚悟」と言っていた。

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