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スティーブン・キングの「書くことについて」という文庫本を読んでいる途中だが、最初は半自叙伝で、つまらない。わたしはキング自身の人生になどまったく興味がないからだ。作家の真の存在は小説の中にあるのであり、彼の実人生など、他人にはまったく関心があるはずがない。これが勝海舟や福沢諭吉などなら社会的な存在意義があり、その自伝にも意味があるが、作家自身の人生など何だというのか。いくら面白く書いても、せいぜいが「スタンドバイミー」の、よりつまらないバージョンにしかなるはずがない。芥川龍之介の実人生が実につまらないものだったことなども、彼の身近な友人の言葉などから分かっている。つまり、彼の真の存在は彼の作品の中にあったということだ。これは漱石でも鴎外でも同じだろう。作家が偉大なほど、そうなるのである。
だが、途中から創作技法、あるいは創作心得の話となり、これは面白い。まだ読んでいる途中だが、読んだ部分だけでも面白い。
一番興味深く思ったのは、彼が「プロット」を否定していることだ。
プロットとは筋書きと言っていいだろう。そのプロットを最初に作って、それから話を書くという手法を彼は否定している。
確かに、これ(プロット方式)は物語を単なる「作り物」にするやり方であると思う。設計図どおりに作って、何が面白いのか、ということだ。これが凡百の推理小説がつまらない理由だろう。キングは、まず「状況設定」から考える。ある状況に置かれた人物がどう考えどう行動するか、ということだ。つまり、作者は主人公や脇役人物になりきって、その状況での行動を考えるわけである。これこそまさに「小説を生きる」ことであり、結末が分からないから、思いがけない進展に作者自身も感動を共にすることになる。
キングはまた「過剰描写」も戒めているが、それも納得である。作者の描写が読者の想像を限定し、貧弱にするからだ。過剰描写とは過剰に精細な描写ということで、詩のように短い言葉で空想や感覚、連想が広がる描写が最良だ、というのは私が彼の説明から敷衍したものだ。
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カスパー・ハウザー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
カスパー・ハウザーの肖像画(1828~29年頃)

カスパー・ハウザー(Kaspar Hauser、1812年4月30日? - 1833年12月17日)は、ドイツ孤児。16歳頃に保護されるまで長期にわたり地下の牢獄(座敷牢)に閉じ込められていたとされ、その生い立ちからしばしば野生児に分類される。

発見後に教育を施され言葉を話せるようになり自らの過去などを少しずつ語り出すようになったが、詳細が明らかになる前に何者かによって暗殺されたため、その正体と出生から保護に至るまでの正確な経緯は現在も不明なままである。特異なまでの鋭敏な五感を持っていたことでも有名である。数奇な生涯は専門の研究書から文学、楽曲など様々なジャンルで取り上げられ、殺害現場となったアンスバッハでは現在、祭礼が2年ごとに行われている。

発見[編集]

1828年5月26日聖霊降臨祭が終わったばかりのバイエルン王国ニュルンベルクウンシュリット広場ドイツ語版 (Unschlittplatz) ニュールンベルクで、16歳ほどの少年が発見された。身元などいくつか質問をされてもまともに答えられなかったため、少年は衛兵詰所に連れていかれた。衛兵たちから筆談はどうかと紙と鉛筆を渡された少年は「カスパー・ハウザー」という名前を書いた。

少年はニュルンベルク駐屯第6軽騎兵隊第4中隊勤務のフリードリヒ・フォン・ヴェッセニヒ大尉宛の手紙を携えていた。手紙は誤字や文法の間違いが目立つものであり、内容は、少年のファーストネームはカスパー、誕生日は1812年4月30日、この少年の父親は騎兵であったが既に死去しているとし、父と同じ騎兵に採用してほしいが、手に余れば殺してほしいと書かれていた。

手紙の主についてヴェッセニヒ大尉には何ら心当たりがなく、結局カスパーは孤児として市当局の保護下に入ることになった。

彼の噂が広まるにつれ、多くの法学者神学者教育学者たちが彼に関心を持ち、彼らはカスパーにさまざまな検査を施し、また教育を試みた。宗教哲学ゲオルク・フリードリヒ・ダウマーはカスパーに読み書きを教え、一定の素養を身につけさせることができた。しかしダウマーは彼に死ぬまで神の概念を理解させることはできなかった。また彼の保護・養育にあたった法学者アンゼルム・フォイエルバッハによると、カスパーは当初、肉や牛乳を口にしても吐き出してしまい、パンと水だけをとることができた。また鏡像をつかもうとするなど、通常の生活を送っていれば身につく常識、人間らしさを失っていたという。フォイエルバッハは、カスパーがかなりの長期にわたり孤独な状態で地下の監獄に囚われていたのではないかと推測している。このような特別な人間について記録された数多くの伝記には、そのような者は生まれながらにして暗い小部屋で外部との交渉を絶たれて生活することを余儀なくされ、人間らしさを失っていたとある。

カスパーの感覚機能は発見当初はほとんど麻痺状態であったが、やがて外界のものを知覚できるようになっていった。そこで発揮された知覚の鋭さは異常とも言えるほどのもので、暗闇でも聖書を読めたり色彩を判別できるのみならず、金属を握っただけで真鍮などその材質を見抜いたり、遠く離れたクモの巣に獲物がかかっていることを言い当てるなど並外れていたとされる。本人のこの能力は、特殊な視覚など一部を除き、一般の食事や生活に順応するにつれ消失していったと記録されている。

その過去は完全な謎に包まれており、かつ特異な感覚能力の持ち主である彼に興味を持つ人々は増える一方であり、群衆の眼前に彼が連れてこられることもあった。その際、カスパー自身は、感覚の過敏さゆえ経験したことのない光と騒音によって痛みを受け苦しんだという。この苦痛も慣れによって徐々に軽減していき、やがてカスパーは多くの人々の前でも平静を保つことができるようになり、ニュルンベルクの人々も彼を受け入れていったが、彼の名前と容貌が知れ渡るにつれある王族に顔が似ていると噂されることになった。これが後の暗殺と関係が深いとされる「バーデン大公後継者説」につながる。

暗殺[編集]

1833年12月17日、カスパーは正体不明の男に襲われ、その際の刺傷が原因で突如として世を去った。カスパー自身が保護以来自らを語りだし、出自の断片が見え隠れし出したばかりで、犯人による口封じのように2度にわたり襲われて殺された。カスパーの自らについての説明は人前に姿を見せるようになる以前、何年も地下牢を思わせる暗く小さな場に閉じ込められ、おもちゃの馬を与えられてそこで育っていたことと、わずかなことしか言い残さず世を去った。

アンスバッハの法医学者クリスティアン・ヴィルヘルム・アルベルトは、同僚のクリストフ・コッペンと共に法医学解剖を担当した。加えて、医師のヨハン・カール・フォン・ホーアラッヒャーフリードリヒ・ヴィルヘルム・ハイデンライヒが、専門的なオブザーバーとして招かれていた。

バイエルン国王ルートヴィヒ1世が、殺害者の逮捕のための情報提供者に220,000フローリンの報奨金をつけたが、犯人につながる情報は出てこなかった。2年あまり後に、王宮庭園で刃渡り14cm全長30cmほどのダマスクス刃の(刃身が波刃になっている)諸刃の短剣が発見された。この短剣の刃とカスパーの刺し傷はぴったり一致したという。この刃物はフランス製のシースナイフであることが、1926年に判明した。

バーデン大公後継者説と後世のハウザー研究[編集]

カスパーの存命中から彼の出自についてはさまざまな推測が飛び交っていた[1]。たとえば、フォイエルバッハは1832年にパンフレットを出版して、カスパーがバーデン大公家の世継とする説を唱えた[1]。この説によると、カスパーはバーデン大公カールステファニー・ド・ボアルネの嫡子であるが、1812年10月にカールスルーエルイーゼ・カロリーネ・フォン・ホッホベルク英語版(カールと貴賎結婚した人物)の手下により誘拐されており、その目的はカールとルイーゼ・カロリーネの間の息子を大公位に就かせるためである[1]。それに対して、ローレ・シュヴァルツマイヤー(Lore Schwarzmaier)は、そのような隠匿は、大公の経済事情を考えれば到底不可能なことで、そんなことをしようとすれば、保護監督者や面倒を見るための子守り、侍医、当然のことながら乳母とて必要だったはずではなかろうかと反論している[2]

ウルリケ・レオンハルト(Ulrike Leonhardt)は、これに対し取り替えを有り得ることとし、乳母は出産の際にずっと常にその場にいたわけではなかったため、乳母自身がその孫を取替え、あとから呼ばれてきた医師は、それ以前に子供を目にしておらず、いきなり死んだ子を見せられたにすぎないということを意味しているという[3]。これらの決着は、バーデン大公家が今日に至るまでその一族の記録文書収蔵庫の閲覧を拒んできているので、すべては未解明のままである。

証言での監禁の様子について

ネズミやハエが入ってこない清潔な環境で、寄生虫なども確認されず、病気にもかからなかった。暖房は外部で温められるようになっていた。

食べ物は、薬用ハーブのコリアンダーディルが入った柔らかい白いパンで、切れ込みがあり子供でも食べられるような配慮がされていた。まれに変な味がする水が渡され、飲むと眠ってしまい、起きると髪や爪、ベッドが整えられていた[4]

おもちゃに2人の木製の兵士、1匹の木製の犬などがあり塗装や飾りがされていた。

監禁場所について
  • Schloss Pilsachドイツ語版 - 作家が購入後、改装工事中に中二階に秘密の部屋を見つけ、新聞に掲載後、自作でカスパー・ハウザーと関連付けて出版した。カスパー・ハウザーが住んでいたという歴史的証拠は確認されていない。
  • Schloss Beuggenドイツ語版 - カスパー・ハウザーが書いた紋章や創作から関連付けられた。
遺伝子分析について

遺伝子情報の分析の手助けを得ても、カスパーの出自は、これまでのところまだ解明されていない。1996年、『シュピーゲル』誌とアンスバッハ市が、遺伝子解析の手助けを借りて、カスパーがはいていたとされるズボン (Unterhose) に残る血痕を分析させた。この調査の結果、ズボンをはいていたとされる人物はバーデン大公国の公子ではないと判明した。

2002年、ヴェストファーレン・ヴィルヘルム大学(ミュンスター大学)の法医学研究所が、カスパーのシルクハットの汗の染みとアンスバッハのカスパー・ハウザー博物館(シュピーゲル誌の調査以後、この展示は終了した)にある髪の毛、ならびに彼の養父アンゼルム・フォン・フォイエルバッハの遺品の中にあった髪の毛を分析した。

この結果、科学者たちの出した結論は、ベルント・ブリンクマン博士の言葉によれば、「現在までの時点では、カスパー・ハウザーがバーデン家の生物学的な近親者であるという結論を出してしまうのはいまだ早計であるといわざるを得ない」ということになった。

今日に到るまでバーデン家は、そのプフォルツハイムの城内教会の立ち入り調査を阻んでいる。そこには1812年に乳児として亡くなった世継の公子の遺骨が埋葬されている。それが本当にバーデン家の世継なのか、取り替えられた身分の低い子なのか証明するようなDNA鑑定はまだなされていない。

 

維新戦争の時、日本の東西分割が成立し、皇室の関東移転も行われて東側は公武合体の旧体制、西側は欧州勢力を背後に持つ「民主政治」(ただし、知事や元老院代議士のほとんどは旧藩主であり、選挙は制限選挙でしかも秘密裡に操作され、民主主義は表向きだけである)の「東西日本国」となる。
それから第一次大戦も第二次大戦も日本抜き(西日本のみ一部派兵)で行われたため日本は東西分割のまま経済大国となるが、西日本は実質的には欧米金融家の支配下になる。東日本は農工業鉱業中心の堅実な国家になる。東日本では武士は軍人となり、他の身分は基本的に皇族とそれ以外の区別はあるが差別はほとんどない状態になる。政治は関東諸藩の合議体制だが、決定権は幕府にあり、さらに天皇には一代に一度だけの「幕府決定差し戻し権」がある。つまり、天皇が危機的状況での政治のお目付け役である。
東日本と西日本の境目は、中央山脈(飛騨、木曽など)と大井川になる。さらに大井川と天竜川の間の土地が緩衝地帯となり、両国ともここには軍事施設を置けない決まりである。中央山脈の山脈と山脈の間の土地は関所がある。また、上空を無断で飛行することは禁じられている。臨海部も同様に境界がある。
基本的にイギリスとアメリカは西日本とつながり、フランスとドイツとロシアは東日本と政治的につながっている。(ロシアは社会主義を取り入れた緩やかな民主制に移行する。)(DSによる世界の金融支配、ドル支配は20世紀中盤ではまだまだの状態である。)(中国では共産党革命により清朝が倒れ、社会主義国家になる。その際、沖縄も住民投票での決定で中国に編入される。)
最近のというか、大半の魔法アニメが面白くない理由を考えてみる。

1:どれも内容が似すぎている。
2:魔法が単なるご都合主義で使われている。武技との区別が曖昧である。
3:話が少年漫画的すぎる。大人の「剣と魔法」のRPGの雰囲気(中世世界での冒険のワクワク感、騎士物語のワクワク感)が無い。せめて、アーサー王物語や円卓の騎士のワクワク感が欲しい。つまり、魔法の登場は最小限にし、武芸での争いを中心にすべきである。騎士の誰それの名前を聞いただけでワクワクする感じが欲しい。
4:「冒険」の最終目的が曖昧である。特に「魔法学園」物にはそれが無い。
5:魔法学園物は、魔法を卑小化する。つまり、日常的なものに下げてしまう。
6:ほとんどの場合、キャラに魅力がない。特に、メタ視点ギャグ(発言)で話の緊張感を失うことが多い。それはシニカルな視聴者に一時的にはウケるが、すぐに飽きられる。
7:小説や漫画やアニメの制作者自身が魔法を幼稚視していい加減に扱っている。

最近の作品の中で案外、魔法に関して一番真剣だったのが「」だったと思う。学園物としても話やキャラがまともだった。つまり、魔法学園物である必然性があった。
あまり先入観や好き嫌いにこだわらず、異世界物や異世界転生物、魔法アニメをたくさん見て研究しているのだが、すべてあまりにも低レベルである。とにかく、魔法に限らず、アニメは「異能力」をネタにしたがるが、それがことごとくつまらない。
そのつまらない理由は、おそらく、「新しさがない」「工夫がない」ことで、具体的現象としては「魔法名を叫んで、魔法効果の画面を出すだけ」というところにあるかと思う。
「魔法学園もの」が多いのは、おそらく「ハリー・ポッター」の影響だろう。まあ、私自身、学園ものは嫌いではないが、魔法と「学校」はあまり合わないと思う。魔法使いを量産して、兵士にするのが関の山である。つまり、昔の「剣と魔法の物語」の持つ冒険性が希薄になり、戦争と政治の話の飾りにしかならない。
魔法ものに新機軸を出すことは不可能だろうか。
むしろ、魔法というより、「精神操作」のほうが現実性が高く、そのために恐怖感も高いのではないか。魔法とは本来、精神操作だろう。炎や水を出したり武器にしたりするほうが、「映像的効果が高い」とアニメ制作者は考えるのだろうが、それがマンネリ化しているのである。
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