忍者ブログ
[66]  [67]  [68]  [69]  [70]  [71]  [72]  [73]  [74]  [75]  [76
・話の中での「現在」に戻る。(大正時代中期から末期くらい)

・トランクを手に下げ、須田屋敷の玄関の前に歩み寄る長身の人影。夕刻。
・玄関の扉を開けて玄関に立つ人物を、玄関部屋の奥で何か仕事をしていた菊が振り返って見る。その人影は夕日を背後にしていて顔は見えない。
菊「銀次郎様!」(懐かしそうで、思慕の情の籠った顔。)


・役人富士谷の家での過激派社会主義者の会合。夜。
・中央に富士谷、その横にゲスト格で兵頭が退屈そうな顔で座っている。
・ほかには、神経質そうな若者、栗谷。

兵頭「結局、佐藤と桐井には声はかけなかったのか」
富士谷「あいつらとは思想が違うんで」
兵頭「議論して説得し、こちらの陣営に入れればいい。仲間の数を増やさんとこの運動はどうにもならん」
栗谷「あんたが奴らを説得したらいいでしょう」
兵頭「俺はここでは新参者だからな。あんたらは古い顔なじみだろう」
富士谷「だからこそ話が合わんのだ」
兵頭「まあいい。そのふたりは穏健派社会主義、つまり改良派だな?」
他のふたり頷く。
兵頭「改良派が我々の敵であるのは事実だ」
栗谷「そこが俺にはよく分からんのだが、説明してくださいよ」
兵頭「簡単なことだ。改良派は、今の法律の下で、社会主義思想を取り入れながら社会を少しずつ良くしていこうという思想だ。するとどうなる。この社会は結局今の体制のままで延命することになる。つまり、それだけ革命が遠のくことになるわけだ」
栗谷「しかし、世の中が少しずつ良くなるならいいんじゃないですか」
兵頭「まあ、民衆の生活程度がミミズ程度から芋虫程度に変わるくらいの進歩だろう。それよりは、暴力革命で今の体制を一気に引っくり返すほうがマシだ。お前らも民衆の暮らしの悲惨さはよく知っているだろう。自分の目で革命を見たくないか」
栗谷「だからこそこんな集まりに出ているんで。だが、革命なんて本当にできるんですかね。相手は警察もあれば軍隊もある。俺らに何があります?」
兵頭「まあ、革命もすぐにはできんさ。しかし、労働者の意識を高め、社会の現実を教え、資本家への敵意を盛り上げていけば、それに近づくわけだ。ロシア革命という成功例が現にある」
富士谷「ところで、兵頭さんはアナーキストだと聞いたが、アナーキズムというのは無政府主義なんだろう? そうすると、革命が成功しても政府は作れないことになるはずだが、それはどうなんだ?」
兵頭「政府など要らんさ。政府が民衆に何かしてくれたか。カネを搾り取り、兵役で命を召し上げるだけだ」
富士谷「まあ、道路を作ったり、いろいろしているだろう。そういうのは政府があるからできるんじゃないのか」
兵頭「民衆が協力すれば道路でも何でもできる。病院でも消防署でも、別に政府があるから存在するわけではない」
富士谷「軍隊はどうだ」
兵頭「軍隊や警察が守るのは高位高官という、政府に巣食う寄生虫だけさ。あいつらはいざとなれば同じ国民にも銃を向ける。まあ、俺たちなど、いつも狙われているがな」
一同、暫時沈黙。
兵頭「ところで、ここには我々に協力しそうな人間はいないのか」
富士谷「鳥居教授くらいですかね。あの人はリベラリストだという話で、社会改革にも関心があるようだ」
栗谷「気の小さい人だから、我々が近づくだけで逃げますよ」
兵頭「ほかには」
富士谷「須田銀三郎という華族の息子が大学で社会主義研究会に入っていたと聞いている」
兵頭「ほう、それはいい知らせだ。利用できるかもしれん」
栗谷「近づくのは難しいでしょう」
富士谷「確か、佐藤と桐井が同じ研究会の仲間だったはずです」
兵頭「話が一周して元に戻ったな」(笑う)
栗谷「須田というのは確か須田伯爵の息子で、須田伯爵は開拓使時代にこの土地の産業基盤を作って官有物を資本家たちに安く払い下げているから、この土地のお偉方たちは須田家に頭が上がらないという話らしいです」
富士谷「アメリカに行っていたのが、今日明日帰ってくると噂に聞いたが」
兵頭「問題は、どうして渡りをつけるかだな」
栗谷「俺たちみたいな貧乏人は家にも入れてくれんでしょう」
三人沈黙する。



(この場面はここで終わる)






PR
・テロップ「三年前 東京」
・東京駅の雑踏、銀座や浅草の賑わいなど。浅草オペラの看板。
・日比谷公園のベンチでふたりの若い男が会話をしている姿を遠景で映す。
・カメラが接近すると、その二人は大学時代の佐藤と桐井である。

佐藤「その須田銀三郎という奴は華族なんだろう? 本気で社会主義研究会に入るつもりか?」
桐井「華族も華族、父親は伯爵様だ。いや、侯爵だったかな」
佐藤「確か、酔っぱらって妾を斬り殺した奴だろう。しかも、御咎め無しだ」
桐井「まあ、親と子は別々の人間だから、当人がどんな奴か見て判断するさ。それより、今度の例会にはあの兵頭栄三が来るそうじゃないか」
佐藤「ああ」
桐井「兵頭というのは有名なアナーキストだぜ。大丈夫か。我々まで官憲に目を付けられないか」
佐藤「官憲から見れば、社会主義者はみなアナーキスト扱いさ。とうに目を付けられているに決まっている」
桐井「俺はアナーキズムというのは嫌いだな」
佐藤「まあ、どんな理屈があるのか、聞いてから判断したらいいだけだ」

・二人が話しているところに、鱒子が来る。大事件が起こったという表情。

鱒子「大事件よ」
二人「何だい」
鱒子「兵頭栄三が刺されたの」
二人「えっ」
佐藤「どういうことだ。詳しく言ってくれ」
鱒子「刺したのは、女の人みたいだけど、まだ詳しいことは分からないわ」
佐藤「で、兵頭は死んだのか?」
鱒子「重傷のようだけど、まだ死んではいないみたい」
佐藤「そうか。じゃあ、今度の例会には来られないな」
鱒子「当然ね」
桐井「刺したのが女だというのが引っかかるな。政治的な暗殺ではなく、情痴のもつれという奴じゃあないかな」
佐藤「余計な推測は無用だ。で、今度の例会の参加者は、新しい顔は須田銀三郎だけだな」
鱒子「そのようね。華族のボンボンが社会主義とは笑わせるわ」
佐藤「まったくだな」(二人笑う。桐井も付き合って少し笑う)

・公園で楽しむ人々のショット。

(このシーン終わり)
・前のシーンの翌日、岩野家。
・よく晴れた日である。庭にテーブルと椅子。その椅子に岩野理伊子と佐藤富士夫が座って対面している。二人は初対面で、ともにやや緊張している。
・木漏れ日が二人に落ちている。

理伊子「お呼びだてして済みません。本当は私の方から伺わないといけないのですが」
佐藤「いえ……」(目を伏せている)
理伊子「私、小さな出版社を作ろうかと思っていて、あなたが出版について詳しいと桐井さんにお聞きしまして、相談したかったのです」
佐藤「はあ」
理伊子「出版社と言っても、新聞社としての仕事が主になるんですの。それ以外に、本もいろいろ出したいのですよ」
佐藤「新聞?」
理伊子「まだここにはいい新聞社が無いので、必要じゃないでしょうか」
佐藤「必要なんですか?」
理伊子「そう思います。ここにもいろいろ事件があるでしょうし、その事件の詳しいことを知りたいと思うのが普通じゃありません?」
佐藤「金棒引きはたくさんいますから、そいつらがあれこれ触れ回りますよ。わざわざ新聞に書かなくてもいいでしょう」
理伊子「でも、新聞なら、高尚な論文も載せることができますから、人々の教化にいいんじゃありませんか」
佐藤「教化などしたら、人々は社会の現実を知って不満を持つだけですよ」
理伊子「でも、社会主義というのは、人々を教化することで現実的な力を持つんじゃないですか」
佐藤「あなたは社会主義の何を知っているんですか。それに、僕が社会主義に何か関係があると思っているんですか」
理伊子「大学生のころ、須田銀三郎さんと一緒に、そういう活動をしていたと伺って」
佐藤「昔の話です。今さらほじくり返されるのは迷惑ですね。それより、僕のことは桐井から聞いたとさっきおっしゃいましたが、桐井なら面白いパンフレットが書けますよ」
理伊子「どのような?」
佐藤「真に自由な人間は自殺するべきだ、という思想です」(意地悪い顔の笑顔)
理伊子「(?)どういうことですの?」
佐藤「さあね。僕は桐井じゃないから分かりません。そういうパンフレットをあなたの出版社が出したら面白いでしょうね。それを読んだ人間は続々自殺するわけです」
理伊子「意地悪をおっしゃるのね。なぜ、そんな意地悪なんですか」
佐藤「あなたの目的は、僕から須田銀三郎の話を聞きたいだけでしょう」
理伊子「お友達だとお聞きしたので……」
佐藤「お友達どころか、むしろ敵ですね。あいつは人非人ですよ」
理伊子「まさか、なぜそんなことをおっしゃるのですか。何か、あの人との間にあったのですか」
佐藤「言いたくありませんね。僕はこれで失礼したほうがよさそうだ」
佐藤は立ち上がって庭を出て行く。残されて呆然とする理伊子。

・インサートショットで、函館港に着いた船から降りる銀三郎の遠景。顔も身なりもほとんど分からない程度に遠くからのショットで、誰かが船から降りたことしか分からない。

(この場面終わり)
・大正時代を感じさせるノスタルジックなクラシックの曲(「メリーウィドウワルツ」など)が静かに流れる中、晩秋の北海道の風景が次々に映し出される。遠くの山、流れる川、野原や動物、空。
・それらの風景を背景に、タイトル「魔群の狂宴」以下、テロップが流れる。
・カメラが大きな洋館を映し出し、その二階の客室の開いた大きな窓を映すと、反転してその客室で対面してのどかに話している二人を映す。(背景は窓になる)

鳥居教授「秋もそろそろ終わりですなあ」
須田夫人「窓を開けていると寒いくらいですわねえ。これから長い冬が来ると思うとうんざりですわ」
少し黙って窓の外の風景を眺める二人。
客間のドアがノックされる。
須田夫人「お入り」
菊「失礼します」
入ってきて鳥居教授に軽く頭を下げ、夫人に電報を渡す。
菊「これが今参りました」
須田夫人が電報を開く。
須田夫人「おやおや、大変だ」
鳥居教授「何事ですかな」
須田夫人「あの子が帰ってくるんですよ」
鳥居教授「ほう、銀三郎君が?」
須田夫人「ええ。明後日到着だそうで」
鳥居教授「それは嬉しいことでしょう。何年ぶりでしたか」
須田夫人「大学卒業からすぐにアメリカに行きましたから、2年ぶりくらいですかねえ」
鳥居教授「僕はまだ銀三郎君にはお目にかかったことが無いから、お会いするのが楽しみです」
須田夫人「少し変なところのある子なんですよ。まあ、父親にはあまり似ていないのが良かったのか悪かったのか。父親はたいそう分かりやすい人でしたから」
鳥居教授「須田伯爵にもお目にかかっていないが、豪放な人だったようですな」
須田夫人「まあ、豪傑と言えば豪傑ですけど、女癖が悪くて、たいそう泣かされました」
鳥居教授「しかし、須田伯爵はこちらにはあまりいらっしゃらなかったようですな」
須田夫人「まあ、開拓使長官とは言っても、東京でもいろいろやることがあったのでしょう。何をしていたのか、私などにはさっぱり分かりませんけどね」
鳥居教授「その開拓使も今では道庁ですからな。時代も明治から大正に変わったし」
須田夫人「時代ねえ。何ですか、あの頃は没落した士族がたいそう不平を申して自由民権運動とかやってましたが、最近では民本主義とか社会主義とかいう変な思想まで出てきたそうで」
鳥居教授「ほう、社会主義をご存じですか。偉いもんだ」
須田夫人「一時、うちの子が大学でその研究会だとかに首を突っ込んでいたらしいのですよ。私には、それがどういうものかまるで分かりませんけどね。社会主義とはどういう思想なんですか、鳥居さん」
鳥居教授「まあ、簡単に言えば、平等な社会を作ろうという思想でしょうな。僕も専門じゃあないが」
須田夫人「それじゃあ、華族も百姓も平等にしようと?」
鳥居教授「はあ」
須田夫人「そりゃあ、恐ろしい思想じゃございませんか。フランス革命みたいに、王様の首を斬り落として貴族を皆殺しにするんでしょう?」
鳥居教授「フランス革命と社会主義は別物だが、精神には近いところはあるでしょうな」
須田夫人「おお、いやだいやだ。うちの銀三郎がそんなのに近づかないように願いたいものだわ」
鳥居教授「まあ、華族がわざわざ自分からその身分を捨てて百姓になることは無いでしょう」
須田夫人「あの子は、頭は悪くないんだけど、時々、突拍子もないことをするんですよ。大学生の夏に帰ってきた時には、あるパーティで加賀野将軍の鼻をつまんで引きずりまわしたりして大変な騒ぎになりましたわ。それも将軍が『俺の鼻をつまんで引きずりまわせる奴はいないからな』と御冗談を言ったら、突然、そういうことをやったんですよ。あの時はその騒ぎを治めるのに大変でしたわ」
鳥居教授「ご本人はどうしてそんなことをやったか言いましたか?」
須田夫人「その時は頭の調子が悪かったということで、お医者さんがヒポコンデリーとか何とか診断書を書いたと覚えています」
鳥居教授「まあ、若気の至りでしょう。とにかく、大変な美男子だという噂を聞きましたが、女での揉め事よりはマシかもしれませんよ。偉い人の鼻をつまむくらいはそのうち笑い話になります」
須田夫人「幸いというか、女出入りは少ないようです。まあ、私が知らないだけかもしれませんけどね」
二人、黙って窓の外を眺める。
窓の外の情景。日差しが少し傾いている。

(この場面終わり)




銀三郎は東京帝大在学中に社会主義に関心を持ち、その研究会に入っていた。
その時のメンバーが、佐藤富士夫、桐井六郎、佐藤(当時は別姓)鱒江、外部メンバーが兵頭栄三である。鱒江は富士夫の恋人だったが、新たに研究会に入った銀三郎に激しく恋をし、富士夫を捨てる。銀三郎は鱒江を連れて海外留学をする。だが、帰国直前、鱒江(妊娠している)を不良仲間の外国人に与え、捨てる。物語の冒頭部分は、その銀三郎の帰国を待つ郷里(北海道)の上流社会の話。
銀三郎が幼い少女を強姦するのは、海外留学中のこと。留学先の不良仲間の娘である。(下宿先の娘でもいい。そのほうが、マリリン・モンロー的な悲哀感があるか。名前も「ノーマ」とする。)
銀三郎の父親は北海道開拓使長官、須田清隆。ただし、ほとんど東京に在住していた。清隆の死後、(夫の不快な記憶を忘れるため)妻の須田夫人が札幌に住居を買って住むようになった。息子の銀三郎は学習院への通学の都合上、東京に残していたので、彼が休暇を過ごしに北海道に来る以外はほとんど会う機会がない。須田夫人の北海道在住のつれづれを慰めていたのが鳥居教授で、あわよくば須田夫人の後夫になる野心もあったが、ついに恋仲になることはなかった。
須田夫人の友人が岩野夫人で、その娘の理伊子は中学生のころに夏季休暇で来た銀三郎を一目見て以来、彼に恋している。
須田夫人の使用人の息子が佐藤富士夫、その妹が菊で、菊が気に入った須田夫人は菊を養女にするが、養女とは言っても下女的な地位である。菊にとって銀三郎は主人的存在で、恋心の対象でもある。
銀三郎は父清隆の荒淫を嫌悪していたため、成熟した女性全体を嫌うところがある。性行為を獣的行為として嫌悪しながら性欲はあるため、ペドフィリア的傾向を持つ。十歳の時に父親の妾に誘惑されたのが彼の初体験。その妾は、泥酔した清隆に日本刀で斬殺される。その現場を銀三郎は目撃する。
銀三郎は、知力・体力・財力・美貌と、すべてに完璧なので、周囲の人々から常に敬意を受けてきた。しかし、何もやりたいことが無いので、大学在学中には社会改革を考え、社会主義研究会などに入ったりしたが、べつに貧しい人や不幸な人への深い同情心も無いので、中途で関心を失っている。しかし、議論ができる程度の知識はある。
あまりにすべてに恵まれているので、銀三郎は「自分にできないこと」をあえてやる傾向があり、その表れが、不良仲間、賭博仲間の田端退役大尉(実は上等兵どまり)の妹、麻里江との結婚である。少し頭の狂っている女で、足がびっこである彼女と結婚できるか、と田端に挑まれ、面白いと受けて立ったのが結婚のいきさつ。ただし、このことは田端と銀三郎しか知らない。北海道に来た銀三郎の後を追うように田端が妹を連れて北海道に来たのは、当然、銀三郎からカネをゆするためだが、いざとなれば銀三郎は彼を平然と殺すだろうと恐れてもいる。なお、銀三郎は麻里江と結婚したが体の関係は持っておらず、麻里江は処女のままである。しかし、結婚したらしいという曖昧な記憶があるため、子供を産んだ妄想を持っている。





<<< 前のページ 次のページ >>>
プロフィール
HN:
冬山想南
性別:
非公開
P R
忍者ブログ [PR]

photo byAnghel. 
◎ Template by hanamaru.