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物部氏も天孫で、この戦に敗れて大和朝廷に臣従した、ということは、「別種の皇統」(となりえた天孫族)であったという話になる。おそらく朝鮮半島の出自で、大和朝廷とは別ルート(おそらく、秋田から滋賀県経由)で来て、奈良に既に強大な王朝を打ち立て、高度な戦闘能力を持っていたからこそ、神武天皇の戦いでももっとも苦難に満ちた戦いになったのではないか。
そして、物部氏のこの出自が、後の滅亡の遠因でもありそうだ。

(以下引用)


十有二月癸巳朔丙申(四)饒速日命は物部氏の祖先

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原文

長髄彦、卽取饒速日命之天羽々矢一隻及步靫、以奉示天皇天皇覽之曰「事不虛也。」還以所御天羽々矢一隻及步靫、賜示於長髄彦。長髄彦、見其天表、益懷踧踖、然而凶器已構、其勢不得中休、而猶守迷圖、無復改意。饒速日命、本知天神慇懃唯天孫是與、且見夫長髄彦禀性愎佷、不可教以天人之際、乃殺之、帥其衆而歸順焉。天皇、素聞鐃速日命是自天降者而今果立忠效、則褒而寵之。此物部氏之遠祖也。

現代語訳

長髄彦(ナガスネヒコ)はすぐに饒速日命(ニギハヤヒミコト)の天羽々矢(アメノハハヤ)を一隻(ヒトハ=矢を一本)と步靫(カチユキ=矢を射れる筒がユキ、これを歩行用にしたものがカチユキ)を天皇(スメラミコト)に見せました。
天皇はそれを見て
「本物だ」
と、言いました。
それでお返しにと、天羽々矢(アメノハハヤ)と步靫(カチユキ)を見せました。
長髄彦はその表(シルシ)を見て、ますます天皇を恐れ畏まりました。しかし凶器(ツワモノ=武器)を準備して、今更、途中で止めてしまうわけにはいかない。それで血迷った計画を変えず、改心しませんでした。

饒速日命(ニギハヤヒミコト)は天神が最も大事だと思っているのは天孫(=アマテラスの子孫)であると知っていました。それに長髄彦はその禀性(ヒトトナリ=人と成り)がとても気難しいので、饒速日命(ニギハヤヒノミコト)が天人(キミヒト=君主と人の上下関係のこと)の関係を教えても、理解出来そうにないので、饒速日命(ニギハヤヒノミコト)は長髄彦を殺してしまいました。そして人々と共に天皇に従いました。
天皇はもともと饒速日命(ニギハヤヒノミコト)が天から降りたと知っていました。今、忠效(タダシキマコト=忠義の意思)を示したので、褒めてもてなしました。この饒速日命(ニギハヤヒノミコト)が物部氏の祖先です。
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解説

言い訳がましく裏切る神
長髄彦の妹を嫁にもらいながら、なんやかんやと理由をつけて裏切っちゃうニギハヤヒ。それでも天皇から見れば、兄の敵を討ってくれた「英雄」なのでしょう。

ところがニギハヤヒは物部氏の祖先とされます。物部の「モノ」は「物の怪」のモノと取って、祭祀関係の氏族とされたり、武器を管理する氏族とも言われます。日本では「モノ」は「霊」と「物体」の両方を意味するので、祭祀と武器のどちらか一方ではなく両方と考えた方がいいでしょう。

大活躍の物部氏ですが、ご存知の通り、蘇我氏との政争に破れて氏族は滅亡しています。また蘇我氏は藤原氏の始祖の中臣鎌足に殺されています。両氏族とも親戚筋は残っていたのでしょうが、滅亡したのに先祖の活躍を描く必要があったのか?と思うのですよね。よく古事記成立の有力者の藤原氏を立ててタケミカヅチアメノコヤネを優遇しているとか言いますが、それならニギハヤヒではなく、古事記成立時の有力者の先祖を当てればいいじゃないですか。

わたしは古事記や日本書紀は別のロジックで書かれていると思っています。それは鎮魂です。嘘を書くと死者の魂が祟ると考えていたから、本当を書いて鎮めたのだろうということです。それなら蘇我氏や物部氏といった滅亡した氏族のことこそ、書かなくちゃいけないことになるのです。










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