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SF作家の小川一水の文章の一部である。
何かの賞の選評のようだが、「今回の選考作すべてが、様々な形で人間の独善や傲慢、怠惰や冷笑、無知や抑鬱や暴力を押し出しており」というのが興味深い。
SFだけに限らず、文学賞の選考委員に評価されるのはそういう作品(作風)だという「傾向と対策」によって応募者たちは書いただけではないか。
それに、SFというのが、「難問を解決する話」を書くのはむしろ例外であり、科学という面から全人類を俯瞰して眺めるのがその特質だったのではないか。とすれば、悲観的な話というのがその大きな割合を占めるのも当然であり、ヴェルヌはともかく、ウェルズの時代から、「悲観的未来像」は数多く描かれてきたのである。むしろ、「科学の持つマイナス性」をこそSF作家たちは指摘してきたはずだ。
まあ、読んでいて憂鬱になるような作品を数多く読まされるのにうんざりするのは分かるが、そういう作品が多いのは、物を書きたいという気持ちを持つ人間は、いわば「炭鉱のカナリア」のように、時代の空気を敏感に感じ取っているからだろう。



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と言うことは、新人賞の応募原稿に「元気をもらう」「勇気をもらう」と平気で書くレベルの人がけっこういるということなのだろうかwww こんな手垢のついたマスコミ用語を汚らしいとも思わないような感性の人間が書いた小説を読まされる編集者や選考委員も大変だ。
下のツィートに挙げている言葉も、やはり「陳腐すぎて腐臭が漂っている言葉」だというのが一番の理由かと思う。もちろん、「事実は小説よりも奇なり」は、小説書きのプライドを傷つける、ということもあるだろう。「お前らの書く小説より、ネットのほうが面白い」と言われている気がするのではないか。



  1. さんがリツイート

    あと、「元気をもらう」「勇気をもらう」は、新人賞の応募原稿の、少なくとも地の文では書かないほうが良いと思います。というお話もしました。なぜなのか、は省略。あしからず。

  2. さんがリツイート

    先日の講演会の中で、「(作家として)(個人的に)嫌いな言葉やフレーズ」をいくつか挙げて語ったのですが、主な3つをここにも書いておきましょう。
    「事実は小説より奇なり」
    「いちばん怖いのは人間」
    「心の闇」
    なぜなのか?  は面倒なので省略。あしからず。



「ギャラリー酔いどれ」所載のアンリ・ルソーの絵だが、一見、子供でも描けそうに見えるが、水面に映った映像の描き方などを見ると、やはり高度な描写能力を持ったうえで、あえて素朴な表現をしているのだろう。
描くべきものと省略したほうがいいもの(たとえば、窓など、ただの穴みたいだが、それでいいという判断だろう。)の区別が適切だから、このように統一感のある、雰囲気のある絵になるのだと思う。






これは明らかに、性的いたずら目的で一緒に入浴しようと誘ったのだろう。子供が賢くて幸いだったのだが、幼い娘のいる女性はこんな男と再婚したら、絶対に娘に手を出されると思ったほうがいい。母親が再婚して、その義父に強引に犯されたという話は多いのである。たしか、漫画家の内田春菊もそうだったらしい。
ただし、母親というのは、男親に比べて、娘の貞操とか処女性というのにはまったく価値を置いていないという感じもある。甚だしい場合は、再婚した相手が娘に手を出した時に、娘をライバル視し、夫に抗議するより娘のほうにひどいいじめをすることもあるとか。
もちろん、母親と娘は「仲のいい友達関係」になれることも多いわけだが、こと恋愛とか性的関係の問題になると、女は(モラルとか義理とかが頭から消え去って)動物的になる、と私は思っている。


兵庫県高砂警察署=高砂市荒井町 © Copyright(C) 2018 神戸新聞社 All Rights Reserved. 兵庫県高砂警察署=高砂市荒井町

 交際相手の長女(5)を殴ってけがを負わせたとして、兵庫県警高砂署は8日、傷害の疑いで、会社員の男(25)=兵庫県小野市=を逮捕した。同署の調べに「一緒に風呂に入ろうと誘ったが断られたので腹が立った」と容疑を認めているという。

 逮捕容疑は11月27日夜、高砂市内に住む交際女性(25)のアパートで、保育園児の長女の両頬を平手で殴り、全治1週間の皮下出血を負わせた疑い。

 同署によると、近所の男性から「子どもの泣き声がする」と110番があり発覚。長女は児童相談所が保護した。

石だけを掘って、ベールを被った女性にしか見えないという驚異的な彫刻だが、我々は、先にベールを被った女性の姿というのを知っているから、それに酷似した彫像を見ると、そのように脳が解釈するのだろう。原始人が見たら、顔に奇妙な凹凸のある女性の像(彫像という概念だけはあるとして)と思うかもしれない。
脳というのは、たとえば丸が横に二つ、その間に縦棒が一つ、その下に横棒が一つあれば、それを顔だと即座に思うようになっている。また、二つの言葉があれば、その間に必要な言葉を補って解釈する、「補完機能」を持っていて、それがすべてのフィクションが成立する基礎になっている。





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