(1)海の見える校舎
目覚める前に見ていた夢の中で俺は迷子になっていた。そして、早く目的地に着かなければという焦燥感で一杯だった。
目が覚めると、そこはいつもの自分の部屋で、窓の外はまだ暗いようだ。
ここは二階で、日が昇ると窓から陽射しが入る部屋なのである。
すぐ上の兄が大学に入り、今、この家に住んでいるのは父と母と俺だけだ。
厳密に言うと、間借りしている女性が数人いるが、俺は彼女たちとは一言も口をきいたことがない。母親がそれを嫌っているようだからだ。つまり、俺は親の言うことを素直に聞くだけでなく、その心を推測してそれに従うような「いい子」だったのである。もっとも、高校二年生の男を「いい子」と言うのは恥ずかしいことであるが、要するに俺は面倒くさがりで、波風を立てることが嫌いだっただけだ。
父親は既に会社に行っているので、俺と母はほとんど話もせずに黙々と朝飯を食った。母親は俺に似て、いや、俺が母に似たのだろうが、人間関係が嫌いで、口数がひどく少ない性格だ。あるいは、母は子供が苦手で、俺は大人が苦手だったのだろう。
飯を食い終わると学生鞄を持ってバス停留所に行く。ここから学校、つまり俺が通う高校までバス通学するわけだが、その中には同じ高校に通う生徒たちが満杯近くいる。同じバスで通学している同級生たちとは、なぜか顔を合わせたことがない。まあ、そもそも俺は他人の顔を直視したことが無いから、実際は同じバスに乗っていても気づかないだろう。
バスで直角に右に曲がった先に俺の学校があり、そのL字形の距離は家からせいぜい2キロか3キロ前後だと思うし、直線距離はもっと少ないだろうが、毎朝汗をかいて登校するのは嫌だし、バス通学くらいは親も許すので利用しているだけだ。
実は今日は一学期の初日である。他の県での衣替えはいつ頃かは知らないが、ここでは一学期はじめから夏服だ。女生徒は白いセーラー服の襟に緑色のラインが入り、涼し気である。スカートはたぶん濃紺だろう。たぶん、と言うのは、それをしげしげと見たことがないからだ。男は白いシャツに黒い学生ズボンで、それはどの高校でもほぼ同じだ。女生徒の制服はそれぞれ違うらしい。
新学期初日の抑制された興奮を乗せたバスが高校前バス停に止まり、新入生、新二年生、新三年生がどやどやと降りる。周囲から押され、流されるように俺も降りる。
何の気なしに横を見ると、バスがこれから下っていく坂道の彼方、道の左手に、細長い線状に紺色の海が小さく見える。この高校は、海の見える坂道途中の台地の上に建っている高校なのである。校歌も「C湾頭、緑の岡辺」で始まっている。「頭」というのは「ほとり」の意味らしい。つまりC湾のほとりだが、まあ、誇張表現であり、「海を眺め下ろす岡の上に立つ校舎」と言うべきだろう。ついでに言えば、歌詞の続きは「橘かおり、楊梅実る」だが、橘も楊梅も校内には無いと思う。
目覚める前に見ていた夢の中で俺は迷子になっていた。そして、早く目的地に着かなければという焦燥感で一杯だった。
目が覚めると、そこはいつもの自分の部屋で、窓の外はまだ暗いようだ。
ここは二階で、日が昇ると窓から陽射しが入る部屋なのである。
すぐ上の兄が大学に入り、今、この家に住んでいるのは父と母と俺だけだ。
厳密に言うと、間借りしている女性が数人いるが、俺は彼女たちとは一言も口をきいたことがない。母親がそれを嫌っているようだからだ。つまり、俺は親の言うことを素直に聞くだけでなく、その心を推測してそれに従うような「いい子」だったのである。もっとも、高校二年生の男を「いい子」と言うのは恥ずかしいことであるが、要するに俺は面倒くさがりで、波風を立てることが嫌いだっただけだ。
父親は既に会社に行っているので、俺と母はほとんど話もせずに黙々と朝飯を食った。母親は俺に似て、いや、俺が母に似たのだろうが、人間関係が嫌いで、口数がひどく少ない性格だ。あるいは、母は子供が苦手で、俺は大人が苦手だったのだろう。
飯を食い終わると学生鞄を持ってバス停留所に行く。ここから学校、つまり俺が通う高校までバス通学するわけだが、その中には同じ高校に通う生徒たちが満杯近くいる。同じバスで通学している同級生たちとは、なぜか顔を合わせたことがない。まあ、そもそも俺は他人の顔を直視したことが無いから、実際は同じバスに乗っていても気づかないだろう。
バスで直角に右に曲がった先に俺の学校があり、そのL字形の距離は家からせいぜい2キロか3キロ前後だと思うし、直線距離はもっと少ないだろうが、毎朝汗をかいて登校するのは嫌だし、バス通学くらいは親も許すので利用しているだけだ。
実は今日は一学期の初日である。他の県での衣替えはいつ頃かは知らないが、ここでは一学期はじめから夏服だ。女生徒は白いセーラー服の襟に緑色のラインが入り、涼し気である。スカートはたぶん濃紺だろう。たぶん、と言うのは、それをしげしげと見たことがないからだ。男は白いシャツに黒い学生ズボンで、それはどの高校でもほぼ同じだ。女生徒の制服はそれぞれ違うらしい。
新学期初日の抑制された興奮を乗せたバスが高校前バス停に止まり、新入生、新二年生、新三年生がどやどやと降りる。周囲から押され、流されるように俺も降りる。
何の気なしに横を見ると、バスがこれから下っていく坂道の彼方、道の左手に、細長い線状に紺色の海が小さく見える。この高校は、海の見える坂道途中の台地の上に建っている高校なのである。校歌も「C湾頭、緑の岡辺」で始まっている。「頭」というのは「ほとり」の意味らしい。つまりC湾のほとりだが、まあ、誇張表現であり、「海を眺め下ろす岡の上に立つ校舎」と言うべきだろう。ついでに言えば、歌詞の続きは「橘かおり、楊梅実る」だが、橘も楊梅も校内には無いと思う。
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冬山想南
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