東京・日生劇場で吉田鋼太郎主演の「シラノ・ド・ベルジュラック」が30日まで上演されている。フランスの劇作家エドモン・ロスタンが19世紀末に発表した世界的な名作で、日本でも数多くの名優たちが挑んでいる。

 舞台は17世紀半ばのパリで、主人公は正義感が強く権威に屈しない剣豪シラノ。仲間たちから信頼の厚いシラノは剣の腕前はもちろん、詩の才能を持つ文武両道の男。しかし、大きな鼻がコンプレックスで、幼い頃から片思いする美貌の従姉妹ロクサーヌには容姿を恥じて打ち明けられない。シラノの気持ちを知らないロクサーヌは容姿端麗な青年剣士クリスチャンに恋をし、シラノが二人の恋の仲立ちをする羽目になる。しかし、クリスチャンは性格はいいが、詩を紡ぐ才能はなく、シラノが代わって、ロクサーヌへの愛の言葉を語り、ラブレターを書くことになる。

 男の純情ぶりは、映画「男はつらいよ」の寅さんに通じるものがあり、男性のシラノファンが多い。実際に「シラノ」を上演する日生劇場でも普段と違い、男性トイレに列ができたほど。「シラノ」は翻案されて「白野弁十郎」のタイトルで新国劇の沢田正二郎によって上演され、その後は島田正吾が引き継いだ。晩年には1人芝居として上演され、弟子の緒形拳も演じている。

 文学座では三津田健が持ち役にして、ロクサーヌは杉村春子が演じた。残念ながら、2人のコンビは見ていないが、三津田シラノに想を得た別役実作「鼻」で、三津田のシラノ俳優の片鱗を見ることができ、舞台上に杉村のロクサーヌの声が流れていた。文学座の後輩江守徹をはじめ、仲代達矢、平幹二朗、橋爪功で「シラノ」を見ているし、フランスの名優でちょっと鼻が大きいジャン・ポール・ベルモントの「シラノ」日本公演も見ている。ミュージカルにもなっていて、鹿賀丈史のシラノは魅力的だったし、宝塚歌劇でも「シラノ」をもとにした「剣と恋と虹」が上演されたが、こちらは美男の設定となり、当時のトップスター麻路さきが演じている。

 吉田シラノは、とにかく動き回っているのが特色。100人斬りの場面も、50人か60人でお茶をにごすことなく、きっちり100人を斬っているし、吉田いわく「最初から最後まで出ずっぱりで、階段を駆けあがり、駆けおり、100人を斬る。獅子奮迅の活躍です」。口跡の良さでは定評があるだけに、膨大なせりふを流れるように吐き出す迫力には圧倒される。上演台本、演出には突っ込みどころがあるけれど、瀕死(ひんし)のケガを負ったシラノの想いをロクサーヌが知り、息絶える前にシラノがつぶやく「おれが天国に持っていくのは、おれの心意気だ」のせりふには、涙を止めることができない。いつ見ても心震える「シラノ」は、本当にいい芝居です。【林尚之】