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下に書くのは、「ちくま文学の森」の「もうひとつの話」に出てくる、或る作家の簡単な紹介だが、その生涯があまりに悲惨すぎて、ナンセンスの域に達している。ついでに、その作家の作品の一節もその下に抜き書きしておくが、こちらもナンセンス・ユーモアに満ちている。


「ドイツのハンブルグに生まれる。実業学校を出て俳優をめざした矢先に召集を受け、東部戦線へ送られる。負傷して国内送還。この間、兵役忌避の疑いで死刑になりかかる。重禁固六週間、出獄後、再び前線へ送られ、病にかかり国内送還。退院後、またもや前線。ついでナチス誹謗のかどでベルリンの刑務所。出獄後、前線へ。戦争が終わったのち、故郷ハンブルグの病院に入院。療養のためバーゼルに転じたが、そこで死去。二十六歳だった。死の前年、短期間に書いたのが一つの戯曲と五十あまりの短編。」



二人(伯父と給仕)が初めて知合になったとき、わたしはそばについていた。その当時わたしの背は、ちょうど鼻がテーブルにのるようになったばかりだった。もっともテーブルがきれいなときでないと鼻はのせられなかった。むろんテーブルはそういつもきれいではあり得なかった。またわたしの母にしても、わたしにくらべて、たいして齢をとってはいなかった。むろんいくらかは齢は上だった。      
           (ボルヒェルト「シシフシュ」小松太郎訳)
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興味深いデータなので、メモしておく。

なお、「タイガー! タイガー!」は、実は前回のところまでしか書いていない。グエンが旅芝居をするところが一番書きたかったところで、これはもちろん「グイン・サーガ」にも出てくるエピソードを下敷きにしたものだ。あそこが一番好きな部分なのである。ちなみに、「グエン・バードン」は「くたばれヤンキース」で女悪魔を演じた女優の名、「ソフィ・マルソー」はフランスの美少女俳優だった人だ。

最近は、何か「技痒」を感じるような刺激が無いので、お話を考える意欲もあまり無いのである。
もしかしたら、昔書いた話を載せるかもしれないが、それは他の人との合作のようなものなので、私には公表する権利は無いし、そのまま死蔵しておくのも勿体ない、ということで考慮中だ。




都道府県の犯罪発生率番付

 47都道府県を対象とする犯罪発生率についての地域ランキングです。

 犯罪件数として、政府統計の刑法犯認知件数を使用しています。刑法犯とは、殺人、強盗、強姦、暴行、傷害、詐欺、窃盗、放火などの犯罪を指し、軽犯罪や交通事故(危険運転致死傷など)は含みません。

 世のなか聖人ばかりではないですから、人口が多ければ犯罪件数が増えるのは当たり前なので、単純に件数を比べても、その地域が安全か判断することはできません。そこで、犯罪発生率として、刑法犯認知件数÷人口総数を地域ごとにパーセンテージで算出し、ランキングにしてみました。実質的に人口100人あたりの犯罪件数の比較となっています。

 人口総数は住民登録に基づいているため、昼間の人口が夜間に比べて少ない「ドーナツ化現象」傾向の地域は、大きめの数字が出る点に注意してください。田舎の住人が都会に出てきて犯した犯罪は、都会の犯罪件数にカウントされるということです。

 なお、2010年以降のデータについて、統計局から公表される刑法犯認知件数が都道府県単位のみとなり、現在のところ市区町村単位の新しいデータが公表されていません。各都道府県の公式サイトにて、市区町村単位のデータを公表しているところもあります。

 最上位(1位)は、大阪府の2.059%です。 2位は、愛知県の1.968%です。 3位は、福岡県の1.697%です。

 最下位(47位)は、秋田県の0.529%です。

都道府県の犯罪発生率ランキング
1 大阪府大阪府の番付 2.059 100% 182,537 8,865,245
2 愛知県愛知県の番付 1.968 96% 145,807 7,410,719
3 福岡県福岡県の番付 1.697 82% 86,057 5,071,968
4 京都府京都府の番付 1.690 82% 44,538 2,636,092
5 兵庫県兵庫県の番付 1.623 79% 90,670 5,588,133
6 埼玉県埼玉県の番付 1.579 77% 113,632 7,194,556
7 東京都東京都の番付 1.563 76% 205,708 13,159,388
8 千葉県千葉県の番付 1.551 75% 96,400 6,216,289
9 茨城県茨城県の番付 1.431 69% 42,491 2,969,770
10 和歌山県和歌山県の番付 1.393 68% 13,962 1,002,198
11 三重県三重県の番付 1.377 67% 25,540 1,854,724
12 岐阜県岐阜県の番付 1.342 65% 27,928 2,080,773
13 岡山県岡山県の番付 1.329 65% 25,862 1,945,276
14 栃木県栃木県の番付 1.294 63% 25,981 2,007,683
15 高知県高知県の番付 1.276 62% 9,751 764,456
16 群馬県群馬県の番付 1.201 58% 24,110 2,008,068
17 愛媛県愛媛県の番付 1.175 57% 16,827 1,431,493
18 奈良県奈良県の番付 1.105 54% 15,478 1,400,728
19 宮城県宮城県の番付 1.101 53% 25,859 2,348,165
20 香川県香川県の番付 1.093 53% 10,884 995,842
21 静岡県静岡県の番付 1.091 53% 41,069 3,765,007
22 神奈川県神奈川県の番付 1.085 53% 98,203 9,048,331
23 滋賀県滋賀県の番付 1.082 53% 15,258 1,410,777
24 広島県広島県の番付 1.009 49% 28,853 2,860,750
25 鳥取県鳥取県の番付 0.993 48% 5,845 588,667
26 沖縄県沖縄県の番付 0.986 48% 13,738 1,392,818
27 佐賀県佐賀県の番付 0.973 47% 8,271 849,788
28 福島県福島県の番付 0.962 47% 19,527 2,029,064
29 北海道北海道の番付 0.946 46% 52,092 5,506,419
30 山梨県山梨県の番付 0.942 46% 8,134 863,075
31 徳島県徳島県の番付 0.941 46% 7,389 785,491
32 長野県長野県の番付 0.937 45% 20,161 2,152,449
33 熊本県熊本県の番付 0.936 45% 17,015 1,817,426
34 新潟県新潟県の番付 0.934 45% 22,189 2,374,450
35 山口県山口県の番付 0.897 44% 13,025 1,451,338
36 宮崎県宮崎県の番付 0.846 41% 9,602 1,135,233
37 富山県富山県の番付 0.799 39% 8,740 1,093,247
38 大分県大分県の番付 0.794 39% 9,495 1,196,529
39 福井県福井県の番付 0.790 38% 6,369 806,314
40 石川県石川県の番付 0.753 37% 8,812 1,169,788
41 鹿児島県鹿児島県の番付 0.752 37% 12,837 1,706,242
42 青森県青森県の番付 0.726 35% 9,970 1,373,339
43 島根県島根県の番付 0.719 35% 5,157 717,397
44 山形県山形県の番付 0.685 33% 8,003 1,168,924
45 長崎県長崎県の番付 0.645 31% 9,199 1,426,779
46 岩手県岩手県の番付 0.619 30% 8,240 1,330,147
47 秋田県秋田県の番付 0.529 26% 5,740 1,085,997


第十七章 アンセルムの村

 

フロス・フェリたちに別れを告げてから三日後にグエンたちは森を抜けた。なだらかな草地が上がったり下がったりして、時々は林もあるが、もはや密生した森林地帯ではない。周りの明るくなった景色に、一行は何となく心が軽くなる気分だった。実際には、森の中よりも人里のほうが危険は多いのだが、グエン以外の人間は、やはり人間の世界でこれまで生きてきたのだから。

「まず、道を探しましょう。その道を通っていくか、わざと道を避けるかは別にしても、どこをどう行けばどこに向うかという大体の見当くらいはつけておかないと」

フォックスの言葉にグエンはうなずいた。

「ならば、遠くまで見晴らせる高いところを探してみよう」

そう言って、グエンはゆるい斜面を先に立って登っていった。

その後からフォックスが早足でついていく。

「あなたたちはその辺で休んでいてもいいわ。近くに人はいないようだから」

後からついてこようとする子供たちにはそう声をかけたが、二人の子供は首を振ってグエンたちを追う。

やがて小高い丘の頂上に出た。

西の遠方には、彼らが来た森があり、その北には大山脈が続いている。この大山脈がサントネージュとユラリアの国境だったのである。そして、丘の東にはなだらかな平地が広がっていた。ここからタイラスの中心地に続いていくのである。

ずっと向こうに細く野原を横切っている薔薇色の線がランザロートに続く道だろう。その大都会は、もちろんまだ視界には入らない。だが、その道の途中途中に灰色の集落が見える。村が幾つかあるのである。

「まず、あの村に行きましょう。旅芸人としての初舞台ですよ」

「ああ、そうだな。後で、少しまた打ち合わせをしよう。俺たちの素性についての作り話もまだきちんとできていないからな」

「そうですね。名前はこのまま、ソフィ、ダン、グエンでいいと思いますが、私は変えましょう。フォックスという名前はサントネージュ宮廷では少し知られてますから。そうですね、ええと、前はフローラだったかな。似合わない名前だこと。いいわ、フォッグにしよう」

「フォックスに似すぎていないか?」

「そうかしら。じゃあ、フォギー」

「フォギーだな」

「いい、ソフィ、ダン、私はあなたたちのお母さんで、グエンの奥さんのフォギーよ。忘れないで、人から聞かれたら、そう答えるのよ。ただし、あなたたちはグエンの連れ子ということにします。いくらなんでも、こんな大きいこどもたちのお母さんでは、私が可愛そうよ」

「どうしてさ」

「つまりね、あんたやソフィを私が生んだとしたら、私は30歳くらいの年だと思われるの」

「そうじゃないの?」

「あのねえ、私はまだ25歳よ」

「たいして違わないじゃん」

「たしか、前には24だと言っていたが」

グエンが口をはさむ。

「えっ? そうでしたっけ。まあ、どっちでもいいでしょうが。案外と細かいことを覚えているわねえ」

「いや、すまない。なるべく打ち合わせは正確にしておきたいのでな」

「はいはい、25ですよ。大年増です」

「フォギーは若いわよ。それに、サントネージュ一番の美人だわ」

「ありがとう。ソフィはやさしいわね。それに比べて、この男たちは」

グエンとダンは肩をすくめた。フォギーの年が20歳だろうが30歳だろうが、彼らにはまったく関心の外である。

 

半日ほど歩くと、後少しのところに集落が見えてきた。

「さて、旅芸人ならば、本当は馬車の一つもほしいところね」

フォギーが言う。

「エーデル川を渡る時に、馬も馬車も捨てたからな」

「幸い、お金はあるけど、タイラスのお金ではないからねえ」

「あの、少しならタイラスのお金があります」

「えっ?」

フォギーはソフィを見た。

「あの、緑の森の盗賊たちと一緒にいたお姉さんから貰ったんです」

「貰った?」

「はい。その代わりに、サントネージュのお金を少しあげました」

「何だ。交換したわけね。でも、良かった。どれくらいある?」

「はい。これは、いくらくらいなんでしょう」

「ふうん、金貨と銀貨だから、結構あるんじゃないかしら。助かるわ。少なくとも、食事代や宿代くらいにはなりそうね」

「宝石は金にはならんのか?」

「都会なら金に換えることもできるでしょうけどねえ」

「物のほうが金に換え易ければ、俺の剣を売ってもいいぞ」

「まさか。売るなら、私の剣を売りますよ。私が剣を持つより、グエンが持つほうが百倍いいに決まってます」

「まあ、どうせ敵から奪った剣だから、それほど愛着もない。必要なら、そう言ってくれ」

「はい、じゃあ、必要なときは言います」

 

グエンたち一行が村に近づくのを、畑で農作業をしている農夫や農婦たちは奇異の目で見ていた。グエンの雄大な体格と、その虎の頭が人々を驚かせたのは当然だが、その驚きはグエンの持っている旗に書かれた「グエン一座」という看板の文字でいくぶんか治まった。この旗の文字は、少し前に、ソフィとフォギーが苦労して縫い付けをしたものである。

人々の驚きというものは、どんなインチキな弁明であれ、何かの説明があればそれで納得し、治まるものであるらしい。グエンの虎頭は、彼が旅の芸人であるというだけで作り物として受け入れられてしまったようだ。

「とざい、東西。ここに現れ出ましたるは、天下にまぎれもない驚異の一座、恐怖の虎男グエン・バードンとその一行。御用とお急ぎでない人は、この出し物を見逃すと、一生の後悔のもとだよ」

フォギーが流暢に弁じると、あたりに百姓たちがぞろぞろ集まってくる。

 

「お客さんたち、出し物が気に入れば、お金があれば結構だが、無ければ芋でも瓜でも結構。ただし、只見をするようなケチなお客は御免だよ。お代は見てのお帰りだ。では、はじめるよ。まずは、地上に降りた天使の歌声とはこのこと、歌姫ソフィ・マルソーの歌を聞けば、どんな悩みも消えて、地上の天国が味わえる。さあ、歌っておくれ」

ソフィが歌い始めると、遠くで働いていた者たちも集まってきた。まさしく、彼らにとっては、生まれて初めての「芸術」との遭遇だったのである。あるいは、生まれて初めて美の奇蹟を味わったのである。

「こりゃあすげえ。あの子は本物の天使じゃねえか」

「まるで頭の中に、きれいな光があふれるみてえだ。こんな気持ちは初めてだ」

「おらあ、何だか悲しくなってきちまったよ。こんなきれえなもんがこの世にあるなんて、うれしいよりも、悲しいみてえだよ」

「ああ、死んだ妹の声がおらに呼び掛けているみてえだ。お兄、うちは今、天国さいるんだ、幸せだから心配するなって」

歌声が終わると、人々は、その感動を失うのが怖いみたいに、しばらく黙っていた。ソフィはそのために居心地の悪い思いをしたが、やがて起った大きな歓声と拍手に、自分の歌が成功したことを知った。

「さて、お次は、この一座の看板の出し物。『悪党グエンと悲しみの姫君』だよ!」

今度はダンが幼い声を張り上げて、演目を叫ぶ。そのあどけない可愛さは、観客たちを喜ばせた。

「世にも奇怪な悪党グエン、頭は虎で体は人、そしてその心は、虎なのか、人なのか。彼は美しい姫君をさらって逃げました。しかし、正義の騎士、フォギーと、その従者にして利口者のダンは彼を追っておいつきます。はたして、フォギーとダンは、囚われの姫君を救えるでしょうか!」

小さな木の茂みを舞台の袖代わりにして、そこからグエンが飛び出してくる。上半身裸のその体は、それだけで見る者の度肝を抜いた。何しろ、2マートルもある身の丈の威圧感だけでなく、その逆三角形の見事な筋肉質の体は、ただの農作業などをしている普通の人間ではまずありえない体格であった。赤銅色の体はまるで油でも塗ったように午後の日差しに輝き、そして彼は観客に向かって棍棒を持った両手を大きく広げ、威嚇するように咆哮した。それはおそるべき虎の咆哮だった。聞いている者たちの中で気の弱いものは腰を宙に浮かせ、逃げ出そうとしたほどである。

「うわあ、虎だ、虎だ! 本物の虎だ!」

「ば、馬鹿言え、あの体は人間じゃねえか。あれはかぶり物だよ」

「だが、あの恐ろしい声は、ふつうの人間じゃあ出せねえぜ。あいつは本物の虎男にちげえねえ」

「本物の虎男って何だよ。虎か人間かどっちかに決まっている」

「しかし、あの体のすげえこと! ありゃあ、10人力くらいあるなあ」

「何、見かけだおしってこともあるぞ。何しろ、相手は役者だからな、すべてお芝居ってこった」

観客たちは興奮してめいめい勝手な感想を述べている。

その間にグエンはあたりをのそのそ歩き、時々恐ろしい咆哮をあげて観客を震え上がらせる。時には、わざと観客の一人に顔を近づけて唸り声を上げると、相手は「ひっ!」と叫んで飛び退る。

上半身裸のグエンの体は午後の日差しを浴びて、油を塗ったように赤銅色に輝いている。その見事な体だけでも、たしかに見物料を払う価値はある。

一回り回ると、グエンは茂みからソフィを引きずり出した。ドレスと呼べるほどの服は持っていないが、布地をつづり合せてそれらしく作ったドレスは、遠目にはお姫様のドレスに見える。

「あーれー」と芝居がかった悲鳴を上げてグエンに引っ張られるソフィの演技は、確かに芝居の中のお姫様そのものである。田舎芝居の役者にしては顔立ちが上品すぎるのだが。

「待て! 悪党グエンめ、姫を返せ!」

茂みから、今度は騎士風の格好をしたフォギーことフォックスが飛び出す。なかなか美青年風である。

「この正義の騎士フォギーが来たからには、姫は返してもらうぞ」

「ウウ、グルルルル!」

グエンは唸り声で不同意を示す。そして、両手に持った大きな棍棒を振り上げる。

ただでさえ雄大な体格のグエンが両手に持った棍棒を振り上げると、まさに神話の怪物である。

その棍棒が激しく振り下ろされる。フォギーの体は木端微塵か、と思われた次の瞬間、彼女はひらりと身をかわしてそれを避けている。もちろん、グエンが、当たらないように振り下ろしたのだが、観客にはフォギーの神速の動きに見える。

今度はフォギーが剣を構え、次々に技を繰り出すと、グエンはそれに煽られるように、必死に剣を避ける。そして、最後に両手の棍棒を打ち落とされ、剣で刺された格好で地面にどうと倒れる。

「姫、どうぞ私とともに参りましょう」

「はい、有難うございます。あなた様は命の恩人です」

「なあに、危難にあった人を救うのは騎士のつとめです。今頃宮廷ではあなたのお父上である王が、あなたの御無事を祈って待っているでしょう」

二人がしずしずと木の茂みに退場すると、ダンがつけひげをつけて、代わって出てくる。

「フォギー様、どこに行ったのですか? おや、ここに虎男が倒れているぞ。そうだ、私がこの虎男を倒したことにして、姫を私が貰うことにしよう。まだ生きていないだろうな?」

ダンは腰の木剣を抜いて、地面に倒れたグエンに打ちかかる。

すると、グエンがむっくりと体を起こし、猛烈に吠える。

ダンは悲鳴を上げて逃げていく。その後からグエンが追って木の茂みに走り込み、これで芝居の終わりである。この程度の内容でも、芝居を知らない観客たちは手に汗を握り、最後のダンの逃げっぷりに大笑いであった。

 

その夜は、村の大百姓である男の家に泊めてもらえることになった。

 

夕食の席で、その大百姓のゲオルグが聞いてきた。

「失礼な質問だが、その頭は、仮面なのかな?」

「まあ、そうなんだが、商売の都合で、本物の虎の頭ということにしている。この牙も本当は細工物だ」

「そうか、素晴らしい出来の細工だ。どう見ても、本物の虎の頭にしか見えない。と言っても、本物の虎など見たことはないが。それはともかく、あんた方は、この仕事を初めて長くはないだろう」

「なぜ分かる?」

「衣装だよ。どんなに下手な一座でも、長い間旅興行をしていれば、衣装はそれなりに充実してくるものだ。しかしあんた方の衣装は、うまく作ってはいるが、正直言って、今出来のものだ」

フォックスとソフィは顔を見合せた。

「まあ、そう言うな。確かにこの衣装はそこの女たちが素人細工で作ったものだが、田舎の見物衆には、これで十分だろう」

「まあ、そうだが、あんた方なら町で興行しても大喝采を受けることができる。その時には、さすがにこの衣装では貧弱だ。私のところに、昔、宿代代わりに旅芸人が置いていった衣装があるから、それをあんた方にやろう」

「ほう、それは嬉しいが、なぜそこまでしてくれる?」

「あんた方の芝居が気に入ったのと、あんた方の人物が気に入ったんだ。あんた方は将来名を上げるだろう。その時には、私の名を思い出してくれ」

「分かった。ゲオルグ殿、いずれ、このお礼はしよう」

「荷物が増えれば、荷馬車も要るだろう。古い荷馬車も一台やろう。ロバも一頭つけてな」

「そこまでしてくれると心苦しいが、何か今、お礼にできることはないか?」

「そうだな、あんた方の剣の腕は本物だと私には見える。もしも、次の町に向かう途中で盗賊に出会ったら、そいつを退治してくれたら助かる。まあ、無理な願いかもしれんが」

「ほう、盗賊が出るのか」

「ああ、シルヴェストルという、騎士崩れの山賊だ。手下が3人ほどいるから、あんたたちだけでは無理かもしれんな。しかし、我々百姓は、相手がたった4人でもかなわないのだ」

「そのシルヴェストルとはどんな様子だ?」

「やせて、背が高く、口鬚を顎まで垂らしている。頭は禿げている。年は30くらいで、目が非常に鋭い」

「手下たちの様子は?」

「最近シルヴェストルの仲間になったので、あまりはっきりしない」

「武器は?」

「剣と槍と棒だな。弓は使わないと思う」

「そいつらを我々が殺して、問題にならないか?」

「シルヴェストルを退治してくれたら感謝こそすれ、問題にはならない。これまでシルヴェストルのために5人が殺され、7人が不具にされている」

「まあ、うまく出会えたら、やってみよう。ただし、こちらも命は惜しいから、山賊に出会って逃げても我々を恨まないでくれ」

「それは当然だ。無理な願いなのは知っている」

 

ゲオルグに礼を言って退出した後、グエンはフォックスと相談をした。

「シルヴェストルという山賊は、次の村との間にあるモルドーという山に住んでいるらしい。山というほどの高さは無いようだが、街道がその山の中を通っており、その途中で山賊に襲われるということだ」

「人数はたった4人なの? じゃあ、多分大丈夫でしょう」

「しかし、こちらは子供連れだから、子供が危険な目に遭わないかどうか」

「意味の無い冒険なら、子供たちを危険にさらしたくはないけど、その山賊を退治することはゲオルグさんへのお礼にもなるんでしょう?」

「まあな。俺は、やる気は十分にあるんだが、相手は、卑劣な手段はお手の物の連中だ。だから、フォギーにはくれぐれも子供たちに注意していてもらいたい」

「分かった。私にとっては、子供たちを守るのが一番の使命なんだから、言われるまでもないけど、油断はしないようにするわ」

グエンはフォックスの言葉に頷いた。

 

第十六章 グエン一座

 

盗賊たちの歓待を受けた翌朝、グエンたちはフロス・フェリたちに別れを告げて彼らの野営地を離れた。

「もしも、あんたたちが一騒動起こしたくなったら、この森に来るがよい。力を貸すぜ」

フロス・フェリはニヤリと笑いながらグエンに片目をつぶってみせた。

「ああ、世話になった。このお礼はそのうちさせてもらう。では、さらばだ」

「ああ、また会おう。多分、また会えるさ。俺の予感は当たるんだ」

フロス・フェリは片手を上げて別れを告げた。

 

「さて、国境は越えたが、これからが難しいかもしれん。ランザロートまでは200ピロほどだと言ったな?」

「ええ、国境からそのくらいのはずです」

「ふむ。その間に関所が幾つかあると考えたほうがいいだろう。問題は、タイラス国王が俺たちを歓迎するかどうかだ」

「と言うと?」

「俺たちを捕まえて縛り上げ、ユラリアかサントネージュに送るということもありうるということだ」

「まさか。タイラス王妃のエメラルド様は、サントネージュ王妃の妹君ですよ?」

「だが、国王はべつにサントネージュの縁者ではないだろう。俺がタイラス国王なら、ユラリアから強く言われたら、そうするかもしれん。ユラリアを敵に回したくないならな」

フォックスは考え込んだ。

「では、どうすればいいと?」

「分からんな。一番いいのは、しばらくランザロート近辺に潜んで、タイラス宮廷の状況を調べることだ。幸いに、俺たちの素性はまだ知られてはいない。まあ、俺のこの目立つ頭が少々邪魔になるが……」

「いっその事、旅芸人のふりでもしますか」

「旅芸人?」

「そうです。旅芸人なら、そのような頭もわざとやっていると思われますから」

「なるほど。それは気づかなかった。俺はこの頭を隠すことばかり考えていたが、逆にこの頭を隠れ蓑にするわけか。面白い」

「でも、芸人が一人では、寂しいですね。私には何も芸がないので」

「あのう」

とおそるおそる声をかけたのはソフィであった。

「私、歌が歌えます。ダンも」

「へえ、そうなんだ。お足が貰えるくらい上手ならいいけど」

「お母さまはよく僕たちを、世界で一番歌が上手だとほめてくれたよ」

フォックスはグエンの方を見て苦笑いをした。母親のひいき目の言葉を、この子供たちは信じて疑わないのである。

「じゃあ、何か歌ってみてくれる? 幸い、人里や関所は遠いようだから」

ソフィはダンと目くばせをした。

「じゃあ、『バラとナイチンゲール』を」

ソフィのきれいな高音が、まるで銀の鈴を鳴らすように流れ出した。天使の声が空の高みに昇っていく。それにダンの子供らしいあどけない高音が唱和する。

グエンとフォックスはあっけにとられながら聴きほれた。これほど美しく、胸を打たれる歌を聞いたのはフォックスにとっては生まれて初めてであった。なつかしく、悲しく、そして嬉しいような寂しいような、明るく透明な歌声であった。

「まあ、何て素敵な歌なの! こんなにきれいな歌声を聞いたのは初めてよ」

歌が終わるとフォックスは思わず手を叩いて言った。

「これなら、十分に出し物になる。で、俺とお前は、剣劇でもやろう」

「剣劇ですか?」

「そうだ。ソフィとダンがお姫様と王子さまで、お前はそれを助ける剣士だ。俺が悪役をやって、お前と剣劇をするのだ」

「面白そうですね。ちょっとやってみますか」

「ああ、まずは、その辺の木の枝で木剣を作ろう。真剣でやってもいいが、わざと芝居くさくしたほうがいいだろう」

グエンは軽く剣を振って、頭上の木の枝を斬り落とした。それが地上に落ちる前にもう一度剣が動いて、枝の先も切られ、棒きれになる。

同じ要領で棒きれをもう一本作る。細かい木の枝も切りはらう。長さ1マートルほどの棒きれが2本できた。

「やってみよう。最初はお前が斬りかかってこい。俺がそれを受けたり、よけたりしよう」

「いきますよ」

どうせ自分が本気で打ちかかっても、相手がそれをよけるのは造作もないと分かっているので、フォックスには気が楽である。

何度か打ち込んでみて、改めてグエンの剣の技量が自分とは桁違いであることを実感する。「だめです、グエンがあまりにうますぎて、私の下手さが見物人にばれます」

「そうか。じゃあ、もう少しおおげさにやろう。本気で殴ってもいいぞ。棒で殴られたぐらいなら俺は平気だ」

今度は、先ほどのようにわずか一寸ほどで体をかわすのではなく、おおげさに飛び下がったり、飛び上がったりして木剣をよけると、逆に迫力とユーモラスさが出る。それを見てソフィとダンは歓声を上げて大喜びである。なるほど、芝居とはこういうものか、とグエンもフォックスも悟るところがあった。

時にはグエンが反撃に出るが、もちろんフォックスの体に当たる寸前で剣は止める。しかし、見ている方には、フォックスが相手の剣を軽くさばいたように見える。

「真剣でやったら、すごい出し物になるでしょうけどねえ」

「いや、それはまずいだろう。俺たちの正体を隠すのが目的なのだから、べつにそれほど客受けを考えなくてよい」

「グエンの頭はそのままでやるの?」

ダンが聞いた。

「お面をかぶればいいじゃない」

「まあな。それもいいが、お面を作る材料がない」

「人里に出たら、芝居衣装や小道具を作る材料を探してみましょう」

「私はグエンの頭はそのままでもいいと思うわ。どうせお芝居だとみんな思っているのだから、かえってその頭は好都合よ」

ソフィの言葉にフォックスも「そうね」と同意した。

「俺は、怪物の役でもいいぞ」

「あら、そんなつもりじゃないの。お芝居なんだから、奇抜なほうがいいと思うのよ。その頭は、それだけで観客をびっくりさせるわ」

「ふむ、そうだろうな。客を喜ばせるにこしたことはない。では、俺は剣ではなく、棍棒か何かを持とう」

「それもいいわね。で、お願いなんだけど、上半身は裸でやるのはいやかしら?」

フォックスの言葉にグエンは少し考えた。

「できるだけ人間離れしていたほうがいいということだな。まあ、かまわんさ」

「そうじゃなくて、グエンのその素晴らしい体は、それだけで立派な出し物になるのよ。それを服で隠すのはもったいないと思うの」

「まあ、どんな案でも試してみるさ。では、そろそろ行こうか。腹もへってきたし、昼食をするのにいい場所でも探そう」

 

 

この章は、話の中心から逸れるので、後で削除する可能性があるが、書いたものを消すのももったいないから載せておく。アベンチュラは、副主人公格で登場する予定の人物だが、彼に関する話はまったく考えていないのである。





(第十五章 アベンチュラ)

 

トゥーランの東から南にかけては海に面しているが、その東南部にある港町のシノーラは商業船と漁船の両方が集まるにぎやかな街で、どちらかというと商業船の出入りが多かった。商業船とは、いうまでもなく貿易船で、各地の物産を交易するための船だが、旅客なども乗せたりする。今も、停泊している帆船が十隻ほどある。

その船の一つから下りてきたのは、かなり背の高いたくましい男で、赤銅色に日焼けし、顔じゅう鬚だらけなので年齢は分からない。赤毛の長い髪もぼさぼさで、赤毛のライオンといった風貌である。上半身は素肌にチョッキだけで裸に近く、ズボンも水夫風だが、水夫ではない証拠が、その腰に帯びた剣である。鞘に入っていても、水夫などが持つ剣でないことはわかる。まあ、もともと水夫は剣ではなくナイフを腰帯に挿すのが普通だが。

眩しい日差しに目を細めて、彼は船のタラップを降りてきた。タラップと言っても粗末な梯子だ。それを軽々とした足取りで、下を一度も見ずに降りてきたところは、やはり水夫のようにも見える。肩に、長い棒に結んだ信玄袋のような袋をかついでいるが、腰の剣は別としておそらく彼の全財産がその中に入っているのだろう。

「ウオゥ、半月ぶりの陸地だ。気持ちがいいなあ!」

地面に降り立つと、彼は無邪気な歓声をあげた。

港に集まる人足や商人の群れを掻き分けて、彼は居酒屋へ直行する。

「酒だ、酒だ、酒をくれえ!」

大声で怒鳴ると、店員が慌てて持ってきた酒杯を一息であける。

「うまいっ! どんどん持って来い!」

陽気な大声に酒場の客たちはもの珍しげに彼を見るが、男の無邪気な喜び方に、誰もが微笑を浮かべている。

「お兄さん、どこから来た?」

彼の前に腰を下ろしたのは、近くの席で飲んでいた男で、年齢は30歳くらいだろうか、黒髪で口髭を生やした洒落た感じの男である。身なりは騎士階級の人間のようだ。

「俺か? ファルカタからだ。知っているか?」

「ああ、インドラの西の港町だな。俺も行ったことはある。暑くて弱ったな。象牙やダイヤや翡翠をそこで仕入れて、高く売ったものだ」

「あんたは商人か?」

「まあ、そんなものだ」

「そうだ、と言わないところを見ると、本物の商人じゃないな」

「いろんな事をしているからな。あんたはシノーラに滞在するつもりか?」

「いや、生まれ故郷に帰るつもりだ。タイラスへな」

「タイラスか。タイラスのどこだ?」

「ランザロートだ」

「ほほう、首都か。あんた、貴族だな?」

「こんな汚い格好の貴族かい?」

「話し方で分かるさ。それに、その腰の剣でな」

「これか。これは俺の命から2番目に大事な剣だ。先祖代々の遺産でな。まあ、俺にはこれしか財産は無いんだが」

「あんた、腕が立ちそうだな」

「まあ、弱くはないと思う」

「どうだい、俺もこれから旅に出ようと思っていたんだが、一緒に旅をしないか? 俺の名はキャリバンだ。」

「いいだろう。俺はアベンチュラだ。よろしく」

「よし、そうと決まれば、ここの勘定は俺のおごりだ」

「すまんな。俺は飲むぜ?」

「大丈夫だ。今のところは、俺の懐は温かい」

「最初に言っておくが、おごられたからと言って、遠慮はしないぜ。まあ確かに、今の俺は懐が寂しいから、あんたがおごってくれるのは嬉しいがな」

「もちろんだ。遠慮は無しだ」

「よし、おい、給仕、酒をどんどん持って来い。それと食い物もだ」

二人の前にはあっと言う間に、酒壺と食い物が並んだ。鉄串に刺して焼いた羊の焼肉や、鍋で炒めた野菜、それに魚の燻製などだ。酒はヤシの果汁を発酵させて作ったヤシ酒のほか、果実酒が何種類かある。

二人は酒と食い物を交互に口に運び、すっかりいい機嫌になった。

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