「思い出のマーニー」は映画の途中だけ少し見たが、画面はきれいで絵がしっかりしているところは良かったが、途中から見たのでは話に乗れず、五分か十分しか見ていない。
下のツィート(漫画家あさりよしとお)を見て、この映画がなぜさほど評判にならなかったのか、分かったように思う。同じ監督の「アリエッティ」でもそうだったのだが、監督自身に話を構成する能力が無いから脚本家にお任せし、その脚本の欠点を把握することができないのだろう。つまり、監督として根本的な欠陥があるのではないか。映像専門で、作画監督などをするべき人だと思う。
その欠陥を端的に言えば、「映像メディアは説明ではなく描写で語れ」という大原則をこの監督は分かっていないのだろう。言葉だけで説明するなら、画面(映像)は何のためにあるのか。ある意味、映像以外に何も無い初期の「映像詩人」監督(名前は失念。「君の名は。」の監督。あ、新海誠)が、映像だけでも多くのファンを得たのも、それが映像メディアの本質にかなっていたからである。無理に話を作った「ジブリのパチモン」アニメでは新海誠は失敗している。脚本に他人の手を入れることで「君の名は」は成功した。
話を作る能力が無い点では細野監督も同じである。原作があり、脚本は他人が書いた「時を駆ける少女」は成功したが、自分が脚本の大筋を書いていると思われる「狼こども」以降は愚作の連発だ。
(以下引用)
マーニーの過去、久子の説明が軸ではなく、映画『砂の器』みたいに、当時の再現で進んでくれていたら、また評価は変わったんだろうけど。
下のツィート(漫画家あさりよしとお)を見て、この映画がなぜさほど評判にならなかったのか、分かったように思う。同じ監督の「アリエッティ」でもそうだったのだが、監督自身に話を構成する能力が無いから脚本家にお任せし、その脚本の欠点を把握することができないのだろう。つまり、監督として根本的な欠陥があるのではないか。映像専門で、作画監督などをするべき人だと思う。
その欠陥を端的に言えば、「映像メディアは説明ではなく描写で語れ」という大原則をこの監督は分かっていないのだろう。言葉だけで説明するなら、画面(映像)は何のためにあるのか。ある意味、映像以外に何も無い初期の「映像詩人」監督(名前は失念。「君の名は。」の監督。あ、新海誠)が、映像だけでも多くのファンを得たのも、それが映像メディアの本質にかなっていたからである。無理に話を作った「ジブリのパチモン」アニメでは新海誠は失敗している。脚本に他人の手を入れることで「君の名は」は成功した。
話を作る能力が無い点では細野監督も同じである。原作があり、脚本は他人が書いた「時を駆ける少女」は成功したが、自分が脚本の大筋を書いていると思われる「狼こども」以降は愚作の連発だ。
(以下引用)
マーニーの過去、久子の説明が軸ではなく、映画『砂の器』みたいに、当時の再現で進んでくれていたら、また評価は変わったんだろうけど。
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