◆キューバの外貨獲得手段、「医療団派遣」
キューバの年間輸出総額のおよそ半分を稼いでいるのが1960年代に誕生した医療団の外国への派遣である。
特にそれに拍車がかかったのはベネズエラとブラジルへの派遣であった。フィデル・カストロとウーゴ・チャベスの間でキューバから医療団を派遣する代わりにベネズエラから原油を送るといった協定が医療団の派遣が注目されるようになった始まりであった。
ブラジルでも労働者党のジルマ・ルセフが大統領だった時点からブラジルの医師が行きたがらない特に過疎地にキューバの医師を派遣していた。その後、ボルソナロが大統領に就任すると、彼らに支払う報酬の75%をキューバ政府が搾取しているとして医療団をキューバに送り返し、それでもブラジルで医療活動を続けたい医師は残留することを容認した。
またアフリカや中東への派遣も盛んで、それは60カ国以上に及んでいる。コロナ禍でヨーロッパでは昨年イタリアにも派遣した実績がある。また、ラテンアメリカの一部の国でも依然彼らが医療活動を続けている。最近では90年振りに誕生した左派政権のメキシコもこの派遣を検討しているという。
◆ブラック過ぎる「キューバ医療団」の労働環境
2月に入って、外国に派遣される医療団の実像とキューバの医療の国内事情を告白している記事を3紙で目にしたのでその内容の一部を以下に紹介したい。
「一日に150人の往診をせねばならないと言われていた。かなりの距離を歩かねばならならなくなるので不可能だった。2-3軒を往診に行っただけで、その後は名前と診断書を捏造した。それに必要な患者の名前はキューバの私の友人の名前などを拝借した。このミッションの責任者はそれに気づくことはないし、その確認もしない。というのは、彼らにとって重要なのは(どれだけ多く往診したかという)人数だけだからだ」と語ったのはベネズエラに派遣されていたキューバ人医師のひとりだ。彼が匿名希望でNGO組織「Cuban Prisoners Defenders」にそれを語ったのが米マイアミの『Diario de Cuba』(2月18日付)に掲載されたというわけである。
更に同紙は彼が次にように語ったのも掲載している。
「15-16人の手術をする必要があったが、手術したのは4-5人。質問に来ただけの患者がいたが、それも手術をした患者としてリスクに加えた。予定通り手術を済ましたということにして、手術した患者に必要な薬を捨てた。責任者は嘘をついてはいけないと指摘するが、そのように手術をしたかのように偽るのが常だった」
「手術室の天井は落ちそうで、戦時下のようだった。手術した患者数を増やすのに抗生物質を恰も使ったかのようにするために捨てていた。或いは逆に抗生物資が不足していた時は患者に有効期限の切れたものを持たせたこともあった」
「時に私立病院に行って我々が日常使用するものを手に入れるために交換するものを持参して行ったこともあった」
「手元にあった小麦粉と交換で車かトラックで往診先まで連れて行ってもらう」
◆派遣先によって環境は違うものの「奴隷」的労働なのは変わらず
その一方で内科医でサウジアラビアに2019年から2020年半ばまで派遣されていたアレックス・パルド・カストロは医薬品を捨てるといったことはなかったそうだ。また医師の安全を守る防護具などはすべて揃っていたという。
ところが、同地の医師が受け取っていた収入と比較して彼らが本国から要求されている条件を満たさねばならないことに自分が奴隷の身であることを強く感じていたそうだ。
本国から規定されている条件というのは彼と政治的に異なったイデオロギーの人とは友達になってはいけないということ。また彼の兄弟がミッションを止めたいという意向があれば、それを告発する義務があるということだ。
また報酬についても、貰っている給与の75%を政府に譲渡せねばならないということ。サウジの場合はサウジの関係当局がキューバ政府に払うのではなく医師に直接支払っていたということ。それで、医師がその中から75%をキューバに送金する必要があった。しかも、サウジの当局がそれを感知することが無いように、送金の受取人は本人の身内を受取人として送金することになっていた。その義務を守らない場合はキューバに戻されて刑務所に送られるようになる、ということだ。しかも、食費や光熱費は本人が負担するということで、逆に家族が彼に送金せねばならなかったそうだ。
◆横行する政府による「搾取」
一般に外国に派遣された場合はキューバ政府が派遣国から全額を受け取り、その25%を派遣された本人に支給することになっているが、例えば11か月分の支給すべき給与が溜まっていても、そこから必ず4-5か月分を差し引き、休暇などに出かける時に残金を支給するというシステムになっていたそうだ。
パルド・カストロはそれに嫌気がさして本国に送金しなくなった。そうしたら電話番号の不明先から頻繁に電話がかかるようになって契約を破棄されキューバに戻るように指示された。帰国はマドリードで経由だったということで、そこで亡命申請をしたそうだ。
一旦、亡命するとミッション用に支給されるパスポートも無効となり、仮に医療活動をするとなっても闇での就労となってしまう。パルド・カストロにとってこれから厳しい現実に直面せねばならない。
医療団としてベネズエラに派遣されていた時に逃亡してグアンタナモの総合病院で働くようになったある医師(匿名希望)は前述のNGO組織に彼の経験談を語ったそうだ。それによると、「ブラジルやベネズエラに派遣される医師は事前にミッションの為のコースを受けることになっている。そこではキューバにおける現状や給与について話すことは厳禁。そしてキューバの医師は世界のどの国の医師と同じような生活している。我々はキューバの大使のようなものだ、というのが義務となっていた」と述べたことが『Diario de Cuba』紙の2月21日付の記事になっていた。
◆医療団派遣の一方でキューバ国内の医療状況は……
次にキューバ国内の医療事情について触れた記事がキューバの独立系電子紙『14ymedio』(2月20日付)で掲載された記事を紹介しよう。
それは同じく外国に派遣された経験を持つ医師が匿名希望で同紙に語ったものだ。それによると、キューバ国内では水不足や手術用の手袋の不足から手術が延期されたり、同じように治療用の医療機器の破損といったことで患者への医療サービスが中止となることが良くあるそうだ。
また病院や診療所の実態は最悪だという。入院した患者に支給される食事内容は満足するには程遠いもの。最新医療機器による診察になるとその順番が来るまで非常に複雑で診察を急ぐ必要のある患者にとっては人道面での不足が問われるほどに時間のかかるものだという。
このような実情を抱えたキューバの医療団と国内の医療事情は外国に派遣されて活躍する医療団の姿からでは想像できないほどだ。
<文/白石和幸>
【白石和幸】
しらいしかずゆき●スペイン在住の貿易コンサルタント。1973年にスペイン・バレンシアに留学以来、長くスペインで会社経営から現在は貿易コンサルタントに転身