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その居酒屋は古い古いところだった。それは私が生まれる前から、あの革命の前からその場所にあった。何世代も前から今まで製象職工たちはここで酒を飲み、トランプゲームをし、歌うためにそこにやってきた。壁には製象工場の古い写真が並んで貼られていた。その中には、初代社長が労働者たちの仕事を視察しているところとか、昔の銀幕の女王が工場を訪れた写真とか、夏のダンスパーティの写真とか、その類のものがいろいろあった。革命軍は、王や王室や、その他王党派のものと見なされる写真はすべて燃やしたのだ。当然、ここには革命の写真もあった。革命軍が工場を占拠し、管理人を縄で縛った写真などだ。






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終業のベルがなるとすぐに私はステージ6のエリアに行ったが、その老人の姿は無かった。ただ、二人の若い娘が床を拭き掃除しているだけだった。痩せた娘が私に、その老人はおそらく居酒屋に行ったと思う、と言った。古い方のね。実際、そこで私はその老人を見つけた。背中をまっすぐにしてバーに座り、弁当箱を傍に置いて飲んでいた。






彼はとうとう最後にはなんとか思い出したが、それは3時間後で、太陽は沈みかかり、退出時刻間際だった。
「あいつだ!」彼は叫んだ。「ステージ6の老人! 知ってるだろう? 人工頭髪を生やしている奴だよ。君も知ってるはずだよ。長い白髪を肩まで垂らして、ほとんど歯が無い奴。革命前からずっとここで働いているんだ」
「ああ!」私は言った。「彼か」
私は彼を居酒屋で何度か見たことがある。
「ああ、彼はずっと前に私にドワーフの話をした。彼はそいつはいいダンサーだったと言った。私はたいして気にも留めなかった。彼は老衰しているんだと思ってな。だが、今は私には分からない。結局、彼は頭がおかしかったわけではないのかもしれない」
「それで、彼は君に何て言ったんだ?」
「ううん、あまりはっきり覚えていない。だいぶ前のことだしな」彼は腕を組んで再び考えにふけり始めた。だが、思い出せそうにはなかった。彼はstraight upして(訳者注:意味不明。straightを動詞として使う用法は私の辞書には載っていない。背筋を伸ばすか、組んでいた腕をほどいたのかと思う。)言った。「思い出せん。自分で彼のところに行って聞くんだな」


***


私は推理小説というのはあまり好きではないのだが、読む以上は、それが論理的なものだろうと期待して読む。論理的でない推理小説というのは、羽根の無い鳥のような存在だと思うからだ。まあ、そういう鳥もいないこともないだろうが、それを鳥と呼んでいいものかどうか。
で、先ほどまで読んでいた小説(まあ、ジュブナイル的な小説で、真面目に推理小説扱いしていいものかどうかとは思うが)の中に、こういう描写があった。
西洋の城の階段を、明かりを手にして主人公と語り手が降りていく場面だ。カギカッコは引用のために私がつけたが、引用部分は地の文で、語り手の少女(私)の視点による描写だ。

「壁では、私たちのデフォルメされた影が、奇妙なダンスを踊っている。」

何がおかしいのか、と思う人もいるだろうが、明かりを手にした場合、影は真後ろにできるのである。その影を見るためには、明かりは前方に維持したまま、首だけ「エクソシスト」の例の少女のように180度真後ろに回転させなければならないはずだ。
つまり、作者は、映画的なカメラワークで、人物たちが階段を下りていく様子を「横から」撮影した映像を思い描きながら、それを登場人物の一人称視点で描いてしまうというミスを犯しているのである。

この作者の作品にはこうした描写のおかしな部分がたくさんあるのだが、子供にはけっこう人気があるようで、私の娘なども子供時代から愛好している作者なので、家にあったその作品を読んでみたわけだ。なお、本筋のトリックも、あるいは問題解決に至るまでの経緯も突っ込みどころ満載だが、軽い内容なので、かえって最後まで読んでしまった。まあ、脇筋に漫画的ネタを無理やり文章で描いたような表現の多い文章で、そこがある層にはウケるのかもしれない。(勘違いしてほしくないが、私は漫画を軽蔑しているどころか、漫画の一部は最上級の文学に比肩すると思っている。)


彼は考え続けたが、それは彼がいつも考えるのに費やす時間よりはるかに長い時間だった。
「どうしたんだ?」私は尋ねた。
「そのドワーフの事を前に確かに聞いたことがあるんだ」
その言葉は私を呆然とさせた。
「ただ、誰から聞いたのか思い出せない」
「どうか思い出してくれ」私は切願した。
「やってみる」そう言って、彼は再び考え始めた。
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