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芝居は見たことがないが、「シラノ・ド・ベルジュラック」はレーゼドラマ(読む戯曲)としても面白い。若いころに辰野隆訳で読んだが、ほかに訳があるかどうかは知らない。
戯曲というのは読み物としても面白いし、現実の舞台化によるイメージの落差にがっかりすることもない。イギリスでは小説よりも戯曲のほうが高く評価されるとも聞いたことがある。さすがにシェークスピアの国である。現代戯曲でもショーの「ピグマリオン(映画化したのが「マイ・フェア・レディ」)」やバリーの「ピーター・パン」などはわりと有名だが、同じバリーの「あっぱれクライトン」などは非常に面白い作品で何度も映画化されているのに日本ではまったく無名であるのは残念だ。翻訳されてはいるが文庫化はされていないためだろう。戯曲作品をハードカバーや外国語原本で買う人はまず、いないかと思う。



男の純情が寅さんと共通点、心震える「シラノ」舞台

舞台「シラノ・ド・ベルジュラック」に出演する、左から白洲迅、黒木瞳、吉田鋼太郎、大野拓朗、六角精児
舞台「シラノ・ド・ベルジュラック」に出演する、左から白洲迅、黒木瞳、吉田鋼太郎、大野拓朗、六角精児

 東京・日生劇場で吉田鋼太郎主演の「シラノ・ド・ベルジュラック」が30日まで上演されている。フランスの劇作家エドモン・ロスタンが19世紀末に発表した世界的な名作で、日本でも数多くの名優たちが挑んでいる。

 舞台は17世紀半ばのパリで、主人公は正義感が強く権威に屈しない剣豪シラノ。仲間たちから信頼の厚いシラノは剣の腕前はもちろん、詩の才能を持つ文武両道の男。しかし、大きな鼻がコンプレックスで、幼い頃から片思いする美貌の従姉妹ロクサーヌには容姿を恥じて打ち明けられない。シラノの気持ちを知らないロクサーヌは容姿端麗な青年剣士クリスチャンに恋をし、シラノが二人の恋の仲立ちをする羽目になる。しかし、クリスチャンは性格はいいが、詩を紡ぐ才能はなく、シラノが代わって、ロクサーヌへの愛の言葉を語り、ラブレターを書くことになる。

 男の純情ぶりは、映画「男はつらいよ」の寅さんに通じるものがあり、男性のシラノファンが多い。実際に「シラノ」を上演する日生劇場でも普段と違い、男性トイレに列ができたほど。「シラノ」は翻案されて「白野弁十郎」のタイトルで新国劇の沢田正二郎によって上演され、その後は島田正吾が引き継いだ。晩年には1人芝居として上演され、弟子の緒形拳も演じている。

 文学座では三津田健が持ち役にして、ロクサーヌは杉村春子が演じた。残念ながら、2人のコンビは見ていないが、三津田シラノに想を得た別役実作「鼻」で、三津田のシラノ俳優の片鱗を見ることができ、舞台上に杉村のロクサーヌの声が流れていた。文学座の後輩江守徹をはじめ、仲代達矢、平幹二朗、橋爪功で「シラノ」を見ているし、フランスの名優でちょっと鼻が大きいジャン・ポール・ベルモントの「シラノ」日本公演も見ている。ミュージカルにもなっていて、鹿賀丈史のシラノは魅力的だったし、宝塚歌劇でも「シラノ」をもとにした「剣と恋と虹」が上演されたが、こちらは美男の設定となり、当時のトップスター麻路さきが演じている。

 吉田シラノは、とにかく動き回っているのが特色。100人斬りの場面も、50人か60人でお茶をにごすことなく、きっちり100人を斬っているし、吉田いわく「最初から最後まで出ずっぱりで、階段を駆けあがり、駆けおり、100人を斬る。獅子奮迅の活躍です」。口跡の良さでは定評があるだけに、膨大なせりふを流れるように吐き出す迫力には圧倒される。上演台本、演出には突っ込みどころがあるけれど、瀕死(ひんし)のケガを負ったシラノの想いをロクサーヌが知り、息絶える前にシラノがつぶやく「おれが天国に持っていくのは、おれの心意気だ」のせりふには、涙を止めることができない。いつ見ても心震える「シラノ」は、本当にいい芝居です。【林尚之】





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月村了衛「ガンルージュ」読了。
面白かった。
人がごろごろ死ぬ上に、主人公が中年女性二人という、どういう読者層がターゲットなんだよ、というハードボイルドサスペンス小説だが、面白い上に読後感も非常にいい。主人公たちのコンビで別作品が読みたくなる。
特に、元ロッカーで中学教師の美晴は、名前も「天地無用!」の美星に似ているが、美星に似た「偶然の天才」で、幸運の星の持ち主であり、危地の脱し方がギャグ的でいい。アニメにしたら面白そうだ。
ただし、「ガンルージュ」という題名は良くない。私も、図書館から借りるのを迷ったくらい魅力の無い題名だ。ここは「拳銃と口紅」がずっといい。まあ、口紅は話に出てこないが、口紅を塗る余裕もないほどの危機の連続というのを反語的に表した題名だとすれば悪くない。クライマックスの闘争が済んだ後、二人の女性がお互いの憔悴しきったひどい顔を見て笑い合い、口紅をつける場面を付け加えればいいのである。
まあ、どうでもいい話だが、ちょっとしたコントみたいなので載せておく。ちなみに、私も少々髪が不自由なので、目の前で「かみがありません」と言われたらドキッとするかもしれない。





【衝撃的】「プリンターが出て来ないので見て鯉」と上司に言われ、見に行った私→用紙が切れてたので「かみがありません」と倉庫に用紙を取りに行った→が!戻ると上司が・・

652: おさかなくわえた名無しさん@無断転載は禁止 2017/06/22(木) 22:16:21.93 ID:uS6LxbFW
新しいハラスメント 

プリンターが出てこないので見て来いと言われて見に行くと用紙が切れていた 
「かみがありません」と倉庫に用紙を取りに行って戻ると上司から呼び出し 
「かみがありません」なんて言うとヘアーハラスメントになるので 
これからはちゃんと「用紙が無い」と言うようにしなさいと指導された。 

なんだよヘアーハラスメントってwww
「紙屋研究所」からの引用で、漫画家押切蓮介の言葉を紙屋氏が「至言である」と言っているが、なるほど、非常に示唆的な言葉である。
これは「二次元キャラ」の話と言うより、フィクション全般に言えるものだと思う。我々がフィクションに没頭している時、我々はその登場人物を現実の人間以上の現実的存在として見ているのである。つまり、ヴァーチャルリアリティどころか、高次現実だ。


(以下引用)



現実に存在しない二次元キャラを
 本気で愛するように人間を作った神は
 設計ミスをしているのではなかろうか






「紙屋研究所」記事の一部だが、これは全国の男を悩ませる最大の問題だろうwww
何しろ、女性の許可を得ずに事に及ぶと、それは強姦であり、犯罪であるわけで、それで自分の一生の破滅にもなりかねない重大問題である。
ならば、女性が密閉空間に同室することを許可した時点で、相手は「合意してくれた」と考えるのは無理なことではないだろう。
まあ、「女は、(許可するのではなく)奪われた形でセックスしたいのよ」という趣旨のことをある純文学で読んだこともあるので、男は前科一犯になる覚悟でしか女性に挑めないものなのかもしれない。とは言え、これは本物の強姦犯人たちを弁護するわけではない。相手が「触れなば落ちん」という感じを漂わせている場合の話である。


(以下引用)



 全国の女に聞きたい。
 やっぱり家にあがらせてくれるというのは、憎からず思っているってことだよね? なんか強姦を合理化する男のセリフみたいだけど
 それとも「友だちのつもりで」そういうふうにしたりするわけですか? 


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