大阪芸大の教授なら、創作の動機の大きなひとつが、「自分自身の満たされない人生への代償」であるのは熟知していて良さそうなものだが、こうしてアニメ(あるいは一部のアニメ)だけを批判するのは、あまりに頭が悪いのではないか。
推測になるが、この教授は「ファインアート」(純粋美術と言うか、本来の美術や音楽など、古典的芸術)を、ポップアート(漫画やアニメやポップスなど、「俗」とされてきた民間芸術)より上だという、恐ろしく時代遅れの思想を固く信じている人物のような気がする。その割には、「終わりなき日常」が「ビューティフルドリーマー」の中心テーマだということは知っているから、アニメなどに無知なわけではないようだ。
言っていることの一部は分からないでもないが、なぜ「人々が望むものを作る」ことが「精神的搾取」なのか、理解できない。元の文章では、こういう部分は明確に説明しているのだろうか。
なお、これも推測になるが、書かれた内容から見ると、この教授は「人生の敗者や弱者」に対して、恐ろしく冷酷な「自己責任論者」であるような気がする。
(以下引用)
京アニを「麻薬の売人以下」と表現 放火事件めぐる大学教授のコラムが非公開に 「不適切な発言があった」
「INSIGHT NOW!」のスクリーンショット(現在は非公開となっている)
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放火事件に見舞われた京都アニメーションを「麻薬の売人以下」などと表現したコラム「終わりなき日常の終わり:京アニ放火事件の土壌」に批判の声が相次いでいる。ビジネスメディア「INSIGHT NOW!」に掲載されたこのコラムは24日、非公開にされた。取材に対して運営会社は、内容に「一部不適切な発言があった」とコメントした。
このコラムは、大阪芸術大学の純丘曜彰教授が「INSIGHT NOW!」に寄稿し、21日に掲載されたもの。1970年代からのアニメ業界の歩みやトレンドを解説し、京都アニメーションの前身が「うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー」に携わったことが、同社の後の方向性を決定づけたとしている。その後の京都アニメーションの作品については、「一貫して主力作品は学園物」で、「らき☆すた」や「涼宮ハルヒの憂鬱」など、「似たり寄ったりの繰り返し」とのこと。また、学園物は「中高の共通体験以上の自分の個人の人生が空っぽな者、いや、イジメや引きこもりで中高の一般的な共通体験さえも持つことができなかった者が、精神的に中高時代に留まり続けるよすが」だと考察している。
そして、こうした人たちをファンにすると、「いつか一線を越えて、作り手の領域に踏み込んでくる。それが拒否されれば、連中がどう出るか、わかりそうなもの」とのこと。最後には、京都アニメーションを「偽の夢を売って弱者や敗者を精神的に搾取し続け、自分たち自身も中毒に染まるというのは、麻薬の売人以下だ」と断じた。
このコラムは24日に非公開になった。運営会社は取材に対し、問い合わせが複数寄せられたことから利用規約に照らし合わせて内容を確認したところ、「一部不適切な発言があった」とコメント。また、純丘教授へ危害が加わることも懸念されたことも非公開にした理由の一つとした。「INSIGHT NOW!」では、寄稿された記事の確認は掲載後に行っているという。