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桐井六郎の自殺論を「魔群の~」の1シーンにするつもりだが、どういう形にするか、考えてみる。今考えているのは、兵頭栄三との会話の中で六郎の自殺論を語らせるというものだ。
とりあえず、

1:人間存在が何かに縛られていること、つまり「絶対自由」の存在でないことへの不快感。
2:「絶対自由」の証明は自殺であること。
3:自分の意思で自分をこの世界から消すことで、自分は単なる神の被造物でないことを証明する。
4:自分が仮に神の被造物なら、自分は神に従うだけの存在であり、どこにも自由は無い。
5:神が人間に自由を与えたなら、自殺の自由も与えたはずである。
6:人間は神の奴隷ではない。神と対峙できる存在である。つまり、個々の人間が神と同格である。
7:世界を否定することが自殺であるが、世界を肯定するがゆえに自殺できないとしたら、その人間は縛られた存在である。
8:ゆえに、絶対自由の証明は自殺できることである。
9:問題は、この証明は命を懸けてしかできないことである。偉大な勇者で、偉大な馬鹿にしかできない行為である。
10:自殺はひとつの世界を消滅させることであり、それは神と対等になることである。
11:何者かからの逃避としての自殺は、卑小な自殺であり、軽蔑されるべきである。

要は、
1:神は存在するか
2:存在するなら、それはどのような神だと知りえるか。
3:神が存在しないなら、倫理は単なる便宜でしかなく、すべては許される。
4:神が存在するなら、人間はそれに従うしかない、奴隷になる。
5:神が存在した場合、自分が神の奴隷でないことを証明するには自殺するべきである。
6:つまり、絶対の自由は自殺によって得られる。

兵頭栄三は、この論に対して、「愚論、あるいはキチガイの理論だ」としか思わない。彼は徹底的に現世を肯定し、神の存在の有無など問題にしないからである。彼の敵は現世で自分を抑圧する存在、国家や政府であり、世界そのものは肯定している。六郎の自殺論は、闘いから逃げているだけの詭弁だ、とする。「完全な自由を得たい」という志向においては、六郎と同じだ、と考える。だが、方向としては、「自分自身の絶対否定(自殺)」と「自分自身の絶対肯定(社会を否定し、改革に立ち上がる)」は正反対だ、とする。兵頭における「自由の追求」は、「法律や倫理道徳という束縛の否定」であり、「あらゆる行為を闘争のためには正当とする」姿勢となる。これが彼のアナーキズムである。


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・同じ日、札幌の場末の一画。蕪雑な家々が狭苦しく並んでいる。
・曇り空の下、その通りを歩く佐藤富士夫と桐井六郎。

佐藤「何で田端なんかを訪ねるんだ? 俺はあいつが大嫌いなんだが」
桐井「それは俺も同じさ。会いたいのは妹のほうだ」
佐藤「妹? あの、ビッコのキチガイ女か?」
桐井「まあ、頭は少し狂っているがな。天使のように善良な女だ」
佐藤「あの兄の妹だぞ」
桐井「だから気が狂ったのだろう。まともでは、この世の中で生きていけない。それに、田端がなぜ突然この町に来たのか、知りたい。銀三郎の帰国と関係がありそうだ」
佐藤「いつでも死ぬ気でいるわりには好奇心もあるんだな」
桐井「俺は、田端ではなくその妹に興味があるのさ。キチガイから見たこの世界がどんなものか知りたい。銀三郎のような男から見てこの世界で生きることがどんなかも知りたい。好奇心の有無と、生死への執着は別の話だ」

・みすぼらしい木賃宿の前でふたりは立ち止まる。
桐井「ここだな」(ふたり、中に入る。)

・田端兄妹の泊まっている部屋。桐井がノックする。返事は無い。構わず、ドアを開ける。
・部屋の奥の窓の張り出しに田端の妹が腰かけている。貧しい服を着ていて、化粧が調子はずれだが、眼が非常に無邪気で美しい。微笑をたたえてふたりを見るが、この微笑はほとんどいつも彼女の顔に浮かんでいる。
桐井「お邪魔するよ」
麻里江、無言で微笑のままうなずく。
桐井「お兄さんはいないのか」
麻里江「外をうろついているわ」
桐井「久しぶりだね。変わりはないか」
麻里江「何かあったかしら。あ、そうそう、私、結婚したみたい」
桐井「結婚?」
麻里江「あら、あれは夢だったのかしら。夢でもいいわ。とても素敵な人。赤ちゃんも生んだような気がするわ。とても可愛い赤ちゃんよ。でも、その赤ちゃん、どこへ行ったのかしら」
佐藤「このことかな?」(足元に落ちていた人形を拾い上げる)
麻里江「その子も可愛いけど、私の赤ちゃんはもっと可愛いの。でも、夢でしか会えない。旦那様とも一度しか会っていない。どんな顔だったかも忘れたけど、とても素敵な人だった」
佐藤と桐井、顔を見合わせる。或る疑念が心に浮かぶが、それが本当とはとても思えない様子。
桐井「何か困っていることは無いかい。お金とか」
麻里江「何も困っていないわ」
桐井「お兄さんからぶたれたりしないか」
麻里江「あんな奴、何でもないわ。私をぶてるもんですか。臆病者の癖にいつも威張っているだけよ。あの人の前では揉み手をしてペコペコするだけよ」
佐藤「あの人って?」
麻里江「さあ、誰かしら。誰か、夢の中で見た人よ」
桐井「君の旦那さん?」
麻里江「そうかもしれない。でも、どうせ夢だと思うわ。私、いろんな夢を見るの。赤ちゃんの夢が一番好き。でも、その赤ちゃんはどこにいるのだろう」
麻里江、ふたりの客を忘れたように窓の外の空を眺め、白昼夢に戻った様子。曇り空から一筋の光が落ちて、彼女を浮かび上がらせる。
ふたりはその彼女を無言で眺めているが、その女の姿は絵のようにも見える。


(インサートショット:夜、安酒場で見苦しく酔いどれる田端兄の姿。「カネならいくらでもあるぞ。俺を馬鹿にすんなよ」それを離れた席から眺める兵頭と富士谷、栗谷の姿。席から立ち上がって、田端の席に行く。「お兄さん、ご機嫌だねえ。一緒に飲まないか」)

(このシーン終わり)



・須田家。園遊会の翌日。須田夫人と銀三郎が居間で向かい合って座っている。

須田夫人「昨日の騒ぎは何だったの?」
銀三郎「つまらん話ですよ。説明する価値もない」
須田夫人「あの佐藤という青年は昔うちの使用人だった者の子供ですよ。華族であるあなたが平民に顔を殴られて抵抗もしないなんて恥ずかしいじゃないですか」
銀三郎「あの場で取っ組み合いでもしろと?」(冷笑する。)
須田夫人「警察に言って捕まえさせましょうか?」
銀三郎「不要です。それくらいならあの場で殴り返しましたよ。あの程度の虫けらをひねり潰すのは容易です」
須田夫人黙り込む。
居間の入り口に菊が現れる。
菊「よろしいでしょうか」
須田夫人「ああ、いいよ。お兄さんのことかい?」
菊「はい。昨日は兄がとんでもないことをいたしまして、お詫びのしようもございません」(頭を深々と下げる。)
銀三郎「気にしないでいい。お前とは関係の無いことだ」
菊「何か私から兄に申しておきましょうか?」
銀三郎「いや、何も言わんでいい。これはあいつと僕の間の話だ」(菊に微笑する。)
菊はその顔に安心した表情を浮かべる。が、それだけではない何かがその下にある。
須田夫人の心に疑惑が浮かぶ。
須田夫人「菊や、お茶のお替りを持ってきてくれるかい」
菊「はい、承知しました」
菊、部屋を出ていく。
須田夫人、銀三郎に鎌をかける。
須田夫人「あの子も年頃になったねえ。いつも近くにいるから気づかなかった」
銀三郎(無関心のまま)「そうですね」
須田夫人「そろそろ嫁入り先でも探してやらないとね」
銀三郎「そうですね」
須田夫人「昨日、お前に会わせた鳥居という人がいるだろう。あの人なんかどうかね」
銀三郎「(?)かなりな年配に見えましたが?」
須田夫人「年は関係ないさ。女として落ち着き先が決まればいいだけだし、大人しい男だから、嫁をいじめたりはしないだろうよ。まあ、持参金はこちらが出すことにして」(銀三郎の顔色を伺うが、相手は特に表情の変化は無い)
銀三郎「まあ、悪くは無いんじゃないですか。僕にはよく分からない話だが」
須田夫人「それじゃあ、鳥居さんにそう話してみるよ」
銀三郎は自分には関係の無い話だ、というように軽く肩をすくめるしぐさをする。

・ドアがノックされる。
須田夫人「お入り」
戸口にこの家の執事が現れ、一礼する。
執事「玄関に、銀三郎様にお目にかかりたいという方がいらっしています」
銀三郎「何と言う人だ?」
執事「はい、田端退役大尉と名乗っていますが、どう致しましょうか」
銀三郎、少し眉をひそめるが、すぐに
銀三郎「会おう。僕の部屋に通せ」


(このシーン終わり)

当初の計画と、現在の改定プロットを明示的にしておく。


プロローグ:北海道の美しい風景と貴族たち。
1:鳥居教授と須田夫人。社会主義思想についての会話。
:銀三郎の噂。理伊子と菊と須田夫人、岩原夫人。
3:佐藤富士夫と理伊子の面談。佐藤は銀三郎については答えない。
4:銀三郎の登場。
:銀三郎の老将軍への奇怪なふるまい。
6:佐藤富士夫が銀三郎を平手打ちする。(7と順序変更し、園遊会での事件とする)
7:(回想)東京での佐藤と桐井六郎の会話。佐藤の妻のこと。兵頭のこと。
8:(回想)兵頭と女たち。
9:(回想)佐藤、桐井と棚原晶子との出会い。晶子についての二人の会話
10:(現在に戻る)社会主義者たちの会合。兵頭や銀三郎の噂。佐藤、桐井他。工場の労働争議の話。
11:兵頭夫妻のこの地への登場。田端退役大尉と理伊子。田端兄と田端妹(狂女)と佐藤、桐井。
12:桐井の自殺哲学のこと。晶子への思慕のこと。
13:銀三郎と佐藤菊と須田夫人。須田夫人は菊の銀三郎への秘めた思慕を知る。
14:須田夫人が菊に鳥居教授と結婚しろと命令する。
15:佐藤富士夫の前に、臨月の妻が現れる。
16:銀三郎と妻(狂人)の再会。妻に罵倒される銀三郎。
17:懲役人藤田(フェージカ)が銀三郎の前に現れる。恐喝に失敗。銀三郎に心服する。銀三郎はカネをやる。
18:佐藤鱒江の出産。桐井と佐藤がそのために奔走する。
19:鱒江の死産。桐井六郎の自殺。鱒江の死。
20:銀三郎が妻帯していることを人々に告げる。工場の火事の勃発。



21:鳥居教授のモノローグで、現在の状況が語られる。官憲による社会主義者たちの探索。
22:兵頭と銀三郎の対話(アナーキズム問答)
23:兵頭の上海への逃亡。
24:兵頭のパリからの「魔子への手紙」(大杉栄の娘への手紙をそのまま使う)
25:東京に出た佐藤富士夫と白蓮(棚原晶子)との再会。恋仲になる。佐藤は結核になっている。
26:鳥居教授と菊の結婚を進める須田夫人。鳥居教授の疑惑。
27:「他人の不始末」との結婚を疑う鳥居教授。真淵力弥が教授を批判する。
28:理伊子が銀三郎の元に奔る。追う真淵。
29:銀三郎の前に懲役人藤田が現れ、田端兄妹を始末してやろうと言う。それを拒否しながらカネをやる銀三郎。
30:(回想)酔った父が妾を切り殺す場面を思い出す銀三郎。自分の中に潜む狂気への疑い。
31:(回想)銀三郎がかつて幼い少女を強姦したことを暗示するシーン。
32:(回想)「いつでも、あなたの看護婦になります」と言う菊。
33:藤田による田端兄妹殺害。銀三郎が主犯だと民衆は疑う。
34:殺害現場に駆け付ける理伊子、それを追う真淵。理伊子は民衆に投石され、死ぬ。呆然とする銀三郎たち。
35:(東京にて)兵頭の帰国。理伊子の死と佐藤富士夫の病死の件を聞く。
36:(東京にて)憲兵らによる兵頭の探索。
37:(東京にて)後藤象二郎にカネを無心し、カネを得て喜ぶ兵頭。
38:関東大震災と兵頭の死。
39:甘粕大尉らの裁判、5.15事件、2.26事件と日本の軍国化。
40:栄三の墓の前の銀三郎の独白

・数日後、道庁近くの公園。晴天の午後。
・人々が公園入口の受付で、あるいはカネを払って、あるいは招待状を見せて園内に入っていく。女性は洋装が半分、着物姿が半分。男はフロックコートや着物姿が多いが、普通の背広姿の者や軍服姿も少数。男は髭を生やした中年や老人が多い。
・公園の中に低いステージが作られ、楽団が背後に並んで演奏をしている。軽いワルツなど。

・入園する佐藤と桐井。
佐藤「あれは田端じゃないか」(少し離れた場所の男に目をやる。軍服姿の男である。)
桐井「インチキ大尉か。いつここに来たのだろう」
佐藤「銀三郎の後を追ってきたんじゃないか」
桐井「まさか、あいつまでアメリカに行っていたわけじゃないんだろう。どうして銀三郎の帰国と同時に現れたんだ」

・田端退役大尉(自称であるが、そう書いておく)は、彼の前を通り過ぎた理伊子を見て、一目ぼれの間抜け顔をする。すぐに真面目な顔を作り、彼女に近づく。
田端「お嬢さん、お待ちください」
理伊子(振り向く)「はい?」
田端「自己紹介をするご無礼をお許しください。何しろ、当地にはほとんど顔見知りがいないので。私、退役大尉の田端という者です。あなたの護衛でも下男でも、御用の節にはこの私にお命じください。この田端、誇り高い人間ですが、あなたのためならいつでも奴隷になります」
理伊子(つんとして)「結構です。間に合ってます」さっさと立ち去る。まったくこたえた様子もなくその後ろ姿をよだれを流しそうな顔で見送る田端。
それを見て不愉快そうな顔になる佐藤。
佐藤「道化者め!」

・ステージでは芸人がアコーディオンの弾き語りで「ディアボロの歌」を歌っている。

・道知事、道警察署長、当地の華族や大物企業家が集まっている一画で、互いに挨拶をし、あるいは話し込んでいる。その中に須田夫人と長身の息子銀三郎の姿がある。銀三郎はお偉方から歓迎の言葉を受けているのが遠くからも分かるが、当人はまったく感情の無い顔で答礼だけしている。
・鳥居教授が兵頭栄三を連れてその一画に進んでいく。

須田夫人「まあ、鳥居先生、遅かったこと」
鳥居「いや、申し訳ない。この人の訪問を受けて、思わず話し込んでしまったんでね。ついでだからお連れしたんだ。面白い方だよ」(銀三郎の方に向く)
鳥居「須田銀三郎君だね。私は鳥居と言って、有難いことに母上から御厚誼を受けている者だ。まあ、元大学教授のただの年よりだがね。お見知り置き願いたい」
・銀三郎は黙って頭だけ下げる。
鳥居「こちらは今日お知り合いになったばかりだが、広い見識の持ち主だ。お名前は、ええと」
兵頭「兵頭と申します」(須田夫人と銀三郎に頭を下げる)
銀三郎「兵頭? もしかしたら、3年ほど前に東京で話題になった方では?」
・周囲の連中が聞き耳を立てる。
兵頭「さて、何のことでしょうか」
銀三郎「恋愛のもつれから女に刺された兵頭という男が話題になったんですよ」
兵頭「ほほう、なかなか面白い話だ」
銀三郎「確か、女ふたりでひとりの男を取り合ったあげく、女のひとりが男を刺したとか」
兵頭「ははは、そういう死に方も悪くはなさそうだが、残念ながら私はそんな艶福家じゃない」
話を聞いていた身なりのいい男「ふしだらな話ですな。女に刺されるとは、男もだらしない」
別の男「例の自由恋愛という思想でしょう。結婚など考えず、好きになった男や女がくっつけばいいという、流行りの思想ですよ」
お転婆そうな若い女「あら、自由恋愛は素敵だと思うわ」
中年女性「自由恋愛など、男に都合のいい思想ですよ。飽きたら女は捨てられるだけです」
頑固そうな老人「恋愛というものがそもそもけしからん。我々の時代にはお互い結婚する当日まで相手の顔も知らなかったもんだ。結婚とは家のためのものなのだ」

・議論の間に、佐藤富士夫が手持ち無沙汰そうな銀三郎の傍に近づいていく。カメラは遠景としてその二人の姿を捉える。
・佐藤が銀三郎に何か言う。銀三郎は冷笑を浮かべて何か答える。
・佐藤は顔色を変え、銀三郎を思い切り平手打ちする。
・一瞬、相手を殺しそうな怒りの表情をした銀三郎だが、その握りしめた拳を後ろに回し、後ろ手を組む。固く結んだ唇が、彼が激情を抑えていることを示している。
・佐藤は、気圧されたように後ずさりし、プイと後ろを向いて公園の出口に足早に向かう。その後を桐井六郎が追う。

・楽団の演奏はこの間、「美しき天然」になっている。

(このシーン終わり)



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