差別問題の難しさを明確に指摘したのが、次のコメントだと思う。ただし、これは差別そのものではなく、差別用語の問題だ。
1:差別の存在の問題
2:差別意識の問題
3:差別用語の問題
この3点ははっきり分けて検討していくべきだろう。
ただし、下のコメントの中の
まずは、その言葉の示す存在が劣等の存在であるという事を周知徹底して、それから、そういう言葉を使用することは差別的なのだと指導しなければならない。
の部分はむしろ差別を助長することになるし、コメント者は意図的にそれが分かっていてコメントしていると思う。それ自体、非常な問題行動である、と言えるだろう。
(以下引用)
1:差別の存在の問題
2:差別意識の問題
3:差別用語の問題
この3点ははっきり分けて検討していくべきだろう。
ただし、下のコメントの中の
まずは、その言葉の示す存在が劣等の存在であるという事を周知徹底して、それから、そういう言葉を使用することは差別的なのだと指導しなければならない。
の部分はむしろ差別を助長することになるし、コメント者は意図的にそれが分かっていてコメントしていると思う。それ自体、非常な問題行動である、と言えるだろう。
(以下引用)
2020/09/22(火)
ある言葉が差別的であるためには、それが劣等的な存在であるという認識が前提になる。
それがないと、使った人間が、どうして差別なんだろうと疑問に思ってしまう。
まずは、その言葉の示す存在が劣等の存在であるという事を周知徹底して、それから、そういう言葉を使用することは差別的なのだと指導しなければならない。
そういう教育がないと、たとえば「ちび黒サンボ」の物語がどうしていけないのかが子供には理解できないだろう。
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