正直、岡田斗司夫を私は色キチガイの印象から軽く見ていたが、作品読解にかけては素晴らしい能力の持ち主であることが分かる。
(以下引用)長いので前半と後半を略するが、全体に優れた評論である。
少女の胸の膨らみを背中に感じるからこそ出来る顔
岡田:
パズーとシータが、ドーラ一家の飛行船であるタイガーモス号に取り付けられているハンググライダーみたいな観測用の凧に二人で乗って空に上がった時、突風が吹いて、グワーンと吹き飛ばされるんですよ。
この時、怯えたシータはパズーに強く抱きついている。すると、パズーはシータを安心させるように振り返るんですけど、アニメーターから上がってきた、振り返った時の絵のパズーの表情が弱かったそうなんですね。
このインタビューによると、宮崎駿は、さっそくそのカットを担当したアニメーターを呼んで、こんな説教をしたそうです。
「お前、わかってるのかっ!? 仮に、お前の後ろから、大好きな女の子が怖がりながら小さいおっぱいをくっつけてきているとして、その膨らみを背中に感じているという時に、お前はこんな顔をするのか!? それを意識して描き直せっ!」と(笑)。
これ、どういうことかというと、男というのは、女の子に頼りにされているということを“肉体的に”感じるからこそ、頼り甲斐というものを発揮できるのであり、それを描くのがアニメなんだと言っているわけです。
つまり、宮崎作品というのはエロいんですよ。ただ、そのエロさというのは、僕らが知っているような“安直なエロさ”ではないんです。
これは、宮崎駿を語る際に、最初に言っておかなきゃいけないことなんですけども、宮崎駿というのは安直なことを何よりも嫌う人なんです。
ボツになった『ナウシカ』のラストシーン
岡田:
僕、この1週間くらい延々と宮崎駿関係の過去のインタビューを読んできた中で発見したんですけども、宮崎駿には「そんなのは手塚治虫だ!」というキメ台詞があるんですね。
これはもう、手塚治虫を仮想敵と定めていた宮崎駿だから出て来る台詞なんですけど。誰かに「そこの展開はこうしないんですか?」というふうに言われたら、すかさず「そんなのは手塚治虫が考えそうなことだからやらない!」というふうに答えるんですよ。
いや、別に、現実の手塚治虫がそんなこと考えているとは限らないんですけどね(笑)。
(画像はAmazonより)
例えば、僕が一番好きな話に、「『風の谷のナウシカ』のラストシーンをどうするか?」という問答があるんです。
僕らが知っているラストシーンというのは、「ナウシカが立っている場所に王蟲が走ってきて、ナウシカがドーンと跳ねられて死んじゃって、『その者青き衣をまといて金色の野に降り立つ〜』って、復活する」というものですけど。宮崎駿には、これ以外にもいくつものアイデアがあったんです。
例えば「ナウシカが跳ねられて死んでしまった後、王蟲はナウシカだけを連れて腐海に帰っていく」というもの。その後、ナウシカは王蟲の力によって生き返るかもしれない。でも、もう人間の世界には帰らない。そして、王蟲達も人間を見捨てて、森の中に帰ってしまった。
つまり、「人間達は王蟲さえ来なければ希望があると思っていたんだけど、本当の希望はナウシカだった。では、その希望を失ってしまった残された人間たちは、その後どうなるんだろう?」という、苦味のあるラストシーンですね。そんな話も考えたそうなんです。
ところが、その話を聞いた高畑勲【※】が「それ、いいじゃないか」と言うと、宮崎駿は、「いや、それをすると手塚治虫みたいになってしまいます!」というふうに答えるんですよ。
僕はこのラストもわりと良いと思うんですけど、なぜか宮崎駿の中では「最初に思いついたアイデアは、手塚治虫っぽいからダメ」となるみたいなんです(笑)。
※高畑勲
1935年生まれ。日本の映画監督、演出家、プロデューサー、翻訳家。1985年に宮崎駿、鈴木敏夫とともにスタジオジブリの設立に携わった人物でもある。『ルパン三世 』、アニメ映画「パンダ・コパンダ」の2作品、『アルプスの少女ハイジ』、『母をたずねて三千里』、『赤毛のアン』、『未来少年コナン』など、数多くの名作の制作に関わってきた、日本アニメーション界の偉人のひとり。
安直なアイデアは徹底的に排除する
岡田:
ここで重要なのは、「そんなのは手塚治虫だ!」という部分ではなくて、宮崎駿は、そんじょそこらのアイデアでは納得しないというところなんですね。
本当に、自分の中でアイデアを50も60も出した上で、その99%ボツにして、これしかないというものを絞り込む。そして、その過程で「絵的にカッコいい」とか、「その方がウケる」という安直なアイデアを、徹底的に排除する人なんです。
つまり、宮崎駿というのは、安直というのを何よりも嫌う人なんですよ。
そして、安直さを嫌うからこそ、エロスというのをわかりやすいエロシーンとしては絶対に描かないんですね。だからといって、エロを描かないなんていう、くだらないこともしないんです。
つまり、この「映画の中で、ちゃんとやることはやってるんですよ」という発言は、それがエロいとわからないのは、お前らの責任であって、俺はちゃんとやっているということなんです。
「エロをエロとしてそのまんま見せるようなバカな真似を俺はしない」というのが、宮崎駿の主張なんですよ。
⑨
The clerk prepared to pay the money.
“How will you have it?” he said.
“What?”
“How will you have it?”
“Oh”—I understood his meaning and answered without even trying to think—“in fifty-dollar notes.”
He gave me a fifty-dollar note.
“And six?” he asked coldly.
“In six-dollar notes,” I said.
He gave me six dollars and I rushed out.
As the big door swung behind me I heard the sound of a roar of laughter that went up to the roof of the bank. Since then I use a bank no more. I keep my money in my pocked and my savings in silver dollars in a sock.
*これで「私の銀行口座」は終わりである。銀行のいかめしい雰囲気の中で平常心を失ってあれこれドジなことをするのは、誰でもありそうなことだが、そもそも小銭しか持たない人間が銀行に足を踏み入れてしまったのが間違いだったのだ。銀行の人間がそういう客を陰で「ゴミ」と呼んでいるのは日本だけのことではないだろう。
*あまりにも易し過ぎて、英語の勉強にはならなかったかもしれないが、逆に、「易しい英語表現」の勉強にはなったのではないだろうか。途中からは、まったく「注」も「研究」も不要だと判断したくらい、易しい英文だった。
[試訳]
事務員は金を支払う支度をした。
「どのようにお持ちしますか?」彼は言った。
「えっ?」
「どのようにお持ちしますか?」
「ああ」――私は彼の言葉を理解して、まったく考えもせずに答えた。「50ドル紙幣で」
彼は50ドル紙幣を渡した。
「で、6ドルは?」
「紙幣で」私は言った。
彼が渡した6ドルを受け取って、私は逃げるように外に出た。
大きなドアが私の後ろで閉まった瞬間、私は銀行の屋根まで立ち登る大笑いのどよめきを聞いた。それ以来私は銀行を使ったことはない。金はポケットに入れ、貯金は靴下に銀貨で入れている。
「私の銀行口座」終わり
⑧
Bold and careless in my misery, I made a decision.
“Yes, the whole thing.”
“You wish to draw your money out of the bank?”
“Every cent of it.”
“Are you not going to put any more in the account?” said the clerk, astonished.
“Never.”
A fool hope came to me that they might think something had insulted me while I was writing the cheque and that I had changed my mind. I made a miserable attempt to look like a man with a fearfully quick temper.
* ほとんど注釈の必要な言葉も構文も無い。あまり英語の知識は増えないが、すらすら読めて面白いのではないか。ただ、訳すとなると、なかなか表現が難しい。日本語力の方が問題になりそうである。miserable一つでも「みじめな」とするか「情けない」とするかで多少のニュアンスの違いは出てくるだろう。そのあたりは勘で訳すのだが。
[試訳]
みじめな気持ちに包まれつつ、私は猪突猛進的な無謀さで決定を下した。
「そうだ、全部をだ」
「あなたは御自分のお金を銀行からすっかり引き出すのですね?」
「1セントも残さずだ」
「口座にはもう、少しもお置きにならないのですか?」驚いて事務員は言った。
「置かないよ」
私が小切手を書いている間に何か侮辱的なことがあったので、私は気持ちを変えたのだと彼らは考えてくれるのではないか、という愚かな望みが心に浮かんだ。私は恐ろしく短気な人間に見えるよう、みじめな努力をした。
⑦
My idea was to draw out six dollars of it for present use. Someone gave me a cheque-book and someone else began telling me how to write it out. The people in the bank seemed to think that I was a man who owned millions of dollars, but was not feeling very well. I wrote something on the cheque and pushed it towards the clerk. He looked at it.
“What ! are you drawing it all out again? ” He asked in surprise. Then I realized that I had written fifty-six dollars instead of six. I was too upset to reason now. I had a feeling that it was impossible to explain the thing. All the clerks had stopped writing to look at me.
*言葉や構文はあまり難しくないが、訳の上で迷う部分がいくつかある。まず、「 was not feeling very well」は、「気分が良くない」と、「機嫌がよくない」のどちらがいいかだが、これは後の行動との関連で「機嫌がよくない」とした。それから、「to reason」と、直後の文の中の「to explain」は、同じような内容なので、一文にまとめようかと思ったが、元の文のまま2文に分けて訳した。このあたりは、私の勘違いがあるかもしれない。
[試訳]
私は当座の使用のために口座から6ドル引き出すつもりだった。誰かが小切手帳を私に与え、誰かがその書き方を私に教えた。銀行の中の人々は私のことを、数100万ドルの金の所有者だが、少々機嫌が悪いのだと考えているように見えた。私は小切手に何か書いて、それを事務員に渡した。彼はそれを見た。
「何と! あなたは今入れた金を、もう一度全額引き出すのですか?」彼は驚いて言った。私は自分が6ドルと書くつもりで56ドルと書いたことに気づいた。私は気が動転して、その理由が言えなかった。私には事情を説明するのは不可能だという感じであった。事務員たちは皆、仕事を中断して私を見ていた。
⑥
My face was terribly pale.
“Here,” I said, “put it to my account.” The sound of my voice seemed to mean, “Let us do this painful thing while we want to do it.”
He took the money and gave it to another clerk.
He made me write the sum on a bit of a paper and sign my name in a book. I no longer knew what I was doing. The bank seemed to swim before my eyes.
“Is it the account?” I asked in a hollow, shaking voice.
“It is,” said the accountant.
“Then I want to draw a cheque.”
(注)
cheque=check *綴りが間違っているよ、とワードの馬鹿が言う(下に赤い波線が出る)ので驚いて辞書で調べると、何のことはない、chequeは英国式の綴りであった。米国式以外は間違った綴りだという、この傲慢さ。これがアメリカ帝国主義という奴である。
[試訳]
私の顔は真っ青になっていた。
「ほら」、私は言った、「これを私の口座に入れてくれ」。私の声はまるで「この苦行を、我々がやる気があるうちにやってしまおうぜ」と言っているかのようだった。
彼はその金を手に取って、他の事務員のところに持っていった。
彼は何枚かの紙に金の総計を書かせ、通帳に私の名前を書かせた。私はもはや自分が何をやっているのか分からなかった。銀行がまるで私の目の前で泳いでいるみたいだった。
「これが口座かね?」私はうつろな、震え声で言った。
「そうです」口座係は言った。
「では、小切手を使いたいんだが」