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岩淵氏は確か献血ポスター批判をしていた人物だと思うが、あのポスターには男である私も不快感を覚えた一人である。だが、「ポスターは作品(芸術)ではない」という発言はひどい。
優れたポスターは有名画家の絵よりも多くの人々を感動させ記憶に残る。1964年の東京オリンピックのポスターは、オリンピックに関心などなく絵心も無い私にも、凄い画像だ、と思わせたものだ。ほかにも記憶に残るポスターは多いし、それは美術の成果の一部である。
なお、下ではミュシャの名前が挙げられているが、ここはポスターの絵を芸術として画壇に認めさせた(意図的にそうしたのではなく、偶然的にその契機となったのだが)ロートレックを挙げるべきだろう。もちろん、ミュシャの名を挙げたのはナチスの弾圧を岩淵氏と結びつける意図だとは分かる。だがミュシャの場合はポスター云々とは無関係に「退廃芸術」としてナチスから排斥されたと思うので、実は、九郎氏の論理は少し怪しい。
なお、岩淵氏は「ポスターは芸術ではない」ではなく「ポスターは作品ではない」と言っているが、そちらのほうが意味不明なので、記事タイトルでは「芸術ではない」と変えた。ポスターが「作品ではない」なら何なのか。動植物や霧や雲のように自然に生まれたのか。
いずれにしても、岩淵氏は筑摩書房から著書を出したほどの知性や知識や見識の持ち主とは思えない。(ただし、『ヴァチカンの正体』という署名には惹かれるものがある。確かに、ヴァチカンというのは得体の知れない組織である。)


朝から「ポスターは作品ではない」とかパワーワード流れて来て、しかもそれが芸術界隈の中枢が言っていて頭抱えてる
昔ポスターを描くミュシャを弾圧した政党があるんですよ…ナチスって言うんですが

















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私も自作小説の中で何万人もの人が戦争で死ぬ話を書いたことはあるが、具体的描写はほぼ0である。絵ではなくたかが(イメージ喚起力の乏しい)文章とはいえ、残酷描写は書くほうが不快である。おそらく、戦争を起こす国家君主も、古代はともかく中世以降は、自分の目の前に死体の山を見る経験は無いだろう。つまり、彼らにとって死者は数字でしかない。抽象存在である。だからこそ戦争を起こせる、とも言える。




山本貴嗣 @atsuji_yamamoto 7時間前

まあ、何かの物語のついでに遠景のようにそういう悪党が出ることはあるかもですが、そんなのシリーズもので毎回描いてたらしにます;

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  • 7時間前

    人様の作品でも折れるんであっても読みません。ごめんなさい。

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  • 7時間前

    以前もつぶやきましたが、最後悪党を倒してカタルシスで終わるアクション漫画のバリエーションで、動物虐待してる悪党を倒す主人公ってできないかなって考えたことあって、冒頭で悪党が虐待してる動物描く段階で精神が折れるんで無理だってやめました。

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子供のころはいろいろな漫画を見て面白がっていたし、それは青年になっても変わらず、そのどこが面白いのか、その漫画にどんな意味があるのかという分析などほとんどしなかった。当時は、漫画というのは天才たちが描くもので、彼らは別世界の住人だと思っていたのである。ところが、実は彼らは年齢的には私よりほんの少しだけしか上ではなかったのである。
で、彼らの多くが一般人に較べたら天才と言っていい才能の持ち主であることは確かだろうが、その中には絵だけは上手いが物語作りには無能な漫画家もけっこうおり、そういう人々はやはり大物漫画家にはなれなかった。
山上たつひこという漫画家は、奇妙な絵の個性を持っていたが、ギャグ漫画の世界では革命者と言っていい存在で、ギャグ漫画の革命者としては赤塚不二夫に続く天才だったと思う。だが、大物漫画家になったかと言うと、一般的にはそうは見られていないのではないか。作品のレベルは素晴らしいし、業績も凄いが、途中で小説家に転向したせいもあって、たとえばつげ義春あたりと比べられるような異端の作家という位置に落ちついているように思える。もともとギャグ漫画家というのは軽く見られる傾向があるのだ。

本題に入る。
「がきデカ」という作品についてである。これは「サウスパーク」の先取りとも言える作品ではないだろうか。もちろん、少年漫画誌に掲載される作品だから、かなりオブラートに包まれているが、その潜在的なアナーキズムや「良識ぶったもの」への批判の精神など、よく似ていると思う。
私が昔はまったく気にもしなかったのが、なぜこの作品の主人公のこまわり君は「少年警察官」を自称しているのか、という問題だ。もちろん、それは単なる「ごっこ」遊びだと周囲の人間たちは思っているのだろうが、当人はかなり真面目に「警官としての権力」をふるおうとする意思を見せているのである。
つまり、山上たつひこがこの漫画を書いた心の底には、「普通の人間が、ある職業に就いただけで権力を持つ」ことの不思議さ、権力というものの怪奇さではなかったか、と今の私は思う。
それが、「光る風」のような痛烈なディストピア漫画を描いた漫画家が、このハチャメチャな少年ギャグ漫画の底に秘めた牙だったのではないか。
これは貴重な指摘だと思う。つまり、「財産としてのアート」という面だ。
私などのように子供頭脳の人間は、アートの価値は美や感動だと考えるが、実は世間の多くの人にとっては「財産」なのである。だから、大金持ちが人類の貴重な文化遺産をカネで手に入れると、自宅に秘蔵したりする。




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3時間前

ここのところ「アートとは」「美術とは」という問いかけを多く目にするが、この『日本沈没』における描写は、アートや芸術の昔から変わらない本質の一端を映し出している。

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  • さんがリツイート
    3時間前

    小説『日本沈没』ですごいと思ったのは、国土を失う日本人が他国に数百、数千万人規模の難民として受け入れを求めようとする際、文化財がある種の貢ぎ物や首長への献上品として運用されることが示唆されているところ。

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まあ、人相的に言えば、右翼やレイプ犯にありそうな顔ではある。どこが、と言われると困るが、目だろうか。(カメラから逸らした)目に無責任さが漂っていて、浅薄な思いつき(自分では十分考えたと思っている。)や衝動だけで行動しそうな感じ。ただ、創作の才能というのは、むしろ熟考よりも実行によって発達するとは思う。つまり、実際に作っていかないと、創造の上で何が足りず、何が大事かが分からないわけだろう。



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Luc Besson defends himself over rape claim















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