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現代の日本人がロシア帝国最後の皇帝ニコライ2世に生まれ代わり、日露戦争を未然に防ぎ、善政を敷いてロシア革命も未然に防ぎ、日本と和平条約を結び、その結果、第一次世界大戦も欧州戦争のみに終わり、欧州の地位低下で東洋とアフリカの植民地も解放され、第二次世界大戦も起こらなくなる、というSF小説を考えている。
そのためのメモ。




帝政ロシアの崩壊


 時代は第一次世界大戦の頃。この頃のロシアは王政の国。つまり王様がいたんですね。当時の王様の名前がニコライ二世。王朝の名前がロマノフ朝です。このロマノフ朝が始まったのが1613年。帝政ロシアが崩壊したのが1917年なので300年に渡る王朝が崩壊していくことになります。

 では、この帝政ロシアの崩壊について学んできましょう。

 皇帝ニコライ2世の時代にロシアは日本との戦争も経験しています。日露戦争ですね。この日露戦争の最中、ロシアでは血の日曜日という事件が起きます。司祭ガポンという人物が労働者たちを率いて日露戦争の中止や労働者の待遇改善、憲法の制定と基本的人権の付与を求めて皇帝に直訴しようと平和的なデモ行進を行うのですが武力によって鎮圧されてしまうんです。この事件によって皇帝にロシア市民は失望することになります。自分達の意見を聞いてくれるどころか、皇帝の衛士によって仲間が殺されてしまったのですからね。この事件はロシアのいたるところでストライキが起きるなど波紋を呼びます。この動きが
第一次ロシア革命です。

 これをきっかけとしてロシアの各地では労働者の評議会が結成されます。この労働者の評議会のことを
ソビエトといいます。

 皇帝側では、この高まる革命の動きをなんとかせねばと
十月宣言を発布。これはロシア国民に対してドゥーマという立法権を持つ国会の開設を約束して基本的人権を与えるものでした。これを受けていったん革命の動きは収まることになります。

 しかし、農業改革の失敗などもあり国民はどんどん貧窮していくことに・・・。さらに帝政ロシアの末期には、怪僧ラスプーチンと呼ばれる人物が皇帝の息子の病気をお祈りで症状を改善させ皇帝と王妃から絶大な信頼を経て政局に関わるようになってきます。

 第一次世界大戦が始まるとニコライ2世は自ら最前線に遠征したことから皇帝不在の首都ではラスプーチンがやりたい放題。さらに大戦開始と共に外国資本は本国へ引き上げた為にロシアの産業は停滞。また、農民などの多くが戦場にかり出されたため農産物の供給は激減、そうなれば食料価格は跳ね上がり、開戦の2年後にはパンの値段が5倍!バターは8.3倍にも上昇するのです。

 結局、ラスプーチンは暗殺されますが、それでも国民は相次ぐ敗戦や食糧難に怒りを爆発!いよいよ、ロマノフ朝はピンチに陥ります。

 1917年3月に首都ペトログラードにて主婦が起こした暴動が全国に広がると労働者と兵士の代表による評議会(ソビエト)が再び結成され皇帝をとらえて退位させました。これが
3月革命です。

 ロマノフ朝最後の皇帝となったニコライ2世とその家族は、監禁先で革命派によって深夜たたき起こされて全員射殺されたといいます。

 これによって300年続いたロマノフ朝は崩壊し、帝政ロシアの時代は幕を閉じることになるのでした。
 
怪僧ラスプーチン

ロシア革命










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私がフィクションが書けないのは、キャラ作りにまったく興味が無いためかと思う。壬申の乱とか第一次世界大戦前の状況とか、事件としての面白さ、波乱万丈ぶりが面白いのであって、そこに架空の人物を当てはめて面白くなりそうな気がしない。




キャラを作れずに、登場人物をお話しに沿って動かして、その口から状況や段取りを台詞でしゃべらせるってのが、典型的な「描いたつもり」の創作の勘違い例。

キャラを作るってのは、ブレない行動原理を据える事だが、出来ない奴は台詞で自身の設定を並べさせて満足。
寡黙な奴は、どう描くんだよ……

長編漫画というのは基本的に、みなこのような作り方をしているのではないか。いわゆる「伏線」というのも、先に進めるネタを探すために前の部分を読み返し、見つけたものと現在の部分をつなげただけのことだろう。つまり、最初から「伏線」として埋め込んだわけではない。
なお、終わり方も、主人公が死ぬか、何かを手に入れたところで終わればいいだけである。その何かとは、たとえば「自分にとって一番大事なのが何か分かる」という、「青い鳥」的な哲学的悟りでもいい。





読み切り以外で最初からエンディングまできっちり考えたお話なんて作ったことはございません。気分次第であっちこっちフラフラしながらいつの間にか終わる連載ばっかです




来期(4月以降?)のアニメ制作の本数が激減しているらしいが、世界文学の古典的作品(20世紀に書かれたのも含む)を、状況やキャラだけ代えて作ればいいのではないか。たとえば、メルヴィルの「白鯨」を宇宙ものにするとか、デュマの「三銃士」を未来ものにするとか。あるいは短編を長編にするとか、長編の脇役を主役にするとか、やりようはいくらでもあるように思うが、プロはそういうことをすべてやった上で、「ネタが無い」と言っているのだろうか。
たとえば、庵野の「シン・ゴジラ」も旧ゴジラを「自分好み」に変えただけで、まったくゼロから作ったわけではない。
ネットフリックスの「トロツキー」など、それを原典(叩き台)にしてトロツキーとロシア革命の関わりの部分をアニメ化しただけでも物凄い作品になるはずである。
あるいは、テレビゲームのアニメ化でも、「幻想水滸伝」などはまだされていないだろう。FFTにしても、ストーリー部分だけならアニメにしても面白いし、そういう作品はたくさんあると思う。
原作キャラの男と女を入れ替えるとか、大人を子供にするとか、改変の仕方もいろいろあると思う。だが、一番は「場所と時代を変える」ことだと思う。
「水滸伝」にしても、政治腐敗という点では現代の日本の状況とまったく変わらないのである。あるいは、「三国志」は、時代と場所を変えれば第一次世界大戦の欧州にもなり、舞台を宇宙にすれば「銀河英雄伝説」になる。
「私を野球に連れていって」(シナトラとジーン・ケリー)を半分見たが、シチュエーションだけは面白い。(歌と踊りは非常に退屈)
そのシチュエーションだけを使って、野球漫画の原作にできそうである。
つまり、野球の好きな女の子が、金持ちの父親(祖父)が所有していた球団を遺産で相続して球団改革に乗り出し、選手たちとのトラブルなど紆余曲折の後、成功するという話。
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