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少女の顔は溶け続け、やがて、筋肉が急に収縮したように顎が突然がくんと開くと、液化した肉と膿の塊と、蛆たちが四方に弾け飛んだ。
私は悲鳴を上げるために大きく息を吸い込んだ。私は誰かを、誰でもいいが、この耐えがたい地獄から私を救い出してくれる誰かを欲していた。結局、私は悲鳴を上げなかった。これは偶然に起こったことではない、と私は自分に言った。これは現実ではない、私は直観的に察知した。あのドワーフがこれをやったのだ。彼は私を引っかけたのだ。彼は私に声を上げさせようとしたのだ。たった一声、それで私の体は永遠に彼のものになっただろう。それがまさしく彼が望んだことだったのだ。
今、私は自分がやるべきことを知っていた。私は、--この時には何の抵抗もなくーー目を閉じて、野原を吹き過ぎる風の音を聞いた。少女の指は私の背中を掘っていた。今、私は自分の腕で彼女を包み、力いっぱい彼女を引き寄せ、かつては彼女の口と見えた場所に強くキスした。自分の顔に、私はぬめるような生肉と蛆の群れを感じ取り、私の鼻孔は腐敗の匂いに満たされた。だが、それは一瞬のことだった。私が目を開けたとき、私は自分がここに連れてきたあの美しい少女とキスしていることを知った。彼女の薔薇色の頬は柔らかな月の光に輝いていた。そして私は自分があのドワーフを打ち負かしたことを知った。私はひとつの音も出さずにすべてをやり遂げたのだ。


(訳者注:たぶん、後2,3回くらいで全文終了である。はたして、この話はハッピーエンドになるのか、乞うご期待。)

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膿汁が彼女の目から流れ落ち始め、その純粋な力が彼女の眼球を痙攣させ、彼女の顔の両側から転げ落ちさせた。目のうろの後ろの裂け目となった洞穴から、白い紐の球のような蛆の塊が彼女の腐った脳に群がり溢れていた。彼女の舌は巨大なナメクジのように彼女の口から垂れ下がり、膿んで落ちて行った。彼女の歯茎は溶け、歯はひとつひとつ落ちて行き、やがて口そのものが無くなった。彼女の髪の根本から血が噴出し、その髪の毛の一本一本が抜け落ちた。ぬるぬるした頭蓋の下から蛆たちが皮膚を食い破って表面に出てきた。腕は私を強く抱きしめ、その握力を弱めることはなかった。私はその抱擁から自由になろうと空しくもがき、顔をそむけ、目を閉じた。無数の塊が私の胃から喉にこみ上げてきたが、私はそれを吐き出すことができなかった。私は自分の体の皮膚と中味が裏返ったような気持ちだった。私の耳の傍であのドワーフの笑う声が再び響いた。



(訳者注:少し遠出をする予定があり、なるべくそれまでに最後まで訳したいので、一日に数本、記事を上げることにする。それはそれとして、実に、「彼女」の変容の描写が凄い感じで、私がこれまで読んだホラー小説の中でも白眉である。フェミニストと思われている村上春樹の意外な一面がここにあるのではないか。)




彼女の肩に腕を回し、草が一杯に生えた野原に彼女を導き、一言も言わずに私は彼女を地面に横たえた。「あなたはあまりお喋りじゃないわね」微笑みながら彼女は言った。彼女は自分の靴を遠くに投げ、自分の腕を私の首に巻いた。私は彼女の唇にキスし、もう一度彼女の顔を見るために彼女から身を離した。彼女は夢のように美しかった。私は自分が彼女をこんなふうに腕に抱いていることがまだ信じられなかった。彼女は、もう一度キスされるのを待って目を閉じた。
その時、彼女の顔が変わり始めた。白い、生肉のようなものが彼女の鼻孔のひとつから這い出した。それは蛆だった。巨大な、私がかつて見たどんな蛆よりも巨大な蛆だった。そして、もうひとつ、もうひとつと蛆たちは彼女の二つの鼻孔から現れ、突然、死の悪臭が我々の周囲に立ち込めた。蛆たちは彼女の口から彼女の喉に落ち、彼女の目を横切って彼女の髪の中に隠れた。彼女の鼻の皮膚は滑り落ち、その下の肉は溶けて二つの黒い穴だけが残った。その間にも蛆たちは争いあうように現れてきて、その青白い体は周囲の腐肉を油のように汚した。




(訳者注:原作を読んでいないで、ここまでこの作品を読んできた人は、この成り行きにかなり驚いたのではないか。正月そうそう、何てものを!と思った人もいるだろう。しかし、私は村上春樹のいい読者ではないが、この短編小説は、構成といい話の進展といい、比喩や文章の巧みさといい、村上春樹のベストではないか、と思っている。だから、紹介の意味も含めて、英訳からの再日本語訳という妙なことをしているのである。)
私たちはダンスホールを離れ、川に沿って歩いた。私は車を持っていなかったのでただひたすら歩き続けた。すぐに道は丘に向かう上り坂にさしかかった。空気は夜に開く白い花の芳香に満たされてきた。私は振り返って、下に広がる工場の黒い姿を眺めた。ダンスホールから、その周辺に、黄色い光が無数の花粉のようにこぼれ、オーケストラは跳ねるような音を奏でていた。風は柔らかで、月の光は彼女の髪を浸しているようだった。
私たちは二人とも黙っていた。あんなダンスの後では、何かを言う必要は無かった。彼女は誰かに手を引かれて道を歩む盲人のように私の腕にすがりついていた。
丘の頂上に来ると、道は松の林に囲まれた野原に続いていた。その広がりは静かな湖のように見えた。どこも等しく腰くらいの高さの草に覆われ、野原は夜風の中で踊っているようだった。あちらこちらに、輝く花が月の光の中に頭を突き上げ、虫たちを呼んでいた。






これは、製象工場なんかで働いているよりよっぽど楽しいだろう? ドワーフは言った。
私は何も答えなかった。私の口はとても乾いていたので、答える気があってもできなかっただろう。
私たちは何時間も踊り続けた。私がリードし、彼女がフォローした。時は「永遠」にその場を譲ったかのようだった。とうとう彼女は踊りをやめた。完全に消耗しているように見えた。彼女は私の腕を取り、私も、ーーあるいはドワーフは、と言うべきかーー踊りをやめた。ダンスフロアのちょうど中央で我々はお互いの目の中を覗きこんだ。彼女はハイヒールを脱ぐために体をかがめ、それを手にぶら下げて、再び私を見た。














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