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自己愛というのはあらゆる動物の根源的本能で、「自己保存本能」とも呼ばれる。つまり、自分を生存させる必須の本能だ。動物の根源的本能がタナトス(死への欲求)なら、あらゆる生物はとっくの昔に死滅しているwww
で、人間の場合には文明が発達したために、その根源的本能が見えなくなり、「自己犠牲」などの倫理が自己保存本能を上回るようにさえなったわけだが、それを一概に否定すべきだとは私は思わない。そこにこそ人間と他の動物の違いがあり、価値があるのではないかと思うからだ。
倫理とは「禁止の体系」である、という言葉は実に見事な定義であり、すべて「あれをするな、これをするな」である。そのように、人間を不自由にさせるものが人間の文明になぜ必要だったのか、いや、あるいはそれこそ人類の文明の根本要素だったのではないか、と私は思っている。
動物には倫理は無い。人類にだけ倫理がある、というこの事は、もっと重視されていい。

だが、ここでは、自己愛、つまり自己保存本能はすべての動物のもっとも根源的本能だ、というところから出発しよう。
自己保存本能が根源的本能だから、自己保存に成功することは当の個体に快感を与えるようにできている、というのは自然なことだ。それは「死への恐怖」とセットである。
だから、あらゆるフィクションは生を快とし、死を不快とすることを大前提とするのは当然だ。死が快感なら、主人公は登場した瞬間に自殺したらいいwww
そして、自己の生を守るには、超人であることが一番いいに決まっている。
超人とは、並みの人間を超えていることだ。場合によっては、人間の根本条件すら超える「スーパーマン」も想定される。(その、弾丸をも跳ね返す「スーパーマン」は、なぜか女性とのセックスも可能らしいwww 彼の皮膚は実に都合よくできているようだwww)
まあ、難癖はともかく、人(特に男)は超人に憧れるものである。あらゆる漫画の主人公は何かの意味で超人なのである。
そして、それは人間の自己愛の本能から来ている、と、平凡だがここでは結論しておく。
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