・桐井の部屋の戸を叩く佐藤。
戸の内側から桐井の声「誰だ」
佐藤「俺だ。佐藤だ」
桐井の声「入れ」
・部屋に入る佐藤。
桐井「どうした」
佐藤「相変わらず一晩中起きているのか」
桐井「癖になってな。夜だと頭がよく回るんだ」
佐藤「体を壊すぞ。って、身体など気にしないか」
桐井「いつ死んでもいいが、健康には気をつけているよ。一日3時間くらいは寝ている。それより、用があるんだろう?」
佐藤「どうやら、須田銀三郎が帰ってきたらしい。須田家の召使から聞いた」
桐井「召使って、菊ちゃんだろう。あの家の養女じゃないか」
佐藤「実際は召使みたいなもんさ。華族が平民から養女を貰って本物の娘として扱うもんか」
桐井「菊ちゃんがそんな不満を言ったのか?」
佐藤「まさか。言うはずはないさ。あいつはどんな扱いをされても文句は言わん女だ。まあ、元の家にいてもロクな暮らしはできなかっただろうがな。兄の俺が不甲斐ないからな」
桐井「岩野の娘の仕事に協力する気は無いのか」
佐藤「あんなの、銀三郎の気を引くためだけの仕事だ。華族の娘でも、頭のいい私はこんな仕事もできますよ、と見せたいだけさ。銀三郎が帰ってくると分かった途端に慌ててでっちあげた話に決まっている。それより、気になることがある」
桐井「何だ?」
佐藤「銀三郎は、……、その、ひとりで帰ってきたらしいんだ」
桐井「えっ? それじゃあ、あの、鱒子さんは?」
佐藤「分からん。後から来るのかどうなのか」
桐井「そうか……じゃあ、いい事がある。近いうちに知事主催の園遊会が道庁近くの公園で開催されるんだが、それが銀三郎の帰国祝賀会を兼ねているらしい。それで、招待客だけでなく、一般客も有料で入れるらしいんだ。今日、会社の上役から聞いた。つまり、選挙運動と選挙資金集めを兼ねているわけだろう」
佐藤「それに出れば、銀三郎に会えるわけだな。よし、出て、鱒子のことを聞いてみよう。悪いが、入園料を貸してくれんか。俺はほとんど文無しなんだ」
桐井「大丈夫だ。俺はどうせカネなどさほど要らない人間だから」(微笑む)
(このシーン終わり)
「西南の役」「自由民権運動」云々の部分はカットしたほうがいいかもしれない。時代が離れすぎているようだ。まあ、別に現実の歴史に縛られる必要は無いのだが。
(追記)「NHK放送史」より
世界の労働階級が反動勢力に一大示威を展開する日、5月1日、メーデーが近づいてきました。共産党の党学校では開校第1日、直ちに川上貫一氏から、メーデーの歴史の講義がありました。「・・・メーデーが来ます。5月1日。このメーデーは、皆さんもご承知でしょうが、1886年5月1日に、アメリカの労働者が8時間労働を要求してゼネストをやった。そしてこれを完全に勝利をした。この勝利を記念するために、1889年に第二インターナショナルの会議は、この5月1日をもって労働者の国際的祭日と定め、そして、その日1日のゼネストをもって、労働者階級の団結、闘争を資本家階級に向かって宣言することに決定したのであります。」日本のメーデーは、大正9年第1回以来、反動政府のすさまじい弾圧のもとに幾多の流血事件さえ起こし、ついに昭和11年、禁止されるに至りました。新日本の前途を照らす復活メーデーを前に、各工場は、今その準備に大わらわです。(子どもの合唱「メーデー歌」)
第3章 大正時代
労働行政の歩み
労働運動とその取締り
大正時代は15年で終る。明治になって文明開化の道を走り出した日本であったが、大正は内憂外患の連続で、近代化への脱皮に苦悩した時代ともいえよう。
第1次世界大戦で、つかの間の好景気ににぎわった日本も、戦時中からの物価の高騰に苦しんだ。大戦後は経済恐慌に襲われ、失業者は多発し、国民の生活は窮迫するばかりであった。米騒動が全国的に発生したのも生活苦からである。大正6年ロシア革命が起こり、革命的な潮流は世界各国に広がった。こうした内外の情勢をバックに、労働運動は大きな高まりを見せ、争議は頻発し激化の傾向をたどった。労働者の要求は、もっぱら賃上げに集中した。日本の第1回のメーデーは、大正9年5月2日に東京の上野公園で開かれている。
明治以来、政府は労働運動に対して、厳しい警察的取締りを続けてきた。それを大正8年には、穏健な労働団体の成立は阻止するものではないとの、緩和した方針を明らかにした。その翌年には、「臨時産業調査会」を設け、労働組合法の起草にとりかかった。時代の流れの中で、労使関係の安定と労働運動の健全な発展が課題となってきたからである。労働組合法案については 規制の方針などで内務省と他省との間に考え方が対立し、その調整が難航した。使用者側は、法律の制定そのものを強硬に反対した。労働者側では、その立場立場で意見が分かれ、制定反対、法案修正、代案作成など、活発な動きが起こった。
大正15年、政府による労働組合法案が国会に提出されたが、審議未了で不成立に終わった。その後、昭和2年、同6年の2回にわたる国会への提案も、実を結ばなかった。労働組合法が誕生したのは、戦後の昭和20年になってからである。
鱒江がこの地に来る日に、初雪が降り始める。寒さの中で出産し、赤ん坊は死ぬ。
佐藤富士夫と桐井は同じ下宿に住み、田端兄妹は現在、安い木賃宿にいる。
・大正風味を加えること。田谷力三、浅草オペラ、ジャズ、学校唱歌など。
・「ディアボロの歌(フラ・ディアボロ)」は園遊会の出し物で、芸人のアコーディオンの弾き語りで歌われる。ほかに「天然の美」「恋はやさし野辺の花よ」が歌われる。
・「ディアボロの歌」はさらにエンディングに、「天然の美」は殺人シーンのバックに曲だけで流れる。
・オープニングは「メリーウィドウワルツ」。
脚本に盛り上がりが無いので、社会主義者たちの会合の後にドラマチックな、あるいはスリリングな場面を入れること。いや、それより、佐藤と桐井の会話を入れるか。そこで、佐藤の恋人(鱒江)が銀三郎と共に海外に行った話をする。つまり、佐藤は鱒江が銀三郎とまだ一緒であると思っている。だから、彼がひとりで帰国したことを知って、彼に平手打ちをするわけである。
工場の労働争議に関するシーンをちらりと入れておくこと。労働者へのひどい扱いや低給与の不満を労働者が酒場で愚痴る場面など。
銀三郎の帰国を祝うパーティ(知事主催の園遊会にするか?)(知事の選挙運動を兼ね、招待客は無料、他は有料で一般人も入場可。招待客と一般人の場所は一応ロープで分けられている。有力者のほとんどは須田清隆伯爵に官有物払い下げなどで恩顧を受けている。)の席上で、工場の持ち主である華族が労働者蔑視の言葉を吐く。炭鉱の持ち主である資本家と意気投合する。工場労働者や炭鉱夫の中に犯罪者がいること、アナーキストが彼らを焚きつけていることなど。
恋敵としての理伊子と菊の精神的戦い。理伊子は銀三郎に嫉妬させるために真淵(力弥)少佐を園遊会にエスコートさせる。
田端兄の理伊子への一目ぼれ。理伊子が銀三郎に惚れていることを知って、銀三郎が実は妻帯者であることを彼女に言いたくてうずうずし、そのため不審な行動を取る。
園遊会で理伊子は桐井にその「自殺哲学」を聞きたいと言う。これは理伊子の自己顕示のため。桐井は断る。田端が桐井を茶化す。佐藤が桐井に代わって田端を脅す。次いで、理伊子の質問が銀三郎に自分を高く見せるための自己顕示欲からのものだと指摘する。
鳥居教授が兵頭と同伴して園遊会に現れる。鳥居は兵頭が社会主義者だとは知っているが、アナーキストだとは認識していない。「社会主義者」と同伴したのは、鳥居教授の兵頭への虚勢。実際は、内心ひやひやしている。兵頭は大人しくふるまって、銀三郎への紹介を乞う。「兵頭という名前には聞き覚えがあるなあ。自由恋愛主義者の兵頭栄三さんじゃないですか?」自由恋愛主義についての議論が始まる。「危険思想である」「ふしだらだ」「結婚制度の否定だ」「女性の地位が日本では低すぎる」「女性解放思想と両輪である」「華族の娘で馬丁と駆け落ちしたものがいる」「今の若い者の道徳は地に落ちている」「民本主義というのも、この国の国体を否定する危険思想だ」「自由主義のひとつが自由恋愛主義であり、自由主義そのものが危険思想なのである」
その最中に、佐藤が銀三郎に近づいて何かを聞く。その返答を聞いて佐藤の顔色が変わり、銀三郎を平手打ちする。銀三郎は一瞬、相手を殺しそうな凄い表情になるが、両手を後ろに組んでじっと耐える。佐藤は宴会場を走り出る。桐井がその後を追う。
桐井六郎の「自殺論」のヒント
「ひとりの知者も見いだせない」と語る人に対してこう答えた。「もっともだ、知者を見いだすには、まずその人自身が知者でなければならないからね」
エンペドクレスの死については、エトナ山の火口に飛び込んで死んだ、馬車から落ちた際に骨折しそれがもとで死んだ、などの説が残されているが真偽ははっきりしない。フリードリヒ・ヘルダーリンは神と一体となるためエトナ山に飛び込み自死を遂げたという説を主題に未完の戯曲『エンペドクレス』を創作した。ホラティウスもその『詩論』でこの説について言及し(第465行)「詩人たちに自決の権利を許せよ」(sit ius liceatque perire poetis) と謳っている。
・トランクを手に下げ、須田屋敷の玄関の前に歩み寄る長身の人影。夕刻。
・玄関の扉を開けて玄関に立つ人物を、玄関部屋の奥で何か仕事をしていた菊が振り返って見る。その人影は夕日を背後にしていて顔は見えない。
菊「銀次郎様!」(懐かしそうで、思慕の情の籠った顔。)
・役人富士谷の家での過激派社会主義者の会合。夜。
・中央に富士谷、その横にゲスト格で兵頭が退屈そうな顔で座っている。
・ほかには、神経質そうな若者、栗谷。
兵頭「結局、佐藤と桐井には声はかけなかったのか」
富士谷「あいつらとは思想が違うんで」
兵頭「議論して説得し、こちらの陣営に入れればいい。仲間の数を増やさんとこの運動はどうにもならん」
栗谷「あんたが奴らを説得したらいいでしょう」
兵頭「俺はここでは新参者だからな。あんたらは古い顔なじみだろう」
富士谷「だからこそ話が合わんのだ」
兵頭「まあいい。そのふたりは穏健派社会主義、つまり改良派だな?」
他のふたり頷く。
兵頭「改良派が我々の敵であるのは事実だ」
栗谷「そこが俺にはよく分からんのだが、説明してくださいよ」
兵頭「簡単なことだ。改良派は、今の法律の下で、社会主義思想を取り入れながら社会を少しずつ良くしていこうという思想だ。するとどうなる。この社会は結局今の体制のままで延命することになる。つまり、それだけ革命が遠のくことになるわけだ」
栗谷「しかし、世の中が少しずつ良くなるならいいんじゃないですか」
兵頭「まあ、民衆の生活程度がミミズ程度から芋虫程度に変わるくらいの進歩だろう。それよりは、暴力革命で今の体制を一気に引っくり返すほうがマシだ。お前らも民衆の暮らしの悲惨さはよく知っているだろう。自分の目で革命を見たくないか」
栗谷「だからこそこんな集まりに出ているんで。だが、革命なんて本当にできるんですかね。相手は警察もあれば軍隊もある。俺らに何があります?」
兵頭「まあ、革命もすぐにはできんさ。しかし、労働者の意識を高め、社会の現実を教え、資本家への敵意を盛り上げていけば、それに近づくわけだ。ロシア革命という成功例が現にある」
富士谷「ところで、兵頭さんはアナーキストだと聞いたが、アナーキズムというのは無政府主義なんだろう? そうすると、革命が成功しても政府は作れないことになるはずだが、それはどうなんだ?」
兵頭「政府など要らんさ。政府が民衆に何かしてくれたか。カネを搾り取り、兵役で命を召し上げるだけだ」
富士谷「まあ、道路を作ったり、いろいろしているだろう。そういうのは政府があるからできるんじゃないのか」
兵頭「民衆が協力すれば道路でも何でもできる。病院でも消防署でも、別に政府があるから存在するわけではない」
富士谷「軍隊はどうだ」
兵頭「軍隊や警察が守るのは高位高官という、政府に巣食う寄生虫だけさ。あいつらはいざとなれば同じ国民にも銃を向ける。まあ、俺たちなど、いつも狙われているがな」
一同、暫時沈黙。
兵頭「ところで、ここには我々に協力しそうな人間はいないのか」
富士谷「鳥居教授くらいですかね。あの人はリベラリストだという話で、社会改革にも関心があるようだ」
栗谷「気の小さい人だから、我々が近づくだけで逃げますよ」
兵頭「ほかには」
富士谷「須田銀三郎という華族の息子が大学で社会主義研究会に入っていたと聞いている」
兵頭「ほう、それはいい知らせだ。利用できるかもしれん」
栗谷「近づくのは難しいでしょう」
富士谷「確か、佐藤と桐井が同じ研究会の仲間だったはずです」
兵頭「話が一周して元に戻ったな」(笑う)
栗谷「須田というのは確か須田伯爵の息子で、須田伯爵は開拓使時代にこの土地の産業基盤を作って官有物を資本家たちに安く払い下げているから、この土地のお偉方たちは須田家に頭が上がらないという話らしいです」
富士谷「アメリカに行っていたのが、今日明日帰ってくると噂に聞いたが」
兵頭「問題は、どうして渡りをつけるかだな」
栗谷「俺たちみたいな貧乏人は家にも入れてくれんでしょう」
三人沈黙する。
(この場面はここで終わる)
・東京駅の雑踏、銀座や浅草の賑わいなど。浅草オペラの看板。
・日比谷公園のベンチでふたりの若い男が会話をしている姿を遠景で映す。
・カメラが接近すると、その二人は大学時代の佐藤と桐井である。
佐藤「その須田銀三郎という奴は華族なんだろう? 本気で社会主義研究会に入るつもりか?」
桐井「華族も華族、父親は伯爵様だ。いや、侯爵だったかな」
佐藤「確か、酔っぱらって妾を斬り殺した奴だろう。しかも、御咎め無しだ」
桐井「まあ、親と子は別々の人間だから、当人がどんな奴か見て判断するさ。それより、今度の例会にはあの兵頭栄三が来るそうじゃないか」
佐藤「ああ」
桐井「兵頭というのは有名なアナーキストだぜ。大丈夫か。我々まで官憲に目を付けられないか」
佐藤「官憲から見れば、社会主義者はみなアナーキスト扱いさ。とうに目を付けられているに決まっている」
桐井「俺はアナーキズムというのは嫌いだな」
佐藤「まあ、どんな理屈があるのか、聞いてから判断したらいいだけだ」
・二人が話しているところに、鱒子が来る。大事件が起こったという表情。
鱒子「大事件よ」
二人「何だい」
鱒子「兵頭栄三が刺されたの」
二人「えっ」
佐藤「どういうことだ。詳しく言ってくれ」
鱒子「刺したのは、女の人みたいだけど、まだ詳しいことは分からないわ」
佐藤「で、兵頭は死んだのか?」
鱒子「重傷のようだけど、まだ死んではいないみたい」
佐藤「そうか。じゃあ、今度の例会には来られないな」
鱒子「当然ね」
桐井「刺したのが女だというのが引っかかるな。政治的な暗殺ではなく、情痴のもつれという奴じゃあないかな」
佐藤「余計な推測は無用だ。で、今度の例会の参加者は、新しい顔は須田銀三郎だけだな」
鱒子「そのようね。華族のボンボンが社会主義とは笑わせるわ」
佐藤「まったくだな」(二人笑う。桐井も付き合って少し笑う)
・公園で楽しむ人々のショット。
(このシーン終わり)