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第三章  殺戮

 

「このおじちゃん、裸だ」

ダイヤは、いや、今はダンという名になっているが、まだ8歳の子供らしく、相手の頭が虎であることよりも、相手がまっぱだかであることにまず興味が向いたらしく、そう言った。

ソフィ、つまりサファイヤは、顔を赤くして横を向いた。さすがに大人の男の裸を正視する勇気は無いし、品高い育ちの彼女にはそういうはしたなさも無い。

「うう……」

頭が虎の男はそう唸った。

「お願いです。どうか静かにしてください。ダン、ソフィ、あなたたちも声を立ててはいけません」

 

しかし、森や林の無い野原の街道を行く三人連れの姿は、獲物を追う追手たちの視界にすでに入っていた。

騎馬軍勢は馬の足音の地響きを立てながら街道から駆け降り、奇妙な遭遇をした4人の所に殺到し、その前に馬を止めた。その数は20名前後だろうか。

 

「サントネージュ国王女のサファイアとダイヤ王子だな。もはや逃れるところは無いぞ。大人しく捕まるがよい。そうすれば、死罪にだけはならずに済むだろう」

盤広で髭面の、下品な赤ら顔をした隊長らしい男が唇をゆがめるような笑いを浮かべて言った。言いながら、相手の二人の女(一人はまだ子供だが)を値踏みするような好色な目で見ている。(ほほう、これは上物だ)と言う無言の声がその表情に出ている。

「誰が大人しくつかまるものか」

フォックスは剣を抜いた。

「愚かな。こちらは20人もの軍勢だぞ。お前一人で何ができる。それともそこの妙な虎の仮面をつけた裸の男が加勢をするとでもいうのか。その男は剣さえも持っていないではないか」

「私一人でも十分だ。かなわぬまでも、お前たちのうち何人かは地獄の道連れにしてやる。さあ、かかってこい!」

フォックスは剣を構えようとした。その瞬間、あっと言う間にその剣が手からすべり抜けていた。

「何をする!」

彼女の手から剣を奪ったのは虎頭の男だった。

「お前はユラリア国の廻し物だったのか!」

虎頭は彼女の前を通って敵勢に向かって進み出たが、その時に彼女を振り返って見た。

虎が笑うということがあるなら、その顔は確かに笑い顔だった。

(虎が笑うところを初めて見た)フォックスは変に呑気な気分でそう考えた。

 

太陽はいっそう斜めに傾いて、影が深くなっている。

その夕方の光の中で全裸の大男が剣を持って立っている姿は異様なものだったが、しかもその頭が虎の頭であるのだから、世にこれほど奇妙な見物はない。

その大男のたくましい裸体は、油を注いだように夕日に輝いて、まるで古代の神々の姿のようだが、その頭は虎そのものである。そして、それがまた神話的な壮麗さを彼の姿に与えていた。

男はゆったりと剣を下げて、何の闘気も見せずにのっそりと立っているだけだが、敵の兵士たちはその姿に威圧されていた。

(美しい)

フォックスは、思わずその姿に見とれていた。

ソフィとダンは互いの手を握って抱きあい、固唾を呑んで、成り行きを見守った。

相手が抵抗する気だと見て取って、追手たちは馬から下りて剣を抜いた。少なくとも、体格だけで言えば、この虎頭の男は容易ならぬ力がありそうだ。

 

20人の人数を前にしても、この虎頭の男には何の恐怖も無いようだった。まあ、虎の顔では恐怖の表わしようもないだろうが、少なくとも、その動きは落ち着き払ったものだった。

「ええーいっ!」

敵勢の一人が気合を掛けながら斬ってかかった。その剣先を無造作にかわして、虎頭男の剣がひらめいた。兵士の頭が斬り飛ばされて宙に舞う。

続いて攻めかかった兵士も同様に頭を斬り飛ばされる。そして三人目も。頭を斬り飛ばすことにこだわるのは、相手兵士たちの鎧で剣を痛めないためだろうか。それにしても、一瞬のうちに頭だけを狙い、それを成功させるのは容易ではないだろう。

追手の軍勢は、相手の恐るべき剣の技量に恐怖心を感じ始めていた。

「ええい、同時にかかれ!」

隊長の下知に従って、兵士たちの中の3名が頷いてタイミングを計り、同時に斬りかかる。しかし、その一番右側の兵士の横を駆け抜けながら、虎頭男の剣はその兵士の頭を斬り飛ばし、次の瞬間には残る二人も、一人は胴を水平に斬られ、もう一人は肩から袈裟掛けに斬り下ろされて地面に倒れた。

「次、行け!」

次の3人も同じようなものであった。

これほど巨大な体格をしていながら、その動きはまさに虎のように柔軟で、虎のように速かった。速さのレベルが三段階ほど違うのである。これだけの人数を倒しながら、息一つ切らしてもいない。

「ええい、弓だ、弓で射ろ!」

兵士たちの背後に控えていた数名が弓を構えて引き絞ろうとした。

その瞬間、風が巻き起こった。いや、虎頭男が疾風のように兵士の群れに向って殺到したのである。

大殺戮であった。しかも、その殺戮はほぼ一瞬であった。見ていたフォックスの目には、ただ黒い嵐のような物が兵士たちの間を吹きぬけたように見えた。

数秒後、地上には20個の死体が転がっていた。

 

夕日の中に血刀を下げて静かに立つ虎頭の全裸の男の姿は恐ろしく、また、奇妙な美しさがあった。フォックスは恍惚となってこの殺戮の後の静謐な絵図を眺めていた。

 

 

第四章  旅の道連れ

 

「有難うございました。あなたがいなかったら、我々はきっと捕らえられていたでしょう」

そう礼を言いながら、フォックスは目のやり場に困っていた。相手の股間にどうしても目が行ってしまうのである。

「うう…」

虎頭男は、言葉を絞り出そうとしているようだ。

唖なのだろうか、とフォックスは考えた。

「どうも有難うございました」

思いがけずソフィがそう言ったので、フォックスは驚いた。この王女と身近に話すようになったのは二日前からだが、こういう高貴なお方たちは他人の奉仕に礼など言わないものだという思い込みが彼女にはあったからである。

「有難う。おじちゃん」

ダンも姉を見習って言った。

「その頭、お面?」

子供らしい遠慮無さでダンがそう聞く。

「うう……」

「お面なら、外せばいいのに。不便でしょう?」

男は悲しげに首を横に振った。

「外せないの?」

今度は頷く。

「そう、可哀そうだね。でも、すごくカッコいいよ、その頭」

ダンの言葉に、男の虎の顔にまた笑顔のようなかすかな表情が浮かんだ。

「とにかく、今はここをできるだけ早く離れましょう。次の追手が来るかもしれませんから」

男はあたりに転がった兵士の死体の間を歩いて、その一つの服を脱がし、それを着た。中に大柄な兵士がいたらしく、それが着られたようだ。フォックスに「借りた」剣を返し、地面に転がっている剣の一つを拾い、剣帯についた鞘に抜き身を差し込む。

「あっ、そうだ」

フォックスは、死体の懐を探し、財布を集めた。

「近衛隊隊員のフォックスが泥棒をするほど落ちぶれたと笑われそうだけど、今は変にプライドを持っていられる場合じゃないわ」

一番大きい財布に、かき集めた金を全部まとめて入れる。

「あなたも私たちと一緒に来たらどうかしら。ここにいると、さすがに他の兵士たちに追われることになると思うから」

虎頭の男は小首を傾げて少し考えたが、うなずいた。

「わあい、虎頭のおじちゃんも一緒だ。嬉しいな。こんな強い騎士は王宮にもいなかったよ」

「でも、いいんでしょうか。私たちは追われる身だし、かえってこの方にはご迷惑では?」

「さあ、それは本人の判断だけど、私たちにとっては、この人が一緒なら、こんなに心強いことは無いわね。少なくとも、私の知っているどの騎士にも、これほどの強さを持った人はいなかったことは確かね」

「ご一緒してもらえれば、こんなに嬉しいことは無いんですが」

ソフィの言葉に、虎頭の男は軽く頷いた。その顔は、なぜか笑顔に見える。

フォックスは虎頭の男に手伝ってもらい、兵士たちの死体を川に投げ込んだ。少なくとも、陸上にあるよりは発見に時間がかかるだろう。このあたりがフォックスのフォックスたる所以である。

追手の兵士たちの乗っていた馬が何匹か、近くで草を食んでいたので、それを捕まえて乗ることにする。

 

日はほとんど地平線に沈みかかっていた。

持っていた水筒代わりの革袋に小川から水を汲み、所持していたパンとチーズを食べると、4人は日の暮れた街道を馬に乗って出発した。馬は二頭で、虎頭の男の前にダンが乗り、フォックスの前にはソフィが乗る。馬を並べて歩ませる。

「ねえ、おじちゃんの名前は何と言うの?」

「うう……」

「だめよ、ダイヤ、いえ、ダン、おじちゃんはお口が不自由なの」

「うう……グ、グエン、……」

「あら? 今、グエンって言った? 言葉は話せるようね。少し口は回らないようだけど、唖というわけではないみたいね。では、あなたの名前はグエンということでいいかしら」

フォックスの言葉に虎頭男は頷いた。どこからそのグエンという名前が心に現れたのか、いぶかしみながら。

 

「疲れたア……ぼく、もうお尻が痛くて乗っていられないよ」

やがてダンが音を上げた。

「だめよ、ダン、もう少し頑張りなさい。できるだけ遠くまで行かないと」

「いえ、ソフィ、私の考えでは、このグエンがいる限り、多少の追手がまた現われても大丈夫だという気がします。今、頑張りすぎると、これからの旅がつらくなりますから、今夜はこの近くで泊まりましょう」

ちょうど、数百マートル先に宿場町の明かりらしいものがあるのを見つけ、フォックスは言った。

「あ、グエンさん、私の名前はフローラということにしておいてください。ソフィとダンもそう呼ぶのよ」

「フローラだって。変なの。まるで女の子の名前みたいだ」

「私は女ですよ。これでも子供の頃は可愛い娘だと言われていたんですから」

「嘘だい。こんなに真っ黒に日焼けしているくせに」

「うるさいわね。私はあなたのお姉さん、ということになっているのだから、うるさく言うとお尻をぶちますよ」

「ダン、言うことを聞くの」

「はあい」

 



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「タイガー、タイガー」創作メモ

 

Ⅰ 地理その他(第一案)

線吹き出し 4 (枠付き): トゥーラン 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


[地勢・社会]

サントネージュ:モデルはフランス。農業国。首都オパール。

タイラス:モデルはスペイン。物産に乏しい。海洋国。策謀家が多い。首都ランザロート。

トゥーラン:モデルはポルトガル。海洋国。農業も豊か。首都ランザネグロ。

ユラリア:モデルは昔の北欧。バイキング的性格。首都ノルデン。

 

 

 

[物語・人物・その他]

1 アベンチュラを主人公にするのは中止。少なくとも、物語前半では出さない。その代わり、美剣士クレセントを出す。「不乱剣朱太郎」における黒百合の役割。出す時期は未定。アベンチュラは戦争状況で主人公たちの同盟者として登場。

 

2 戦国状況を作り出す。

 

3 タイラスでの騒動を考えること。:いわば、「グイン・サーガ」におけるケイロニアの騒動である。しかし、国王を救うか、国王と敵対するか。前者の場合は、国王の造形をやり直す必要がある。もう少し、前に遡って書き換えるか。

①       タイラス宮廷の主要人物を作ること。

宰相ケアンゴーム(ある意味、平凡な悪の欲望を持った人間だが、それなりの人間的魅力もある人物。) 

ラモス大公:王弟で王座に野心を持つ男。33歳。ユラリアと通じている。

モーハン侯爵:ラモスの腹心。52歳。

ランケ子爵:ラモスの懐刀で剣の達人。知恵もある。クレセントとは仇敵。

レヴィ公爵:国王の友人。財務大臣。老齢。トゥーランとの同盟を図っている。

レーム将軍(伯爵):国王派。男盛りの35歳。第二師団長。サントネージュに同情的。

ラシード将軍(公爵):国王派のふりをしているが、本当はラモス派。第一師団長。45歳。

ラガシュ公爵:ラモス派

モンバサ公爵:中立派

騎士ヤスリブ

騎士モハーチ

騎士メネス・フェルド:ケアンゴームの懐刀。暗殺者。

騎士メルブ

法王モンテ・コルヴィソ:腹黒い寝業師。

法王庁侍従モンケ・ハン:モンテ・コルヴィソの腹心。

神父モルガン:善良な宗教人。

騎士マテオ:自由な性格の豪傑。

召使マンスール

商人マリニョーリ

商人マールワール

魔法使いマグリブ

美女リディア

美女アルヴィラ

美剣士クレセント:流浪の剣士で詩人。音楽家。レイピアの達人。

(トゥーラン宮廷)

少年ホージャ

貴公子アル・パスパ:国王の次男:23歳。アル・トーメンの異母弟。

アドワ

アトン

アトレ

アーヘン

アモン

アルコン

アル・ラージ(国王):52歳

アル・トーメン(皇太子):24歳

アル・ムシフ(教祖)

アル・ベンチュラ(=アベンチュラ):アル・ラージの私生児で放浪の騎士:27歳

 

② サントネージュ復興の義勇軍の話。

 

③ グエンの虎頭の解明:

A案:この世界はブラーマ神によって創造され、それがヴィシュヌ神とシヴァ神に渡された。ヴィシュヌは生と再生の神、シヴァは死と破壊と創造の神である。ブラーマ神の思念から生み出された「失敗作」、これまでのジャンルに入らない存在がグエンであった。しかし、ブラーマは彼に宇宙の破壊と再創造を行う可能性を与えていた。

B案:宇宙的実験室において生命体の創造を行っていた錬金術師マグ・ワンの手で、虎を父親、人間を母親として生み出されたのがグエンである。彼は秘密のうちに孤独に育てられ、20歳になった時に記憶を奪われてこの世界に投げ込まれた。

C案:サントネージュ王家の古い分家モンブラン家の息子であるグエンは、魔女マギ・ド・スエルの呪いにより頭を虎に変えられ、記憶を失わされて野原に放置された。(記憶喪失は催眠術によるため、キーワードの組み合わせで回復する。)

④ C案採用によって、魔法の世界を導入:ついでに幽霊も導入

可能な魔法は、基本的には「意思の力を物体に及ぼして物理的に変容させる」というもの。

・身体変容 ・記憶操作 ・幻覚 ・幻聴 ・超常的感覚 ・場所の記憶による過去の再現 ・幽霊の操作 ・催眠術 ・薬物の使用による感覚増強

 

⑤ タイラス宮廷のゴタゴタ

 

*「グイン・サーガ」におけるケイロニアのゴタゴタは、まず「お家騒動」で、王弟と后妃の不義、国王の暗殺未遂事件があり、それと並行してシルヴィアという跳ねっ返り王女のマリウス恋慕という危ない行動がある。つまり「色と欲」である。宮廷におけるゴタゴタは、それに他国との関係がからむかからまないかくらいだ。

 

中世の風俗を織り込みながら事件を描くこと。

すなわち「宴会」「歌舞」「槍試合」「狩猟」「教会への参詣」「法事」「王宮でのセレモニー」「徴税」「日常の飲食」「結婚式」「葬式」「病気の治療」「祈祷やまじない」などである。

 

⑥ まず、グエンたちがタイラスでどのようにして王宮まで行くか。また、どのようにして王宮に入るかを考えること。

 

・旅芝居の一座として旅をする。

 

⑦ グエンと山賊の話

・その前に、タイラス宮廷のドタバタを描くか?







「タイガー! タイガー!」  *『グイン・サーガ』の主題による変奏。

 

初めに

 

この小説は、栗本薫の大作『グイン・サーガ』のファンではあるが、その冗長な部分やセンチメンタルな部分、あるいは作者の一部の作中人物への偏愛ぶりにはいささか批判的な筆者が、『グイン・サーガ』の発想と一部のコンセプトを利用して作った作品である。一部の作中人物の変更には悪意も少々あるが、それ以外にはべつに原作をからかうような意図はないからパロディではなく、ただの二次創作である。

作中のさまざまな部分で原作に負う部分は多いが、原作では重視されているSF的部分はほとんどカットされ、魔術もその内容を変えてある。また、「新しい世界の創造」という点も、『グイン・サーガ』で達成されているので、それも重視していない。ただ一つ、「未知の場所から来た、獣の頭を持った主人公」というコンセプトと、一部登場人物の類似性だけが、原作と重なる部分である。原作では一つ一つの物産の名称まで特有の名前を与えているが、筆者はそんな面倒なことはしない。蜜柑は蜜柑でいいし、リンゴはリンゴでいい。馬も牛も猫もネズミも同様だ。いちいちトルク(鼠)、ガーガー(鴉)などと書く必要性は私には無い。「新世界の創造神」になる野望は無いからだ。

作品の設定は、この地球の中世初期、まあ西暦900年頃と思ってもらいたい。ただし、実際の歴史とはまったく無関係の騎士物語系統の異世界ファンタジーである。したがって、地名も国名も架空のものである。人物名などは英語系統の名前やらフランス語系統の名前、スペイン語系統の名前などが入り混じって、かなりいい加減だが、度量衡は現実を連想させる名称にしてある。たとえば10ピロと言えば、距離の10キロメートル、重さの10キログラムである。もちろん、中世にはメートル法は存在しないが、現代の人間に想像しやすくするための便宜である。金の単位も架空のもので、黄金100グラムが1マニ、その100分の1が1ミニで、1マニが庶民の1週間くらいの生活費になると思えばよい。作者自身がその設定を忘れなければの話だが。

言葉については、いくつかの国が出てはくるが、すべて共通の言葉が用いられ、ただその訛りや語彙の一部で時には人物の素性が分かるという程度である。人種の区別も無い。せいぜいが、北方の民族は金髪が多く、南方の民族は黒髪が多いという程度である。

作中人物の名前もいい加減で、宝石名を使ったため、サファイア姫などと『リボンの騎士』みたいな名前も出てくる。だが、それは後からソフィという名になるので、気にしないように。

 

 

第一章  覚醒

 

 

目覚めた時は真昼だった。頭上に高く太陽が輝き、彼をじりじりと焼いている。喉が渇く。体中に汗がにじむのが分かる。

彼は眼をすぼめて、太陽の光から眼を守った。自分の体がなぜこの地面に横たわっているのかわからない。しかし、体に異常は無さそうだ。

彼はゆっくりと体を起こしてみた。どこにも痛みは無い。ただ、喉の渇きは耐えがたい。

彼の横たわっていたのは柔らかく短い草の生えた地面である。

なぜ自分はここに寝ていたのだろう、と考えて、次の瞬間、「自分は誰だ」という問いが突然に心に生じ、彼は恐慌に陥った。

まったく自分についての記憶が無い。だが、言葉そのものの記憶が無いわけではない。空、地面、草、そして風、日光などといった言葉は、彼があたりを見回すにつれて次々に心に生まれる。季節……今はおそらく春の終わりか初夏だろう。暑いが、真夏の暑さではない。

 

だが、それにしても喉が渇いた。

彼は水を探す決心をして立ち上がった。それで、自分の背が高いことが分かった。かつての自分についての記憶は無いのに、自分の身長が他の「人間」にくらべて高いというかすかな記憶が蘇ったのである。

彼は裸だった。下帯さえもはいていない。激しい羞恥心が心に生まれたが、あきらめて歩き出す。自分の足や体を上から眺めた限りでは、彼は相当にたくましい体格の男であるようだ。しかも、すべてが見事な筋肉に包まれて、どこにも無駄な肉はない。股間を見て、彼はまた羞恥心を感じた。

裸であることを恥ずかしいと思うような文化の中に自分はいたのだという考えが生じる。

 

少し傾斜した地面を下に下にと降りていくと、小さな木の茂みと小川のせせらぎがあった。

彼はほっと安心して、その川に身をかがめ、両手で水をすくって飲んだ。

何という美味さだろう。喉を下りて行く清涼な水の爽快感。たちまちに癒えて行く喉の渇き。体全体に回復してくる気力と生命感。

彼は木陰を渡るそよ風に体を吹かれながら、生き返ったような感動を味わっていた。

もう喉の渇きは止まっていたが、水の美味さをもう一度味わうために彼は両手で水をすくった。その時、心に何かの違和感が起こった。先ほど、水を飲んだ時、なぜあんなに飲みづらかったのか。両手にすくった水に顔を近づける。その時、彼の眼は、自分の眼の下に突起した物がその水を覆い隠したのに気づいた。

(何だ、これは)

それが自分の顔の一部であることに気づいたのは、次の瞬間である。

彼はすくった水を捨てて、自分の顔をまさぐった。毛に覆われた皮膚。突起した口蓋部。

(何だ、これは!)

彼の心は悲鳴をあげた。

(これは人間の顔ではない。犬? それともほかの何かか?)

彼はあわてて水の淀みを探し、静かな水面に自分の顔を映した。

そこにあるのは、人間の顔ではなく、虎の顔だった。

彼は今度は声に出して恐怖の叫びをあげた。

 

 

第二章  逃走

 

フォックスと彼女は呼ばれていた。ある国での狐を意味する言葉だ。その国でもこの国でも、狐は狡猾な生き物だということにされている。

しかし、彼女はその自分の仇名が嫌いではなかった。それは彼女の剣士としての才能への称賛でもあったからだ。試合で彼女に敗れた相手は、相手が女だから油断したと一様に言った。そう言わない剣士も、彼女の試合ぶりは狡猾であり、男らしく堂々とした戦いではないと言った。そう言われても、彼女は平気である。女である自分が体格も体重もまるで違う相手に勝つには、相手の予測を外して勝つしかない。それが狡猾というなら、日常の剣の修行など、戦場での役には立たないだろう。

 

フォックスは今、危機にあった。

彼女が仕えていた国の国王が暗殺され、王妃の命令でその娘と息子を、姻戚関係のある別の国に送り届けるという使命を受けたのである。

その娘、つまり王女は10歳、息子、つまり王子は8歳の足手まといな年ごろだ。

王宮に敵兵が押し寄せる直前にフォックスは王女サファイアと王子ダイヤを連れて王宮を脱出した。

王宮を離れて数時間後、夕焼けの空を背景にして王宮に火と煙が上るのが見えた。王妃が自刃し、王宮に火をつけたのである。フォックスはある丘の上から、涙を眼ににじませながらそれを見たが、すぐに踵を返して王女と王子の所に戻り、声をかけた。

「これからあなたたちの叔母であるタイラス国の王妃のもとへ向かいます。これからしばらくは、あなたたちは、サントネージュ国の王女王子であることを他人に知られてはいけません。サファイア様はソフィ、ダイヤ様はダンです。いいですか」

恐怖を押し殺しながら、二人の子供は気丈にうなずいた。

 

それが二日前のことだった。幼い子供連れだから、どんなに急いでもそう早くは歩けない。王宮からはやっと20ピロほども離れただろうか。

日もかなり斜めに傾いてきている。

ある野原まで来た時、背後から近づく騎馬軍勢の足音が聞こえた。

あたりには林や森は無い。

フォックスは絶望を感じながら、子供たちの手を引いて近くの小さな茂みへ飛び込んだ。

何か柔らかいものを踏みつけたような気がしたが、気に留めている場合ではない。

「うっ……」

うめき声がした。自分の踏みつけたものが人間の体であることにフォックスは気づいた。

「あっ、済みません」

と言いながら相手を見てフォックスは「きゃっ!」と悲鳴をあげた。自分もこんな女らしい悲鳴をあげることができるんだ、と頭の隅で考えながら、彼女は相手を見つめた。

それは、虎の頭をした大男だった。

むっくりと体を起こして、彼女を見ている。

その黄色い眼ははっきりと虎の眼であり、その頭が仮面などではないことが彼女には分った。

「どうか、騒がないでください。悪い連中に追われて、姿を隠したところなのです」

相手の異様な姿に怯えながらも、フォックスはそう言った。今は、この相手の正体よりも、恐るべき追手から逃れることを考えるべきだ。

 







「母が私を殺し、父が私を食べた」

 

 

 

1 眠れる森の美女

 

 王子は眠れる森の美女を見つけました。当然、王子は鼻息を荒げながら、美女のスカートを捲り上げ、自分の一物を美女の秘密の谷間にぶっすりと突き刺しました。眠ってはいても美女のそこはなかなか具合が良く、王子はこれまで経験したセックスの中で、これが最高だと思いました。

 王子が立ち去った後、王子の言動の一部始終を見ていた日本の老作家が王子の後から美女を犯し、その経験を「眠れる美女」という小説に書いて、ノーベル文学賞を貰いました。

 二人が立ち去った後、美女は眠ったまま二人の子供を出産しました。一人は白雪姫で、もう一人はシンデレラと言います。二人ともディズニー映画に主演して有名になりました。

 

2 シンデレラ

 

 シンデレラは、本名をツンデレラと言って、他人の前では好きな人にツンツンしながら、二人きりになるとデレデレするという二重人格者でした。フランスでは灰かぶり、日本では落窪という名前も持っています。三人姉妹の末っ子でしたが、素行が悪いためお城の舞踏会に連れて行って貰えず、知り合いの魔法使いに頼んでカボチャの馬車と鼠の御者を作ってもらいました。しかし、王子はカボチャも鼠も嫌いだったので、王子に好きになってもらうことはできず、王様の57番目の側女になりました。当然ながら、お后に憎まれて、両手両足を切られた上、お城の便所で「人間豚」として飼われることになりました。これは貧乏人は夢を見るなという教訓です。

 

3 白雪姫

 

 白雪姫のお母さんは雪の女王で、アンデルセンという王様との間に白雪姫を生みました。夏になって雪の女王が溶けた後も、白雪姫は冷凍庫で保管されました。王様は冷たい女はこりごりだと、今度は情熱的なスペイン女のカルメンと結婚しました。カルメンは白雪姫を冷凍庫で発見し、賞味期限が過ぎる前に解凍しましたが、解凍に失敗したので猟師に彼女を山に捨てに行かせました。猟師は当然、山で白雪姫をレイプしましたが、お后の命令に背いて、彼女を殺しまではしませんでした。泣きながら山の中をさ迷った白雪姫は、小さな洞窟を見つけ、そこの中の小さな七つのベッドを並べて眠りこみました。やがて帰ってきた7人の小人は自分たちのベッドを占領している巨人女に怒って、彼女を叩き起こすと、その後、奴隷にしました。一説には、7人でよってたかって彼女を犯したともいいますが、それはサイズの上から無理でしょう。やがて白雪姫は自分を捨てた継母を暗殺してその国の女王になったということです。継母にとっての教訓。生殺しは駄目。殺すなら完全に。

 

4 赤頭巾

 

 白雪姫を捨てるというおいしい役目を貰った猟師には奥さんと子供と母親がいました。つまり、家庭のいい父親だったのです。そういう人でも、山の中で若い女と二人切りという状況では、欲望をこらえるなど到底不可能な話であるわけで、それを簡潔に言ったのが「完全なる機会は人をして罪を犯せしむ」という箴言です。

 さて、この猟師には10歳くらいの娘がいました。1説には5、6歳くらいともいいますが、この後の話の都合上、10歳としておきます。言うまでもなく、この話は小さな女の子が狼に食われる、つまり男に犯されるという話に決まっていますが、問題は、なぜ狼がお祖母さんのふりをしたのかということです。実は、それは推理小説で言うところの赤ニシン、つまりミスリーディングで、この話の本質は、よほどの幼児でもなければ騙されないような嘘を「被害者」が「信じた」という点にあるのです。つまり、「騙されたふりをして食べられた」というのが事の真相で、セックスというものを経験したくてしたくてたまらなかった赤頭巾が、「狼」の荒唐無稽な嘘を信じたふりをしてセックスを経験したというだけの話だったのです。ですから、教訓は、「物事の見かけと真実は別だよ」ということで、これは世間に流通している赤頭巾の教訓とも一致しています。

 

5 美女と野獣と青ひげ

 

 お城に一人で住んでいる領主には何か後ろ暗いところがあるものです。奥さんを何人も殺した重婚者とか、怪物の姿をしているとか。しかし、そういう存在であっても、金がある限りは奥さんのなり手に不自由はしません。うまい具合にその青ひげやら怪物やらを殺す手助けをしてくれる若い男でもいれば、青ひげや怪物を殺した後、そのすべての財産を手に入れられますから、結婚するくらいどうってことはありません。それに、青ひげやら怪物やらが親切に「この部屋に入ってはいけない」と言ってくれているのに、そういう財産目当ての若い女は、必ず、何か金目の物でもあるんじゃないかと思って、そうした秘密の部屋に入るものです。でも、それで彼女たちが罰を受けるということはなく、彼女たちは何となく助かって、青ひげが上手い具合に死んでくれたり、怪物が美しい王子様に変わってくれたりします。教訓は、「図々しい奴ほど報われる」。

 

6 ラプンツェル

 

 ラプンツェルの話はとても分かりやすい話です。年頃の娘を持った男親なら、誰でも自分の娘をラプンツェルのように高い塔の上に閉じ込めておきたいと思うでしょう。そして、閉じ込められた娘が自分の長く伸びた髪を梯子代わりにして男を自分の寝室に連れ込むのも、世界中で無数に起こっていることです。つまり、女が男を欲しくなれば、それを防ぐのは不可能だという話。女房持ちの男の額には必ず角が生えているというのは、シェークスピアの作品で何度も出てくるフレーズです。女房でも娘でも話は同じ。

 

7 ジャックと豆の木

 

 世界中が狼ならば、どう生きるべきか。答えは、「狼と共に吠えろ」です。つまり、この世にモラルがあるならば、モラルを保って生きるのが正解ですが、モラルの無い世の中で自分だけがモラルを保って生きるのは自殺行為だということです。

 「ジャックと豆の木」という話では、巨人の城に入ったジャックはためらいも無く、巨人の財産を盗みます。日本の桃太郎も同じですが、相手が巨人や鬼や(西欧人にとってならアジア人とか)なら、何をやってもモラルには反しないという定理がここにはあるようです。しかし、もう少し視点を変えて見ましょう。黒澤明の『天国と地獄』ではありませんが、巨人の城は、高い雲の中にあります。もちろんこれは社会の上層階級の比喩でしょう。ジャックは下層階級の人間です。ならば、上層階級の財産とは、結局は下層階級から収奪した財産ではないでしょうか。それを下層階級の人間が盗むのは、実は自分たちの財産を取り返したにすぎないのです。

 こういう理論により、初期の共産主義は世間の犯罪者こそ我が友とばかりにスターリンのようなゴロツキをどんどん高い地位に上げていきました。そのためにやがては下層階級こそがひどい目に遭うのですが、それでも、上層階級が社会システムを利用して下層階級から奪い取った財産を下層階級が取り戻すには、同じ社会システムの中では不可能だということだけは言えるでしょう。

 

8 母が私を殺し、父が私を食べた

 

 質問。では、誰がこの話を語っているのでしょう。

 

 

 

 

◎ 参考文献『猫の大虐殺』ロバート・ダーントン









After winds                          lyric:  Kisow 

                                        2010/10/31 

 

Many years ago, I heard of a man

Who was fighting for the people, and he died

There was blowing, after his death, many winds

 

Now I know, after many years, what made him fight

For the people, for the peace, for every happy life

Not for people, who don’t fight, and making hates and wars

For the people he had loved, and he died 

 

Many years ago, I heard of a man

Who had imagined of a heaven on the earth

There was a heaven in his heart but he was shot

 

Now I know, after many years, what made him imagine

For the people, who had pains, and many sorrows and grieves

Not for religions, that makes day-dreams and many slaves and fools

For the people he had loved, and he was shot

 

Now I go, after them, as far as I can go

For the heaven on the earth, yes, we can make it real

Not for people, who make hates and many slaves and wars

For the people, who love people, I will go

 

After winds, comes calm, don’t you know?

 




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