それじゃオフビートな書き方や時代小説に外来語使うような文章は全部ダメじゃないかと。そういえば、井上ひさしの「直木賞のストライクゾーン」に関するエッセイで、あらかじめ決められた結末に向かうミステリは圏外と書いてあってゾッとしました。それらと無縁なライトノベルが爆発したのも当然ですよ
ちなみに、私はユージン・スミスくらいしか知らないが、彼が撮った、水俣病の娘を抱いて風呂に入れている母親の写真には感動した。「20世紀のピエタ」と言いたいくらいだったが、あの写真は「被写体遺族の要請」で公開差し止めになっている。おそらく、チッソ(水俣病の原因となる汚染物質を垂れ流した会社)の工作で遺族が動かされたのだと推測している。
(以下引用)
《 俗物にはしょせん俗物の写真しか撮れない。》 これは本当だ/笑。
先日ROBERT FRANKが94歳で死んでぼくのなかでは「現代写真」の時代が完全に終わった
ぼくにとっての現代写真を構成した Richard Avedon Diane Arbus William Eugene Smith
Leni Riefenstahl Henri Cartier-Bresson Jacques-Henri Lartigue Ansel Easton Adams
Lee Friedlander Irving Penn Ernst Haas 濱谷浩 土門拳 石元泰博 緑川洋一 渡辺克己
中平卓馬など重要な人物はほとんど泉下に睡る 今後「ポスト現代写真」を牽引力の
象徴はティルマンス/Wolfgang Tillmans だとおもう 彼は単なる写真家というよりは
もっと複合的/綜合的なアーティストで Tillmansはむしろ20世紀美術のマエストロだった
ロバートラウシェンバーグの後継者だろう ホックニー ジャスパージョーンズ ウォーホル
ボブラウシェンバーグなど「現代美術はホモセクシュアルが領導した」とも言えるから
ティルマンスはその意味でも正当な嫡子ということになるだろう 。。
過渡的にはムーヴィーキャメラマンなどの職業写真家も必要とされるだろうが 機材の簡便化
により写真家という業種は消えていくだろう 写真家と操縦士こそ20世紀の新職業だった 。。
私も文章の拙劣な作家は苦手で、たとえば時代劇小説にカタカナ外来語が出るのも嫌いである。ただし、意図的なギャグとして用いるのと、文章への神経が粗雑なために時代劇に外来語を使うのは区別されるべきだろうと思うし、前者の場合でもユーモア感覚が低レベルなためにうんざりする場合がある。高橋三千綱の時代劇小説などがそんな感じだ。
基本的には、作家としての「誠実さ」や「真剣さ」の問題であり、大衆小説だからいい加減な書き方でいい、という作家の作品は一時は受けても長続きはしない。久生十蘭など、無数のジャンルの作品を書いたが、真剣に書いてない作品はほとんど無いと思う。だから長い作品生命がある。
なお、「あらかじめ決められた結末に向かう」作品、つまり登場人物が単に作家の操る人形でしかない作品は私も嫌いで、ミステリなどもほとんどは嫌いである。私が「シャーロックホームズ」が好きなのは、あれはミステリではなく冒険小説で、キャラが絶妙に優れているからだ。
また、私は松本清張は昭和を代表する文豪だと思っているが、彼の推理小説がやはり「あらかじめ決められた結末に向かう」作品でしかなく、数作しか読んでいないがまったく面白いとは思わない。しかし、彼の時代劇小説(特に長編)は、最高のエンタテイメントである。
つまり、小説で大事なのは読者を先へ先へを引っ張る「小説エンジン」だと私は思っているが、謎というのはその小説エンジンのひとつではあるがキャラクターが生きているかどうかほどの重要性は無い、と思う。たとえばジェイン・オースティンの「高慢と偏見」は、主人公の結婚問題がどうなるかという謎しか謎は無いが、それでも読者を先へ先へと引っ張る力は古今無双なのである。それは作中の人物たちが現実の人物よりはるかに面白く、現実の人物よりもはるかに生きているからだ。
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昔の時代小説には平気でカタカナ外来語が使われていた話、存外みなさんに喜んでもらえたんだけど、実はこういう書き方は今は否定されてんですね。前にある人から「直木賞を狙うなら(僕には何の関係もないが)まず文章です。原稿用紙何枚かの間に一つでも同じ形容詞があったらダメとされます」と聞いて




「赤毛のアン」が、新聞記事が一番最初の創作動機になったことはあまり知られていないと思う。確か、孤児院から養子を貰ったが、依頼したのと別の子供が「配送」されたという記事ではなかったかと思う。つまり、「赤毛のアン」の始まりとまったく同じ状況だ。だが、それ以前から創作意欲は身体に漲っていて、何を書こうか迷っていたところに、その記事が「燃料に点火した」わけだ。そして、この作品の凄いところは、発端の事件以上に面白い出来事が次から次へと起こっていくという、作者の想像力の豊かさと、「作中の人間が生きている」ことだ。

夕刊の隅っこの五行くらいのニュースでも結構人の心に残る漫画になりますから、何にでもアンテナ広げて置いて損はないです
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今後は興味のあるツイートがもっと表示されるようになります。 取り消す取り消す
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「トラブル急行2巻」に掲載の「3DKのサバイバル」です(すてま)https://twitter.com/sodium/status/1192695395945603072 …
「夜の想い」あるいは「夜の思想」あるいは「夜の思想群」という題名は非常に好きで、確かに昼の思想と夜の思想は違うよなあ、と思ったものである。
The Complaint:または、Night-Thoughts on Life、Death、&Immortalityは 、単にNight-Thoughtsとして知られていますが、 エドワードヤングによる長い詩で 、1742年から1745年の間に9部(または「夜」)で公開されています
詩は空白の詩で書かれています 。 それは、彼が妻と友人の喪失を熟考し、人間の弱さを嘆く一連の9つの「夜」にわたる死に関する詩人の黙想を説明しています。 詩の中で最もよく知られている行(「Night I」の最後)は、「原罪は時間の泥棒です」という格言です。これは、詩人が人生と機会がどれほど早く逃げることができるかを議論する一節の一部です。
Night-Thoughtsは出版後何年もの間非常に高い評価を得ていましたが、1797年にウィリアム・ブレイクによる一連の主要なイラストで最もよく知られています。1799年にトーマス・ストザードによってあまり知られていないイラストが作成されました。
9泊はそれぞれ独自の詩です。 それらは「生、死、不滅」( アーサー・オンスローに捧げられた)です。 「時間、死、友情」( スペンサーコンプトン専用); 「ナルシッサ」( マーガレットベンティンク専用); 「キリスト教の勝利」( フィリップ・ヨーク専用)。 「The Relapse」( ジョージリー専用)。 「The Infidel Reclaim'd」(2つのパート、「Glories and Riches」と「The Nature、Proof、and Importance of Immortality」。HenryPelhamに捧げられます)。 「美徳の謝罪;または、答えられた世界の男」(献身なし); そして「慰め」( トーマス・ペルハム・ホールズに捧げられた)。
ジェームス・ボズウェルは、 サミュエル・ジョンソンの生涯で 、 ナイト思考を 「人間の天才がこれまでに生み出した最も壮大で豊かな詩」と呼んだ。