1:538年(一説に552年)仏教公伝。宣化天皇。百済聖明王より。
2:539年、宣化没、欽明即位。
3:552年、仏教公伝。崇仏派の蘇我稲目、廃仏派の物部尾輿の対立。*物部氏は軍事専門家
4:562年、新羅、任那(大伽耶)を滅ぼす。
5:571年、欽明没、572年敏達即位。573年、厩戸皇子生まれる?
6:581年、隋の建国。高句麗・百済、隋の冊封を受ける。
7:585年、敏達没、用明即位。仏教受容に関し、蘇我馬子、物部守屋の対立。
8:586年、穴穂部皇子、炊屋姫皇后(後の推古)をレイプ未遂。背後に物部守屋。
9:587年、用明没。穴穂部、皇位を狙うが暗殺される。蘇我馬子、泊瀬部皇子ら諸皇子と図って物部守屋を討伐。聖徳太子(厩戸皇子)も戦に参加。崇峻(泊瀬部?)即位。
10:隋による中国統一。均田制、租庸調、科挙などを実施(大化の改新のモデル)推古即位。
12:593年、聖徳太子摂政となる。
13:594年、三宝興隆の詔。
14:600年、遣隋使を送る。
15:603年、冠位十二階制定。604年、憲法十七条制定。
16:607年、小野妹子の遣隋使、608年、小野妹子・南淵請安・僧旻・高向玄理ら隋へ。
17:618年、隋から唐へ禅譲。少し後、高句麗・百済・新羅、唐の冊封を受ける。
18:622年、聖徳太子没。626年、蘇我馬子没。628年、推古没。629年舒明即位。
19:640年、南淵請安ら帰朝。641年、舒明没。642年皇極即位。
20:642年、蘇我蝦夷・入鹿の専横。入鹿、古人を推し、山背大兄王を襲い、敗死させる。
21:645年、乙巳の変。皇極退位、孝徳即位。中大兄皇子は皇太子となる。
22:646年、改新の詔。公地公民制、班田収授法など制定。難波宮へ遷都。
23:649年、右大臣蘇我倉山田石川麻呂、謀反の嫌疑で自害させられる。
24:653年、中大兄皇子、孝徳との不和により飛鳥宮へ帰る。654年、孝徳没。
25:655年、斉明(皇極)重祚。
26:658年、孝徳の子、有馬皇子、謀反の罪で処刑。
27:659年、阿倍比羅夫、蝦夷征討。
28:660年、唐・新羅連合軍、百済を滅ぼす。鬼室福信ら挙兵。
29:661年、鬼室の請により百済王子余豊璋を百済に送る。百済救援の陣内で斉明没。
30:663年、豊璋、謀反の疑いで鬼室を処刑、白村江の戦いの敗北。
31:664年、冠位二十六階制定。国土防衛のため防人、狼煙台、水城を設置。
32:667年、近江大津宮へ遷都。
33:668年、天智即位。669年、中臣鎌足に大織冠・大臣位を授ける。藤原姓となる。
34:669年、中臣鎌足没。670年、庚午年籍を作る。新羅による半島統一。法隆寺消失。
35:671年、大友皇子、太政大臣となる。大海人皇子、出家し吉野に向かう。天智没。
36:672年、壬申の乱。大海人皇子、吉野進発。美濃から近江に向かう。
37:673年、飛鳥浄御原宮で天武天皇即位。
38
39
40
30 敏達
31 用明
32 崇峻
33 推古
34 舒明
35 皇極(中大兄皇子が実質的に政治を摂る)
36 孝徳(中大兄皇子が皇位を譲った形)
37 斉明(皇極の重祚)
38 天智
39 弘文(大友皇子)
40 天武
41 持統
あたりまでで、32代崇峻から40代天武までが中心。
内容としては、推古朝から天智天武朝までのドラマである。推古朝とは要するに聖徳太子の時代だ。もっと詳しく言えば、蘇我氏時代である。蘇我氏と物部氏の仏教受容に関する闘争(戦争)を皮切りに、蘇我氏の傀儡としての聖徳太子の姿、その息子の山背大兄王の父聖徳への反発、推古の後継者争い(田村皇子と山背大兄王の争い)、蘇我蝦夷がなぜ蘇我系統の山背大兄王ではなく田村皇子擁立に乗り気だったのか、また蘇我入鹿(と蝦夷)がなぜ山背大兄王一族を滅亡させたのか、などが前半で、この争いが中大兄皇子に与えた精神的影響を基にして大化の改新(乙巳の朝廷クーデター)が後半の前半(妙な言い方だが、後半開始早々にこの大ドラマが起こるわけだ。)で、大化の改新の影の立役者としての中臣鎌足(大久保利通タイプ)の「政治ゲーム」あるいは王座を巡るゲーム(ゲームオブスローンズ)を描いていく。
中臣氏は神祇官の家であり、仏教と共に勢力拡張をしてきた蘇我氏とは根本的な敵である。つまり、聖徳太子時代の仏教受容争いの遺恨が大化の改新の裏の原因で、表の原因としては、中大兄皇子が有力豪族(蘇我氏)の傀儡的存在でしかない皇室の在り方に疑問を持ち、唐から帰朝した南淵請安や僧旻らの「中国政治情報」を得て、皇室中心の中央集権国家を作る構想を持ったということ。特に皇室を良しとするのではなく、むしろ大化の改新(特に乙巳の乱)とは中大兄皇子による「長いナイフの夜」だった、という構想である。
タイトルとしては「剣と鏡」というのを暫定案として考えている。これは皇室の三種の神器のうちのふたつで、天下を治める者は剣と鏡の心を持たねばならない、ということ。剣は言うまでもなく他人を従わせる武器であり、鏡は自分自身を見る道具、つまり自分の内面を治める(自己コントロールをする)道具だ。
後半の後半は壬申の乱が中心、つまり大海人皇子が兄天智(中大兄皇子)の息子である大友皇子と戦って天皇の座に付き、ここにゲームオブスローンズが完結する、という構想である。
大きく4部構想としたら
第一部 仏教伝来
第二部 聖徳太子の死と山背大兄王の死
第三部 大化の改新
第四部 壬申の乱
という感じで、主人公は第一部第二部は蘇我蝦夷と聖徳太子
第三部第四部は中大兄皇子と中臣鎌足がメインだが、他の登場人物ももちろん重要である。
さらに大きく括れば、第一部第二部は蘇我氏が中心、第三部第四部は中臣氏が中心とも言える。
つまり、政治を陰で動かしてきた力を描きたいのである。壬申の乱の時に中臣鎌足が生きていたかどうか後で調べるが、鎌足がいなかったために壬申の乱が起こった、という感じで描きたい。
主要キャスト(配役は暫定)
蘇我蝦夷:草刈正雄(策士だが抜けたところもあり、魅力的な感じ)
聖徳太子:平岳大(又は、もう少し小柄で大人しい感じの俳優。)
推古天皇:鈴木京香(威厳のある年増美女)
山背大兄王:佐藤健(気が強く、思慮に欠ける若者)
田村皇子:岡田将生(意志が弱く、お人よし)
蘇我入鹿:長瀬智也(粗暴、乱暴、強引無礼)
中大兄皇子:堺雅人(温厚な顔に似合わず案外悪人。頭がいい。源頼朝のイメージ)
中臣鎌足:(陰謀家)
大海人皇子:岡田准一(若くて豪快でやや思慮に欠ける感じ)
額田王:山本美月(少しアホっぽい方が意外性があっていい)
皇極(斉明)帝:夏木マリ(もう少し若く、なるべく狂気を感じさせる女優がいい)
余豊璋:安田顕(百済からの人質の王子。斉明帝の恋人で、斉明の異常な百済救援の真の動機。ハンサムだがあまり頭は良くなく、思慮に欠ける。斉明との関係で中年の俳優がいい)
南淵請安: (大化の改新の知的指導者)
戦略と戦術の覚え書き
Ⅰ マキァヴェッリ「戦争の技術」より
① 騎兵が歩兵より強いというのは間違いであること
馬は臆病な動物であり、戦場で思い通りに動かすのは容易ではない。前方に危険が待ち構えていると知れば、馬は前進しない。また、通常の場合、馬は拍車で容易に前進はするが、制動をかけ、停止させるのは容易ではない。また、馬は平坦で広い土地を走るのに適しており、山岳の斜面や湿地、林間などでは行動が著しく制限される。したがって、馬の利点は一にその機動性、速度にあり、騎兵自体の攻撃力が高いわけではない。騎兵が有効なのは、追撃の場面、あるいは兵力の速い展開が必要な場面である。
(中山注:ただし、以上は、アジア遊牧民の騎兵作戦を度外視しており、騎馬からの弓の射撃、ヒットアンドアウェイ戦術が歩兵に対して有効なことを考慮していない。)
② 大砲は歩兵に対してはそれほど有効ではないこと
大砲が有効なのは、城や砦などの建造物攻略においてであり、歩兵に対してはそれほど怖い武器ではない。というのは、(中山注:弾丸自体が破裂する近代の大砲とは異なり)大砲の与える被害は弓や小銃とそれほど差があるわけではなく、散開した歩兵に対して効率的なものではないからである。また、大砲の弾丸は直線的に飛ぶものであるから、平野において彼方の敵歩兵を狙う場合、僅かな角度の誤りによって、弾丸はその頭上を飛び越え、あるいはその前方の地面に当ることになる。(中山注:城を狙うのが、立てた紙を的にすることに喩えられるのに対し、平野で歩兵を狙うのは横にした紙を的にすることに喩えられる。この大砲の弱点は現代の戦闘でも同様だが、弾丸自体の破裂と、その猛然たる爆音、硝煙による恐怖が、大砲の威力を実際以上に見せているのだろう。)
③ 槍が有効な局面は限度があること
古代ギリシアやローマの密集陣形では、槍兵が中心だったと考えられているが、槍を使うにはある程度の空間が必要であり、味方自体が密集していると、槍を扱うことが困難になる。つまり、軍隊が前進していく、その最初の接触の局面では槍先を揃えた兵士の前進は脅威であるが、戦争が乱戦状態になると、槍は逆に不利な武器になるのである。乱戦では、盾と剣が有効であり、その剣も、切るよりも突く攻撃が重装備した敵には有効である。
(中山注:槍の有利さは、相手の届かない距離から攻撃できる点にあり、これに馬のスピードを加味して考えたら、馬上からの弓の攻撃と馬上からの槍の攻撃は歩兵よりも優位であると言えるだろう。)
Ⅱ 「尉繚子」より
① 戦争は長引かせてはならない。近郊では一日、千里の遠方なら一月、はるかな辺境でも一年を越してはならない。
② 将帥の不適格者とは、精神が平衡を欠き、判断力に乏しく、人の意見を徴する雅量を持たぬ人間である。
② 自軍が一体となって行動すれば、敵は集結すれば散開できず、散開すれば集結できず、左翼は左翼に、右翼は右翼に膠着させられ、なす術も知らぬ状態になる。
③ 法の整備こそが軍備の第一要件である。統制の無い軍隊では、剛勇の士のみが敵陣に突進し、したがって、剛勇の士のみが真っ先に死ぬ。こういうことでは味方の損害は敵に百倍し、戦えば戦うほど敵を利することになる。これが凡将の率いる軍隊である。また、遠征の途上や戦場で逃亡する兵士に対し、凡将は無策である。これでは士気が低下しないはずがない。さらに、戦場において、自らの安全のみをはかり、他人の背後に隠れようとする兵士に対し、凡将は無策である。
④ 統制の原則。賞罰の規定が明確であること。その適用が厳正であること。士卒百人に一人の卒長を置き、士卒千人に一人の司馬を置き、士卒万人に一人の将軍を置く。この組織に立って、法制を確立すれば、強力な軍隊となる。一人を制御できるなら、十人を制御できる。十人を制御できるなら、百人、千人、万人でも同じことである。こうして統制された軍隊に、戦闘訓練を施し、整備された兵器を与えることである。(中山注:「呉子」の中に、一人の兵士を教育し、その一人が十人を教育し、その十人が百人を教育することで、全体の訓練ができる、とある。)
⑤ 刃物をふりかざした暴漢には誰も近づかない。これはその男に勇気があり、他の人間すべてが臆病だからではない。死を覚悟した人間と生に執着する人間との相違である。(したがって、兵士を育てるとは、大軍を必死の一暴漢に変貌させることである。)
(中山注:いかにして「必死の一暴漢」に変貌させるか。日本軍の「戦陣訓」のような軍隊的モラルを叩き込むことがその一つ。米国海兵隊のように、日常の訓練の中で兵士の人間性を奪い、徹底的な殺人マシーンに作り変えることもその一つ。つまり、敵は人間ではない、という思想を叩き込むこと。)
④ 人民が平時には生産に、戦時には戦闘におのおのが全力をあげて取り組むようにすることが国を保つ道である。そのためには、賞罰規定を明瞭にし、生産にいそしまぬ者は生活できず、戦争に協力しない者は栄誉を受けられないようにする。さらに、上下の関係を信によって結び、空言を許さないようにする。
⑤ 国を保つには人材が必要である。
⑥ 戦争の五要件。1、作戦計画 2、司令官の選定 3、進攻態勢 4、防衛態勢 5、軍紀の確立。 この五項目について、あらかじめ彼我の優劣を綿密に計量してから戦争は行うべきである。これが戦う前に勝つということだ。
⑦ 命令は変更するな。命令が度々変更されると、部下は、また変更されるだろうと思い、命令に従わなくなる。いったん命令を下したら、大筋で間違いが無い限りは変更せず、多少の疑念は押し切って実行しなければならない。指揮官が確信を持って命令を下せば、部下は疑念を抱かない。信じられない指揮官のために全力を尽くそうとする部下はいない。全力を尽くさずに、死を賭して戦うことはできない。
⑧ 上に立つ者が率先垂範すれば、士卒は手足のように働く。指揮官に敬服し、発奮するのでなければ、士卒は生命を投げ出す気にはならない。生命を投げ出す気がなければ戦えない。
⑨ 相互扶助の観念を民間に養成することで、戦場での協力、発奮も生まれる。勇猛無比の軍隊の基盤は、個々の勇気にではなく、一丸となって戦うところにある。
⑩ 戦争準備段階、あるいは治国の五大要件。1、食料の備蓄 2、論功行賞の徹底 3、人材抜擢 4、兵器の整備 5、賞罰の厳正な適用
⑪ 上に厚く、下に薄いことは国家滅亡の兆しである。官僚のみが富み、君主が富を独占する国家は滅亡するのみである。
⑫ 力を分散すれば弱くなる。
⑬ 信頼感の欠如した軍隊では、下部が勝手に動いても上部はこれを制止できす、流言が至るところに広がり、兵士は任務を守らず、行動を起こせば敗北必至となる。
⑭ 指揮官たる資格は、部下に敬慕されるとともに、畏怖されることである。
⑮ 成算も立たぬうちに軽軽しく物事を口に出す指揮官は部下から軽んじられるようになる。
⑯ 正義のための戦争なら、率先して兵を起こし、敵の機先を制して正義の戦であることを天下に明らかにせよ。利害のための戦いなら、万やむをえず応戦するという形にせよ。すなわち、後手を取ることで大義名分を得るのである。
⑰ 軍隊の構成は、5人に伍長、十人に什長、百人に卒長、千人に率、万人に将軍を置く。これらの幹部が倒れたら、ただちに他の者が代わって指揮をとる訓練をしておく。
⑱ 挙兵の前に、あらかじめ敵情を十分に把握し、検討を加えておかねばならない。
⑲ 敵国内に進攻する際には、迅速に行動し、交通路を遮断して敵を城市に孤立させる。こうして敵を分断した上で、一つまた一つと要害の地を抜き、砦を落とす。一城を占領すればそれを拠点としてまたさらに幾多の交通路を遮断する。攻撃がこのように進行すれば、敵将は互いに不信の念を抱き、敵兵は互いに反目し、軍律も効力を失うに至る。敵兵は渡河点も確保できず、砦を修復する余裕もなく、陣地を構築する暇もない。城があっても無きに等しい。分遣隊は本隊と合流できず、遠征軍は本国に帰れない。兵力はあっても無きに等しい。家畜を集める余裕も、穀物を収納する余裕も、軍需物資を蓄積する余裕もない。これらは、すべて、敵の虚を衝いて迅速に行動することによる帰結である。
⑳ 城の防御において、外城を設けず、周辺に障害物も構築せずに本城だけに頼るのは得策ではない。また、城内に立てこもって防御のみを行うのも得策ではない。城はそれ自体、地の利を得ているのだから、それを利用すれば、一人の兵士が十人の敵兵に相当する。したがって、城攻めには相手の十倍の兵力が必要だとされるのである。
(中山注:だが、外部からの援軍がなければ、戦闘が無くても必ず食料は減少し、兵力も損耗して、やがて必ず落城することになる。)
22 (城の防衛の最後の段階で、)決死の一戦をする時には、弱兵を前衛に立てる。(中山注:弱兵で相手を消耗させ、精鋭で勝利を得る。つまり、戦力を完全に使うのである。)
23 敵を凌ぐ12の要件
① 指揮官の威厳は命令や態度を軽軽しく変更せぬことで保たれる。
② 恩恵は時宜を失わず施すことで所期の効果をあげ得る。
③ 機略とは、事態の変化にすかさず対応することである。
④ 戦争とは士気の争奪戦である。
⑤ 攻撃とは敵の意表を衝くことである。
⑥ 守備とは味方の内情を敵に秘匿することである。
⑦ 失策を犯さぬ根底は、数量に関する綿密な把握である。
⑧ 苦境に陥らぬ要件は、兵員・武器・軍需物資におけるゆとりである。
⑨ 慎重さとは、どんな些細なことにも注意を怠らぬことである。
⑩ 知謀とは、根本的な問題について思慮を働かすことである。
⑪ 弱点を取り除くためには果断でなければならぬ。
⑫ 民心を得るには謙虚でなければならぬ。
24 敵に乗ぜられる12の欠陥
① 確信に基づかぬ行動。後悔の種である。
② 無辜の民衆を殺戮すること。災いのもとである。
③ 上官のえこひいき。部下の不平の原因である。
④ 指揮官が自分の失敗を認めぬこと。不祥事のもとである。
⑤ 人民を収奪し尽くすこと。不測の事態のもとである。
⑥ 敵側の離間工作に乗せられること。指導者の不明である。
⑦ 命令を安易に下すこと。部下は無責任な行動を取る。
⑧ 賢人を退けて、用いないこと。指導者は固陋に陥る。
⑨ 利欲に目がくらむこと。災厄のもとである。
⑩ 小人を重用すること。害毒のもとである。
⑪ 防衛態勢を怠ること。国家滅亡のもとである。
⑫ 指揮官の命令が無いこと。軍は混乱に陥る。
25 賞罰の適用。賞は下っ端に。罰は大物に与えよ。処刑される人間は大物であるほど、表彰される人間は小物であるほど反響は大きい。このことで、賞罰が厳正に適用されていることを知らしめることになる。
26 天の時は地の利にしかず、地の利は人の和にしかずとは真実である。将帥たるもの、天文気象に左右されず、地勢の不利にも動揺せず、他人の意見に盲従せず、縦横に独歩すべきである。それによって勝敗の帰趨を握ることができるのである。有能な者を抜擢して用い、法令を明確詳細に規定して実行し、人民を労わり用いれば、結果はおのずと吉となるのである。
総括
以上、マキァベリと尉繚子の中から、特に興味深い部分を書いてみた。馬と大砲についての「戦争の技術」の中の記述は、目からうろこが落ちるようである。我々は、騎馬は歩兵より有利で、大砲の破壊力は脅威であると盲目的に信じているが、そうではないことが、論理的に示されている。ちなみに、これらの言葉は、マキァベリの同時代のある軍人の言葉をマキァベリが記録したものである。単なる兵法家ではなく、現実の戦場の体験者ならではの発言と言えよう。
尉繚子は孫子や呉子ほど有名ではないが、古代の戦争の要諦を的確かつ総合的にまとめてある点では、孫子呉子以上に優れていると私は思う。孫子は兵法の始祖的存在で、いわば歴史的価値があるにすぎず、本質的価値という点では尉繚子はもちろん、呉子にも劣ると私は見ている。しかし、もちろん、戦争の一般論としての価値の高さは言うまでも無い。孫子が乗り越えられたことは、前の時代の思索を元に、後の思索が加算された当然の結果ではあるが、孫子の中には魅力的なフレーズも沢山あり、人生の戦略にも通じる古典としての価値は今でもある。そこが、他の戦術書との違いだろう。もっとも、尉繚子にも日常の組織論として読んでも意味深い言葉は多々あるのだが。
レポート課題 「殺人について」~レポートのポイントである分類的思考養成のために
1。タイトルは自由。「人が人を殺すことについて」「殺人についての一考察」「文学に描かれた殺人について」「ドラマはなぜ人を殺すか」「死刑制度の是非」「戦争と殺人」など、テーマを広げても絞ってもいい。
2。レポートの章立ての例 (タイトル「殺人についての一考察」)*3以下の細分化された章立ては省略
1.はじめに~このテーマの意義など
2.殺人の分類
2.1 犯罪としての殺人または個人(民間人)による殺人
2.1.1. 衝動的殺人
2.1.2. 計画的殺人
2.1.3.過失による殺人
2.1.4.正当防衛の殺人
2.1.5. 尊属殺人
2.1.6.複数犯による殺人(共同謀議の問題)
2.2 国家による殺人
2.2.1.戦争における殺人
2.2.2.死刑という殺人
2.2.3.重要人物の暗殺
2.2.4.政策における危険を看過することによる民間人の死亡
2.3 人間以外の加害者による殺人
2.4 暗示による殺人(殺人教唆の問題)
2.5 社会政策の不備による「自殺」という殺人
2.6 意図的な人減らしとしての政策的殺人~植民のための原住民虐殺など
3.殺人の動機~情状酌量とは何か
4.個人と国家~国家による殺人への抵抗は可能か
5.良心的兵役拒否について
6.歴史上の大量殺人と、宗教者の対応
7.殺人者の「人権」と被害者の人権
8.殺人における「自由意志」の問題
9.殺人被害者の家族の問題
10.最後に