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良くある話ではあるが、面白くなりそうな脚本案。

1:美少女サイコパスシリアルキラー

2:警察内部のテロリスト集団(警察上層部含む)

*主人公(正義の味方)が、警察官に扮した(実は本物の警官である)犯人を逮捕した直後、その犯人は致死性の伝染病患者だとして病院に隔離され、人権名目で保護される。


3:経済学的に見た「正義の味方集団対悪の組織」:もちろん、悪の組織の圧勝:貧乏と戦いながら、悪の組織とも戦う正義の味方集団の情けない姿を描く。
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「真夏の出来事」は日本ポップス史のベスト100の中でも上位に入る曲だろう。
ナイフで胸をえぐるような、青春の詩情をこれほど見事に描いた歌は無い。

アメリカでは、すぐれた曲をオリジナルヒットの歌い手以外の歌手がカバーする、ということがよくあるが、日本でもそういうことをもっとやったらいい。たとえば、「スイート・キャロライン」はニール・ダイヤモンドのオリジナルヒットだと思うが、私はプレスリーの歌のほうが好きである。



平山みき「真夏の出来事」が人生変えた 「あんな経験はあの時だけ」

スポニチアネックス 3/26(日) 10:30配信

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 平山みき(67)が歌う「真夏の出来事」が忘れられない。遠い日にラジオで流れてきたあのハスキーボイス。海、空、車、ちょっぴりほろ苦い青春時代がよみがえる。少し背伸びしたあの頃の自分に会うため、コンサート先の本人を訪ねてみた。

 アンノン族、アメリカンクラッカー、二十歳の原点、アポロ14号、江夏のオールスターゲーム9連続三振など、どれもこれもこの年のことだ。大阪万博の翌年、世の中は高度経済成長期の終わりが近づき、ニクソンショックで先行きに不透明感が漂い始めていた。

 そんな年の5月25日にリリースされたのが、「真夏の出来事」。リズミカルで心地よいイントロは、一度聴いたら耳奥にいつまでも残った。ちょっぴり大人の世界に足を踏み入れた女の子の気持ち。彼女のどこか危なげなルックスと鼻にかかったハスキーな歌声は、まさにこの曲にうってつけ。暑い季節が近づくにつれヒットチャートを上昇していった。

 蝉(せみ)の声が暗いビルの谷間に響く。フジテレビの人気番組「夜のヒットスタジオ」に初めて呼ばれた。

 「あんな経験をしたのは後にも先にもあの時だけですね。1日で人生が変わるなんて普通ではできない経験だと思います。番組の翌日、街を歩いているとみんなが振り返るんですよ。いろいろな人から“サインしてください”と頼まれるし。売れるってこういうことなんだって」

 この人にとってもまさに真夏の出来事になった。歌謡曲全盛の時代。ちなみに同年ヒットしたのは、尾崎紀世彦さんの「また逢う日まで」、小柳ルミ子の「わたしの城下町」など。それにしても歌と歌い手の関係は不思議なもの。互いに補い合ってひとつの世界が出来上がるのか。♪彼の車に乗って真夏の夜を走り続けた 歌の中の少女はいつしかこの人の大人びた姿に重なって見えた。

 でも、本人からは意外な答え。「あの当時は凄く嫌でしたね。だって、私はそういう女の子じゃなかったですから。凄く真面目でした。だから、詞もほとんど理解してなかったと思います。よく“昨日、六本木で遊んでたでしょ”なんて言われたけど、ディスコへ行ったこともなかったですから」

 父親は警察官。もちろん、芸能活動など賛成するはずもなかった。2人姉妹の妹。生まれ育った大田区蒲田は、かつて映画にもなった松竹蒲田撮影所があった街。至る所に芸能文化の薫りが残り、父と対照的に母親は歌や芝居が好きな人だった。幼い頃に「歌が上手なのね」とその母に褒められて、いつか歌手になると決めた。ところが、元々声が低かったこと、他の子供よりおしゃれ好きだったからか、「なぜか不良っぽくみられていましたね」。

 地元の中学へ進学すると、2年上の番長から「名前、なんていうの」と声を掛けられた。卒業式では「歩き方がふてぶてしい」と卒業証書を胸に壇上から降りる時、会場から失笑が起きた。周囲からそう見られていることで逆に「だったら絶対に私生活は真面目にしよう」と心掛けた。

 高校を卒業後、銀座の音楽喫茶「メイツ」で歌っていた彼女を認めたのが、作詞家の橋本淳氏だ。その後、作曲家の筒美京平氏に紹介された。そして、いきなりデビュー曲となった「ビューティフル・ヨコハマ」を渡された。都内の事務所に「毎日来なさい」と言われ、素直に休まず通った。ところが、2人の姿を見ることはあってもいっこうに歌の練習をする気配はない。ある日、「なんでレッスンしたいと言わないんだ」と怒られた。おとなしく座っているだけの自分を恥じた。

 2人の恩師は初めからそんな彼女の魅力を十分に理解していた。筒美氏について、平山は「声、節回し、個性などその人の良いところを瞬時に把握し、それを引き出す曲を作ってくれます。“これを歌いなさい”ではなくて、この人にはこの曲が合うと提供してくれる」。橋本氏には「私のキャラにマッチした詞をいつも考えてくれてます」と話している。ヒットメーカー同士のコンビが満を持して世に出したのが「真夏の出来事」。平山が子供の頃からコンプレックスを抱いていた自身のイメージ、低い声を最大限に生かし、50万枚を超す大ヒットとなった。

 その後も「フレンズ」「恋のダウン・タウン」などヒット曲を連発するも「生活は全然変わることがなかったですね。夜、相変わらず夜遊びに行くこともありませんでした」。一つだけ変化したことがある。それは「遊んでいるとみられることが嫌ではなくなりました。逆にかっこよく思えるようになりましたね」。お酒は飲めない。趣味はディズニーやアニメのキャラクターが付いたプラスチックの菓子ケース、PEZ(ペッツ)を集めること。「家にはもう1000個以上あります」と楽しそうに話した。

 ◇平山 みき(ひらやま・みき)1949年(昭24)8月22日、東京都出身の67歳。日本音楽高等学校卒業。70年、「ビューティフル・ヨコハマ」でデビュー。翌年、「真夏の出来事」がヒット。その後も「フレンズ」などを連発し、スター歌手の仲間入りを果たす。ラッキカラーは黄色。4月1日には、東京・新橋ベラマッティーナでライブを行う。

産めよ増やせよ大和撫子より(らしい)転載。
アメリカがけっして銃社会をやめない理由のひとつかもしれない。


(以下引用)



開始>
ここ
ヒトの血液 ― 33,500円/約500cc
ヒトの精子 ― 500,000円/標本
ヒトの角膜/眼球 ― 1,500,000円/個
ヒトの腎臓 ― 20,000,000円/個
ヒトの肺 ― 31,200,000円/個
ヒトの肝臓 ― 60,000,000円/個
心臓 ― 99,700,000円/個
終わり>

持続的供給がないと価格はつかない。

価格というのは必ず市場=相場形成装置が必要です

ちなみにこの前亡くなったDRFは6回心臓移植したとかいうネットの噂。
他人からの臓器移植の闇は

アメリカの銃殺人とリンクしていること。だからアメリカへ心臓移植に行くのです

覚えておくと便利な「思考素」(考えを組み立てる材料や道具)の一つ。
辞書によれば、fallacyは「誤謬」というよりは「誤った考え」のようである。「誤り(誤謬)」と「誤った考え」は少し違うのではないか。どう違うかは言いにくいが。
要するに、fallacy of compositionとは、「部分品がすべて正しいとしても、それを組み立てたら正しいものができるというのは誤った考えだよ」といったようなことだろう。
その「単純合成」の古い思考法を否定したのが「部分品相互の関係性にも目を向けるべきだ」という「構造学派」かと思う。まあ、よく知らないけど。


合成の誤謬

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
        

合成の誤謬(ごうせいのごびゅう、: fallacy of composition)とは、ミクロの視点では正しいことでも、それが合成されたマクロ(集計量)の世界では、必ずしも意図しない結果が生じることを指す経済学の用語[1]

 

何かの問題解決にあたり、一人ひとりが正しいとされる行動をとったとしても、全員が同じ行動を実行したことで想定と逆に思わぬ悪い結果を招いてしまう事例などを指す[1]

起床前の朦朧とした思考の中で、次のような思考連鎖があった。

・私は10歳11歳のころの記憶がほとんど無い。それはなぜか。

・その頃の記憶はただ、M・Eという少女への片思いしかない。
              
・しかし、その片思いの具体的な情景の記憶はほとんどない。

・彼女は私にとっては唯一の光源だった。それ以外は闇。
(you are my sunshine , my only sunshine)というわけだが、当時の私にとって彼女は太陽と言うよりは、闇の中の灯か。私は石の下のワラジムシのようにまどろみ、夢の中で朦朧とひとつの光源を見ていたようだ。


実はその前に、朦朧思考の中でひとつの歌を作っていたのだが、それは以前にも作りかかって投げ出していた歌のように思う。その一節が(through the summertime)というもので、歌のイメージとしては、子供が家の戸口で外界を眺め、夏の情景を味わっている、というものだと思う。そこからの連想で、なぜ自分に10歳11歳くらいのころの記憶が無いのか、という思考につながったのだろう。歌の出だしが、たしか「I was an eleven boy」という、英文法的にはどうかと思われるものだったが、とりあえず記録だけしておく。eleven years oldでは曲に合わないのである。

M・E関連の思考から、幾つか思考連鎖があったかもしれないが、覚えているのは次のような思考連鎖。


・(コーヒーの)モカの味と匂いはラッカーを連想させる。

・ラッカーと言えば、「ラッカー行進曲」。

・「ラッカー行進曲」の中に出て来るイギリスの挿絵画家の名前は何だったか。名前の中に「ラッカー」という語が含まれていたが。


で、そのあたりではっきりと目が覚めてしまって、しばらく考えていたが、ラッカー行進曲の一節「クラック・ラック・ラックラー」は「クラック」と言っているのだから、何かを「壊せ」そして「ラック」は「ラッカーせよ」つまり、自分の嫌な記憶を壊し、それに新しい色を塗れ、と言っているのかもしれない、と今思いついた。とすると、この「ラッカー行進曲」が出てきたのは(もちろん大島弓子の)「いちご物語」だったのかもしれない。あの話の中に、主人公が自分の嫌な記憶を消したい、と泣く挿話があった。(まあ、作品が何だったかはここでは関係はないのだが、)「記憶を消す」という点では、一番最初の思考連鎖と潜伏的なつながりはあったのかもしれない。


(追記)なぜ唐突に「モカ」が出てきたかと言うと、実は昼間に、挽いたコーヒーを買ってきたので、その保存をどうするか気にかけていたからだろう。買ったのはモカではなくブレンドだが、私はモカが好きなのでコーヒー豆のことを考えると自動的にモカを連想するわけだ。モカという存在が「夢中思考」に出てきたのは、昼間の経験が夜の夢(潜在意識)に投影されるという、アニメ「銀河鉄道の夜」のモチーフと同じである。


(追記)念のため調べてみると、あれこれ間違っている。まず「ラッカー行進曲」は「いちご物語」ではなく、「ヒー・ヒズ・ヒム」に出てくる歌で、「クラック・ラック・ラックラー」というフレーズは無い。しかし、「いちご」は歌の中に出てくるから、朦朧思考の中で「いちご物語」と私が結びつけたのだろう。






― ラッカー行進曲 ―



今日の苺はラッカのかおり

今日の苺はラッカのかおり

シェラック ラッカラッカ

シェラック ラッカラッカ

アーサーラッカムラッカはぬらぬ

苺にぬらぬ

だけど今日はラッカのかおり

いまやイチゴはすごいかがやき

ひとくちかじればWA…O…O…O…N

WAOOOON

WAOOOON

シェラックラッカラッカ

シェラックラッカラッカ

(くりかえし)

つづきです



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