「若いころに読んでおいたほうがいい小説を教えてくれ」というスレッドのコメントの一部であるが、容量次第で途中でカットする。重松清をお勧めする者が2,3人いたが、私は彼が子供のころいじめっ子だったと自分で言っているのを読んで、そういう人間の書く「人情噺」など読めるか、と思って、ひとつも読んだことがない。「アルケミスト」は大人になってから読んだが、どこが面白いのか分からなかった。まあ、いい加減な読み方をしたのだが。
(以下引用)
(以下引用)
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- 2014年12月05日 16:21 ID:crZAbBVq0
- 獣の奏者
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- 2014年12月05日 16:21 ID:60g2OI900
- 二十代に一度投げ捨てた「細雪」が三十すぎて読んだら最強小説だったし
名作といってもそれぞれに読み頃の年代ってあるんだろうな
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- 2014年12月05日 16:24 ID:qA4bG9w90
- 不満たまってるはみ出し者は根本敬の本よんどけ
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- 2014年12月05日 16:30 ID:5AJxuTUf0
- 蜘蛛の糸
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- 2014年12月05日 16:40 ID:MjUItqNP0
- 宮城谷昌光の本にハズレなし
言葉の力を思いしらされる
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- 2014年12月05日 16:48 ID:m9UDWkdz0
- 仕事で疲れたときには、森見登美彦読んでる
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- 2014年12月05日 16:50 ID:WmYKP7mC0
- 若きウェルテルの悩み。ゲーテの最高傑作やろ
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- 2014年12月05日 16:54 ID:Yum9sZS80
- 角田光代の三面記事小説
名前の通り、三面記事から物語を広げていて面白いよ
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- 2014年12月05日 16:59 ID:.P1LalKw0
- 平井和正のウルフガイシリーズ。アダルト、って言われる大人版と、少年版、更に女性版もあるが、コアなファンが居る。自分は多感な青春時代にアダルト版と出会って、人格形成や物事の考え方に大いな影響を受けた。今となっては古いけど、是非一度読んで貰いたい作品。
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- 2014年12月05日 17:01 ID:day34d270
- 芥川龍之介と三島由紀夫
文章構成のお手本
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- 2014年12月05日 17:06 ID:.RU62abO0
- 新興宗教オモイデ教 大槻ケンヂ
若さ特有の心の底のドロドロがほとばしってる
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- 2014年12月05日 17:06 ID:LdZNC.0a0
- 族・赤毛の杏
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- 2014年12月05日 17:13 ID:uspgJqlZ0
- 猫の地球儀
夏への扉は出てるな
月は無慈悲な夜の女王、は大人になってからかな
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- 2014年12月05日 17:17 ID:PaAZqeAg0
- 姑獲鳥の夏は読むな
素直に真に受けすぎて、以来何が起きても不思議じゃないからって
良くも悪くも驚くってことがなくなってしまった
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- 2014年12月05日 17:27 ID:s8y351NM0
- 村上龍「希望の国のエクソダス」…この国には何でもある だが 希望だけがない
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- 2014年12月05日 17:29 ID:NbCT3H3g0
- パウロコエーリョのアルケミスト
20代と30代で印象が変わるけどな
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- 2014年12月05日 17:32 ID:O7IDTtKI0
- ボッコちゃん
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- 2014年12月05日 17:33 ID:BF6.a03I0
- 小説は娯楽であって、マンガやラノベとたいして変わらん。
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- 2014年12月05日 17:38 ID:Y4OjiZvI0
- 教養小説と言われ若けりゃ若い時ほど読む価値があると聞いたのが
ライ麦畑でつかまえて JDサリンジャー
青年 森鴎外
三四郎 夏目漱石
魔の山 トウマス・マン
個人的に若者に勧めたい読書。
岩波文庫の日本の古典文学。
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- 2014年12月05日 17:39 ID:lnH.Ukgb0
- 孤島の鬼
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- 2014年12月05日 17:39 ID:jrMPTFEA0
- 児童文学はいっぱい読んでおいたほうがいい
大人になってからもう一回読むと、自分の考え方とか変わったことに気づく
「ひげよ、さらば」とかおススメ
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- 2014年12月05日 18:02 ID:CMCNnWeQ0
- 重松清はガチ
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- 2014年12月05日 18:04 ID:z73K6upn0
- この場を借りて、SFでオススメを教えてほしい
国内でも海外でもいいんで
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- 2014年12月05日 18:14 ID:aDS.ibkH0
- バトルロワイヤル
SFはあんまり読んでないのでわかんない。
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- 2014年12月05日 18:22 ID:lH8nK7cA0
- 十二国記、ラノベだけどこれ割りとマジで読んどいた方が色々助かると思う
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- 2014年12月05日 18:25 ID:.s.1NKpR0
- ドグラ・マグラ
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- 2014年12月05日 18:49 ID:b.XaFRIh0
- ※24 アンドロイドは電気羊の夢を見るかがお勧め。映画「ブレードランナー」の原作なのでそっちもあわせてビデオ屋で借りてくるよろし
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- 2014年12月05日 19:27 ID:lG5sp4TN0
- ※3
>読み頃の年代ってある
ほんこれ
アラフォーになった今、十二国記を読んでもぴくりとも心が動かない
昔は夢中になる面白さだったのに
きっと作者ももう続き書けないだろうな
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- 2014年12月05日 19:30 ID:u3mM4FtY0
- 1が小学生ならスタインベックの赤い仔馬
中学生ならヘミングウェイ老人と海
高校生ならトルストイ戦争と平和
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- 2014年12月05日 19:32 ID:qvhWlwQx0
- 岡田斗司夫「悩みのるつぼ」
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- 2014年12月05日 19:43 ID:MWoOIV.S0
- ジェフリー アーチャーもいいんじゃね
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- 2014年12月05日 19:56 ID:nf9SvOpN0
- ユング自伝
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- 2014年12月05日 19:57 ID:nf9SvOpN0
- ルディ・ラッカー著
思考の道具箱
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- 2014年12月05日 20:05 ID:FV4JJltt0
- キャッチャーインザライ
ちなこれ米国で坊っちゃん的立ち位置
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- 2014年12月05日 20:08 ID:VOjLwsbi0
- 吉村昭の本!
どれ読んでも面白い
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- 2014年12月05日 20:09 ID:gBba2Pzf0
- 村上春樹の言葉は聞きたくないです
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- 2014年12月05日 20:12 ID:i1BGqKSl0
- ミステリやSFはくわしい人が多そうだから、俺はもう少し硬いものを
福永武彦「草の花」 萩原朔太郎「青猫」 夏目漱石「草枕」 福田恆存「人間・この劇的なるもの」
ワイルド「ドリアン・グレイの肖像」 コンスタン「アドルフ」 ヴァレリー「ムッシュー・テスト」
どれも簡単に手に入るし、短いし、若いうちに読んだほうがいいと思う
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- 2014年12月05日 20:29 ID:Igb1TKDU0
- 名作はせめて20後半までとっとけ。若いうちに読んだ所でファッションにしかならん。
例外もいるだろう事を否定はしないが、少なくとも人におすすめはしない。
30歳の人間が読んで面白いものは10代の人間にはよく分からんだろう。
自分が若い頃読んで面白かったものをおすすめすべきだと思う。
西尾維新はおそらく若いうちじゃないと読むのが難しいから若いうちに読んどくといい。
というかラノベ全般は若いうちのほうが楽しいぞ。若いうちに読んでおけば年取ってからも楽しめる。
ラノベ(笑)とか言う人間にならずに済むぞ。
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- 2014年12月05日 20:32 ID:EyrxMwDd0
- 物事には順序があってな
まずは神話、古典から読んでないとどうしても理解が浅くなる
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- 2014年12月05日 20:47 ID:Y4OjiZvI0
- ※40 だね! 岩波文庫の源氏物語とか平家物語とか・・・
でまあ、全一冊完結の名著をたくさん読んだ方がいいと思う。
長編でもせいぜい全二冊。思いっきり背伸びして全三冊完結とか読んで
ひたすら全一冊完結本を読んだ方がいいと思います。それは読む時間というのは限られているから。
司馬遼太郎や吉川英二が面白過ぎて全八巻完結とか全十六巻完結とかはまると面白いけど
長編ばかり読んでいると他の名著が読めなくなる。神聖喜劇全五巻とか指輪物語全巻とか・・・
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- 2014年12月05日 20:56 ID:q.uNNxmV0
- 邪宗門
架空の教団の教義や組織体系を作り上げてるのが凄いし単純にエンタメとして面白いし知的好奇心が喚起させられるし色々考えさせられるし女性キャラに萌える
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- 2014年12月05日 21:00 ID:JPXkFaxA0
- これから色々読むなら売れ筋の大衆小説を読むべき、古典やら哲学書やら啓発本は読むべきかもしれないけど、活字慣れしてないと楽しくないし得るものも少ない。だからもっと読みたいと思えるような本を選べば良い。例えば東野圭吾とかだけど、ミステリーとSF好きなら貴志祐介とスティーブンキングもオススメする。今の内に楽しめるものが良いならファンタジーや冒険物が良いと思う。スレにもあったけどハリーポッターとかね。個人的には宝島を推したい。
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- 2014年12月05日 21:09 ID:C0j8aAay0
- ロビンソン・クルーソー
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- 2014年12月05日 21:15 ID:agpMQP.Y0
- とりあえず赤毛のアンと異邦人は読むべき
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- 2014年12月05日 21:18 ID:h1zP8qFO0
- ドストエフスキーは面白いけど、トルストイはページが進まなかったなぁ。
飴村行の粘膜シリーズがオススメ
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- 2014年12月05日 21:19 ID:g.3jpZV6O
- 太宰治がいい。昔話も読んでみたら、社会人として必死に生きている自分が意地悪じいさん側になっていることにびっくりするよ
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- 2014年12月05日 21:22 ID:cutttliP0
- 吉川英治の宮本武蔵
層化学界信者みたいな大乗仏教マンセーって人には違和感あるだろうけど人生考えるにはいい小説だよ
単純に面白いし
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少し前に「ワールドトリガー」を、そして最近「進撃の巨人」のアニメをそれぞれ見たが、話の整合性では前者、話の壮大さと迫力では後者が勝っているかな、という感じで、前者は宇宙規模の話の割には、個々のエピソードは小さなスケールのバトルだけである。しかも、「演習」「訓練」みたいなものが多く、切迫感が無い。後者は、話の細部は滅茶苦茶だが、スケールは大きい。何しろ、「殺し合い」ばかりだから、切迫感もある。しかし、キャラに魅力がまったく無いどころか、主人公のエレンときたら、史上最低のキャラだろう。
で、何が言いたいかというと、「魅力的なキャラを作れれば、話は自然と生まれてくる」という考え方の創作法もある、ということだ。この創作法のポイントは「話の整合性はある程度誤魔化せる」ということだと思う。キャラが読者や視聴者の頬をゆるませるかぎり、些細な欠点は見逃されるということだ。これは、幼児や小児や愛玩動物を見る大人の気持ちを考えれば理解できるかと思う。高橋留美子の「うる星やつら」は、無数のキャラを出し、それらを動かすことで大長編を作ったわけで、個々の話は毎度毎度同じようなものだったわけだ。「めぞん一刻」にしても、話の大筋は一本、つまり主人公とヒロインの恋物語で、それはいろいろ変化するが、一刻館の住人のドタバタ騒ぎはほとんどがワンパターンである。つまり、同じキャラが、毎度似たような行動を取って騒動が起こるわけだ。
久米田康治が書いていたが、「絶望先生」でたくさんのキャラを出してしまったことを激しく後悔しているそうだ。つまり、それぞれのキャラで別作品が幾つも描けたはずだ、ということである。逆に言えば、キャラを作ることは容易な作業ではない、ということだ。
高橋留美子にしても、犬夜叉と男らんまはほぼ同じ性格のキャラである。時代と外貌が違うが、キャラの中身は同じなのである。あだち充の主人公にしても、男はほぼ同じキャラで、ヒロインは2種類くらいだろう。つまり、作者自身の好みに合わないキャラは描いていても楽しくないからだと思う。この辺は、推理小説作家とはだいぶ違うようだ。推理小説は、パズルがメインで、キャラはただの「道具」であることが多い。だから、人物が簡単に殺される。主人公の探偵にしても、「解決篇の説明をするための道具」と言っていい。「金田一少年の事件簿」など、主人公は魅力ゼロである。
私が好きなキャラを挙げておく。
1「トム・ジョーンズ」のトム・ジョーンズ
2「高慢と偏見」のミスタ・ダーシー
3シャーロック・ホームズ
4「レ・ミゼラブル」のジャン・ヴァルジャン
5あだち充作品の男主人公やヒロイン
6「風と共に去りぬ」のレット・バトラー
7「ピグマリオン」のヒギンズ教授
8映画「西部の男」の主人公(ゲーリー・クーパー)
9「ローマの休日」「マイ・フェア・レディ」のヒロイン(ヘップバーン)
10「第三の男」のハリー・ライム
これらのキャラの特徴や共通性を考えると、悪役のハリー・ライムやヒロインキャラは別として、主人公は基本的に
「善良である」「正直である」「勇気がある」「知性が高い(物事のポイントを見抜く洞察力がある)」「ユーモア感覚がある」「身体能力が高い」「悪に対抗する力がある」「抜けたところがある」「騎士道精神がある」
などの条件を持っているようだ。この中のひとつかふたつだけでも、主人公キャラになれる。たとえば、「ワールド・トリガー」の主人公は「善良である」「知性が高い」のふたつと、後は「騎士道精神がある」かもしれない、というだけの弱キャラだが、それでも主人公の資格はある。
で、少年漫画だと「身体能力が高い」だけでも主人公になることがあるが、読者の好感は得られないだろう。天才的運動能力があるだけの嫌みな主人公というのはうんざりするほどいるのである。低レベルの漫画家や原作作家は、天才というだけで子供が憧れると安易に考えているのだろう。実際、そういう馬鹿な子供も一定数いるとは思う。
(追記)昔の記事の一部を再掲載。
二次創作は初心者が創作する入り口としては非常に優れた手法だと思う。
と言うのは、小説や漫画を書く初心者が苦しむのは「キャラクター作り」であるからで、話自体は松本清張が言うように「人物が3人いれば話はできる」からである。つまり、キャラクター同士の干渉によって話が動いていく。だが、面白いキャラクターを創造するのは難しい。どうしても類型的キャラクターしか想像できないのが初心者の常なのである。だから、「二次創作」が有効なのである。
「話」を作ること自体がさほど大変でないことは、「なろう小説」の話がほとんど異世界冒険物であることから分かるだろう。これは、キャラではなく、RPGの「お約束」を借りた二次創作的な作法だからだ。
で、何が言いたいかというと、「魅力的なキャラを作れれば、話は自然と生まれてくる」という考え方の創作法もある、ということだ。この創作法のポイントは「話の整合性はある程度誤魔化せる」ということだと思う。キャラが読者や視聴者の頬をゆるませるかぎり、些細な欠点は見逃されるということだ。これは、幼児や小児や愛玩動物を見る大人の気持ちを考えれば理解できるかと思う。高橋留美子の「うる星やつら」は、無数のキャラを出し、それらを動かすことで大長編を作ったわけで、個々の話は毎度毎度同じようなものだったわけだ。「めぞん一刻」にしても、話の大筋は一本、つまり主人公とヒロインの恋物語で、それはいろいろ変化するが、一刻館の住人のドタバタ騒ぎはほとんどがワンパターンである。つまり、同じキャラが、毎度似たような行動を取って騒動が起こるわけだ。
久米田康治が書いていたが、「絶望先生」でたくさんのキャラを出してしまったことを激しく後悔しているそうだ。つまり、それぞれのキャラで別作品が幾つも描けたはずだ、ということである。逆に言えば、キャラを作ることは容易な作業ではない、ということだ。
高橋留美子にしても、犬夜叉と男らんまはほぼ同じ性格のキャラである。時代と外貌が違うが、キャラの中身は同じなのである。あだち充の主人公にしても、男はほぼ同じキャラで、ヒロインは2種類くらいだろう。つまり、作者自身の好みに合わないキャラは描いていても楽しくないからだと思う。この辺は、推理小説作家とはだいぶ違うようだ。推理小説は、パズルがメインで、キャラはただの「道具」であることが多い。だから、人物が簡単に殺される。主人公の探偵にしても、「解決篇の説明をするための道具」と言っていい。「金田一少年の事件簿」など、主人公は魅力ゼロである。
私が好きなキャラを挙げておく。
1「トム・ジョーンズ」のトム・ジョーンズ
2「高慢と偏見」のミスタ・ダーシー
3シャーロック・ホームズ
4「レ・ミゼラブル」のジャン・ヴァルジャン
5あだち充作品の男主人公やヒロイン
6「風と共に去りぬ」のレット・バトラー
7「ピグマリオン」のヒギンズ教授
8映画「西部の男」の主人公(ゲーリー・クーパー)
9「ローマの休日」「マイ・フェア・レディ」のヒロイン(ヘップバーン)
10「第三の男」のハリー・ライム
これらのキャラの特徴や共通性を考えると、悪役のハリー・ライムやヒロインキャラは別として、主人公は基本的に
「善良である」「正直である」「勇気がある」「知性が高い(物事のポイントを見抜く洞察力がある)」「ユーモア感覚がある」「身体能力が高い」「悪に対抗する力がある」「抜けたところがある」「騎士道精神がある」
などの条件を持っているようだ。この中のひとつかふたつだけでも、主人公キャラになれる。たとえば、「ワールド・トリガー」の主人公は「善良である」「知性が高い」のふたつと、後は「騎士道精神がある」かもしれない、というだけの弱キャラだが、それでも主人公の資格はある。
で、少年漫画だと「身体能力が高い」だけでも主人公になることがあるが、読者の好感は得られないだろう。天才的運動能力があるだけの嫌みな主人公というのはうんざりするほどいるのである。低レベルの漫画家や原作作家は、天才というだけで子供が憧れると安易に考えているのだろう。実際、そういう馬鹿な子供も一定数いるとは思う。
(追記)昔の記事の一部を再掲載。
二次創作は初心者が創作する入り口としては非常に優れた手法だと思う。
と言うのは、小説や漫画を書く初心者が苦しむのは「キャラクター作り」であるからで、話自体は松本清張が言うように「人物が3人いれば話はできる」からである。つまり、キャラクター同士の干渉によって話が動いていく。だが、面白いキャラクターを創造するのは難しい。どうしても類型的キャラクターしか想像できないのが初心者の常なのである。だから、「二次創作」が有効なのである。
「話」を作ること自体がさほど大変でないことは、「なろう小説」の話がほとんど異世界冒険物であることから分かるだろう。これは、キャラではなく、RPGの「お約束」を借りた二次創作的な作法だからだ。
どうでもいいことだが、稀に見る、下手な比喩だと思うので、載せておく。
何の比喩かは、少し空白を挟んで載せる。
(以下引用)
わかりにくい話ですね。もう少し分かりやすい喩えを使ってみます。
「虎の威を借る狐」ということわざがあります。虎の実力を背景にして、空威張りしている狐のことです。この狐は虎が居丈高に命令を下したり、異論を一喝して退けたりする真似はたいへん上手に再現できます。でも、虎に代わって「対話」や「交渉」をすることはできない。絶対にできません。仮に虎に対して「ちょっとだけの間、縞模様を茶色の無地に換えて頂けますか?」とか「いま目の前に兎が歩いてきますけど、今回だけ食べずに我慢してもらえますか?」とかいうオッファーがあったときに、虎であれば採否を即断できます(「茶色の無地の方がダートで狩りをするとき便利かも」とか「兎って、小骨が多くて食いにくいんだよな」とかいう虎固有の判断基準に照らして)。でも、「虎の威を借る狐」にはこの採否の判断ができない。というのは、「虎の虎性を形成している本質的条件は何か」が狐にはわからないからです。虎は自分のことですから、「虎とは何であるか」を知っています。自分が自分自身であるためには、何が必要であるかを知っている。絶対に譲ることのできない「虎の本質」とは何かを知っている。縞模様は別に虎の本質ではない(毛が生え替わることだってありますから)、腹一杯のときには獲物がそばを通っても見向きもしない。それでもいささかも虎の虎性は揺るがない。でも、狐にはそれがわからない。偉そうに吠えている虎の真似はできるけれど、「譲る虎」や「折れる虎」の真似はできない。
人間の場合も同じです。
ある人が自分のオリジナルな知見を語っているのか、誰かの請け売りをしているのかは、実際には簡単に判別できます。「偉そうに、断定的に、定型的な言葉づかいで、同じことを何度も言うやつ」はおおかた誰かの請け売りをしていると判じて過ちません。自分の頭で考え、自分の言葉で語る人、独立独行の人は、そうはなりません。
(引用終わり)
下手な比喩だというより、説明が長すぎるし余計なことをダラダラ書いているので論旨がつかみにくいわけだ。
誰の文章かというと、内田樹である。
彼は論理的に書くことは上手いが、名文家ではない。その論理性というのは、官僚的な、「他人から批判されたりしないように、ミス無く念入りに書く」ことが主眼だから、どうしてもダラダラと長い文章になるのである。
何の比喩かは、少し空白を挟んで載せる。
(以下引用)
わかりにくい話ですね。もう少し分かりやすい喩えを使ってみます。
「虎の威を借る狐」ということわざがあります。虎の実力を背景にして、空威張りしている狐のことです。この狐は虎が居丈高に命令を下したり、異論を一喝して退けたりする真似はたいへん上手に再現できます。でも、虎に代わって「対話」や「交渉」をすることはできない。絶対にできません。仮に虎に対して「ちょっとだけの間、縞模様を茶色の無地に換えて頂けますか?」とか「いま目の前に兎が歩いてきますけど、今回だけ食べずに我慢してもらえますか?」とかいうオッファーがあったときに、虎であれば採否を即断できます(「茶色の無地の方がダートで狩りをするとき便利かも」とか「兎って、小骨が多くて食いにくいんだよな」とかいう虎固有の判断基準に照らして)。でも、「虎の威を借る狐」にはこの採否の判断ができない。というのは、「虎の虎性を形成している本質的条件は何か」が狐にはわからないからです。虎は自分のことですから、「虎とは何であるか」を知っています。自分が自分自身であるためには、何が必要であるかを知っている。絶対に譲ることのできない「虎の本質」とは何かを知っている。縞模様は別に虎の本質ではない(毛が生え替わることだってありますから)、腹一杯のときには獲物がそばを通っても見向きもしない。それでもいささかも虎の虎性は揺るがない。でも、狐にはそれがわからない。偉そうに吠えている虎の真似はできるけれど、「譲る虎」や「折れる虎」の真似はできない。
人間の場合も同じです。
ある人が自分のオリジナルな知見を語っているのか、誰かの請け売りをしているのかは、実際には簡単に判別できます。「偉そうに、断定的に、定型的な言葉づかいで、同じことを何度も言うやつ」はおおかた誰かの請け売りをしていると判じて過ちません。自分の頭で考え、自分の言葉で語る人、独立独行の人は、そうはなりません。
(引用終わり)
下手な比喩だというより、説明が長すぎるし余計なことをダラダラ書いているので論旨がつかみにくいわけだ。
誰の文章かというと、内田樹である。
彼は論理的に書くことは上手いが、名文家ではない。その論理性というのは、官僚的な、「他人から批判されたりしないように、ミス無く念入りに書く」ことが主眼だから、どうしてもダラダラと長い文章になるのである。
必ずしも同感はしないが、参考にはなる。
漫画原作者の新人作家(投稿者)の才能を見分ける三つのポイント。新人さん限定だし原作者限定ですよ。1)得意分野を持っている。その方がとんでもなく詳しそうなジャンルを持っていることです。それを調べるノウハウを持っているだけでもいい。料理、お酒、ミステリ(トリック)、野球、海上保安、
2012-10-22 22:21:51ギャンブル、その他なんでも。この人はここの知識や含蓄が凄いな、と感じさせるものがあればOKです。世の原作作品もそういう「得意分野」に当てはまるものが多いですよね。でも、新人作家(投稿者)は意外とざっくりとした特徴の薄い作品で投稿される方も多いので気をつけてもいいと思います。
2012-10-22 22:25:22
前に書いてからかなり長い間、時間が経っているので、前に書いた部分を忘れそうだが、まあ、どうせ真面目に読むほどの作品ではない。で、前回の最後の部分は「ナシ」にしておく。
セ・ラ・ヴィ(4)
私には、ひとつの特徴があって、それは何かというと、「自分の命が無くなること(死ぬこと)への恐怖がまったく無い」ということである。それより、青虫や毛虫を見たり触ったりすることのほうがはるかに怖い。そもそも、死ぬことがなぜそんなに怖いのかが私には分からないのである。死ぬことは、自分の存在が無くなる、あるいは自分の意識が永遠に無くなることであり、死んだ後に苦痛などがあるわけではない。つまり、死の際の苦痛を恐れるのは分かるが、死ぬことがなぜ怖いのか、私には分からないのである。
いくつくらいの時だったか覚えていないが、私は三輪車に乗っていて、その三輪車が坂の途中の道路が凍った部分で滑って坂の傍の崖から転落しそうになったことがあった。
その時、私は、このまま三輪車に乗っていたら、崖から三輪車ごと落ちるな、と冷静に「計算」して、自分の体を道路の崖と反対側に投げだし、三輪車は崖から転落した。たぶん、「計算」し始めてから体を投げだすまで、1秒弱だったと思うが、それが私には5秒くらいの長さに感じられ、むしろ悠々とその行動を行ったのである。そして、その間、恐怖はまったく感じなかった。
その経験以来、自分には死への恐怖が無いこと、そして、必要な時には驚異的な速度で思考ができることを私は確信しているのである。あるいは、体を動かす速度も速くできるのかもしれない。
しかし、日常的にはそういう「生命の危機」はほとんど生じないので、私はべつに他の子供より思考の速度や運動の速度が速いわけでもなんでもない。ただ、死への恐怖が無いのは私にはいわば平常運転なのである。ということは、怖いものも別に無いということだ。青虫や毛虫が怖いと先に書いたのは、恐怖ではなく「嫌悪感」なのである。
で、私は「恐怖心が無い」というだけで、いわば他の子供よりはるかに「人生のアドバンテージ」を持っていたと思う。幼児期から青年期の苦悩のほとんどは、「いわれのない恐怖感」から来ているらしいからだ。たとえば、他人から嫌われることへの恐怖や、人前で恥をかくことへの恐怖。これは、自己愛の当然の帰結でもあるが、だいたいは「妄想的恐怖」なのである。そもそも、他人はあなたが思うほどあなたの事を見てもいないww みんな、自分のことを考えることで忙しいのだ。
前に書いた、運動面での劣等感も、「劣等感を持って生活する」デメリットのほうが大きいと理解してからは、まったく気にしなくなったのだが、そもそも、私が運動が苦手なことをからかったり馬鹿にしたりする子供がいたわけでもなく、すべては私が勝手に「きっと周囲から馬鹿にされるだろう」と妄想しただけである。
セ・ラ・ヴィ(4)
私には、ひとつの特徴があって、それは何かというと、「自分の命が無くなること(死ぬこと)への恐怖がまったく無い」ということである。それより、青虫や毛虫を見たり触ったりすることのほうがはるかに怖い。そもそも、死ぬことがなぜそんなに怖いのかが私には分からないのである。死ぬことは、自分の存在が無くなる、あるいは自分の意識が永遠に無くなることであり、死んだ後に苦痛などがあるわけではない。つまり、死の際の苦痛を恐れるのは分かるが、死ぬことがなぜ怖いのか、私には分からないのである。
いくつくらいの時だったか覚えていないが、私は三輪車に乗っていて、その三輪車が坂の途中の道路が凍った部分で滑って坂の傍の崖から転落しそうになったことがあった。
その時、私は、このまま三輪車に乗っていたら、崖から三輪車ごと落ちるな、と冷静に「計算」して、自分の体を道路の崖と反対側に投げだし、三輪車は崖から転落した。たぶん、「計算」し始めてから体を投げだすまで、1秒弱だったと思うが、それが私には5秒くらいの長さに感じられ、むしろ悠々とその行動を行ったのである。そして、その間、恐怖はまったく感じなかった。
その経験以来、自分には死への恐怖が無いこと、そして、必要な時には驚異的な速度で思考ができることを私は確信しているのである。あるいは、体を動かす速度も速くできるのかもしれない。
しかし、日常的にはそういう「生命の危機」はほとんど生じないので、私はべつに他の子供より思考の速度や運動の速度が速いわけでもなんでもない。ただ、死への恐怖が無いのは私にはいわば平常運転なのである。ということは、怖いものも別に無いということだ。青虫や毛虫が怖いと先に書いたのは、恐怖ではなく「嫌悪感」なのである。
で、私は「恐怖心が無い」というだけで、いわば他の子供よりはるかに「人生のアドバンテージ」を持っていたと思う。幼児期から青年期の苦悩のほとんどは、「いわれのない恐怖感」から来ているらしいからだ。たとえば、他人から嫌われることへの恐怖や、人前で恥をかくことへの恐怖。これは、自己愛の当然の帰結でもあるが、だいたいは「妄想的恐怖」なのである。そもそも、他人はあなたが思うほどあなたの事を見てもいないww みんな、自分のことを考えることで忙しいのだ。
前に書いた、運動面での劣等感も、「劣等感を持って生活する」デメリットのほうが大きいと理解してからは、まったく気にしなくなったのだが、そもそも、私が運動が苦手なことをからかったり馬鹿にしたりする子供がいたわけでもなく、すべては私が勝手に「きっと周囲から馬鹿にされるだろう」と妄想しただけである。
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冬山想南
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