一国にも匹敵する巨大都市・東京都を、日夜回している東京都職員。知事や議員との関係、出世レース……。意外と知らない都職員のお仕事とは、いったいなんなのか?
東京都は、国内人口の約1割の1339万人を抱え、通勤や通学者を含む都内の昼間人口は約1558万人にのぼる巨大都市だ。日本の国内総生産(GDP)の2割弱に相当する都内総生産(名目)91兆9090億円の経済規模を誇る。世界の都市の中でも最大規模で、インドネシア一国分に匹敵する。
その都政を支える東京都庁は「もうひとつの政府」とも呼ばれ、職員約16万5千人を抱える巨大組織だ。この規模は、国内企業の正社員数で比べると、富士通を上回り、国内10位に入る。
一般会計と公営企業会計、特別会計を合わせた全予算規模は、13兆6千億円(2016年度)にも上り、スウェーデン一国分の国家予算に相当する。
全国の自治体のうち、予算規模で2位の大阪府と47位の鳥取県を、東京都と比較した。全国2位といっても大阪府の府内総生産(名目)は東京都の約5分の2、予算規模は約2分の1と大きく水をあけられている。
石原慎太郎・元都知事が「伏魔殿」と呼んだ、東京都庁。一体どのような組織で、どのような人たちが働いているのだろうか。
日本の地方自治体は、「議院内閣制」をとる国政とは異なり、「二元代表制」を採用している。二元代表制とは、自治体の首長(知事)と、議会議員のそれぞれを住民の直接選挙で選ぶ制度だ。東京都も同様で、都知事と、議会議員からなる都議会はそれぞれ「執行機関」と「議決機関」という異なる役割を持ち、それぞれが緊張関係を持って、抑制均衡関係を保つことが求められている。
知事と議会の対立軸
執行機関は、都知事をトップに、多くの都職員がここに所属する。一方、議決機関である都議会は127人の議員からなり、最大会派の自民党都議は60人の議員を抱える。
小池百合子知事と内田茂・都議会議員ら議会との対立がメディアではしばしば取り上げられ話題になるが、元都職員で、石原都知事時代に副知事を務めた明治大学大学院教授の青山やすしさんはこう説明する。
「そもそも、都知事と都議会が緊張関係にあり対立軸になっているのが、正常な都政のあり方です。都議会が都知事の言いなりになるなら、都議会が機能していないということです。執行機関を担う都職員としては大変ですよ。私が都庁にいたころでも、知事がこうしろと言っても、都議会を通らない場面はたくさんありましたが、執行機関の職員はそれが正常だと思っていました。すべてを見られるわけではない知事が独占権力を持っては、よい都政はできません」
都議会自民党の実力者の内田議員はメディアでしばしば都議会の「ドン」だといわれる。だが、それは間違っていると青山さんは指摘する。
「都議会自民党の最大の実力者ですが、内田さんが『右向け右』と言って他の議員たちが右を向くわけではない。それに、内田さんは自身の選挙区や利害にかかわらず、交通料金値上げや福祉改革といった都政の課題に積極的に取り組んできて、実力をつけました。問題を整理して調整、対応する能力が非常に優れています」
実力があり、頼りになる都議会議員は、都職員からの信頼も厚いのだという。
●「局長級」は企業の役員
東京都知事は、都政最大の権力者だが、これまでに青島幸男氏、石原氏と作家出身で行政に詳しくない都知事でも都政は回っていく。都知事を支え、粛々と都政を進めていく執行機関はどのようになっているのだろうか。
執行機関は知事の下に、大きく「知事部局」「地方公営企業」「行政委員会」に分かれる。これらのトップレベルの役職は「局長級」と呼ばれる。
「局長級」には、各局の局長のほか消防総監、本部長、局次長、技監、理事などを含む。特に政策企画局長、総務局長、財務局長は「重要条例局長」と呼ばれ、局長級の中でももっともランクが高い。その下のクラスの局長は、「中二階局長」と呼ばれ、それ以上は出世しないで退職することが多いという。
なお、豊洲新市場の盛り土問題で揺れる中央卸売市場の市場長も「局長級」のひとつだ。業界団体などとの調整があり責任重大のため優秀な人が多い。
「局長級」は企業で言えば、出世コースを上り詰めた先の役員のようなもの。「重要条例局長」なら社長のようなものだ。「中二階局長」や理事、次長であっても「局長級」になれば、都庁人生の成功でたどりついたゴールといっていいのだ。
●知事と職員をつなぐ
知事に次ぐナンバー2の副知事は、外部から任命されるケースが多い他の地方自治体と異なり、都職員が任命されることが多い。
「東京都の場合は、知事は外部から来るので、副知事には知事と都職員の間をつなぎ調整する役割もある。伝統的に都職員がなることが多いのです」(青山さん)
一方、小池知事が立ち上げた都政改革本部では11人の特別顧問ら、外部の有識者が招かれた。2020年東京五輪・パラリンピックの競技会場見直し案をまとめるなど積極的な活動を行っているが、外部の有識者によって職員の知らないうちに密室で進められるのではという懸念の声もある。
東京の自治体専門紙「都政新報」編集長の後藤貴智さんは、
「自律改革と言いつつ、外から来た部隊がいろいろと立案するというのは、矛盾もありますね」
と指摘する。
前出の青山さんも、
「外部から専門家が来るのは好ましいことですが、幹部や都職員と対等に議論させるべき。それが、知事の虎の威を借りて……と、もしなったら都政は混乱します」
と釘を刺す。
●業績と試験で出世へ
最後に、主に執行機関で行政を進める都職員を見てみよう。都職員は優秀なエリート官僚という評判が高い。どのように出世コースを歩んでいくのだろうか?
まず、採用時には、国家公務員のように出世コースの「キャリア」、一定以上出世しない「ノンキャリア」といった区別はない。採用試験は事務系や技術系などの区分はあるが、入ってからの出世レースは出身大学や採用時の試験にかかわらず、同じ地点からスタートするというわけだ。
多くの都職員は、入庁するとまず水道局や医療機関、福祉施設、教育機関といった現場に数年間配属される。その後、本庁に配属されるケースが多い。キャリア形成の中では、複数の局をまたいで異動することも多いという。
出世を決めるのが、管理職試験だ。課長以上の役職に上がるためには、管理職試験に受かる必要がある。最近では、働き方も多様化し、出世を望まず管理職試験を受けない職員も少なくないというが、それでも10倍という競争があり、司法試験並みの超難関ともいわれる。
「業績評価と試験の結果から出世が決まるので、とても公平なシステムと言えます。議員の口利きや知事の人事介入ができないような仕組みです」(人事課担当者)
都職員(一般行政職)の平均給与月額は45万4900円と、47都道府県の中で最も高い。安定しているうえ、島しょ部などをのぞき遠方への転勤もなく、就活生にとって人気の職業だ。
だが、ひところよりも公務員が若者にステータスと映らなくなってきているようで、最近は志願者が減っている。採用枠が大きい事務(大卒)の競争倍率は2006年度までは10倍を超えたが、15年度は5.4倍と、下降傾向にある。
従来の採用説明会やインターンシップに加えて、数年前からは政策立案を半日かけて体験するワークショップを開催するなどして、就活生に都庁をアピールする場を設けている。(編集部・長倉克枝)
※AERA 2016年11月14日号