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(1) 茫漠の世界


いやはや、自分の身にこんなことが起こるとは。
こんなこと、とは、異世界転生だ。今時の小説には腐るほどあるシチュエーションで、もはや誰もが冒頭を読んだだけで投げ捨てる類の話である。さきほどまで都会の高校生だった人間が突然、四方すべてが平原で、山らしい山もまったく見えない場所にいるのだから、異世界に来たとしか思えないのは当然だろう。
だが、俺はそれまで自分の人生にうんざりしていたので、この奇妙な出来事にあまり悲観してはいなかった。何しろ、17歳のこの年まで、ガールフレンドひとり作れなかったどころか、好きな女の子(秀才で美人である)が学校一の不良の女だと知ったばかりで、自殺すら考えていたのである。母親は「勉強しろ」以外の言葉を言ったことが無いし、父親は家と会社を往復するだけで、いるかいないか分からないような男だ。兄はいるが、嫌な奴で、俺が生まれた時から陰で俺をいじめてばかりいたし、学校に上がってからの俺は周りの子供にいじめられてばかりいた。勉強もスポーツもできない。どうせ大学もFラン大学に入って、そこでもさえない学生生活を送り、就職も最低の職場になるだろう。まあ、要するに、ゴミのような最低の生活が待っている将来だったわけだ。
さて、それはともかく、なんでこうなったかと言うと、自分でもよく分からないのだが、学校から帰る途中で、目の前が光でいっぱいになり、気がつくと、この大平原の真ん中にいたわけだ。大平原とは言っても、少し離れたところに林がいくつかあり、巨大な畑らしきものもあるから、人間の住む世界ではあるようだ。だが、それが人類なのか、異世界人、あるいは異星人なのかは分からない。
で、実は、俺自身の体も身なりもまったく違うものになっていたのだが、それは、荒い布で織った粗末なズボンと上着に包まれた、ひどく頑健な体だった。背の高さもかなり高くなっているようだ。以前は165センチほどだったが、今は180センチ近くか、あるいはそれ以上あるかもしれない。それに、筋肉の量がまったく違う。俺はスポーツなどやったこともなく、やせっぽちだったのだが、この体なら、かなり頑健な人間であるのは確かだろう。
だが、残念ながら、俺は百姓に転生したらしい。その証拠に、目の前に鋤があるのだ。変わった形の鋤だが、全体の形状でその道具の役目は分かる。
せっかく異世界に来ても、英雄は俺の仕事ではないようだ。


何はともあれ、この世界がどういう世界で、ここでどうして生きていくかが問題だ。
何となくだが、ここはロシアか、その近辺の国ではないか、と思った。そして、自分の着ている服の生地の織り方の荒さから、かなり貧しい国か、あるいは古い時代のような気がした。
なろう小説の異世界転生物なら、異世界に行っても言葉は通じるし、特異能力を持って転生するのが普通だから気楽なものだが、たとえばふつうの人間が外国の土地に無一物で投げ出されたら、そこが現代の世界でも生きていけるか怪しいものである。
そもそも、この世界に人間はいるのか、そして俺の言葉は通じるのか、そこが第一の問題だ。

時刻は真昼らしい。頭の上の青空に太陽が輝いている。そして季節は春らしい。風や空気や空の色がそういう感じだ。まあ、真冬や真夏でなくて良かった。いや、この世界に四季があるのか分からないが、こういう気候が続くなら、生きるのには好都合である。
畑の作物が何なのか、俺には分からない。都会生まれ都会育ちの人間なら当然だ。その畑を耕すのが俺の仕事なら、つまり異世界の百姓に転生したとしたら、これはかなり冴えないシチュエーションで、小説なら誰もこれ以上読まないだろうが、あいにく俺はこの世界で生きていくしかないし、百姓としてしか生きられないならそうするしかない。

「グレゴーリー!」

と後ろから声がして、俺は振り向いた。俺以外には誰もいないのだから、その声は俺を呼んだのだろうと思ったのだが、その発音が、まったく日本人の発音ではないのに不安も感じていた。

俺から100メートルほど離れた小さな木立の傍にひとりの少女が立ち、俺に手を振っていた。









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