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例によって、冒頭部分だけを書いて、止めた作品だが、今読んでみると少し面白いので載せておく。会話も出来事の描写も何もなく、私がいかに小説の才能が無いかよく分かる冒頭部分だが、野球ネタの雑談としてなら読めるのではないか。
とりあえず、2回に分けて載せる。


人物メモ

 

① 関根金造(アンツの監督。爺さんである。)

② 須藤完(寮長兼二軍監督。オヤジである。)

③ クリート・ロビンソン(二軍野手コーチ。守備の神様である。)

④ ビル・テリー(二軍打撃コーチ。打撃の神様である。)

⑤ レフティ・グローバル・アレキサンダー(二軍投手コーチ。ピッチングの神様である。)

⑥ 田畑耕作(キャッチャー。八重山農林高校卒。18歳。ドラフト4位。山出しの田舎者だが、野球頭脳は抜群。捕手体型で、鈍足だが打撃も守備もいい。)

⑦ 荒野拓(投手。18歳。北海高校卒。ドラフト1位。火のような速球を投げるが、投球術は未完成。野球経験が少なく、甲子園には出ていないため、知名度はない。)

⑧ 馬場一夫(一塁手。32歳。大卒。守備は名人だが、打力が弱く、一軍に定着できない。性格はおおらかで、馬のような顔をしている。)

⑨ 野原二郎(二塁手。埼玉学園卒。18歳。素質はあるが、気が弱く、チャンスで打てない。守備は名人級。ドラフト3位。)

⑩ 山原遊介(遊撃手。北部農林高校卒。18歳。俊敏だがやや非力。当てるのは上手い。守備もなかなか。ドラフト5位。)

⑪ 牛岡三蔵(三塁手。24歳。大卒。2年目。見かけはもっさりしているが、守備は天才。打撃は弱い。ロビンソンコーチのお気に入り。)

⑫ 中矢速人(中堅手。23歳。大卒。ドラフト2位。足は韋駄天。守備も抜群だが、打撃は未完成。性格は悪くはないが、やや高慢で己惚れ屋。顔はいい。)

⑬ 左木善(左翼手。33歳。強打者だが鈍足で守備は下手。1軍通算・265、75本塁打。無口。)

⑭ 左右田左右太(右翼手。26歳。大卒4年目。スイッチヒッターで守備も内外野できる。長打力は無い。お調子者で、ポカもときどきある。顔は井出らっきょに似ている)

⑮ 山並敬作(控え選手。捕手31歳。二軍の主的存在。弱肩。性格はいいが、強引なところがある。度量は大きい。将来の二軍監督候補。)

⑯ 城之内和也(投手。22歳。2軍のエース。性格も制球力も悪い。相手によって気を抜く癖がある。)

⑰ 桜木健太(投手。23歳。球威はあるが、頭が悪い。)

⑱ 早川昇(投手。19歳。球は遅いが投球術を心得ている。)

⑲ 高井勇作(投手。21歳。左腕。球威は抜群だが、自らピンチを招く癖がある。)

⑳ 難波利夫(二塁手。24歳。積極性が無く、好機にはまったく打てない。)

 

球団

セリーグ

① 名古屋ドランクス(中落合監督)

② 東京ギガンテス(保利監督)

③ 大阪ウォーリアーズ(藤山監督)

④ 広島オイスターズ(山本山監督)

⑤ 横浜シティボーイズ(金星野監督)

     新宿アンツ(関根監督)

パリーグ

① 北海オーシャンズ(ヘルマン監督)

② 埼玉リアルエステイツ(糸鵜監督)

③ 南海パイレーツ(皇監督)

④ 千葉マリナーズ(S・バランタイン監督)

⑤ 神戸コンドルズ(名嘉村監督)

⑥ 東北パラダイス(之牟羅監督)

 

 

 

 

 

 

    『 のんびり行こうぜ 』       

 

○この小説は実在の人物や組織とはまったく関係はありません。モデルとなった人物や組織もありません。名前などが似ていても、それは偶然の一致にすぎません。

 

その一

 

プロ野球セリーグには東京に2球団あって、その一つは老舗の名球団、東京ギガンテスである。ここは保守系新聞の押売新聞を母体にしていて、テレビ局とのつながりもあるため、全国的知名度があり、また資金力に飽かせて有力選手を掻き集め、好成績を残してきた結果、日本一の人気球団となった。現在は昔ほどの成績は残していないが、人気だけはまだ保っている。

セリーグのもう一つの在京球団が新宿アンツである。球団本拠地が新宿だから新宿というチーム名になったのだが、いかにもスケールの小さい名前だ。昔存在したジャイアンツとかいう名球団にあやかってアンツと名づけたそうだが、巨人たちと蟻んこたちでは大違いである。かつては清涼飲料水の会社が球団を所有していたが、経営不振から経営権をアグリビジネスとかいうわけのわからない仕事をしているドン・ビャクショーという会社に譲り渡した。その際、高給取りの有望選手は大体金銭トレードされ、ほとんどはその名前にふさわしい蟻んこレベルの選手しか残っていない。

新球団としてスタートした昨年の球団成績は27勝115敗3分けである。このチームが27勝もしたのは奇跡のようだが、古いチームに愛着があって残った実力派選手も数人はおり、他球団に行けばおそらく10勝以上は堅い、藤井、伊藤などの有力投手の頑張りと、外人にしては比較的給料が安いということで継続雇用となったラミレス、ベバリン、ベッツなどの働きで27勝の成績は残ったのである。しかし、観客とすれば、野球見物に行っても5回に4回は負け試合であり、しかもその負け方が、0対10とか1対20とかいうラグビースコアでは、まるで相手チームの打撃練習、投球練習を金を出して見ているようなものである。当然、真面目な観客の数は激減したが、世の中は奇妙なもので、こうしたヘボチームのどたばたした試合が面白いと、寄席かバラエティショーでも見る気分で鑑賞する通人もおり、それに何しろチケット代が内野席でも2000円、外野席なら1000円と格安だったので、本拠地の新宿球場には、ナイターを夕涼みの場やデイトスポットとして利用する人間も多く、1年目の経営は(高額選手がいないこともあり)黒字になったのであった。

ドン・ビャクショーのオーナー大田田吾作は、浮いた金で千葉北部の山中にファームを作り、そこを文字通りの農場と二軍練習所にすることにした。若手選手は、そこで農作業の合間に野球の練習をするわけである。なるほど、ろくに一軍の試合にも出られない若手選手の有効利用と言えばそうだし、彼等の体位向上には役立つだろうが、野球の技術アップにはあまり役立ちそうも無いシステムである。この計画によって、若手選手の半分は自主退団した。何が悲しくて、俺のようなシチィボーイが千葉の山奥で豚を飼い、肥タゴをかつがねばならんのか、というわけだ。しかし、大田田吾作氏はなかなかの人物で、最初から、雇った人間は(金銭トレードは別として)解雇はしない、と言明していた。野球をやめても自分の企業(ほとんどが百姓仕事だが)で使ってやる、というわけだ。現在のように不安な雇用状況の時代では、これはなかなか立派な方針だとも言える。

そのせいか、この年の秋のドラフトで指名された選手のうち1位の中村宏典三塁手を除いて、2位から5位までは入団を承諾した。今その名前を書いても怠惰な読者はどうせ覚えていてくれないだろうし、作者も覚えられないから、名前は省いておく。

それに、他球団を解雇された選手がアンツの入団テストに思いがけず沢山集まった。その中には十分に一軍で使えそうな選手も何人かいたのである。であるから、少なくとも人数的には、自主退団した若手選手の穴を埋めるだけの選手は揃ったと言える。

アンツの監督は、関根金造という爺さんで、現役時代は投手も内野手も外野手もやった器用な人間だが、評論家生活が長かったせいか、自軍チームに対しても評論家的な目で眺めてしまい、あまり勝利への意欲は無かった。だからこそ、この悲惨なチーム成績でも発狂せずに無事に一年をやり通せたのだろう。そういう意味では監督としてはベストの人選だったかもしれない。そもそも彼はベンチにいてもほとんど指令らしい指令は出さず、選手たちに、好きにやってこい、と言うだけであった。「野球など、やっているうちに覚えるさ」というわけだ。試合中に時々呟く言葉には、中々含蓄のある言葉もあったのだが、なにしろ選手がそれを理解できるレベルではなかったので、彼はただのボケ老人と大方の選手からは思われていた。「二時間ベンチに坐ってお茶を飲んでいるだけで金が貰えるのだから、楽な商売さ」と陰口を言う選手もいたが、好々爺然とし、余計な命令をしないこの監督を大多数の選手は好んでいたようだ。もちろん、観客の野次や罵倒に耐え切れず、もっと真面目な試合がしたいと望んでいる真面目な選手も何人かはいた。そうした選手は、何の指令も出さない監督に不満を持っていたが、では監督が指令を出したとして、選手がそれを実行できるかと問われたら、おそらく言葉に詰まるだろう。

ともあれ、新宿アンツはファンからはともかく、敵(他球団)からは、苛酷なペナントレースの中の一服の清涼剤として愛されていた。選手たちはアンツとの対戦を心待ちにし、野手たちはその3連戦で少なくともヒットを5、6本、あわよくばホームランを1、2本打とうと考え、先発投手は完封勝利で防御率がどれだけ向上するか獲らぬ狸の皮算用をした。面白くないのは、出番がおそらくない救援投手や代打陣だけだ。アンツに負けるということなどまず考えられなかったから、首位を争うチームにとっては、アンツとの3連戦で一つでも負けることなどあってはならないことで、初年度の最終3連戦でギガンテスがアンツに1勝2敗と負け越し、そのためにペナントを落とした監督の原田は哀れにも更迭されてしまったくらいである。この原田監督は、その甘いマスクから高校野球のプリンスと呼ばれ、東都大学野球では18本の本塁打を打ち(野球に無知な読者には、これがどのくらい素晴らしい数字かわからないだろうが、大学野球は試合数が少ないので、通算で10本以上の本塁打を打っていればかなりの強打者なのである。とはいえ、東都大学の通算本塁打記録は、プロ入り後はほとんど打者としての数字は残せず守備の人になった小橋遊撃手の23本であるところが皮肉だが。)鳴り物入りでギガンテス入りしたものの、その前の時代に黄金時代を築いた皇一塁手や中嶋三塁手と常に比較され、中々の成績を残しながらいつも周囲から不満を持たれていたという、幸運なのか不運なのかよく分からない人物である。

どうも脱線が多くて申し訳ない。話を先に進める前に、現在のプロ野球の状況を簡単に説明しておこう。昨年のペナントレースの覇者はセリーグが「俺流野球」の中落合監督率いる名古屋ドランクスで、パリーグがお雇い外国人監督のヘルマン監督率いる北海オーシャンズである。ドランクやオーシャンに「ズ」をつけていいかどうかわからないが、とにかくそういう名前のチームである。特にパリーグは、年間の試合での1位がそのまま優勝とはならず、2位と3位の勝者が1位と戦い、その勝者となってやっとパリーグ優勝となるわけのわからないシステムで、オーシャンズも年間3位の順位でありながら勝ち上がってパリーグを制し、その余勢を駆って日本シリーズまで制覇したという幸運さであった。つまり実質的にはパリーグの3位チームが日本一になってしまったのであるが、驚いたことにこの馬鹿げたシステムが来年度からセリーグでも採用されることが決定していた。要するに、通常ならペナントレースの大勢が決まって観客動員数が減少する秋口に、勝ち上がりの優勝決定戦を作って観客を集めようという魂胆である。それによって優勝可能性が出てくる下位球団にとってはいい話である。これも大リーグへの有名選手流出によるプロ野球の人気低下の影響だが、取りあえずは3位以内を目ざそうということで、アンツには大いに希望が出てくる話であった。とはいえ、現実的には、昨年27勝115敗の(今後、数字などが出てくる場合に、前に書いた数字と違うとか言って、揚げ足取りをしないように。これはそういう話ではないのだ。)チームが、どうやれば3位になれるのか、雲を掴むような話ではあったが。

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  大盗賊(小説・脚本のテーマのメモ)     

  三船敏郎に捧ぐ

 

 

 大江戸八百八町(この話の時点ではそれほど栄えてもいないが)を騒がす大盗賊、むささび五郎衛門の正体は、表の名をルソン助佐衛門と言い、南蛮貿易で名を馳せた新興商人である。貧しい町人の息子として生まれた彼は、幼くして両親を失い、貧窮のうちに成長した。成人の後、やがて、ある商人の手代として才覚を認められ、大番頭として数年を過ごしたが、その商人が息子に代替わりする際に、暇を出され、所詮、卑しい出自の人間がこの世で生きるには、悪に身を落とすしかないと確信し、盗賊家業に踏み切ったのであった。

 封建の世にもいい所はある。それは、悪事の取り締まりが穴だらけであるところである。小心な善人として生きるなら、封建社会には自由はない。しかし、悪人として生きる覚悟さえ決めたなら、そこには無限の自由があったのである。世の法律は、善人を取り締まるものであり、法律を歯牙にもかけない悪人を取り締まることはできない。その悪人とは、社会の要求に従わない人間の謂いである。

 五郎衛門は、身の丈六尺の偉丈夫で、逞しい筋骨と俊敏な運動能力を持っていた。武芸こそ習わなかったが、体の動きが、常人より数倍速かったのである。それが彼の生まれつきの才能の一つであった。のみならず、彼には緻密な思考力と慎重な判断力があった。それが、彼の盗賊としての成功を約束した。

 盗賊家業で得た金を元手に、彼は南蛮貿易を始めた。それにも成功し、彼は江戸でも知られた大商人の一人となったが、彼は自分の本業は盗賊だと考えていた。だから、三十歳になる今日まで、妻帯せず、いつでも出奔できるような暮らしをしていたのである。

 頃は元和の時代で、徳川家が江戸幕府を立てて、まだ間が無い頃であった。日本全土にまだ豊臣の残党が残り、不穏な気配が感じられる時代である。幕府は一応は鎖国政策を取ってはいたが、まだ方針が確立せず、私貿易の商人のほとんどは大目に見られていた。十把一絡げに南蛮貿易とは言われていても、その実は東南アジアとの貿易が多く、五郎衛門は、ルソン国、つまり、いまのフィリピンとの貿易を主に行っていた。ルソン国の国王とも直に話をし、親密な間柄であった。もっとも、ルソン国の特産品といっても、麻布以外にはたいしたものは無く、南蛮貿易での収入よりは、盗賊家業での収入のほうが遥かに多かったのである。当時の日本は、アジアでは中国に続く文化国家ではあった。

 五郎衛門は、巨船に乗って東南アジアの国々へ行くことで、自由な空気を吸っていた。すべてに雁字搦めの当時の日本でほとんど唯一の自由人であった。幕府はあらゆる手段で国内秩序の維持をはかっており、諸国諸大名から庶民にいたるまで、自由にふるまえる空気はまったくなかったのである。権力とは、まず権力の維持に努めるものなのである。

 海には海賊がおり、外国の商売相手は隙あらば相手を騙そうとする人間ばかりであったが、こちらがそれを上回る力を持っている限りは、何も問題はない。戦国時代が終わり、秩序が形成された平和な世の中とは、身分が固定され、下の人間が上に行く機会を失った時代である。そうした時代に、下に生まれた人間が、少しでもより良い生活を求めることが悪であるなら、ルソン助佐衛門は悪人であることに甘んじようと思ったのである。




「ニノチカ」は、フラッシュメモリーに入っていたのが前回の部分までなので、その先を読んでみたいと思う人は、私の別ブログで、今はずっと中断して私自身書き込み不能になっている「徽宗皇帝の娯楽的語学ブログ」を見て頂きたい。(ググればすぐに探せるだろう。ただし、「徽宗皇帝のブログ」というのも私のブログだが、そちらは政治ブログ的な記事が大半。)「ニノチカ」以外にも、「女か虎か」や、「私の銀行勘定」など、日本ではあまり目にすることのできない面白い作品の翻訳や古い洋楽ポップスの訳詞なども載っていて、時間つぶしになるブログだと思う。「語学ブログ」というのは、単に元ネタの大半が英語作品だからにすぎず、真面目な語学ブログではない。




[ディゾルブ]

(ロイヤル・スイートの金庫の中。暗い)

  外から部屋の鍵を回す音が聞こえる。部屋のドアが開く音に続いて金庫のダイヤルを回す音、そして金庫の戸が開くのを我々は(金庫の内部から)見る。開いた戸を通して、我々はロイヤル・スイートの室内を見る。三人のロシア人は金庫の前に立っている。その一人がスーツケースを金庫の中に入れる。

 

(ホテル・クラレンスのロイヤル・スイートのMedium Shot)

  金庫に向かう角度で、部屋の内部の情景が映し出される。例の三人のロシア人は金庫の周りにいる。ブルジャノフとイラノフが金庫の側にいる間に、コパルスキーがカメラの範囲外に歩み出て行く。カメラは数秒間ブルジャノフとイラノフの上にそのままとどまり、向きを変えて部屋の中央を写す。そこにはウェイターが朝食のテーブルをセットしている。このウェイターは、元伯爵のラコーニンで、ロシアから亡命してきてホテル・クラレンスに雇われた男である。ラコーニンは非常な興味を持って金庫に目を遣る。その間に我々はコパルスキーが電話で話しているのを聞く。

コパルスキーの声「メルシエールにつないでくれるか。……そう、宝石商の……」

  ラコーニンは耳をそばだてて、電話の方を見る。

(電話で話すコパルスキーのクローズ・ショット)

コパルスキー「私はムッシュー・メルシエールと個人的に話したいのだ。……ハロー、ムッシュー・メルシエール? こちらは、ロシア通商局のコパルスキー。我々は今朝到着した。……サンキュー」

 

(ラコーニンのクローズ・ショット)

  朝食のテーブルをセットしている間に、彼の電話への好奇心は増大していく。

コパルスキーの声「そうだ。すべてここにある。ネックレスもだ。全部で十四点。……何だって? いやいや、ムッシュー・メルシエール、スワナ公爵夫人の宮廷用の宝石が十四点だ。自分で検分すればいい。当然、我々は必要な証明書や信任状をすべて持っている」

  声が続いている間に……

 

[ディゾルブして……]

(ホテル・クラレンスの従業員用階段)

・ラコーニンがコートのボタンをはめながら急いで階段を下りて来る。彼はドアを出て街路に出て行く。    *原注:映画では、ラコーニンが同僚のウェイターに「十分で戻る」と言い残して外出する。

 

[ワイプ]   *画面の一端から拭っていくように、次の画面に変わっていくこと。

(ホテル・クラレンス近くの街角)

  ラコーニンがタクシーに乗り込む。

ラコーニン(運転手に)「ルー・デ・シャロン(*シャロン通りか?)八番まで」

[ワイプ]

(ハウス・ナンバー8の画面挿入)

・いかにもパリ風のアパートメントの上からのショット。カメラが引いて、入り口全体のMedium Shotとなる。(カメラが)中に入ると、典型的なパリのプレイボーイが大股に歩いている。彼は伯爵レオン・ド・アルグーである。  (*ダルグーと発音?)

 

[スワナのアパートメントの入り口]

(スワナのメイドによってドアが開けられる。レオンが、自宅同様の気楽さで入って来る。)

メイド「おはよう御座います、伯爵」

レオン「ああ、おはよう」

メイド「妃殿下はまだお着替え中です」

レオン(スワナの部屋に入りながら)「かまわんよ」  *原注:映画ではメイドは登場せず、レオンは直接スワナの居室(寝室)に入る。

 

[スワナの居室のロング・ショット]  *以下、ショットは片仮名で表記。

  スワナはネグリジェのまま化粧台の前に座っている。レオンは古い友達のような気楽そうな雰囲気で入って来る。彼はスワナに軽くキスをする。

スワナ「ハロー、レオン!」

レオン「おはよう、スワナ」

  以下のスワナの長話の間に、レオンは彼女の話にはたいして注意を向けず、椅子に座り、煙草に火をつけ、雑誌を眺める。

スワナ「本当にいやな朝だわ。……本当に、みじめ。お化粧がうまく出来やしない。愛想良い感じにしたいのに、冷たい、いやな女にしか見えやしない。顔がうまく作れないわ。全部、てかてかし過ぎ。どうしたら、くすんだ感じにできるかしら、レオン、何かアドバイスしてよ。この顔にはまったくうんざりだわ。誰かほかの人の顔だったら良かったのに。顔が選べるなら、誰の顔がいいかしらね。でも、人間って、その人が受けるに足る顔を得るんでしょうね」

レオン「君のおしゃべりには素晴らしい長所があるよ、スワナ。どんなに沢山質問をしても、それへの返答を期待していないってところだ」

スワナ「それって、気が休まらない? ……昨晩はどうして来なかったの?」

レオン「君のために利益を上げようと頑張っていたんだ」

スワナ「勝ったの?」

レオン(情熱的に)「競馬も、ルーレットも、株も忘れちまえ! 心配事なんておさらばさ!君は、例のダイヤモンドの数字をはめこんだプラチナの腕時計を覚えているだろう? 君はそれを僕に与えることが出来るポジションにいるんだ」

スワナ(ユーモアを湛えて)「まあ、レオン、あなたって親切ね」

レオン「君がうんと言ってくれれば、僕たちは金持ちになれるよ。僕は昨夜、ギゾーと食事をしたんだ」

スワナ(軽蔑した感じで)「例の新聞屋?」

レオン「どんなに沢山の立派な人々がギゾーと食事をしているかを知ったら、君は驚くよ」

スワナ「まったく気が滅入るような、新聞の力だわ」

レオン「まあ、聞いて、スワナ。……僕はギゾーに、君の回顧録をパリジェンヌ・ガゼットに載せるというアイデアを売ったんだ。“ロシア大公妃スワナの愛と人生”!」

スワナ(抗議するように)「まあ、レオン!」

レオン「スイートハート、もしも君が君の過去を富くじにでもして売りたいなら、そのために僕たちの未来をあきらめても、僕は気にしないよ!」

スワナ「私がドクター・バートランドのマウスウォッシュの宣伝を断ったのは、こんなことのためなの? 私は、ビンセント真空掃除機はロマノフ朝で使われた唯一の真空掃除機です、と言うだけで一財産作ることもできたのよ。それなのに、あなたは、連中が私の生涯の秘密を嗅ぎ回り、タブロイドの一面を汚らしく飾ることを許そうとしている」

レオン「君がどんな気持ちだか、僕はわかっているよ。しかし、何にでも有効期限や賞味期限ってのがあるものさ。特に誇りとか尊厳にはね。彼らはいくらでも払うよ! 何しろ発行部数二百万だからね」

スワナ「二百万の番頭や売り子が一スーで私の人生を覗き込むのを想像して御覧なさい! 私の愛しい人生が、チーズや血まみれのソーセージの包み紙になるのよ! 大きな油の染みが私の最も大切な瞬間のまん真ん中にべったり付く様子が目に見えるわ」

  レオンはスワナ自身の利益のために自分がどうふるまうべきかを知っている。

レオン「うーん、僕には君を説得する力は無いが、しかし、盲目的に行動してはいけないな。もしも、それが君の決意なら、君はそこから生じる状況に面と向かう心構えをしなくちゃいけないよ……(自分のすべてを差し出す男の思い入れよろしく)……僕は働かなくちゃならなくなるだろうな」

  スワナは立ち上がってレオンの所に行く。彼のメソッドは成功する確率が非常に高いのである。

スワナ「私の可愛いボルガの船曳きさん! 脅かすのはやめて! 私には耐えられないわ。(レオンを抱きしめながら)ねえ、あなたは私の可愛いボルガの船曳きさんよね?」

レオン「ねえ、スワナ……」

スワナ「まず答えてちょうだい。あなたは私のちっちゃなボルガの船曳きさんよね?」

レオン(彼女を止めるなら何でもする気で)「ああ、そうだよ。僕は君の可愛いボルガの船曳きだ」

スワナ(化粧台の前に戻って)「そうね……二百万の読者。……私には彼らが何を求めているかはっきりわかっているわ。『第一章、金塊の後ろの幼年時代。小さな皇女はラスプーチンの髭で遊んだ』」

  レオンは彼女の側に座り、だんだんと夢中になりつつ。

レオン「僕はギゾーの考えた奴を一つ知っているよ。恐るべきものだがね。『血とキャビア・スワナは氷の上を逃げる!』」

スワナ「『二匹のブラッドハウンド・そして我々はアンクル・トムの小屋にかくまわれた』」

レオン(別のアイデアを思いついて)「ダーリン、素晴らしい考えがある。……君はボルシェビキの攻撃は受けたかい?」

スワナ(記憶を探って)「私が?……いいえ。……ボルシェビキにはね」

レオン「そいつは最悪だ。それで我々の値段が一万フランは下がった」

  ドアがノックされる。

スワナ「お入りなさい」

・メイドが入って来る。

メイド「ラコーニン公爵が、ある用件で奥様に拝謁したいとのことです」

レオン「ラコーニン公爵?」

スワナ「ホテル・クラレンスのウェイターよ。可哀想な人なの。あなたも知っているはずよ」

レオン「ああ、あいつか」

スワナ「30分ほどはお目にかかれませんと彼に言って」

メイド「公爵は、できるだけ早くお目にかかりたいとおっしゃってます。今はランチタイムで、彼はコースに入っているのです(*食事の世話をしなければならないのです)」

・メイドは出て行く。スワナは居間の戸口に歩いて行く。

 







(ディゾルブ)

[ホテル・クラレンスのロビー。デスク前]

  ブルジャノフ、イラノフ、コパルスキーが支配人に近づく。彼らは一つのスーツケースを二人で持っている。

コパルスキー「あなたが支配人か?」

支配人(疑わしげに三人を見て)「はい」

コパルスキー「紹介させて貰おう。こちらは同志イラノフ、ロシア通商局の一員だ」

支配人(緊張した、上品な態度でお辞儀をしつつ)「ムッシュー」

イラノフ「こちらは同志コパルスキー」

支配人「ムッシュー」

ブルジャノフ「私は、同志ブルジャノフ」

支配人「ムッシュー」

ブルジャノフ「このホテルの宿泊費はいくらかね」

支配人(彼らを追い出そうと)「そうですねえ、紳士方、おそれいりますが、少々お高いようで」

ブルジャノフ「なぜ恐れるのだ?」

  他の二人は頷く。支配人はただ一つのスーツケースに注意を向ける。

支配人(横柄に)「お泊め申し上げることができるかもしれません。ほかにお荷物は?」

イラノフ「ああ、そうだな。だが、ここにはこれを保管できるくらい大きな金庫はあるのか?」

支配人「残念ながら、ここの保管室にはそのサイズの金庫は無いようです。しかし、金庫付きの続き部屋がありますが」

イラノフ「その方が好都合だ」

支配人「しかし、おそれいりますが、皆さん……」

ブルジャノフ「この男は恐れてばかりいるな」

  他の二人は同意の目を見交わす・

支配人(少々うんざりして)「少しご説明しようと思っただけです。そのお部屋は、きっとあなたがたにとってご都合がよろしいでしょう。しかし、あなたがたの政治的信条に合うかどうか、少々疑問です。そこはロイヤル・スイートなのですが」

  ロイヤル・スイートという言葉は、三人をぎょっとさせる。

ブルジャノフ「ロイヤル・スイート!(支配人に向かい)少し待ってくれ」

  三人のロシア人は、支配人から少し離れ、鳩首会談をする。

ブルジャノフ(低い声で)「同志たちよ、警告しておくが……我々がロイヤル・スイートに泊まった事がモスクワに知れたら、我々は恐るべきトラブルに巻き込まれるだろう」

イラノフ(彼の優雅な時間への権利を守ろうと)「我々は、金庫が必要だったから、ここに泊まらざるを得なかったのだと言えばいい。これは完璧な理由だ。十分に大きな金庫はほかには無いのだから」

  他の二人は、その提案を満足と共に受け入れる。

ブルジャノフとイラノフ「その通りだ。素晴らしい、実に素晴らしい」

  突然、ブルジャノフはまた疑いの気分になる。

ブルジャノフ「もちろん、我々は、スーツケースの中の品物を取り出して、三つか四つに分けて保管室に預け、小さな部屋を借りることもできるわけだが。この考えはどうだ?」

  少しの間、三人は、彼らの輝かしい計画が崩壊したように思う。それから、イラノフが三人を救う。

イラノフ「そうだ。それも一つのアイデアだ。しかし、いったい誰が、そのアイデアを採用する必要があるなどと言うのだ?」

  ブルジャノフとイラノフは、その論理を検討し、彼らの顔は輝く。

二人「その通りだ、まったくその通りだ!」

ブルジャノフ(支配人に向き直って)「ロイヤル・スイートを頂こう」

  支配人は三人をエレベーターに導く。カメラは三人を追い、下に下がって画面を狭めながら二人のロシア人が持っているスーツケースを写す。

 





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