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第二十三章 開戦の演説

 

 思えば、故郷を出てから今まで、まだ半年もたっていないのである。その間に思いがけぬ偶然から今はフランシアの皇太子妃となっているマリアを山賊の手から救い、その父のアキムの支援で小さいとはいえ一つの軍隊の隊長となった。その軍隊が今では五百人を超える人数に成長したのである。

 フリードは、ローラン国に向かって出発する前に王宮に忍び込んで抱いた王女ジャンヌの事を思い返していた。一国の王女を抱くというのは夢のような事であったが、それも不可能ではなかった。

 世の中には美しい女たちがおり、それを次々に物にする男もいれば、それに一生縁の無い男たちもいる。おそらくあのまま故郷にいたら、自分はその後者だっただろう。村の醜い娘と結婚し、何の魅力もないその体しか知らず、一生を終えたはずである。マリアやジャンヌ、そしてこのアリーのような美女を我が物とできただけでも、生きた甲斐はあった。

 翌日、ライオネル、ジグムントと共にフリードは全軍の前に立ち、最後の指示を与えた。

 国王軍の人数はおよそ千数百人、こちらは六百人にわずかに欠ける半分の戦力である。しかも、その大半は武器など手にしたこともない農民や町人の若者だ。しかし、ここまで征服してきた村や町の軍隊から武器は奪っており、一応それぞれに武器は持ってはいる。実際の戦闘の経験が無いという点では、国王軍も似たり寄ったりである。

 フリードは、その事を自分の兵士たちに言った。国王軍兵士は案山子に過ぎない。お互いに武器を持ちさえしたら、百姓と変わる事はないのだ。逆に、こちらには歴戦の勇者が何人もいる。アルフォンス、ローダン、ミルドレッドの名前はフランシアに鳴り響いている。それに参謀ライオネルは有名な騎士長だった男で、知恵の塊だ。ジグムントは老人だが、これも他国にまで知られた剣豪だ。これだけの勇士、猛将に率いられたこの戦が負けるわけはない。

 フリードは、だいぶ前から弟のヴァジルを弓隊の隊長に任命していた。この事に異存のある者はいない。ヴァジルは若いが、弓は名人であり、勘もいい。度胸があって喧嘩も強いから、部下を統率することはできるだろう。アルフォンスとローダンが歩兵隊の隊長、ジグムントとミルドレッドが騎兵を指揮している。ジラルダンは、今は将軍と名乗っているフリードの副官として戦の命令を各部署に伝える役目である。ラッパや太鼓で全軍の行動を指示する事も考えたが、戦場の騒ぎの中ではかえって誤りやすいとして、ジラルダンを伝令にしたのである。

 「お前達は、全軍の状況は知らなくても、とにかく自分の直接の指揮官の指示に従いさえすればよい。戦闘が始まったら勝手に戦えばよいのだ。中には怖くなって逃げ出す者もいるだろうが、それは問わない。お前たちは、この国を暴君の手から救うために立ち上がったのだが、それは自分自身のためでもあるはずだ。だから、命を捨ててまで戦えとは私は言わない。ただ、誰が勇敢に戦い、誰が逃げたかを覚えておくがよい。もっとも勇敢だと皆が認めた者には最大の褒賞をしよう。臆病者は勝手に逃げるがよい」

 フリードが言うと、兵士たちは怒ったように、

「俺は決して逃げない。死んでも戦ってみせる」

「そうだ、俺は死ぬ事など怖くない!」

と叫んだ。

 フリードは満足げに頷いた。

「お前達は立派な兵士だ。私はお前達を誇りに思う。では、今日がこの国の新しい夜明けになることを信じて戦おう」

 フリードはそう語って演説を終えた。

 ジグムントは感心したようにフリードに囁いた。

「お主、なかなかの役者だな。お主の演説で、兵士たちは死ぬ気で戦うぞ」

 アルギアの野の一方には国王軍が既に布陣を終えていた。小国の軍隊とはいえ、ローマ式の密集陣形を整然と整えた様はさすがに威圧感がある。大楯で前面を固く守り、投げ槍を構えているその様は、まるで甲羅の中の亀である。

「あれをどう打ち破る?」

 フリードはライオネルに聞いた。

「歩兵隊をまず進軍させましょう。彼らの投げ槍は一度使えばそれきりです。しかし、馬を倒されてはまずいから騎兵では分が悪い。また、弓も楯に防がれるでしょうから駄目です。騎兵と弓隊を後詰めにして、盾で投槍を防ぎながら、歩兵隊に切り込ませます。それも長槍部隊を前面にしてまずファランクスの前面を突き崩し、重装歩兵の肉弾戦に持ち込みます。その横から騎兵隊に切り込ませ、防御の薄くなったところや大将級の騎士に対しては集中して矢を射込ませましょう」

「分かった。良い考えだと思う」

 フリードはライオネルの案に従って各隊長に指示を伝えた。まず歩兵部隊が先陣を切ると聞いて、アルフォンスとローダンは満足げに「よしっ」と頷き、ジグムントとミルドレッドは不満そうな顔をした。しかし、国王軍を打ち破るにはこの手順が良いのだと言われて、二人はこの脇役に甘んじることにしたのであった。

 

第二十四章 戦闘

 

 肥大漢のアルフォンスは特別誂えのプレートメイルを着て、通常の剣の三倍ほどもあるなぎなたを手にし、歩兵団の先頭に立った。同じくローダンも完全武装の姿で矛槍を担ぎ、もう一つの歩兵団を率いる。

「いいか、敵が投げ槍を投げ終わるまでは、無理に近づくなよ。その後は、槍部隊が先に立って進むのだ。その間を縫って入り込む敵は、俺がみんな片づけてやる。俺の手から逃れた敵に対しては、お前らは、二人三人がかりで立ち向かうのだ。危ない時は逃げてよいぞ」

 フリードに指示された通りに二人は部下たちに命令する。普通、戦で自軍兵士に「逃げてよい」などと言うことは無い。むしろ、自軍兵士の逃走をいかに防ぐかが常に問題とされるのである。だから、自軍の後ろで剣を構え、前線から逃走する者を斬り殺すという事がよく行われる。しかし、大半が素人である兵士たちに逃亡を禁じても無駄だとフリードたちは判断していた。むしろ、逃げてもよいという自由の中で、彼らを戦わせた方が、楽な動きができ、勝機も見つけやすいだろう。それに、もともと自由に戦に参加した連中を無理に死地に追いやる気はフリードたちには無かったのである。甘いと言えば甘いかもしれないが、そういう戦い方も可能だとライオネルもフリードも考えていた。

 空は真っ青に晴れ上がった初冬の日であった。風が穏やかにアルギアの野を吹いていく。

 野の一方に陣取った国王軍から鯨波(鬨の声)が上がり、軍がゆっくりとこちらに向かって動き出した。いよいよ開戦である。

 敵は両翼に騎兵を置いて左右を守らせ、背後に回られるのを防ぐ形である。フリード軍も右後方にジグムント、左後方にミルドレッドの騎兵隊が守っている。

 フリードは片手を上げ、一呼吸置いて大声で

「進め!」

と命じた。

 両軍ともゆっくりとした歩調で進んでいく。戦いの間合いに入るまでそのまま進んでいくのである。

 やがて国王軍の後方から矢が放たれた。矢はフリード軍の最前列に届き、楯で防ぐものの、何人かが矢に倒れた。同じようにフリード軍の歩兵隊の後方に位置していた弓部隊が矢を放つ。

 国王軍の騎馬隊が轟くような蹄の音を立てて、前面に出てきた。

 これこそライオネルが待ち望んでいた事だった。騎馬隊は確かに通常の歩兵部隊に対しては圧倒的な破壊力を持っている。しかし、槍ぶすまを作った歩兵隊に対しては、まったく無力である。騎馬隊の一部は、フリード軍に達する前に矢で射られて落馬し、あるいは馬を傷つけられて転落して怪我を負っている。そして、フリード軍に達した残りは、一面に構えられた槍の前に、為す術もなく立ち往生しているだけだ。馬の多くは棒立ちになって、乗り手を振り落とすものもいる。

 この様子を見た敵将は、ラッパを吹かせて騎兵隊を後方に下げようとした。その間にも弓で数頭の騎馬兵が射られて落ちている。

 フリードは手を上げて、騎馬隊に進撃を命じた。

 じりじりしながら出番を待っていたジグムントとミルドレッドは、鬨の声を上げて馬の腹を蹴った。二人に率いられ、騎馬隊が敵軍に向かって疾走する。この騎馬隊こそがフリード軍の精鋭の兵士たちである。しかも、この騎馬隊には秘策があった。彼らの乗っている馬は上から下まで鉄の網に覆われて体を保護されている上に、その網には長く突き出た鋭い刃が無数に付いていて、触れれば人の体を切る仕組みになっていた。アキムの別荘で兵たちを訓練している間にライオネルが数十人の鍛冶屋を使って作らせた秘密兵器である。しかも、彼らは二人ごとに組になって長さが五メートルほどもある鉄鎖を引っ張っていた。この鉄鎖にも鋭い棘が出ていて、それに触れた者に大怪我を与える。二頭の馬の間に入った者は鉄鎖に撥ね飛ばされ、鉄の棘で大怪我をすることになる。

 この異様な騎馬隊が敵陣に入ると、敵は大混乱して逃げまどった。なにしろ、馬に近づくことはできないし、離れて逃げようとしても鉄鎖に撥ね飛ばされてしまうのだから、まるで生身の人間が戦車にぶつかるようなものである。

 おそらく、この武器の噂が広がると、国王軍は警戒して対策を講じるだろうと思ったので、フリードたちはここまでこの武器を使わなかったのだが、その威力は絶大だった。

 敵のファランクスは今では滅茶苦茶だった。その間に、アルフォンスとローダンがその怪力で目の前の敵をばったばったと切り倒していく。二人を中心に、他の歩兵たちも奮戦している。

 戦闘はおよそ三時間ほどであっけなく終わった。

 形勢が圧倒的に不利になったことを悟った国王ルドルフは、数人の取り巻きだけを連れて逃亡し、その逃亡を知った国王軍はフリード軍に降伏したのであった。

 

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第二十一章 ロイヤル・ファック

 

 エルマニア国の侵攻の噂で、パーリャの町は慌てふためいており、町の通りは、戦乱を避けて地方にしばらく逃れようとする人々で溢れていた。そのほとんどは商人で、町の無頼漢たちはむしろ、戦の混乱に乗じてあわよくば女を犯し、財物を奪う機会を狙っていた。こうした機会なら、普通なら一生手の届かない貴族の婦人や姫君を犯すことも可能である。なにしろ、普段なら女たちを護っている男たちはみんな戦場に出ているのだから。

 もちろん、身分の高い者たちや金持ちたちはその辺のことは重々承知していて、家には警護の者を残しているが、実のところ、その警護の人間も怪しいもので、その家の奥方や娘と通じる者、強盗に早変わりする者も少なくない。

 要するに、戦という物は男にとっても女にとっても割に合わないもので、戦が割に合うのは、それで商売をする人間と無頼漢にとってだけだということである。自分が戦場で命を賭けて戦っている間に、家では自分の女房や娘が浮気をしたり強姦されたりしているわけで、戦場になど出ないに越したことはない。もちろん、自分自身が戦場で敵国の女たちを犯そうと思うのなら、それはお互い様、ということで、ひどい目に遭うのは女だけ、ということになる。まあ、いずれにせよ、自分が戦で死んでしまえばそれまでだが。

 フリードは、戦に出るに際して一つ心残りがあった。王女ジャンヌの事である。戦に出たら、いつ死ぬか分からない身、ならば、死ぬ前にジャンヌを一度抱いてみたい、と彼は考えた。庶民が王女を抱くなど、現代では、途方もない夢想だが、昔ならありえない事ではない。古代のギリシアだかローマだかでは、王が何かの情報を手に入れるため王女を娼婦にして目的を果たした話もあるし、王妃自身が自分の好みで娼婦になっていた例もある。また、中世の封建領主の娘、つまり姫君の役目の一つは騎士の世話をすることで、その中には当然夜の勤めもあったようである。お伽噺とは違って、姫君と言っても、それほど大事にされていたわけでもないのである。

 フリードが王宮に入る手蔓としては、当然、今は皇太子妃となっているマリアしかいないが、さすがに皇太子妃と連絡を取るのは難しい。しかし、アキムの妻サラを通じて、フリードはマリアと面会する機会を得ることができた。

 マリアは、ジャンヌに会いたいというフリードの願いに小首をかしげたが、やがてあっさりと

「いいわ」

と言った。

「戦の準備で宮中が騒がしい今なら、あなたが紛れ込んでも分からないでしょう。夕方まで兵士の中に紛れて、日が暮れたら私の部屋にいらっしゃい」

 フリードは、この言葉を聞いて、天国にも昇るような気持ちになった。マリアがどんな気持ちで彼の望みを聞いたかは分からないが、フリードはそんなことなど気にも留めなかった。

 王宮の中庭で出陣の準備をしている兵士たちに紛れて、フリードは日暮れを待った。

 やがて日が落ちて、あたりが薄暗くなった頃、フリードはこっそりと王妃の部屋に向かった。

「ここよ、ここから王女たちの部屋に行けるわ。ジャンヌの部屋は廊下の手前から三番目の部屋。しっかりね」

 マリアは、フリードの手を握って、そう囁いた。フリードはその柔らかな手の感触に欲情し、思わず彼女を抱きしめてしまった。

 柔らかな体は、以前よりも少し豊満になったようだ。マリアの体も、電気に打たれたようにすぐに反応した。実のところ、皇太子は性的に虚弱で、マリアの体は男に飢えていたのである。しかし、さすがに皇太子妃としての慎みが彼女に我慢させた。

「あん、駄目。皇太子が間もなく来るわ。さあ、行きなさい」

 フリードは、マリアに心を残しながらそこを離れた。

 王女ジャンヌの部屋のドアをフリードは開いた。もちろん、錠などない。

 壁に掛かった松明は薄暗いが、豪華な室内の調度は見える。そして、天蓋の掛かったベッドでうたた寝をしているジャンヌの姿も。

 フリードは、ジャンヌの寝顔を見下ろした。金髪の巻き毛に埋もれるように眠っているその寝顔の美しいこと。まさに、天使である。フリードは、ジャンヌの寝姿を上から下まで眺め下ろしながら、この美しい存在のすべてが今、自分の手中にあることにぞっとするような興奮と欲望を覚えていた。

……

(以下半ページほど、エロシーンになるので、再び割愛する。実に健全な物語作法ではないか。)

……

ジャンヌは目を覚ました。そして彼女は、自分が男にのし掛かられているのに気づいて、恐怖に駆られた。

(エロシーンはまだ半ページ続く。)

……

ジャンヌは男の体を持ち上げて逃げ出そうとした。

 しかし、男の太い腕が彼女を捕らえて放さない。凄い力である。

「王女様、お静かに。あなたの処女はもう私が頂いた。この事が他人に知られるのは、あなたにとってはまずいでしょう。私の名前はフリード、あなたをお慕いするあまりに、このような無礼に及びました。許せ、とは申しません。私はいずれ一国の国王になってあなたを王妃として迎えます。その時までお待ちください」

 男はズボンをはき直すと、一礼して立ち上がった。

 松明の光で見えたその顔は、ジャンヌの見たことのない顔だったが、ハンサムな若者だったので、ジャンヌは一安心した。これなら、突然の夜這いで犯されて処女を失っても、まあ、幾分か我慢はできる。(我慢などできるか! と柳眉を逆立てている女性の読者もいるかもしれないが)それにしても、この男は一体何者だろう。ジャンヌはフリードというその若者の名前と顔をしっかり心に焼き付けた。

 フリードは、今の出来事を反芻しながら、皇太子妃マリアの所に戻った。マリアの方は、先ほどフリードに抱きしめられた時から体に火がついていた。皇太子は例によって、マリアと短い交接をした後、自分だけ満足して眠りについている。

 フリードが戻ってきたのを知ってマリアは寝床から立ち上がった。

 闇の中でフリードを探し、マリアは自分からフリードを求めた。続き部屋にフリードを導き、真っ暗な中でふたりは口づけをした。もちろん、若いフリードの体はとっくに元気回復している。

 (以下、約半ページ割愛。)

 マリアと二回交接した後、フリードはこっそりと宮廷を抜け出した。かくして、一晩のうちに国王の娘は処女を失い、皇太子妃は結婚後最初の浮気をしたのであった。

 

第二十二章 進軍

 

 ジャンヌの体を手に入れた事で、もはやフリードには思い残す事はなかった。後は、思いのままに暴れて、戦に勝てば良し、負ければ死ぬまでのことである。死が日常であった時代の人間だから、フリードに限らず、当時の人間は死をそれほど怖がってはいない。

 フリードはライオネルと相談して、ローラン国に向かう事にした。アキムとの約束で、エルマニア国がパーリャに迫った場合は、駆け戻る事にしているが、都合良く戻れるかどうかは分からない。アキムにしても、フリードの軍にそれほど大きな望みを掛けているわけではない。これほどの商人になると、自らを護るための手段は、幾つか講じてはいる。

 フリードの軍勢は、今は百人を超えていた。そのうち、弓兵が二十人ほどで、後は皆、騎兵である。騎兵だけで八十人なら、立派な軍隊と言える。

 弓兵たちも、馬にこそ乗れないが、山の民で健脚であるから、一日に四十キロは歩ける。武器が軽い弓であるから、大して疲れることもない。

 この軍隊には、例の三人の女も付いて来ていた。そして、彼女たちは、兵士たちの夜の相手をした。今で言うなら、従軍慰安婦であり、世の人権主義者やフェミニストたちが眉を逆立てて怒りそうだが、これは彼女たちが望んでやっているものである。男好きの女にとって、一日に何人もの男を味わえるのは、願ってもないことである。しかし、女騎士である赤毛のミルドレッドは、その巨大な胸で男たちを悩殺し、生唾を飲み込ませたが、夫以外の男とは寝ようとしなかった。といっても、他の男と卑猥な冗談に打ち興じたり、若いハンサムな男に流し目を呉れたりすることはあったから、他の男に興味が無いわけでもなさそうだ。他の男と寝ないのは、亭主を傷つけたくないというだけのことのようである。

 ミルドレッドは、特にフリードには気があるようで、フリードはミルドレッドが自分に馴れ馴れしくするたびに、ライオネルをはばかってびくびくした。彼はライオネルが好きだったから、彼と揉め事は起こしたくなかったのである。

「ミルドレッドはお主に気があるようじゃな。隊長として、この危機をどう脱出するか、見物じゃわい」

 ジグムントは、そうした状況を面白がって、フリードをからかった。

 パーリャを出て数日後、フリードの軍はローラン国に入った。

 首都アルギアへ向かうその途中の村落や町で、彼らは早くもローラン国王の兵士たちに誰何され、衝突した。しかし、村や町を守る兵士は、わずか数十名ほどであり、百姓をいじめる能力しかない連中で、鍛えられたフリード軍の敵ではなかった。

「我々は、ルドルフ王の暴政に抗して立ち上がった者たちである。お前たちの命を無駄に奪おうとは思わない。降伏して我々の味方になるがよい。そうすれば、お前たちは悪王の手下から救国の英雄になれよう」

 例によって、ジラルダンが熱弁を振るって敵の兵士たちを説得すると、敵兵たちは動揺し、こちらに寝返る者も多かった。敢えて戦った者も、味方が圧倒的に劣勢であることを知ると、すぐに投降したのである。

 フリードとライオネルは、味方の兵士たちに、民百姓の物は奪うな、女は犯すな、と固く戒めていた。もちろん、それが大半の兵士の戦に加わった目的だったから、この指示に対して兵士たちの不満は大きかったが、二人が、それが戦を勝利に導く手段なのだと説得すると、大半は納得して指示に従った。だが、もちろん、中には指示に従わない者もいる。明らかに暴行略奪をした自軍兵士を、フリードは占領地の人民の前で斬り殺した。今で言えば、もちろんパフォーマンスである。これによって、フリードの軍は侵略者ではなく正義の軍隊であり、悪政を行なう国王から全国民を救い出す存在なのだという事をアピールしたのである。

 この噂は、やがてローラン全土に広がった。これはライオネルの策であり、占領地の住民から何人かを選んで、フリードの軍は救国軍だ、という噂を述べ広めさせたのである。

 こうして、フリードの軍は雪だるま式に膨れ上がっていった。投降した国王軍の兵士や、占領地の住民から兵士を希望する者が加わって、今では五百名を超える軍隊に成長していた。もちろん、全員に渡すだけの武器はないから、装備は貧弱だが、人数がいるというだけでも大きな戦力である。装備は使い廻しできるし、敵から奪うこともできる。しかし、人間の命は簡単には補充できない。

 フリードの軍には女もいると知って、従軍を希望する女たちも多かった。大半は、町や村で貧困にあえぎ、あるいはいわれのない差別に苦しむ女たちである。中には、驚くほどの美貌の娘もおり、これはもちろん隊長の特権で、フリードが自分専属の女にした。それに対して文句が出るほど民主主義的な時代ではない。偉い人間は、それなりの特権を持って当然だ、というのがこの当時の人間の考え方なのである。

 娘の名はアリーと言った。父が泥棒をした廉で死刑にされ、母は父の弟と再婚したが、アリーが美しいのに血迷った義父に強姦された後、二人の関係に気づいた母親から毎日のように折檻されるのに耐えかねて、従軍を希望したのである。

 マリアにどことなく似た寂しげな風貌で、境遇も似ている。なまじ美しいために酷い目に遭ったという点も同じである。今なら芸能界や水商売で体を売って金を稼ぐこともできるが、下層階級の美貌の娘は、男の慰み者になるしかない時代である。

 フリードに女が出来たことでミルドレッドは機嫌を損ねるかと思われたが、そうでもなかった。逆に彼女はアリーを自分の妹のように可愛がったのである。孤独に生まれ育ったミルドレッドは、妹が欲しかったらしい。人形のように可愛く大人しいアリーはある意味ではミルドレッドの理想の玩具なのかもしれない。

 アリーにとっては、生まれてからもっとも幸福な日々が、この軍隊に入ってからであった。つまり、それほど彼女の人生は酷いものであったというわけだが。

 夜、フリードに抱かれることも快いものだった。義父に抱かれている時は、母親に見つかる恐怖と罪悪感しか無く、義父の中年男の臭い匂いや弛んだ腹も嫌悪感しか抱かせなかったが、今、この若い男に抱かれる事は、何かに守られているような安心感を彼女に与えた。ある意味では、世界の中で、ここが彼女の居場所だ、という気分になれたのである。

 やがて、フリードの軍隊は、アルギアまであと五十キロという地点まで来た。そして、国王軍がフリード軍を迎え撃つためにアルギアの野に軍勢を進めているという情報が偵察部隊からの報告で分かった。いよいよ、決戦の時が迫ってきたのである。

 








第十九章 弟との再会

 

 フリードが故郷のムルドの村に着いたのは、パーリャを出てから二週間後だった。前にムルドからパーリャまで行った時にくらべると、随分早い。前の時には当てもなくぶらぶら歩いただけだし、途中で山賊に囚われた娘たちと関わったため、長くかかったのである。

 ムルドの村は、残暑の厳しい中、ひっそりと静まり、周りの木々で鳴くセミの声だけがやかましく響いていた。

 村の広場には子供たちが数人遊んでいたが、彼らはフリードの姿を見て驚いて家の中に隠れてしまった。この立派な騎士姿の男が自分たちの知っているフリードだとは気づかなかったのである。

 フリードは自分の家に行ってみた。

 村の家の中では一番大きくて頑丈に作られた家だが、只の百姓家である。家の中に鶏や山羊まで飼っていて、中は藁と家畜の匂いがする。

「お父さん! 僕です、フリードです」

 薄暗い家の中には誰もいないようであったが、家の裏庭の方から誰かが入ってきた。

「誰だ? この家に何の用だ」

 その男が弟のヴァジルである事をフリードはすぐに見て取った。

「ヴァジル! 僕だよ、フリードだ」

 その男は、薄暗い中でしばらくフリードを注視していたが、やがてつかつかとフリードの所に歩み寄った。

 フリードは弟を抱きしめようと両手を上げた。

 しかし、男はいきなり拳を振り上げて、フリードを殴りつけ、フリードを地面に打ち倒した。

「ヴァジル、何をする!」

 フリードは殴られた顔を押さえて叫んだ。

「訳は自分の胸に聞け。お前の為にお父さんもお母さんも国王の兵士に殺されたんだぞ」

 フリードは呆然となった。村を脱出した時からある程度予想していた事ではあったが、まさか本当にそうなるとは思っていなかったのである。

「そうか……。お父さんもお母さんも死んだのか。お前はどうして助かった?」

「俺が狩りに出ている間に兵士たちは来たんだ。お父さんとお母さんを殺し、村の財産をすべて奪い、若い娘たちを犯し、兵士たちは去って行った。この村の人間は、今は皆、生きる気力も失っている」

「しかし、お父さんは、国王の命令を受ける気は無かった。いずれにしても、獲物の半分を年貢に取られてはこの村の者は生きていけん」

「だが、お前が国王の兵士を殺さなければ、お父さんが報復に殺される事も無かった。みんなお前のせいだ」

「よし、分かった。その罪は認めよう。だが、こんな言い合いをしていて何になる。俺とお前が争って何になる。悪いのは国王だろう。なぜ、国王を倒そうと思わないのだ」

「馬鹿な事を言うな。鎧を着た千名もの兵士に、どうして立ち向かえるというのだ。皆殺しにされるのが落ちだ」

「では、ここで飢え死にするのを待つのか。いくら獲物を取ったところで、みんな王に横取りされるだけではないか。それでも戦わないのか。それでも男か!」

 ヴァジルは、フリードの言葉に黙り込んだ。もともと血の気の多いヴァジルには、男らしくないという非難は一番応えるのである。

 やがてヴァジルは口を開いた。

「もしもお前が国王を倒すために戦うというのなら、お前を許そう、フリード。俺達で父と母の仇を取るのだ」

 ヴァジルの差し出した手をフリードは握りしめた。

 それまで家の玄関で二人の様子を怖々眺めていたフリードの連れの娘たちが、二人が和解したらしいのに安心して、家の中に入って来た。

 ヴァジルは娘たちにびっくりして、フリードを問うように見た。

「俺の連れの娘たちだ」

 フリードはヴァジルに娘たちを紹介した。

「まあ、ハンサムな人。お兄さんもいい男だけど、こっちが可愛いわ」

 実際、ヴァジルは村中の娘の誰よりもきれいな顔をしていると評判の少年だったのだが、本人はそう言われるのを嫌がっていたのである。

 しかし、そう言われたヴァジルは怒るどころか、顔を赤くしてもじもじしている。なにしろ、村では見たことがないほど可愛い娘たちだったからである。

 フリードが戻って来たという噂を聞いて、村の者たちがやがて集まってきた。中にはヴァジルと同じように、村の受けた災難をフリードのせいにして怒っている者もいたが、大半は昔からのフリードの仲間や友人、先輩たちであり、フリードに対して暖かい友情と愛情を持っていた。彼らはその夜、フリードたちを迎える宴会を開いてくれたのであった。

 宴会の席で、フリードは国王軍と戦うという考えを皆の前で述べた。

 大半の者は、ヴァジルと同様、最初はその考えに否定的であったが、このままではこの冬を越す事も難しい、ということ、また娘や女房や姉妹を国王軍の兵士たちに犯された恨みが彼らに、フリードの考えに耳を傾けさせた。

「俺はやるぜ。他の者が厭だと言っても、俺はフリードの軍に入る。こんな貧乏暮らしにはもううんざりだ。まるで虫けらの暮らしじゃねえか。いくら働いても、みんな上の人間に取り上げられるばかりだ。死んだっていいさ。ここにいたって惨めに死んでいくだけじゃねえか」

 若者の一人が立ち上がって叫んだ。他の若者たちも「そうだ、そうだ」と同調する。

 年寄りや家族持ちはさすがに首を横に振って不賛成の様子だったが、その場にいた人間のうち、フリードの軍に参加すると決めた者は十二人いた。中には、家族持ちのくせに、フリードの軍に入ることを申し出る者もいる。

「俺は戦で稼いで、この村に帰ってくるぜ。その間はお前達だけで何とかして食っていってくれ」

 その男は女房に向かってそう言ったが、女房は夫の胸を叩いて、馬鹿なことはやめろと泣き叫んでいる。

 フリードは懐から金の入った袋を出して、その中から金貨五枚を取りだし、その女房に与えた。

「この金で、亭主が帰るまで食っていけるだろう。それで我慢してくれ」

 周りの者たちは目の玉が飛び出るような顔で、その金貨を眺めていた。金貨一枚は、およそこの村の人間の半年分の収入に当たる。

 フリードは、徴兵に応じた者たちにそれぞれ金貨五枚ずつを与え、彼らはそれを自分の家族に渡した。それを見て、徴兵に応じる者がさらに十名増えた。結局、村の働き盛りの男のおよそ三分の二が徴兵に応じたのである。

 

第二十章 戦いの決意

 

 村での募兵活動を終えてフリードたちはフランシアに戻った。来た時はフリードとティモシーの二名に途中で拾った三人の娘の五人だったが、今は二十七名の大所帯である。馬は二頭しかいないから、旅も来た時よりは遅い。

 彼らがパーリャに戻ったのは、もう秋も深まった頃であった。そして、彼らが戻るとほとんど同時に、エルマニア国がレヌール河を渡ってフランシアとの国境のアルーザ地方を侵略したという情報がパーリャにもたらされた。

 パーリャ郊外のアキムの別荘に着いたフリードは、ジグムントたちとの再会の喜びもそこそこに、戦への対応についてライオネルと話し合った。

「おそらく、エルマニア国は、アルーザからローヌを通ってパーリャに向かうでしょう。エルマニア軍の進軍速度が通常通りなら、最初の大きな戦いは、二週間から半月後、戦場はローヌかカロになります。問題は、ローラン国がどう出るかですが、フリード殿は、フランシアと同盟を結ぶようにローラン国王を説得できるでしょうか」

「その事だが、実は……」

 ライオネルに向かってフリードは、実は自分はローラン国の貴族ではなく、むしろローラン国王に恨みを持つ庶民の人間である事を打ち明けた。

 あっけに取られた顔のライオネルは、彼には珍しく大笑いした。

「そうですか。本当の所、あなたの振る舞いには貴族らしい所がないな、とは思っていたのですが、やはりそうでしたか。だが、そんな事はかまいません。今の世の中は、力のある人間が腕でのし上がれる時代です。我々は、戦に勝って、これから貴族になればいいのです」

 笑いをやめて真面目な顔になり、ライオネルは、ならば話は簡単だ、まず我々だけでローラン国を攻め落とそう、と言った。

「もちろん、ローラン国がいくら小国でも、千人以上の軍隊を相手に戦うのは簡単ではありませんが、エルマニア国を相手に戦うよりはましでしょう。我々がのし上がるためには、どうせどこかで冒険をしなければなりません。その相手として、ローラン国は手頃です」

「しかし、百人足らずで一国を相手に戦えるかな」

「我々の百人は、普通の軍隊の二百人に相当します。これは自惚れではなく、そのように鍛えてきたのですし、また、私には大敵を打ち破る秘策があります」

 ライオネルの力強い言葉にフリードは頷いた。

 いよいよ、父や母の仇、ローラン国王と戦うのだ、と思うと、フリードの胸の中には熱く沸き立ってくるものがあった。








第十七章 戦争講義

 

 マリアが皇太子妃になったことで、アキムは王室の後ろ盾を得た事になったわけで、フリードたちにこれ以上資金援助をする理由はなくなったが、アキムは用心深い性格であり、フリードたちを自分たち家族の護衛のための私兵として維持しておこうと考えていた。アキムはパーリャの近くに自分の別荘や地所を持っていたが、フリードたちをそこに住まわせて兵の訓練などを行わせていた。

 赤毛のミルドレッドの亭主、ライオネルも、今はフリードたちの所に身を寄せていた。病み上がりのやつれた顔ではあったが、礼儀正しくフリードたちに挨拶するその姿は、やはりその辺の粗暴な浮浪騎士たちとは趣が違う。

 彼はフリードの求めに応じて、一般兵士たちの訓練指導に当たってくれた。ジグムントやフリードを前に、訓練の意図や要領を説明するライオネルの言葉を聞いて、フリードは強い感銘を受けた。なるほど、ミルドレッドが彼を優れた軍学者だと言っていたことが頷ける、合理的な考えであり、理路整然とした説明である。

 古代ギリシアの戦闘隊形から、マケドニア、ローマ、カルタゴの戦い方まで、彼は熟知しており、それぞれの戦闘の勝因、敗因を彼はフリードたちに説明した。

「もちろん、これは現実の戦闘を後で分析したものであり、実際の戦闘では、不可抗力に近い偶然が戦闘を左右することもありますが、その中でも一般性のある戦闘の原則を導き出すことはできると思います……」

 他の騎士や兵士たちがローダンやジラルダンの指揮の下で訓練を行っている間、フリードはジグムントの指導で自分も剣の訓練をし、あるいは涼しい木陰でライオネルの軍学の講義を聴いた。

 芝草の上に小石や木切れを並べての兵棋演習である。それを見ているだけで、フリードの目には、はるか古代のギリシアやローマの戦いが目に浮かび、血が沸き立つような愉快な気分になる。

「戦闘の一般的原則とは?」

 ジグムントが聞いた。

「多を以て少に当たらせるのが必勝の原則です」

 ライオネルの言葉にジグムントは、何だ、つまらんという顔をした。ライオネルは微笑を浮かべて言葉を続けた。

「ただし、多とか少とか言うのは、ただ数だけの事ではありません。武器の性能や、兵士個々の能力により、一人で二人三人、十人二十人に相当する者もいます。戦闘訓練の一つの目的はそのように兵士を強化することです。また、見かけの上では多数でも、実際の戦闘に参加していない兵士が多ければ、それは多数ではありません。たとえば、ファランクスと呼ばれる古代ローマの密集隊形の内部は、そうした遊休兵士になっているということで、私は評価しないのです。実際の戦闘に参加しているのは、ファランクスの外縁部だけですから」

「しかし、ローマは当時最強の軍隊で、連戦連勝だったではないか」

 フリードが訊ねた。ライオネルは軽く頷いて答える。

「いや、幾つかの戦いでは敗れています。が、確かに強い軍隊でした。それには幾つかの理由があります。まず、他の国の兵士たちは、戦利品を得る事以外には大きな目的もなく、国王の命令のためにしぶしぶ戦ったのに対し、ローマ人は自分たちの国が軍事国家であることを承知し、領土拡張がそのまま自分たちの生活のためになるのだという意識で戦ったという事。彼らにとって戦争は生計のための中心的な仕事だったのです。また、彼らは死を恐れないような精神を幼い頃から鍛えられ、剣闘士たちの戦いを常に見ていることで、血に慣れ、剣技を熟知していました。彼らの勝利は、戦闘隊形とは関係のないものです」

「我々の兵士をローマの兵士のようにできるだろうか」

 フリードの言葉に、ライオネルは少し考えた。

「半分は可能でしょう。彼らには、古代ローマ人のような勇猛さはありません。しかし、目標や報酬を適切に与えることで、戦闘での働きが自分たちのためである、という強い動機を与えることはできます。それだけでも他の戦闘集団よりは上に行けるでしょう。後は、個々の兵士の武芸の技能や武器の性能、実際の戦闘での指揮如何によるでしょう。この点に関しては、武器にせよ、作戦にせよ、いろいろと工夫改良の余地はあります」

「では、実際の戦闘の指揮について教えてくれ」

 ライオネルは頷いて、戦闘指揮のポイントについての講義を始めた。

 こうして、フリードはライオネルから学んで、まだ実戦経験の無い将としては稀なくらいに戦争の知識を得ていったが、それらはまだ机上の空論かもしれないという不安は残っていた。

 一方、剣の実技の方は、もともと優れた運動能力と反射神経を持っており、狩人としての実践的な勘もあったため、短い期間で格段の上達を示し、今では師匠のジグムントに肩を並べる腕前になっていた。このことは、軍隊を統率する上で重要な、兵の尊敬を集める一つの要素にもなったのである。

 

第十八章 故郷への旅

 

 フリードたちの集めた兵士は三十人を超えたが、まだまだ不十分である。山賊を働く程度なら十分だが、戦では何千人という敵が相手だ。

 フリードは、ふと思いついて、一度故郷の村に帰ることにした。故郷の村の男たちを兵士にしようと思ったのである。彼の村の男たちは皆、弓の名人である。弓兵隊を作れば大きな働きができる、とフリードは考えたのであった。

 フリードは従者として、新たに仲間になったばかりのティモシーという少年だけを連れてパーリャを離れた。ジグムントは老齢であり、長旅はきついだろうから、今回の旅に同行させるのは遠慮したのである。他の部下たちには訓練がある。

 ティモシーは孤児で、浮浪者であったが、自ら傭兵隊の兵士に応募してきたのである。年ははっきりしないが、おそらく十四、五だろう。痩せっぽちでそばかすのある、目の大きな少年だ。ミルドレッドよりも濃い赤毛で、周りからは「人参小僧」と呼ばれている。しかし、陽気で屈託ない性格をしており、フリードは彼が気に入っていた。

 フリードと一緒の旅は、生まれてこのかたずっと腹を減らして暮らしていたティモシーにとっては大名旅行であり、金にも食い物にも何の心配もいらない旅である。彼はフリードの従者になったことに有頂天になっていた。

「いやあ、旅がこんなにいいものだとは思いもしなかった。といっても、腹を減らしていたんでは周りの景色も見えやしないから、旅にもよりけりだけどな」

 お喋りなティモシーは一人でしゃべりまくり、フリードの旅のつれづれを慰める。口の重いフリードはそれに答えるわけではないが、誰かの声がそばにあるというのはいいものである。

 二人はやがてローラン国に近い国境に来た。このあたりは、前にフリードとジグムントが山賊を退治し、その囚われの娘達を救った所に近い。

 フリードはふと、道端の麦畑の中に立って彼を眺めている娘に気が付いた。娘も、彼が気が付いたのを知って、頭を下げる。

 どこかで見たような娘だな、と思ったフリードは、その娘が、彼がかつて山賊の手から救った娘の一人であることを思い出した。

「やあ、あんたは、もしかして……」

 フリードが自分を思い出した事を知って、娘は嬉しそうな顔になった。

「やっぱりあのお武家さんだ。思い出してくれたんだね」

 娘は畑仕事をやめて、フリードの側に来た。

「久しぶりだね。どこへ行くところなのかね」

 田舎くさい口調で尋ねる娘に、フリードは答える。

「ちょっとローラン国に用があってな」

「そうかい……」

 娘は何か言いたげな様子で少し黙ったが、やがて思い切って口を開いた。

「実は、お願いがあるんだ」

「何だい。言ってごらん」

「私を、連れて行ってくれないかい」

「えっ?」

 フリードは驚いて娘の顔を見た。娘は真剣な顔である。

「実は、家に帰ってからというもの、山賊の女になっていた娘だということで村の者に嘲けられるし、家族にも辛く当たられるんだよ。こんな事なら、山賊の女のままでいた方が良かったくらいだ。私だけじゃないよ。あの時一緒に帰った娘はみんなそうさ」

「そうだったのか。ひどい話だな。それはかえって済まない事をした」

 娘は頭を振った。

「あんたが悪いんじゃないよ。みんなあんたには感謝している。でも、今の暮らしは苦しくて、いっそ死んじまいたいくらいなんだ」

「よし、わかった。お前だけじゃなく、お前と同じ気持ちの娘はみんな連れていこう。村に帰って一緒に行く者を連れておいで」

 娘は飛び上がって喜び、村の方へ小走りに駆けて行った。

 やがて戻ってきた娘は、他に二人の娘を連れていた。

「ミランダにトプシーだよ。私はアデル」

 最初の娘がそう紹介した。

 フリードが娘たちを眺めると、娘たちはくすぐったそうにくすくす笑った。三人とも、なかなかの器量よしである。山賊たちが自分たちの女として残しておいただけのことはある。フリードは、若い男であるから、三人の豊満な体に思わず唾を飲み込んだ。

 ティモシーは、思わぬ旅の道連れが出来たことに内心喜んでいたが、そこは男性優位主義の昔の子供であるから、表面では「女なんて」という顔で三人を無視している。

 三人の娘は、家に帰ってからの抑圧された生活から解放されて、嬉しげである。道々三人でずっとお喋りのしっぱなしで、そのためティモシーの方は口を開く暇も無く、面白くなさそうだが、三人は、自分より年下のからかいやすい相手を放っておくわけはない。三人はティモシーにあれこれ話しかけ、その身の上やら何やらをすっかり聞き出した後は、ティモシーは三人にいいようにからかわれるばかりであった。

 そして、夜になると、三人は当然のようにフリードを自分たちの寝場所に招いた。フリードとしても、夜には若い体を持て余している身であり、この誘いを断るわけはない。次々に三人の相手をしても大丈夫なほど、彼の体は元気で逞しかった。

「お前も、相手をしてもらったらどうだ」

 焚き火の傍で、所在なげにしているティモシーを見て気の毒に思ったフリードは、娘たちの所から戻ると、彼にそう勧めたが、ティモシーは頭を振るだけである。女をまだ知らない彼は、女に怯えていたのである。

 だが、数日後の夜には、彼も思いきって娘の一人に相手をして貰って男になった。しかし、どうやら、不首尾に終わったらしく、後でそれを無遠慮にからかわれ、心に傷を受けた模様である。世の中には、こういうついていない男もいるものである。

 こうして、フリードの故郷への旅は、思いがけない付録までついた満足すべきものになったのであった。

 









第十五章 赤毛のミルドレッド

 

 フリードたちが私兵を集めていることは、宮廷にも聞こえているらしく、宮廷の騎士の中から賭け試合に挑戦してくる者もいた。しかし、いずれもローダンとアルフォンスの前に敗れ、フリードやジグムントが相手をするまでもなかった。ジラルダンの方は、最初から武芸には自信が無いと言っていたので、もっぱら交渉役を引き受けていたが、口の上手いジラルダンはフリードたちにとって、仲間を集めるのに非常に役に立つ存在だった。

 賭け試合を始めて二週間のうちに彼らに挑戦してきた男の数は三十五人で、そのうち二十人が仲間になり、ある程度の戦力はできてきた。しかし、まだ一小隊程度であり、戦で大きな働きを見せられるほどではない。

 その二十人の中でも特に目立ったのは、ミルドレッドという男装の女である。歳は二十代後半の年増だが、剣の達人で、ローダンとアルフォンスの二人を初めて破ったのがこの女であった。

 長い赤毛の髪を後ろで束ね、鎧は肩当てと胸当てだけの軽装備であるが、胸当てを外すと大きな胸が衣服を突き破らんばかりに突き出し、周りの男たちの鼻の下を伸ばさせた。しかし、剣の技は、電光石火であり、ローダン、アルフォンスともにわずか数合で打ち破られた。

「だらしない男たちだね。これなら、五人どころか十人だって相手になってやるよ」

 美人だが、気の強そうな顔に嘲笑を浮かべ、女はそう言い放った。

「そうかな。今ならわしに勝てるかな、ミルドレッド」

 控え室代わりの天幕の中から出てきたジグムントが、女に声を掛けた。

「先生! ジグムント先生、なぜこんな所に」

 女は、顔をぱっと明るくしてジグムントに駆け寄った。

 フリードは驚いてこの二人が抱き合うのを眺めていた。

「どうだ、ミルドレッド、わしとも戦うか?」

 ジグムントの言葉に、ミルドレッドは頭を振った。

「まさか、恩ある先生と戦うなんて。確か、兵士を集めているとか。先生がここにいらっしゃるなら、私もお供しますわ」

「そうか。それは良かった。正直、わしの力も昔のままではない。今のお前なら、わし以上かもしれぬ。お前と戦わずに済んで良かったわい。それで、お前は今は一人なのか」

「いいえ。連れ合いがいますが、今、病気で伏せっております。実は、今日ここに来たのも、亭主の薬代を稼ごうと思ってですわ」

「ほほう、それはそれは。なら、フリードに言って、少し支度金を多めに出させよう」

 ジグムントに言われるまでもなく、フリードは同情心が強い男である。金貨五枚を出して、高価な薬を買う費用としてやった。

「有り難うございます。これで、亭主のライオネルも、きっと良くなるでしょう」

 ライオネルという名前を聞いて、フリードは驚いた。あの、前々から気に掛かっていた男の名前である。ジグムントも驚いたようである。

「ライオネルというと、エデールのイヴリン公の騎士長を勤めていた男か?」

「そうです。先生、ご存じなのですか」

「名前だけは聞いておる。大した男らしいではないか」

「ええ、武芸に通じているだけではなく、立派な軍学者です。彼を大将か参謀にすれば、どんな戦でも勝ちますわ」

「ほほう、そうなのか。それは、是非とも欲しい男じゃな。ところで、ライオネルはお前の何人目の男じゃ?」

 ミルドレッドは顔をぽっと赤らめた。

「五人目……かしら」

「前の男たちと比べてどうじゃ」

「みんなそれぞれにいい男たちでしたわ。そりゃあ、酒飲みもいたし、乱暴者もいましたが、みんな私には優しくしてくれました。でも、ライオネルが一番です」

「あの方の腕も一番かな」

 ミルドレッドは、ますます顔を赤くした。

「悪くはありませんわ。でも、私を女にした先生は忘れられません」

「そ、そうか。しかし、わしは亭主持ちの女とは寝んことにしておる」

「あら、私だって、ライオネルを裏切る気はありませんわ。でも、今でも先生は好き」

 ミルドレッドの言葉に、珍しくジグムントはたじたじとなっている。

「私の亭主はみんな早死にすることになっているみたいですから、いつも亭主が生きているうちに次の亭主候補は見つけておくことにしていますの」

「やれやれ、強い女じゃ。だが、そうでもなければ、この世の中、女一人で生きてはいけまい。わしのような年寄りよりも、なるべく若いのを見つけておいた方がよかろう」

「私は、強い男にしか引かれないの。歳は関係ありませんわ」

 ミルドレッドはジグムントにウィンクをして、金貨五枚を手に去って行った。

「やれやれ。凄い胸をした女になりおって。あれが、あの泣き虫だったミルドレッドとは思えんの」

「ジグムントのことを先生と呼んでいましたが?」

 フリードの言葉に、ジグムントは遠い昔を思い出すような目になった。

「そうじゃ。あの子は孤児でな。わしが十二歳から十四歳まで育てたのじゃ。剣の技も、すべてわしが仕込んだ。ほっそりとした、実に、可愛らしい娘じゃった。で、わしはそんな気は無かったが、或る晩、ふとあの子が寝ている姿を見て、つい魔がさしてな。……それから半年と経たぬうちにまた戦になって、それきりあの子とは別れたままじゃった。それからどんな人生を送ってきたやら。今では、別人のように逞しい女になりおったわい」

 フリードは、あのミルドレッドという女の美貌に心引かれていただけに、彼女の初穂を頂いたというジグムントを羨ましく思ったが、彼女が自分たちの仲間になるということに、少しばかり心が浮き立つような思いもあった。

 

第十六章 王女ジャンヌ

 

 そうするうちに、思いがけない出来事があった。フリードたちが寄宿している商人アキムの娘マリアが皇太子に見染められ、皇太子妃に迎えられたのである。あっという間に話はまとまり、二週間後に婚儀が行われることになった。

(このあたりの強引な展開に、文句のある方もおられようが、昔にはこの手の玉の輿話は無数にあるのであり、貴族や王家が結婚話に家柄をうるさく言い出すのは、後の時代のことである、ということにしておこう。)

 マリア本人は気が進まないようだったが、なにしろ結婚に際しては両親の意思が絶対だった時代である。マリアは自分の意思を告げることなど最初から考えてもいなかった。

 その代わりというのでもないが、結婚が決まってから二週間の間、マリアはジグムントとフリードの寝室を毎晩のように訪れ、快楽の限りを尽くしたのであった。皇太子はいい面の皮だが、この世では、人に知られない事は存在しないのも同じなのである。ジグムントとフリードは、これが最後とばかり、未来の皇太子妃の体を貪るように味わった。

 婚儀は三日間に渡って盛大に行われた。

 花嫁衣装を着けたマリアは神々しいほどに美しく、清純そのものであった。その体に十数人の男の印が刻み込まれているなど、宴会の客の誰一人想像もしていなかっただろう。

 宴会には、アキム側の縁者として、フリードとジグムントも参列させて貰った。

 その席でフリードは電撃的な恋に陥った。

 相手は皇太子の妹、国王の三女のジャンヌである。上の二人もそれぞれに美しかったが、ジャンヌの美しさは際だっていた。花嫁のマリアさえ、ジャンヌには劣る、とフリードは思った。歳は十五、六歳くらいだろうか。まだ少女のようだが、山奥の白百合のように清く白い肌に、薔薇のような小さく赤い唇。長い睫に縁取られた大きなエメラルドのような瞳。ウェーブのかかった見事なブロンドの豊かな髪。マリアに比べると気が強そうで、少しお転婆な感じがしたが、見た感じは宝石細工の人形であり、可愛らしさという点では、まさに神の作った傑作である。

 王女は長々しい婚礼の儀式に退屈して、小さくあくびをし、それを手で隠した。その仕草さえ、フリードには可愛らしく思えた。恋をすると、そういうものである。

 皇太子の方は、国王によく似た間抜け面の青年であり、悪い顔立ちではないが、どことなく締まりがない顔つきの男だ。美しい花嫁を得たことでにたついているので、なおさら間抜けに見える。

 宴会の途中で退席して王宮の外に出たフリードは、夜空の星を見上げながら、いつの日か王女ジャンヌを手に入れてやる、と心に誓ったのであった。

 このフリードの決心を笑う人間は、この世のあり方というものをあまりに大げさに考えているのである。男と女の間で決定的な要素は一つしかない。それは、相手が手を伸ばせば届く範囲にいるかどうかという事だけである。いかに優れた男女でも、物理的に離れた場所にいては結ばれるはずはない。男も女も手近な異性と結びつくしかないのである。身分などは、男女の間では何の障害にもならない。この事は、明治時代ごろのゴシップの一つのパターンが、貴族の令嬢が、お抱えの車夫や馬丁と関係を結んで駆け落ちをした、という話であったことからもわかる。マリー・アントワネットなども、亭主が性的に無能だったため、手近な召使いの少年やら陪臣やらと平気で肉体関係を結んでいたということが当時のゴシップにある。「ベルサイユの薔薇」のフェルゼン以外にも、マリー・アントワネットと寝た男は多かったようなのである。女の身近にいるという事がいかに大事かが分かろうというものだ。皇太子妃が護衛か誰かとくっついたという現代ヨーロッパの某王国の醜聞(これが醜聞では無く、ロマンス扱いされ、皇太子妃が非難されないところがまさしく現代だが)などを聞いても、男と女はまずは身近な相手とくっつくものであることが分かる。要するに、絶世の美男であるよりも、尼僧院か女学校の醜い庭番の老人のほうが、その気になれば女に恵まれる機会は多いということである。これは、美女を得たければ芸能界か水商売の道に入るのが良く、金を得たければ銀行や株屋など、金のある場所に行くのが一番だということでもある。ただし、それで満足が得られるかどうかは本人の性格次第であるが。

 身分不相応な望みなどというものは、この世には存在しない。問題は、その望みに至るまでの労力とその目標が釣り合うかどうかだけであり、現代人の大半は、そうした計算を最初で行って、さっさと自分の希望を諦めるのである。それが賢いことなのか、愚かなことなのかは一概には決め難い。大きな望みを達するには、時には犯罪すれすれの行為が必要になる事もあるのだから、安全な道を選ぶのも、決して悪いというわけではない。

 







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