まあ、あれだ。本屋や図書館で、買う時や借りる時には面白そうな本が、家で読むとあまり面白くない、ということはとても多い。あれは、空腹時には飯(食材や食品)が美味そうだが、腹いっぱいだと美味くなさそうに見えるというのと同じ現象かもしれない。つまり、期待感が対象の価値を実力以上に見せてしまう現象だろう。
別の見方をすれば、本というのは、著者が無駄なことを詰め込みすぎているとも言える。原稿料は原稿用紙の枚数や字数という「量」を元に支払われるから、「圧縮によって質が高まる」性格の文芸への支払い方法としては不適切なのである。芭蕉の名句にカネを払うとして、「古池や」の句にⅠ億円支払うという出版社がいるだろうか。まあ、広告業界でのコピーへの支払いなどがどの程度なのかは知らない。
(「唐沢なをき」のツィッターから転載)
ちょっと立ち読みして面白そうな本だから、買って本格的に読んでみたら思ってたよりむつかしいことがたくさん書いてあって途中で投げ出したくなくなるの悲しい。
別の見方をすれば、本というのは、著者が無駄なことを詰め込みすぎているとも言える。原稿料は原稿用紙の枚数や字数という「量」を元に支払われるから、「圧縮によって質が高まる」性格の文芸への支払い方法としては不適切なのである。芭蕉の名句にカネを払うとして、「古池や」の句にⅠ億円支払うという出版社がいるだろうか。まあ、広告業界でのコピーへの支払いなどがどの程度なのかは知らない。
(「唐沢なをき」のツィッターから転載)
ちょっと立ち読みして面白そうな本だから、買って本格的に読んでみたら思ってたよりむつかしいことがたくさん書いてあって途中で投げ出したくなくなるの悲しい。
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私は梅図かずおはあまり好きな漫画家ではないが、「漂流教室」は傑作だと思う。
その実写化、あるいはアニメ化に関して、竹熊健太郎の下の言葉は的を射ている。
(以下引用)
「漂流教室」については、過去の映画化はすべて原作の最重要ポイントを解釈し損なっている。あれは子供たちが未来に飛ばされて過酷な状況をサバイバルするだけのドラマではなく、現在と未来に引き裂かれた母親と息子のドラマなのだ。母親役にメリル・ストリープ級の大女優を抜擢するべき企画だ。
その実写化、あるいはアニメ化に関して、竹熊健太郎の下の言葉は的を射ている。
(以下引用)
「漂流教室」については、過去の映画化はすべて原作の最重要ポイントを解釈し損なっている。あれは子供たちが未来に飛ばされて過酷な状況をサバイバルするだけのドラマではなく、現在と未来に引き裂かれた母親と息子のドラマなのだ。母親役にメリル・ストリープ級の大女優を抜擢するべき企画だ。
奥さんが亡くなられた事実には同情するが、「逝去」という言葉の用法が不適切だと思う。「逝去」は「お亡くなりになる」意味の敬語で、それを自分の身内に使うと自敬表現になる。古文で、身分の高い人が自敬表現を使うことがあるが、あれは作者が作中人物の身分を敬ってそう表現したにすぎないと言われているようだ。普通は自敬表現は使わない。下の文章は通知の言葉をそのまま使ったものだとは思うが、通知文面の直接的引用の書き方ではないので、筆者自身が自分の妻の死を「逝去」と言ったということになるかと思う。
なお、プライバシー保護のため、文章中の人名を省略しておく。
(以下引用)
先ほど厚生労働省から新型コロナ感染で隔離中だった私の妻・****子(戸籍名・****子)が逝去したとの知らせがありました。しばらく何も考えられません。
なお、プライバシー保護のため、文章中の人名を省略しておく。
(以下引用)
先ほど厚生労働省から新型コロナ感染で隔離中だった私の妻・****子(戸籍名・****子)が逝去したとの知らせがありました。しばらく何も考えられません。
某ツィートである。
まあ、その通りだろう。大人が子供だましに騙されなくなったということだ。
(以下引用)
庵野さんの「謎に包まれているものを、人は面白いと感じなくなってきている」ってのは「謎に包まれているように思わせぶりにしているけど結局なんもないものには付き合いきれん」ということにみんな大人になって気づいてしまっただけなのではないだろうか
まあ、その通りだろう。大人が子供だましに騙されなくなったということだ。
(以下引用)
庵野さんの「謎に包まれているものを、人は面白いと感じなくなってきている」ってのは「謎に包まれているように思わせぶりにしているけど結局なんもないものには付き合いきれん」ということにみんな大人になって気づいてしまっただけなのではないだろうか
自ら「有川ひろと覚しき人」と称している人のツィートだが、たぶん本物の有川浩だろう。
「態を為していない」は「体を成していない」と書くのが正しいような気がする。
誰か私をSNS校正者に雇う人や企業(官公庁でも可)はないか。もちろん、Wチェック体制が必要www
(以下引用)
電撃小説大賞はたまたま私が応募した第10回から下読みのWチェックが入るようになった。私の応募作は一人目の下読みには「小説の態を為していない」の一筆で弾かれ、Wチェックの下読みさんが「これを落とすなどあり得ない」と復活させてくれた。ここに運以外の要素は見出せない。
「態を為していない」は「体を成していない」と書くのが正しいような気がする。
誰か私をSNS校正者に雇う人や企業(官公庁でも可)はないか。もちろん、Wチェック体制が必要www
(以下引用)
電撃小説大賞はたまたま私が応募した第10回から下読みのWチェックが入るようになった。私の応募作は一人目の下読みには「小説の態を為していない」の一筆で弾かれ、Wチェックの下読みさんが「これを落とすなどあり得ない」と復活させてくれた。ここに運以外の要素は見出せない。
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