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この項目は、ただのノート代わりである。特に、「生きるヒント」の思考メモだ。
生きるためにはカネが必要だ。そこで、カネを得る、ということに関する思いつきを脈絡も論理も無しにメモしていこうという次第である。私自身は差し迫ってカネの必要は無いが、必要になってから準備しても遅いだろうから、普段から考えておこう、ということである。

要点は、

資本金無しにカネを手に入れる道は無いか、

ということだが、それは犯罪しかない、と結論がすぐに出る。そこで、最小資本(まあ、300万円くらい)でカネを得る(増やす)方法を考察してみよう、ということだ。
これは無数の賢い人たちが日夜考えて答えを出せない難問ではあるが、考えないよりは、頭の体操くらいにはなる。

思考のポイントは

1)今の日本で必要性が十二分にありながら、誰も気がつかないもの
2)今の日本で有り余っているが、その価値を誰も気づかないもの

の2点であり、しかもそれを商売とするのに資本金が要らないものを見つける、ということだ。

たいていの人が自営業などを始めようと考えた場合、だいたいは飲食店を考える。資本金が少なくて済むからであるし、需要が確実だからだ。だが、同業者は多く、競争も激しい。そこで生き残り、成功するのはかなり少数だろう。上記の1)か2)の条件を満たせば、同業者もいないし、競争もないわけだ。それが簡単に見つからないのは承知だが、思考遊戯として考えるわけである。

今の時代で絶滅の危機に瀕しているのが、「音楽産業」と「印刷出版業」である。これは小資本でも参加できる可能性はあるが、衰退分野だ。つまり、それがなぜ衰退しつつあるかを考えれば、逆にそれを成功に導ける可能性もあるだろう。音楽産業はネット配信が主流となってレコードやCDなど、音楽を「物」として売る手段が不要になり、カネは「情報配信元」だけに入ることになった。全国のレコードCDショップは店をたたむしかない。印刷出版業も似たようなものだ。人々はネットで小説も本もタダで読めるから、本や漫画を買わない。全国の書店は潰れるしかない。
そのほかの分野の中で、これが今後は需要が出てくる、というものはあるのだろうか。
ただ、音楽にしても小説や漫画にしても、それ自体への需要はある。ただ、それが「物」ではなく「情報」部分だけが求められるようになってきたのである。

この、「物」を持つことがメリットではなく逆にデメリットとさえなってきたという点は留意する必要がありそうだ。
少し古いがひところの「断捨離」ブームは、狭い家にムダな物を置きたくない、という主婦層の潜在的欲求をつかんだ結果だったのだろう。本など新刊で買わずに図書館で借りればいいじゃない、という人間が増えれば、作家は飯の食い上げであり、実際そうなりつつある。これは「本の売れ行きで印税を支払う」という現在の出版業システムが破綻しているということである。

だが、こういう文化論や社会論は当面の論点ではない。貧しい個人が生きていくために何か商売をするとしたら、何か新しい切り口の(成功可能性の高い)商売は無いか、模索する、というのがテーマであった。それを、次回に考えたい。

なお、ブログではなく日記や雑記帳に書くべきこんな内容の文章をなぜブログに書くかというと、私はブログを自分の雑記帳としているからである。ブログに載せると、自分でも読み直し、考えを追加したりすることができる。他人に盗まれたらダメになる程度のアイデアなら、自分でやってもムダだろう。
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Huluで「刑事コロンボ」第一回を見て、最後にディレクター(だったと思う)がスティーブン・スピルバーグと出てきてびっくりした。彼がテレビ出身だ(出世作の「激突!」はもともとテレビ番組だったものの映画化)とは知っていたが、「刑事コロンボ」の記念すべき第一作目の監督だったとは。
なお、刑事コロンボ第一回は、最後に犯人を降参させる部分が弱いと思った。あれでは「証拠」にはならないだろう。強気の「犯人」があの程度で白旗を上げるのは不自然。途中までは面白く、さすがに「三谷幸喜の脳の3分の1」を作った作品(だと私は思っている)である。
雨続きである。
パソコンに入っているマージャンゲームを毎日ぼんやりとやっているが、今日、生まれて初めて役満を上がった。大三元。
九連宝塔(字はこんなか?)を上がると死ぬとかいうが、大三元でも悪いことが起こるかもしれないので、厄落とし(役落としwww)にこうしてブログに書いてみた。
「Wild Magic」は作者への興味を失ったので、翻訳作業は中止します。
詳しく言うと、同じ作者の「女騎士アランナ」シリーズの日本語訳を読んで、この作者が大嫌いになった次第。女作者の書くヒロイックファンタジーは、男の読者には読むのが耐え難い。
騎士道物語は、原則としてプラトニックラブでないといけないのである。
まあ、茅田砂湖、栗本薫くらいが、ぎりぎり限度か。恋愛や性的要素が無いわけではないが、あくまでヒロイックファンタジーの許す範囲内、という節度が彼女たちの作品にはある。つまり、本気でヒロイックファンタジーが好きだから、書いていいことといけないことの区別が感覚的に分かっているのだろう。タモラ・ピアースは「女騎士アランナ」シリーズを最初、大人向けに書いたものを子供向けに直したようだ。その結果、セックスの要素が消されないまま残され、そこに妙なフェミニズム思考まで入り込んだもので、どうにも生臭い話になっている。
男(男の子)が読みたいのは「三国志」や「水滸伝」や「西遊記」であり、ロビン・フッドやアーサー王宮廷の騎士物語なのである。騎士は女といちゃいちゃするのではなく、甲冑に身を包んで敵と戦うから騎士の意味があるのだ。
というわけで、この先、気が変わらなければ、「ワイルド・マジック」の翻訳は終わり。
このブログは、「断片的文書保管所」兼、日々の夢想と妄想の記録置き場とします。
「それなら、分かった。でも、これだけは覚えておいて。あんたに上品な格好をさせ、きちんと身支度させるのは私の務めだってね。私は他人からけちん坊だと言われたくはないからね」
ダイネは彼女が注文して食べた料理の多さを思い出した。「私に変なところがあったら、そう言ってください。直しますから」
オヌアはくつくつ笑った。「十分いいよ」
戻ってくるとクミールは馬囲いの外の寝台の支度をした。(注:寝台を「上げた」とあるが、意味不明。)「もう寝たほうがいい」彼女は忠告した。「明日の夜明けの1時間前には出発するからね」
ダイネは携帯寝具を横たえ、のたくるようにその中に潜り込み、覆いの毛布の下で、ゆるいドレス以外は全部脱いだ。「オヌア?」
女はすでに眠りかかっていた。「うん?」
「ありがとう」

(原文ではここで1行空き。つまり、意味段落の切れ目である。このシーンの終わり、ということ。)
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