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「縁なき衆生は度し難し」というテーマが共通するツィートとブログ記事を載せておく。後者は「神戸だいすき」より。

(以下引用)


さんがリツイート

父と原稿で思い出した話
まだ実家で描いてた頃に
台所の雨漏りを修理するからと
二階の私の部屋(屋根に出られる)に父が来たので
ちょうどいいとお茶飲みに行き
戻って窓の外みたら靴下の汚れ防止に
描きかけマンガの原稿を足の下に敷いてた
描いた面が下
超怒ったけど全然通じず
とんでもなかった





「話せばわかるんだ」と、40歳過ぎまで信じていました。

それが「話してもわからない。話せば話すほど遠ざかる」ことに気付いたのは45歳ごろです。

話すことによって、互いの違いが鮮明になるので、いさかいは大きくなるだけでした。

初めは、話し方が悪いのか、下手なのかと思いました。
確かに、相手の欲しがるものを、エサを投げれば、うまく食いつくかもしれない・・・それも、技だろうけど・・・

ついには「話さなければわからない相手は、話してもわからない」と、悟りました。
それは「わかる」というメカニズムを理解できたからでした。

「わかる」というのは、基礎に「共通認識」があるときのことです。
過去に同じ体験をしたとか、境遇が似ている、

そういう時には、互いに分かり合えることが多いのです。
ことばに出さなくても、目と目でわかる。
時には、瞳を見交わさなくても、わかる。
けれど、同じベースを持っていない人とは、話してみてもかみ合いません。外国人としゃべっているようです。

(中略)

子供を亡くした親の気持ちは、無くしたことのないモノにはわかりません。
話してもらっても、わかりません。

あるいてきた道や、周囲の景色が違う人とは、完全に理解し合うことができない。
まして、故郷の話なんか、故郷が違えば、なにもわからない。

思想や、ものの考えかた、判断にしても、同じです、
共通認識なしに、語り合うことなど出来ない。

相手が、今の安倍政権のやっていることを知らなければ、いくら「けしからん」と言っても伝わりません。
放射能被害にしても数値や、程度に共通の認識が無ければ、同じ結論は出ないのです。
話すほど、心は離れていきます。

話せばわかる?

どんでもない。話さなければわからない相手は、話してみてもわかりません。

わかるように「基礎知識を教える」にしても、問題意識をもって、自力で検索した人と、あてがわれた人では考え方が違います。
どこか、似た者同士で、同じような体験をして、同じような価値観を持つ人となら、ヒントになる言葉を、投げ合うだけで、お互いの考えがわかる。
今ここに同席していても、昨日までの歩み方が異なれば・・・話してもわかりようがありません。
話し合いが有効なのは、話し合いができる組み合わせの時だけです。








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